嫉妬
ホワイルン男爵家編がまだ続きます。
ルイカの両親を交えた夕食会を終え、私たちは三人で寝る前のおしゃべりに花を咲かせていた。なんせ、夕食会はルイカの両親が終始シマキ様の機嫌取りをしていただけで、私たちはあまり話せなかったのだ。
そのせいもあってか、ルイカの両親がいないこの部屋では皆んな口を滑らかに動かすことができていた。
学園の話をしていた時、ルイカが何かを思い出したように頬を赤らめた。
「そういえば、シマキ様は、コートラリ様と凄く仲が良いと聞いた。本当?」
「えっ、えぇ、そうね。よくしてもらっているわ」
その時、シマキ様の顔が少しだけ曇った。だが、それも一瞬でいつもの微笑みに戻る。
もじもじと気恥ずかしそうにしているルイカは、多分それに気がついていない。
「私、その‥‥‥気がついていると、思うけど、生徒会長のマールロイド様と、お付き合いさせてもらって、いるの」
「ごめんなさい、ルイカ。少し確認したいことがあるのだけど‥‥‥貴方はコートラリ様と、その良い仲ではないのよね?」
不安そうな顔をしたシマキ様は、瞳を揺らしながらも強い眼差しに思えた。その問いの意味を私とルイカは最初理解できなかった。
だが、すぐにわかった。
そうだ、後夜祭でルイカがコートラリ様と踊っていた理由をシマキ様は知らないんだ。
咄嗟にルイカを見ると、彼女も理解していたように頷く。
「シマキ様、後夜祭のダンスのことなら、本当にごめんなさい。貴方にこそ、どう言った理由で、ダンスに誘われたのか、説明すべき、だった」
「シマキ様、申し訳ございません。私は、ルイカに事情を聞いていたのに、報告するのを忘れていました」
本来なら直ぐに報告すべきなのに、自分のことに精一杯ですっかり報告し忘れていた。その間、シマキ様はずっと不安だったことだろう。
「どういうこと、かしら?」
「コートラリ様に、ダンスに誘われた理由、実は、私にも、よくわからない」
「貴方とコートラリ様の間に何かあったわけではないの?」
「何も、ない‥‥‥本当に何も。ダリアから聞いたけど、シマキ様はこの世界が、ゲームってことを、知っている、よね?」
シマキ様は困惑したように、私の方をチラッと見た。
「えぇ、ダリアを拾ってすぐの頃に聞いたわ。乙女ゲームっていう、娯楽の世界なのでしょう? その中で、コートラリ様は攻略対象者という話も聞いたわ」
「その通り。コートラリ様は、本来、ヒロインである私を、好きになるキャラクター。だから、ゲーム側‥‥‥つまり、この世界が、おかしなところを修正しようと、コートラリ様のイベントを無理矢理起こしたのかもしれない、と私は考えている」
シマキ様は、ハッと息を呑んだ。不安そうな顔は、さらに悪化して、顔色も少しばかり悪いように見える。こんな表情は、初めて見たかもしれない。そんなシマキ様を見ながら、ルイカは握り拳を作った。
「でも、安心して欲しい。私には、既にマールロイド様っていう相手がいる。他の人に、目移りしたり、しない」
「‥‥‥そう」
「それに、コートラリ様とは、あの一件以来、関わりが、ない。シマキ様は、あの後、コートラリ様との関係に、変化はあった?」
「い、いいえ。前と変わらず優しくしてくれているわ」
「なら、心配ない」
「ありがとう、ルイカ」
少しばかり顔の色を取り戻したシマキ様を見ながら、私はふと思ったことを口にする。
「でも、不思議な話だよね。本来、このゲームにはハーレムエンドは無かったはずでしょう? 既にマールロイド様ルートに入ったルイカにどうして、コートラリ様まで当てがってくるんだろう」
「私たち転生者っていう、バグがいる。何が起こっても、おかしくない」
確かにそう言われればそうだ。
ゲームの登場人物の性格は、同じ人もいれば、違う人もいる。シマキ様やコートラリ様が、その例だ。
もしかしたら、それは転生者の影響によるものかもしれない。
「ルイカ、ダリア、ありがとう。二人からその話を聞いて、安心したわ。正直に言うと、少しだけルイカを信じられなかったの。もしかしたら、貴方が誘惑したのではないかって。でも、コートラリ様が何か抗えない力に操られているだけなら、わたくしが手を離さなければいいだけだもの」
「うん。シマキ様なら、絶対出来る」
「ありがとう、ルイカ。貴方って、良い人よね」
二人で笑い合っている姿に、私はまた胸が痛むのを感じた。
前世の頃からの友人と現世での恩人が仲良くなることは、本来ならとても喜ばしいことなのに、私の心はどうしてだか不安でいっぱいだった。
そして、ふと気がつく。
もしも、この世界にゲーム補正という概念が存在するのならば、それはシマキ様も対象なのだはないだろうかと。
だって、シマキ様は隠し攻略キャラだから。
本来なら、ルイカに対して歪んでいるとはいえ、好意を持つキャラクターなのだ。この世界は、シマキ様が攻略対象者として現れる三ループ目ではない。でも、転生者の影響で設定自体がおかしくなっている可能性は十分にあり得るのだ。
もしも、シマキ様も知らない間にゲーム補正の影響を受けて、ルイカのことを好きになってしまったら‥‥‥きっと、何の取り柄もない私なんて、すぐに捨てられてしまう。
そんなの絶対に嫌だ!
この世界で、私を唯一必要としてくれるシマキ様を失ったら‥‥‥考えるだけで恐ろしい。
例え相手がルイカだとしても、許せそうになかった。
そうなってしまえば、私は自分を抑えられるだろうか?
シマキ様を取り戻すために、多少手荒な真似をして、
──相手が一番苦しむ方法で、殺すだろう。
目の前のルイカが、真っ赤に染まったような気がして、ハッとする。
二人は相変わらず楽しそうに談笑しているだけだった。
「‥‥‥私、お手洗いに行ってきますね」
「なら、わたくしも付いて行きましょうか?」
「大丈夫です! ひとりで行きますから」
「ダリッ‥‥‥」
シマキ様は、まだ何か話していたが、慌てて部屋から出た。バタンと音を立てて扉が閉まる。あれ以上部屋にいたら、ルイカに危害を加えてしまいそうだった。
私は、今何を考えた?
これでは、今まで私に対して嫌がらせをしてきた人たちと同じじゃないか。
だからこそ、この暴力的な感情の答えは、すぐにわかった。
これは、嫉妬だ。
少し不穏な雰囲気。




