004 一騎打ち
004 一騎打ち
オホーツク海を進撃する高野艦隊、そしてその進路上には、ロシア公国艦隊が存在した。
「此方は、大日本帝国第21艦隊である。ロシア公国艦隊に告ぐ、君たちのクーデターは失敗に終わった。直ちに原隊に復帰せよ。アレクセイ大公は許すといっている。」
「此方はコルチャーク元帥だ、高野伯爵相変わらず、ロシア語だけは上手いな」
「コルチャーク元帥、貴様が死ねば丸く収まる。早く死んでくれ」
「大公がどうなってもいいのかな?」無線の向こうで笑みを浮かべているであろう元帥が思い浮かぶ。
「残念だが、すでに救出済みだ、貴様には、ニコライの爺さんしか残っていない」
「・・・・・」
「降伏して腹を切れ!」
「・・・ハハハ、貴様は知らんだろうが、ウーランゲリ将軍もすでに動き始めているわ!」
衝撃の告白だった。陸軍はミハイル元帥が掌握していたはずだが、ロシア陸軍第2師団を指揮しているウーランゲリ将軍もクーデターに加担していた様だ。
「!さすがは米国か、それともここまで仕事を仕込むのは英国の情報部か、なかなかやるではないか!」とこの男は切り返す。
これは、戦艦対戦艦で行われている無線通信である。
「どうだ?、ハハハ」
「まあ、そういうことなのだな、コルチャーク元帥、構わんよ、後悔しても遅いが、皆殺しの憂き目に合わせてやろう!」男の声にはいつになく、憎悪が含まれている。
その声には、いつもの男の軽い調子はなく、怨念のような暗い意思が込められているのだ。
そう、いつもは非常に軽く、簡単に人をおちょくりながらだますのがこの男のスタイルなのだが・・・
「だが、さすがに、艦隊を壊したくはないので、コルチャーク元帥!一対一で決着を付けようではないか!」
「此方も望む所だ!」
さすがに空母航空戦を行えば、どちらも壊滅的な被害を免れない。
勿論、帝国側艦隊の方がレーダーや艦載機について有利である。
ロシア艦隊は一年前の装備そのままであるわけだが、帝国は新機軸の兵装に交換されている部分があるその分有利である。
しかし、そのような部分だけでは、圧勝することは難しい。
そして、北の海に夜が訪れる。
夜間の決戦であれば、約束を破って、航空機を飛ばすことは難しい。
戦艦『神武』艦橋では、意見が割れていた。
敵艦を撃沈に追い込むか、それとも艦橋のみ吹きとばすか、または新型対艦ミサイルの実験を行うかである。
相対距離が50Km、最大射程による砲撃が可能な距離に侵入する。
「残念ながら、艦内に隠されていた爆弾は撤去したぞ」コルチャークの声が無線から流れる。その声には優越感が含まれている。
戦艦『イワン』を建造したのは帝国である。使用していたのも帝国であった。
しかし、所有権はロシア公国にあった。ロシアの財源を使用して建造したため、休戦協定締結後に、ロシアに返還されたのである。
さすがに、最高機密でかなり強力な兵器であるため、返還の前に、トラップを仕込んで返した訳である。
機関部に仕込んだ爆弾は発見されたようだ。
「ええ、そんな~」棒読みで返す男。
これにより撃沈案は却下された。
レーダーによる砲撃が開始される。
「まあ、とりあえず対艦ミサイルの実験を開始」
対艦ミサイル『ハープーン』と名付けられた、射程100Kmの原始的な赤外線誘導ミサイルである。
諸元を入力して発射すると、適当に近づいて、最後は赤外線映像の高熱部分に突進する仕様になっている。高野企業群のコロリョフロケッツの製品である。
炎を噴出しながら空へと舞い上がっていく、ミサイルが高速で、敵艦へ向けて飛翔していく。
その数6発。初めての実戦である。
勿論、戦艦『イワン』には装備されていない。
「お見上げを今送りました」と男が無線で告げる。
夜間なので、ミサイルの火炎はよく見えた。
音速を超えるミサイルの一発がイワンの煙突で爆発した!
ドカーン!赤外線誘導装置はやはり煙突が好きな様だ。
イワンの艦橋は、大恐慌に陥る。
「すまん!まさか当たると思ってなかった」と声が届く。
爆発の衝撃で、突き転ばされて、鉄の棚にぶち当たって、大出血のコルチャークが喚く。
「くそ野郎!」
「ダメコン急げ!」
「貴様を殺す!」
しかし、無線からは、「心配するな、お前はすぐに死ねる。先にいっておいてくれ」
と感情のこもっていない冷たい声が消えてきた。
戦艦『イワン』は煙突を吹きとばされたが、戦闘には何ら問題はなかった。
速度が低下するのと、排煙が逆流して艦内(機関室)に充満する程度である。
「電波照射」
「電波照射開始」
戦艦「神武」から強力な電波が照射される。
この大和改型戦艦は、レーダーや艦砲の電動油圧使用などを電気の使用を前提としているため、機関部分に発電用エンジンが4つも積まれている。予備も含めて、それだけ電気が大事な艦ということになる。
当然、艦の指揮管制も電気により動く。エレベーターも電動だ。
そして、其の送電ケーブルは艦内を縦横に走り、距離にすると長大な長さになる、その送電ケーブルの途中に、トラップが仕組まれている。ある種の周波数の電波を受けると、トラップボックスが発動し送電ケーブルを焼斬るのである。
ある種の周波数の電波が届き、トラップが発動し、送電ケーブルの焼斬る。
戦艦『イワン』の艦橋の電気が落ちる。
これで、レーダー管制射撃が完全に沈黙、主砲の動きも手動になってしまう。
従来の帝国海軍であれば、見張り員が驚異的な視力を発揮する所なのだが、ロシア海軍兵はそこまで訓練されていない。
仮に、見えたとしても、電動油圧の砲塔を動かすことができないだろうが・・・
男は、完全に砲撃が止まったイワンに向けてタイミングを合わせている。
スキル『ワンショットワンキル』
脳内では、神武の射線がイワンの艦橋と重なる瞬間を待っている。
脳内画像の艦影と赤い射線が重なる。
「発射」その瞬間に発射ボタンを押す男、41cm三連装主砲が轟音とともに火炎を吐き出す。
敵艦までの射程距離はほぼ30Kmに迫っていた。
音速を超える砲弾は十数秒で、イワンに向かって飛び到達する。
ヒューンという嫌な音が迫ってくる。
コルチャークはどっと冷汗が吹き出た。その瞬間に、艦橋が大爆発に巻き込まれた。
彼は即死した。
「決着はついた、ロシア公国の反乱兵達に告ぐ、今すぐ武装を解除し、降伏せよ。今降伏すれば、寛大な処置がとられることは確実である。私が大公の兄であり、今回もまた命をすくった功労者である。取りなそう。君たちは、コルチャークに仕方なく従ったに過ぎない。」男の声が全艦艇の艦橋に響き渡る。
もともと、同じ艦で戦闘と訓練をしてきた間柄でもある。
いわば、同じ釜の飯を喰った間柄なのである。彼らは割と簡単に信じた。
ロシア艦隊は、こうして降伏した。
次々と艦上に帝国の兵隊が乗り込んでいく。
しかし、そこで行われたことは、寛大とは言えない行動だったという。
将校たちは逮捕され甲板に集められ、次々と処刑され、死体は海に蹴り落された。
「将校たちは、反逆罪により銃殺とした、お前たちも反抗する場合は、同じようになる」
日本兵は冷酷な声が発せられ、ロシア兵たちは、真っ青な顔になりがくがくとうなずいた。
日本兵の制服は海軍の制服ではなく、黒を基調とする軍服だった。
彼らは、俗に高野親衛隊と呼ばれる兵達であった。
「総長、さすがに今回のやり方は・・・」と艦隊司令の山口参謀がいう。
「参謀、私は今まで穏便にことを済まそうと思いやってきた。しかし、現実はどうか」
「私を守って2名の隊員が死んだ」
「私はもう遠慮するつもりはないのだ(殺して殺して殺しまくる)」声にこそ出さないが、男は、叫んでいた。
ついに世界に魔王が生れ出たのである。
先の戦争では26万人の米国兵士が戦没したが、穏便に済ませたつもりであったようだ。
山口参謀は、始めて見る総長の狂気に振るえた。暗い影のような闇が立ち昇っているように見えたのである。
「直ちに、イワンを函館ドックにえい航して、修理せよ。艦橋の替えはもうあるはずだ!」
「参謀すまんが、後を頼む。私は次の戦線へと向かう。」
山口参謀の任務は、通称ロシア艦隊の接収と修理、再配備である。
「は!総長」
「頼む」
敬礼を返す男はいつもの雰囲気に戻っていた。