潔白の証明
昨日の続きです。
数日前にも使った談話室で、私は人を待っていた。待ち人はまだ来ないので、ロマンス小説を読んでいた。軈て廊下から気配がしたため、本を閉じて顔を上げると、丁度扉が開いたところだった。
ガチャリと開かれた扉の先には、ルイカが立っている。そのまま向かえの席に座ったルイカは、少し不安そうな顔に見えた。
この状況は、何もかもが数日前と同じだった。でも、ひとつだけ違うことは、私の心がだいぶ安定したということだ。
「ごめん、待たせた」
「ううん、気にしないで」
「‥‥‥なんか、ダリア、スッキリした、顔してる」
「うん。漸くわかったんだ。シマキ様が、私に盾の役割を求めているわけじゃないって」
自分でも単純だと思うけど、あの悪夢を見た朝、シマキ様に隣で笑っていてくれるだけでいいと言ってもらったら、何だか体の力が抜けて、びっくりするくらい心が軽くなった。
だからこそわかった。シマキ様は、私に依存して欲しいわけではないということが。シマキ様はきっと、正気のままの私を隣に置いておきたいのだと思う。
「守れなかったから、せめてもの罪滅ぼしに、シマキ様の望む姿でいたいと思ったの。この間までの私は、貴方が言う通り少しおかしかったから」
「そう‥‥‥それで、今日は、何のために、呼び出したの?」
「嗚呼、そうだった。この前の返答をしようと思ってね‥‥‥でも、その前にひとつだけ質問してもいい?」
「答えられること、なら」
「後夜祭の時、コートラリ様と踊っていたけど、ルイカは彼のルートに入ったの?」
「どうして、そんな、こと、聞くの?」
「ただの確認。ルイカが故意的にコートラリ様に近づいたとしても、そうでなかったとしても、彼のルートに貴方が入ったということは、シマキ様が死んでしまう可能性が出てきたってことでしょう。シマキ様の護衛として、その可能性を見過ごすわけにはいかないの」
私の言葉にルイカは居心地悪そうに俯くと、じっと私の目を真っ直ぐに見つめた。前世の頃から変わらない、彼女が言いにくいことを言う時の仕草だ。
「信じて、もらえないかも、しれないけど、私は、コートラリ様を攻略、するつもりなんて、全くなかった」
「じゃあ、後夜祭でダンスに誘われたのはどうして?」
「知らない」
「知らないって‥‥‥」
キッパリと言い切った言葉には、嘘はなさそうだった。
「あの時、急に、誘われた。本当に、接点は、ない。イベントが起きたのだって、あのダンスが初めて」
そう、ヒロインが後夜祭でコートラリ様にダンスを誘われるシーンは、ゲームの中でもあった。しかし、それは、コートラリ様の好感度が一定数上がり、ルートが確定した時に起こるイベントだった。
ルイカの話を聞く限り、コートラリ様とはあまり親しいとは思えない。どうして、あのイベントが発生したのか、全くわからない。
と、そこで、私の頭にあるひとつの可能性が浮かぶ。
「…‥‥ゲーム補正?」
ゲーム補正、それは、本来のゲーム通りに物語を進めるための強引な補正のことである。
「それなら、突然、イベントが、起こることにも、説明が、つく」
「そっか、そうだよね。よかったぁ」
実は、少しだけルイカのことを疑っていた。私との約束を破って、婚約者のいるコートラリ様に近づいたのではないかって。
だが、その心配も、杞憂で終わったようだ。
これで、何の心配もなく、ルイカに協力できる。
「全然、よくない。補正の力で、コートラリ様が、私のことを、好きになってしまう、かもしれない」
「それでも、ルイカがコートラリ様ルートには入らないっていう、私との約束を守ってくれていて嬉しいんだ」
「‥‥‥そう」
私から顔を背けたが、その耳が真っ赤にそまっていることは、この狭い部屋ならすぐにわかった。顔は無表情なのでわかりにくいが、ルイカなりに、照れているらしい。
ゲーム補正のことは、追々考えてようと、今はそう思えた。
「本当にルイカは、全然変わってないね‥‥‥だからこそ、貴方に協力しようと思ったんだよ」
「えっ? それって‥‥‥」
「ひとつ言っておくけど、私はシマキ様のこと疑っているわけじゃないから。シマキ様のことを信じているからこそ、貴方の作戦に協力して、身の潔白を証明したいと思っただけなの」
ふっと、ルイカは唇を歪めて苦笑いをした。
「私だって、シマキ様が、ストーカー男じゃなければ、と願っている‥‥‥ダリア、一緒に、シマキ様の潔白を、証明、しよう」
ルイカの差し出した手を、私は迷うことなく取った。
ルイカ、再び登場です。




