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『天使の背中短編集』

行方と幸せ

作者: すけともこ

長編執筆の息抜きに書き上げた短編です。

短編ですが、一度に読むには少々長めですので、お時間のあるときにゆっくりお読み下されば幸いです。

天使の背中東大陸の北部全域を占める大国、エスペーシア王国。


この世界に真の平和など存在しないといわれている中で、この国は今日も今日とて平和だった。


そんな「平和を絵に描いたような国」で、今まさに…とんでもないことが起ころうとしていた。



「パンデロー! 聞いてくれ! 大変なんだっ!」



ある日の昼下がりのこと。


私は、エスペーシア城の2階にある王立図書館から、廊下へと出てきた。



王子様の勉学の時間が終わるまで休憩しよう…


さて、どこに行こうか…



そんなことをまったり考えていると、そこへバクリッコさんが階段を駆け上がって来た。


そして、息も絶え絶えにこんなことを報告してくれた。



「聞いてくれパンデロー! クミンちゃんが…クミンちゃんが行方不明なんだっ!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



天使の背中西大陸にあるパステール王国出身の私が、エスペーシア王国のターメリック王子付従者として過ごし始めて、もう半年になろうとしていた。


この国に辿り着いた頃は、ちょうど夏の終わりで少し肌寒いくらいだった。



そこから月日は巡り…


冷たい風の吹く秋が終わり、小雪の舞う冬が過ぎ…


もうすぐ暖かな春がやって来る。



この半年で私は、王子様はもちろん、サボり癖のある執事のバクリッコさんや、同じエスペーシア城で働く人たちともすっかり打ち解けていた。



いつものように早めに仕事を終わらせて暇になっていた(これが見る人によってサボっているように見えてしまう)、デキるのかデキないのかわからない男バクリッコさんの日常…


私が王子様を勉学の時間のために図書館へ送り届けた後、自由時間になると知っていて声をかけてくれるのだが…


今日は、いつもとは全然違っていたのだった。



「クミンちゃんが帰って来るのって、今日だって話だっただろう? だから朝からワクワクして待ってたんだけど…もう昼過ぎなのに、姿が見えないんだよ!」



バクリッコさんは図書館の前であることも忘れて、大きな声と身振り手振りでその一大事さを力説してくれた。


私は、図書館から好奇心旺盛なターメリック王子様が勉学の時間にも関わらず、すぐにでも飛び出ていらっしゃりはしないかと気が気ではなく…


とりあえず、バクリッコさんを連れてその場から離れた。


バクリッコさんはというと、



「なぁ、パンデローも今日だって聞いてたよな!?」



と、廊下を歩きながらでも確認に余念が無い。



バクリッコさんが「行方不明だ」と騒いでいるクミンさんというのは、エスペーシア城のベテランメイドだ。


私やバクリッコさんとは、特別に仲の良い仕事仲間である。



勤続4年のクミンさんは、年末年始の1度しか仕事を休まないことで有名だったのだが…


なんと先日、珍しく有給をもらって実家に帰っていた。


理由は…年子の妹さんの結婚式だ。



クミンさんは口調もおっとりとしていてマイペースな性格の持ち主だが、それでも5人きょうだいの一番上のお姉さんなのだそうだ。


小さい頃から弟妹たちの面倒をよくみる立派な長女は、その技術を活かしてエスペーシア城のメイドに採用された…


…というのが、私の目の前でワタワタしているバクリッコさんの情報である。


私は、今にも肩を揺さぶってきそうなバクリッコさんを「落ち着いてください」と制した。



「確かにクミンさんの妹さんの結婚式は昨日で、クミンさんのご実家はここから日帰りできる場所にある…とコリアンダー騎士団長もおっしゃっていましたが、クミンさんが今日帰ってくるという話は聞いていませんよ」


「えっ!? そうなのか!? オレは、てっきり…」



私の情報に、バクリッコさんは目を白黒させている。


バクリッコさんは、自分が「こうだ!」と信じてしまうと、それを「事実」として受け入れてしまう人なのだ。


そんなバクリッコさんに、私は「それに」と付け加えた。



「それに、結婚式が終わっても、すぐにはこちらへ戻って来るとは限らないと思いますよ。お休みは今まで溜めていた分が充分にあるわけですから、今頃はご家族とのんびり過ごしているのかも…」



しかし、私が最後まで言い終わらないうちに、



「いや! それはありえないっ!」



先ほどまでポカンとしていたバクリッコさんが、強い口調で遮った。


私を見つめる萌葱色の瞳は、少し怒っているようにも見える。



「いいか、パンデロー…クミンちゃんはな、休みは年に1度しか取らない働き者だ。そんな彼女が用事も終わったのに戻って来ないなんてこと、あると思うか?」


「……」


「お前が思わなくても、オレは思う!」


「…いや、まだ何も言」


「よし決めた! クミンちゃんが明日のこの時間までに帰って来なかったら、オレたちで探しに行こう!」


「え」


「もしかしたらの話だけどさ…なんか、とんでもない事件に巻き込まれて、クミンちゃんはここに帰って来られないのかもしれないだろう? だから、探しに行く! 場所は…城の裏に見える裏山の雑木林! あそこにしよう」


「…えー…」


「いやいや、パンデロー。ここからすぐだからって、舐めてもらっちゃ困るぜ? あそこは人が行き交う道もあるが、1歩間違えばもう抜け出せない…クミンちゃんの実家もそっちのほうだっていうし、あそこは近道として使われているから、もしかしたら…」


「…そう、ですね…」



バクリッコさんの熱意は、まるで液体になった鉄のように、グツグツと私の胸に流れ込んできた。


バクリッコさんは、クミンさんをとても心配している…


けれども私は、何か事件に巻き込まれたなんて、この平和な国には似つかわしくないと疑いもせずに信じ込んでいたのだ。



こうしてバクリッコさんの熱意に触れて、私は考えを改めた。


平和な国だからといって、油断していいわけがない。



「…わかりました。明日、一緒に行きましょう」


私がそう言うと、バクリッコさんはパァっと顔を輝かせて、



「さっすがパンデロー! そうこなくっちゃな!」



と、私の肩をバシバシと叩いた。


地味に痛いが…いつものバクリッコさんだと安心したとき、ちょうど近くの教会から小休憩の終わりを告げる鐘の音が響いてきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌日の昼休みは、まるで下り坂を駆け下りるようにすぐにやって来た。


そして…というか、やはり…


クミンさんは、エスペーシア城へは帰ってこなかった。



城内の人々はというと、メイド長であるレモングラスさんをはじめ、クミンさんの行方を気にしている人はいないようだ。


…私とバクリッコさんを除いては。



エスペーシア城の裏にある雑木林は季節柄、枯れ木で賑わっている。


真冬は通行止めになる裏山の門前で、私は緩やかな上り坂を見上げていた。


そんな私の隣には…



「あの、バクリッコさん…どうしてそんなに大荷物なんですか?」


「え? …だって、もしかしたら泊まり込みになるかもしれないだろう? 念には念をってやつだよ。あ、心配しなくてもいいぞ。パンデローの分もあるけど、オレが持って行ってやるから!」



中身がギュウギュウに詰まっていそうな大きなリュックサックを背負ったバクリッコさんは、得意げに鼻を鳴らし、意気揚々と雑木林の奥へと進んで行った。


何の荷物もなく散歩感覚で出てきた私も、準備万端のバクリッコさんを追うように歩き始めた。


…しかし。



「…無理」



数十分も歩かないうちに、バクリッコさんは地面にへたり込んだ。


そして一言も喋ることなく、憔悴した顔で私に先に行くよう促すと、自分は道の真ん中に寝っ転がってしまった。


…もう、動くどころか口を開くことさえ不可能なほどの疲労らしい。


私は、城内で「ちょっとキューケー」と言いながら廊下に寝転がっているバクリッコさんを思い出しつつ、ひとりで雑木林の奥へと歩みを進めた。



…ひとりになっても、黙々と歩くことに変わりはない。


まだ土に帰りきらない落ち葉の匂いを胸いっぱいに吸い込み、もうすぐ春が来ると教えてくれているらしい野鳥の声を聴きながら、私は細道をサクサクと歩いて行った。


行けども行けども変わらない風景の中を歩いていき、ふと脇道に目をやると…


奇妙な跡が目に入ってきた。


道でもない草地の上を、何か重たいものでも引きずったかのような跡だ。



「……」



これだけでは、いったい何が起きたのかはわからない…


しかし…胸騒ぎがする。


心臓が大きく波打つ…


まさか、いや…そんなまさか。



私は、バクリッコさんを待つことにも思い至らず、一抹の不安とともに奇妙な跡を追って林の奥へと分け行った。


すると、



「…あれ? パンデロー君…?」



数歩も行かないうちに、林の奥から人影が現れた。


それは…亜麻色の髪をシニョンにした、ジャージ姿のクミンさんだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…え? それじゃあ、わたしを探しにわざわざここまで来てくれたんだぁ! へぇ〜、そうだったんだねぇ」



突然現れたクミンさんは、私に雑木林の奥へ来るようにと、前に立って歩き始めた。


私がここに来た理由を説明すると、クミンさんはおっとりとした口調ではにかんでいた。


今のところ、特に変わった様子はない…



私が訝しみながらもクミンさんについて行った先には、ちょうど木が1本もないスペースがあり、そこにはテントが張られていた。


近くには焚き火の痕跡と、大きな旅行かばんがひとつ…


先ほど見かけた「奇妙な跡」は、クミンさんがここへ自分の荷物を持ち込んだ跡だったらしい。



「心配させちゃったみたいで申し訳ないんだけど…実は昨日からここで野宿していたの。これが結構楽しいんだよぉ」



焚き火跡の前にちょうどある切り株に並んで腰掛けると、クミンさんは淹れたてのコーヒーをご馳走してくれた。


大自然の中で芳醇な香りが漂い、鼻腔を刺激する…


なんだか、とても疲れが取れそうだ。



普段は大人数の城内で働いているクミンさんは、ここでさぞかし「ひとり」を満喫しているのだろうな…


と思ったのだが、



「……」



楽しいんだよぉ、という言葉とは裏腹に、クミンさんの表情は冴えなかった。


やはり何かあったのだ…


しかし…


私が尋ねてもいいものなのだろうか…


どうしたものかと迷っていると、



「…ねぇ、パンデロー君」



クミンさんは、コーヒーの入った大きなマグカップを両手で包み込んで持ちながら、



「わたしって、幸せそうかなぁ?」



そんな問いを投げかけて、語り始めたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



わたしは、このお城で働くようになるまで、ずっと妹や弟たちの面倒をみて過ごしてきた。


物心ついた時から、進んで父と母の代わりを引き受けていた。


…だって、わたしはそれが好きだったから。



好きなことをして、家族が笑顔になって自分も幸せになれるって、素晴らしいことだなぁって思っていて…


それで、もっといろんな人たちの家事を引き受けてみたくなったわたしは、このお城のメイド採用試験を受けて合格した。



家でやっていた「お手伝い」を仕事にできるなんて、とても幸せなこと…


わたしは恵まれているんだなぁって、自分の仕事に誇りを持っていた。


でも…



そう思っていたのは、わたしひとりだけだったみたい。



昨日、久しぶりに実家に帰って仲良しの妹ともたくさんお喋りできて、すっごく楽しかったんだけど…


結婚式の会場で、数十年振りに会った親戚の伯母さんに言われちゃったんだ。



「あらぁ、結婚は妹ちゃんのほうが先だったのねぇ。お姉ちゃん、負けちゃったの? もっと頑張らなきゃダメよぉ」



…わたしね、びっくりして瞬きも忘れちゃったくらい。


だってその伯母さん「太陽が東から昇るように、結婚は妹より姉が先」みたいな…なんて言うのかな…


まるで、自分は当たり前のことを言ってるんだって口調だったの!



しばらくして、わたしは伯母さんが何を言ってるのかわかってきて、頭の中に反論みたいなものも浮かんできた。



別にわたしは妹に負けたわけじゃないし、そもそもどっちが先に結婚するかなんて競走もしていないし…


ってか、もっと頑張るって何を!?



…でも、何も言い返せなかった。


自分が「当たり前」だと思っている人には、何を言っても無駄な気がしたから。



伯母さんの前で黙りこくったわたしの様子を見ていたのか、妹に付いていた母がこっちに来てくれて、伯母さんにこう言ってくれたの。


でもね…



「クミンには、自由に生きていってもらいたいと思ってるんです。小さい頃から妹や弟たちの面倒をみさせて、家事の手伝いもさせて、全然好きなことをさせてあげられなくて申し訳なかったから…だから、今は自分の好きなことを見つけて幸せになってもらいたくて…」



…あれ? って思っちゃったんだよ。


わたしはもう好きなことをして、幸せに過ごしているのに。


妹や弟たちの面倒も、家事の手伝いも、自分が好きでやっていたのに。


…わかってもらえてなかったんだって。



そうしたら、急にわからなくなっちゃったの。


わたしって…今、本当に幸せなのかなって…



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…それで、ちょっと好きなことから離れてみようと思ってね、ここでひとりで過ごしていたんだぁ」



クミンさんは、これまでのことを一息に語り終えると、残っていたコーヒーを飲み干した。


…勢いはあれど、やはりその表情には翳りが窺える。



自分の幸せが、他人はおろか家族にも理解されず…


自分は本当に幸せなのか、わからなくなってしまった…



目の前に座るクミンさんは、自分ではわからないことを考えすぎて疲れてしまったように見える。


しかし…そうではないだろう。



きっと、クミンさんはもう気がついているはずだ。


自分が求めている答えを、だれが持っているのかということに。



「クミンさんが幸せかどうか…私にはわかりません」



コーヒーの入ったマグカップを握りしめて口を開くと、



「…だよねぇ」



クミンさんは、すっと目を伏せてしまった。


けれども私は、気にせず声を大きくして続けた。



「でも、クミンさんはわかっているはずです。自分が幸せかどうか…それを教えてくれるのは、何が幸せか決めるのは…だれでもない、自分自身だってことを…!」


「……」


「一緒にお城に帰りましょう…クミンさんの好きなことをして、これからも幸せに過ごしてください」


「……」



黙って私の話を聞いてくれていたクミンさんは、そこでぱっと顔を上げて私をじっと見つめていた。


かと思うと…ふふっと笑って、



「ありがとう、パンデロー君…そこまで真面目に答えてもらえるなんて、思ってなかったよぉ…なんか、すっごい元気出てきた! 本当は、もう2、3日ここにいる予定だったんだけど…今は早くお城に帰って、自分の好きなことをたっくさんしたい気分!」



クミンさんは素早く立ち上がると、先ほどまでの沈んだ表情はどこへやら、にこやかにテントを片付け始めた。


あれよあれよという間に片付けは終わり…


私はクミンさんの旅行かばんを引き受けて、一緒にもと来た道を戻っていた。



「…わたしね、なんとなく気づいてたんだ」



緩やかな下り坂をエスペーシア城へ向かって歩きながら、クミンさんはぽつりと呟いた。



「自分の幸せは、自分で決めるものだって気づいてた…でも、だれかにそう言ってもらいたかったんだよねぇ」



…やっぱり。


私は、その嬉しそうな横顔に「そうだったんですね」と頷いてみせた。



しばらく行くと…


雑木林の入り口近くから、大荷物を投げ捨てたバクリッコさんがこちらへ駆けて来るのが見えてきた。



おわり

最後までお読み下さり、ありがとうございます。

短編はあと何本か書き溜めているのですが、どれも「長編パンデロー以後、長編シーナ以前」の期間の内容になっています。

(例えば、今作のクミンは友人であるシーナと出会う以前のクミンです)

長編作品も合わせてお読み下されば幸いです。

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