東京悪夢物語「洋館」
東京悪夢物語「洋館」
私が子供の頃、近所に大きい洋館があった。
木々に囲まれ、広い庭があり、四季の草花が咲きほこり、別世界のような空間だった。
私は、いつもその洋館を眺め、
「いつか、こんな家に住みたいなぁ」と心の中で呟いていた。
そして数十年がたち…
現在、私は都心の繁華街で不動産業を営んでいる。
毎日、たくさんの物件情報に追われていた。
ある日、関連会社から一つの物件が回ってきた。
◯◯区◯◯町◯◯、
見覚えのある町名だ、
昔、私が住んでいた町の名前。
懐かしい、子供の頃の思い出が蘇る。
どこなんだ?
写真を見る。
あの洋館だ、あの広い庭の洋館だ。
持ち主は?
蔵元周一郎、
ああ、聞いた事がある。大手商社、観光まで経営している資産家だ。
確か、半年前に亡くなったはず、
そうか、遺産相続か、
資産家にはよくある事だ。親族が寄ってたかって財産を欲しがる。
法的相続に向かい、最終的には裁判沙汰になる事もある。
家財、家屋、不動産、全て売却し、お金に変えてしまう。
処分するのか…
数日後、私は物件の調査のために、久しぶりにあの街へやって来た。
「変わったな、」
駅前商店街は無くなり、マンション、アパートばかり、無機質な街になっていた。
昔の、賑やかな活気がある街の面影は欠片も無かった。
「仕方がないか、今時のご時世だ」
住宅街に向かう。
あった、あの洋館だ、
あの洋館だけが、そこに、タイムスリップしたようにたたずんでいた。
変わっていない、あの時のままだ。
私の記憶から忘れ去られていた憧れの洋館。
西洋風な建物、木々、広い庭、草花…別世界のような空間。
懐かしい、
本当に懐かしい。
預かった鍵で門を開け、中に入る。
庭が綺麗に手入れされてある。枯れ葉一つ落ちていない。
誰か住んでいるのか、
「こんにちは、」
「えっ?」
「お久しぶりです、」
誰?
ああ、思い出した。庭師だ。
いつもまめに、丁寧に、庭の手入れをしていた庭師だ。
「私のことを覚えているのですか?」
「ええ、覚えていますとも」
「いつも、お屋敷を眺めていましたね」
優しそうな笑顔の庭師。
「はい、」
思い出した。
一度だけ、
一度だけ、私が、いつものように洋館の中を覗いていた時、
「どうぞ、お入りなさい」
と庭師が招き入れくれた。
見たことのない木々、草花、庭園、まるで異国の土地に訪れたような、不思議な空間だった。
素晴らしかった。
桃源郷のような…
私は、その圧倒的な美しさに感動した。
何故か、涙が溢れてきた。
涙が止まらなかった、
そんな私の頭を撫でてくれた庭師…
だから、中を覚えていたんだ。
「お懐かしゅうございます」
「あの〜、言いづらいのですが、ここは、売却されるのでは?」
「……」
悲しそうな顔をする庭師、庭木を見つめる。
私は、それ以上、話を続けることは出来なかった。
数週間後、
本社から連絡があった。
『あの洋館の売却が決まった』という事だ。
外資系の高級マンションになるらしい。
すぐにでもマンション建設が始まり、取り壊しが決行されるそうだ。
「来月にも決行?」
「早いんじゃないか」
「なんか、幽霊が出るという噂がたってまして、」
「えっ、」
「カチカチと庭木の手入れをするハサミの音や、人影が見えるとか、」
「それで急いで、」
「庭師が手入れしているんじゃないのか」
「いいえ、あそこは、もう半年以上、空家ですよ、」
「今は、誰も住んでいませんよ」
「……」
蔵元氏は独身で執事や侍女、庭師たちと一緒に住んでいたらしい。
蔵元氏が亡くなった後は、それぞれ引っ越して行ったが、一人、庭師だけが最後まで残っていたそうだ。
その後、庭師は蔵元氏と同じ病気で亡くなったらしい。
私が会った庭師は幽霊?
そんな馬鹿な…
洋館の取り壊しの日、
私は気になり、立ち会うことにした。
門を壊し、ショベルカーが中に入る。
ガガガガガ、
無惨に潰される庭木、
ギギーーン、
チェーンソーで伐採が始まる。
バサ、バサ、
立派な枝がたちまち落とされる。
「あっ!」
「ちょっと待て、」
私は走り出し、ショベルカーの前に立ち塞がった。
「どうしたんですか?」
「人だよ、」
「あそこに人がいたんだよ、」
「ええっ、」
現場監督が見に行った。
「誰もいないよ」
「おかしな事を言わないで下さいよ、ただでさえ変な噂が立っているんですから〜」
「す、すまん…」
確かに人がいた。
あの庭師だ、
木々の中に悲しそうな顔をして立っていた。
ガガガガガ、
工事は進む。
洋館は次々と取り壊され、庭は無くなっていった。
私の憧れの庭が消えて行く、
美しい庭が、消えていく…
再び、涙が溢れてきた。
思い出、
後悔…
私は、たまに、あの洋館があった場所に行ってみる。
今は立派なマンションが立っていた。
目を凝らしてみる。
私の目には、まだ、あの洋館が立っていた。
木々に囲まれ、広い庭があり、四季の草花が咲きほこり…別世界のような空間。
カチカチ、
庭師が庭の手入れをしている。
優しそうな笑顔。