表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

給食こぼし 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらや、その寿司食べねえの? もーらいっと……ととと。

 なんだよ、食べるなら早く食べろよな。後生大事に皿に残しているのを見ると、嫌いなのかと思って処理したくなるんだ、俺は。


 ――好きなものは最後まで残しといて、嫌いなものを先にかたづけたいくせ?


 へえへえ、「お楽しみはこれからだ」ってところか? 確かに試練を乗り越えた後のご褒美ポジも、悪いことじゃないが、俺にはちょっと残すものについて思うことがあってな。

 なーに、説教じゃねえ。お前の好きそうな奇妙な話って奴さ。俺の学生時代の話だが、聞いてみないか?



 ガシャンと、器を落とす音が教室中に響き渡る。

 給食の「いただきます」が終わって3分。その音の出どころへみんなの視線が集まった。

 俺の隣の席に座る男子だ。互いの机をつき合わせての班形態。イス同士がすぐ隣になる形で、俺は飯を食っていた。

 その男子はかきたま汁の入った器を転がしている。俺がいるのとは反対側の床に転げ落ちた器は、ほどよく形を崩した卵とわかめを、盛大に床へ飛び散らかしている。


 そのときは、一概に責めるべきじゃないと思ったさ。

 クラス替えの当初、先生から、こいつは左腕がけがで不自由な状態だと聞かされていたからな。授業中も左腕をだらりと垂らしながら、右手一本でノートをとっていた。

 これが普通の生徒なら、行儀の悪さをたしなめられて、左腕を机の上へ出すことになるだろう。それがこいつには特例で許されるんだから、面白く思わない奴も多かったろう。俺だってそのひとりだ。


 だが、腕を骨折していた経験のある俺には、少しは情状酌量してやる余地があった。

 腕を思うように動かせないことと、それに付随するトラブル。それを「ミスらないことなんか、さも当然」と言わんばかりになじられると、その相手をぶん殴りたくなるからな。

 自分から席を立って、雑巾類を取りに行こうとするのを俺が制し、代わりに動く。周りのみんなの協力もあって、つつがなく掃除は終わった。

 さすがに床に飛び散ったものを食べようとは思わねえが、「もったいねえ」感は否めない。

 落とすくらいなら、最初から俺に譲れと思ったくらいだ。好き嫌いはぜんぜんないし、あまりに腹が減るもんだから、こっそり買い食いしているのも、一度や二度じゃない。

 今日だって、「少なめで」とあらかじめ減らされたおかずは、軒並みいただいている。トレイに入りきらない奴は、とっとと食べておかわりだ。

 それが今回は掃除のために、遅れをとってしまう。まあ、仕方ないかとその日は我慢したんだがな。



 ところが、そいつはしばしば給食をこぼすようになる。

 かきたま汁以外にも、魚に筑前煮に、チーズ焼きに、チキン南蛮、果てには個包装されたフルーツの袋を取ったとたん、つるりと床へ滑らせる始末だ。

 こうも続くと、さすがの俺も頭にくる。少し前から観察していたんだが、こいつの箸を持った右手の動き、怪しいのさ。

 あきらかに口へ運ぶ動作に、必要ない一瞬の動きがある。それはおかずをトレイから跳ね飛ばすには、十分なもの。他のみんなは自分の食事に気を払って、その一瞬を見逃しているくさかった。


 ――こいつ、実はとてつもない偏食家なんじゃないか?


 どのような先生でも、床に落ちたものを食べろとはいわないだろう。ひと昔前ならともかく、いまそのような指導をしたら体罰の一種ととられかねないからな。


 わざとやっている疑惑が湧いてくると、最初に抱いた憐憫の念も手伝って、憎らしくなってくるもんだ。

 どうにか証拠を押さえてやりたいが、こぼすのにかかる時間はほんのわずか。見てからじゃ遅いし、現行犯? ともちょっとニュアンスが違いそうだ。

 それにこいつ、こぼすものに関して偏りがなさすぎる。

 豆とかひじきとかにんじんとかしいたけとか、和食にありがちで子供に不人気な具ならともかく、肉とか主食までこぼしていくとは、どういう了見だ?


 先生も様子は察してくれているようで、そいつの席の近辺には、物がこぼれても被害が少なくなるようシートが敷かれている。

 ところが一週間に一回は、こいつはそのシートから外れるようなこぼし方をしている。腕をぶつけ、箸で挟んだものをすっぽ抜けさせるんだ。

 教室に新しい汚れがつき、俺たちはまたも掃除に駆り出される。さすがにみんなもけげんそうな目で、こいつのことを見るようになってな。じょじょに距離を置き出したんだ。



 そしてしばらく経った体育の終わり。

 廊下で着替えていた男子陣は、教室の中で響いた女子の悲鳴に耳を立てる。

 ゴキブリでも出たのかと、ドアを叩きながら様子を確かめるも、そのときは適当にはぐらかされた。だが着替えが済んでから仲のいい女子に聞いたところ、一部の体操着の袋に穴が開いていたというんだ。

 しかも人為的なものじゃなく、その部分だけ酸を被ったような、不自然な溶け具合だったらしい。

 俺は不審に思って、休み時間に教室中をさりげなく調べてみたんだが、各々の机の脚の部分。そこについているキャップが、ほとんど溶けていたんだ。


 学校生活に、そこまで支障はない部分だが、これだけの広範囲。明らかにおかしい。

 かといって、俺一人でいろいろとやる力も度胸もなく。放課後にひっそりと担当の先生に相談したんだ。ついでに、隣のあいつの給食をわざとこぼる様子もちくった。

 すると先生は目を丸くしてな。「少し確かめたいから、ついてきてほしい」と、まずは物置へ移動する。

 持ってきたのはカナヅチと小型のバール。その後は教室へ向かったかと思うと、内側から鍵をかけてしまう。


「おおっぴらにするとまずいからな。少なくとも学校にいる間はいうなよ」


 先生は俺にそう釘を刺し、あいつの席の近くへ移動。その椅子の下にはまる、タイルの一枚にバールを突き立てたんだ。

 日曜大工でもしているのか、先生は小気味よくカナヅチを振るい、バールをタイルへ食い込ませていく。ほどなく、タイルをくいっとわずかに持ち上げ、その裏を少し見つめた後、俺を手招きする。



 先生が見せてくれたのは、ほんのわずかな間だけ。だが、俺は見たよ。

 タイルの下で、白とピンクにぷくりと膨れ上がる肉塊と、その表面に浮かぶ無数の血管を。それは肉屋でさばかれる前の肉より、ずっと脂でてかっていたよ。


「先生の小さいころにもこいつはいた。こぼした給食を食べて、こいつは育ったんだ。

 てっきり田舎だけかと思っていたけど、まさかこんな都会に現れるとは思わなかった。

 放っておくと、学校の備品が片っ端から食べられるぞ。もしまかり間違って、人の味を覚えたら、なお危険だ」



 その日は帰るように言われたよ。

 そして翌日から、あいつはクラスで一緒に食事をすることはなくなったんだ。

 以来、俺は誰かが皿にものを残していると、警戒しちまうんだ。いつ偶然を装ってこぼし、あいつを育てるんじゃなかろうか、てな。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです。 構ってちゃんとも違っていたのですね……。餌付けしていたのか、させられていたのか。最初は偶然こぼしただけだったのかもしれませんが、得体の知れないものでもやはり育つのを見…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ