ホワイルン男爵家
みんなで遊びにいきます。
一週間後、シマキ様は宣言通り休みを取ってきてくれて、私たちは予定通りルイカの生家、ホワイルン男爵家を訪れていた。
馬車の中でもルイカは相変わらず、何処か落ち着きがなかった。
「ルイカ、具合でも悪いの? 大丈夫?」
「‥‥‥うん、大丈夫。少し、寝る」
明らかに様子のおかしいルイカに、内心首を傾げる。ルイカの顔は、家族に会えるのを喜んでいるようにはとても見えなかった。シマキ様のように家族と何か確執があるのだろうかと、疑念を抱くには十分だ。
結局、私たちは、それから碌に話すこともなく馬車は目的地に着いたのだった。
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「ただいま」
ルイカの家はシマキ様の家よりは小さかったが、それでも私からしたら大きくて立派な家だった。だが、家の中は静閑としており娘が帰ってきたと言うのに、使用人のひとりも出迎えに来なかった。
「誰もいないのかしら?」
「ううん、そんなはず、ない。今日、来ることは連絡していたし、パパとママは、大体家にいる、から」
そんな風に話していると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。その足音は、どんどんと近づいてくる。私はシマキ様の前へ出ていつでも守れるように構えた。
しかし、私の予想に反して現れたのは、とても綺麗な格好をした男女だった。この家にいる綺麗な格好の男女‥‥‥その意味を理解して、やっと警戒を解く。
「パパ、ママ、ただいま」
「ルイカ、おかえりなさい」
「‥‥‥おかえり」
やっぱり、この二人が現世でのルイカの両親、ホワイルン男爵夫妻だったようだ。娘への挨拶を早々に終えた二人は、今度はシマキ様に目を向けて、そして輝かせた。
娘であるルイカを見た時よりも喜んでいそうな、二人の顔に私は違和感を覚える。
「まぁ! ルイカがシマキ様と仲良くなったと聞いた時は、嘘かと思いましたが、本当だったのですね。とっても、光栄だわ」
「愛想の無い娘だが、よろしく頼むよ」
「ルイカには、いつもわたくしの方がお世話になっているわ。こちらこそ、よろしく」
シマキ様の貼り付けたような笑みに気がつかなかったらしいホワイルン男爵夫妻は、安堵したように微笑んだ。
「シマキ様のような方と比べれば、何の取り柄もない娘だけど、何かの役に立ててちょうだいね。その代わりと言ってはなんだけど、是非シマキ様には私たちの顔を覚えていって欲しいわ」
「私からも、頼むよ」
ホワイルン男爵夫妻は、羨望と欲望が混ざった複雑な目を隠せていなかった。シマキ様は、それを見てどう思ったのか、目をスッと細める。
「ふふっ‥‥‥来客はわたくしだけでは、無いのだけどね」
その言葉を聞いたホワイルン男爵夫妻は、漸く私の存在に気がついたらしく、酷く興味のなさそうな目を向けてきた。
「‥‥‥あら、いらっしゃい」
「嗚呼、楽しんでいってくれ」
「は、はい、ありがとうございます」
上辺だけの挨拶を終えると、いままで黙っていたルイカが声を上げる。
「パパ、ママ、馬車で疲れているから、もう部屋に案内したい」
「あ、嗚呼、そうね。一泊するのだったわよね。来客用の部屋を整えてあるから、案内して差し上げて」
「夕飯は、皆んなで食べような」
「うん、ありがとう」
私とシマキ様も挨拶をして、私たちは漸く部屋に案内してもらえることになったのだった。
部屋は、私とシマキ様、別々に用意してくれていた。だが、私はシマキ様の護衛も兼ねて同じ部屋を使うことにした。ベッドは、学園の寮のように大きいものでは無いので、今日は一緒に眠ることは難しいだろう。でも、ソファーがあるので、寝ることに困ることはなさそうだった。私たちの荷物を一緒に運んできてくれたルイカが、部屋に入るなりため息をひとつ吐いた。
「ごめん、なさい。パパとママが、失礼な、態度をとった」
「気にすることないわ。中々、面白かったわよ」
「そうだよ、ルイカ。謝る必要なんてないよ」
私たちの言葉にルイカは無言で首を横に振った。
「違う、違うの! 今日、私が、家に招待したのだって、両親の指示、なの」
「えっ!?」
「‥‥‥詳しく聞かせてくれるかしら」
驚くだけの私と違って、シマキ様は顔を険しくして続きを促す。
「私のママ、浪費家、なの。貯蓄してあった資産も、両親の代で、全部食い潰した。それで、数年前に、使用人の給料も払えなくなって、全員、解雇させるはめに、なってしまったの。
それでも、パパは、ママの浪費を止めなかった。おかげで家は、火の車」
懺悔するように目を伏せる姿は、見ていられないほど痛々しい。
「苦しい家計でも、両親が、学園に通わせてくれているのは、良家のご子息と私を結婚させる、ため。私の学費はね、借金したお金で、支払われているの。
だから、私は、絶対に、玉の輿に乗らなければ、ならない。そうでないと、私の家族は、今度こそ、路頭に迷う‥‥‥この間、両親にポロッと、シマキ様と交流していることを、話してしまった。
そうしたら、家に連れて来いって、聞かなくて‥‥‥シマキ様なら、もう、気がついていると思う、けど、両親は、私と貴方の仲を深めることによって、ペールン公爵家からの資金援助を期待、している」
ルイカは顔を上げると小首を傾げる。その顔は、無表情なのに何処か泣いているように見えた。
「私はね、自分のために、シマキ様を、利用したの‥‥‥軽蔑、した?」
何もかもを諦めたような顔に、あの日のシャールさんを思い出した。
私は、現世では親のいるルイカのことを心の何処かで羨ましいと思っていた。
男爵といえども、貴族の娘だ。
きっと、親の愛情を受けて育ってきたのだろうと、漠然と思っていた。だって、ゲームにはホワイルン男爵夫妻のことなんて一度も出てこなかったから。
でも、違った。
ルイカも、また何かに縛られて生きていたひとりだったのだ。
その瞬間、私はルイカに何か言わなければと思った。あんな風に何もかもを諦めたような顔なんて、させてはいけない。
あんな風に諦めた顔をした人は、皆んないなくなってしまった。
ルイカを死なせたくないと、そう思った。
「ルイっ‥‥‥」
しかし、私の言葉は発されることは無かった。
「ふふっ‥‥‥面白いこと言うのね。軽蔑なんてするはずがないでしょう」
その前にシマキ様が、言葉を発したからだ。彼女の言葉に、ルイカは目を見開いた。
「人を利用して何がいけないの? ルイカ、貴方は悪いことなんて何もしていないわ。人間だって動物よ。生き残るために何だって利用する、それが普通のことよ。
でも、この社会はどうしてだか、自己中心的な人物に対してとても厳しいわ。もちろん、他人のために何かすることは大切よ。そうすべきタイミングもある。
だけどね、わたくしは自分のために行動する人の方が、余程人間味があって好きよ」
その瞬間のルイカの目の輝きを、どう表現すればいいのだろう。私の低い語彙力では語り尽くせないほどの希望に満ちた表情だった。
それと同時に、私の心はまたチクリと痛んだ。モヤモヤとよくわからない気持ちが、体を蝕んだ。
──何も悪いことなんて起きていないのに、私の気持ちはどうしてこんなに晴れないんだろう。
二人が話している姿を見ていたくなくて、私は目を逸らしてしまった。
ダリアのモヤモヤが続きます。




