第269話 三獣招来
そして、公的にはラストの初舞台となる【天魔破道】第三試合の日がやってきた。
実際は数百年前から現代まで生き延びた魔王軍幹部と死闘を繰り広げたり、先代のヴェルジネア卿の自滅覚悟の魔法を切り砕いたりとそれなりの場数をこなしてきた彼だが、そんなものは到底公に吹聴出来る実績ではない。
よって、この試合が彼の名を披露する初めての機会だと考えるのは、さほど間違っているものでもないと言えよう。
もっとも今のラストの思考の主要な部分を占めているのはそんなどうでもいいことよりも、ローザの抱えているらしきよろしくない事情だった。
試合の始まる三十分前、会場の前で顔を合わせた彼女には一見して、昨日のような辛そうな表情はなかった。
しかし彼と目が合った瞬間に僅かながら顔を背けようとしたことから、表向きにはうまく隠しているだけで、内面では深く昨日の出来事を引き摺り続けているのだろう。
ラストとしては早い内に言葉を交わして彼女から情報を得たかったのだが、同時にヴォルフとジュリアもまた合流していた以上、その場でなにかを問うことは出来なかった。
――彼女が隠そうとしているのなら、むやみにその事情を他の人間に明かすわけにはいかない。
また、家族とは犬猿の仲であるらしいとはいえ、未だラストとは違って貴族の名を背負ったままである彼らを巻き込んでは、意図せず政治的な問題へと飛び火してしまう恐れもある。
なにせ相手が貴族街の方向へ去っていった以上、ローザに負の影響を及ぼしている相手は彼らと同じ貴族である可能性が考えられるからだ。
もし二人が関わってきた場合、家と家の……果ては派閥同士の争いに発展しかねない。
国内政治に余計な混乱をもたらすことも彼としては好ましくなく、なるべく秘密裏にことを進めるべきだと、今の時点でラストは考えていた。
いずれにせよ今はローザから手掛かりを得るのは諦めて、「試合での活躍を楽しみにしている」と彼らに肩や背中を叩かれて激励されながら、ラストは歯痒い思いを心の片隅にいったん押し込んで目の前に迫る己の試合へと意識を集中させるのだった。
舞台へ続く通路を潜った先には、もうすっかり見慣れた大勢の観客たちが待ち受けていた。
出場者が試合を勝ち進むにつれ強くなる熱狂の渦は、今日もまた愉しませてくれとラストたちに全身全霊で訴えている。
彼らからの期待と応援を重く受け止めながら、ラストを先頭にした破組の面々はあらかじめ指定された開始時の位置である東の建物の屋上へと移動する。
今回、ラストら【天魔破道】及びその敵となる【氷晶創界】の戦いの場に選ばれたのは第三演習場――以前彼が入学の初日から決闘を行う運びとなった市街地の無人模型だった。
ラストが会場の中でもひときわ高い四階建ての先から今回の戦場を睥睨すると、ちょうど反対側の方向の同程度の建物の屋上には、今回の対戦相手の集団が見えた。
その人数をちらりと見て事前情報と相違ないことを確認した後、彼は周囲に存在する無人の建造物群を見通すように眺める。
既に他の試合が幾つも執り行われているはずだが、そこまで崩落の跡は目立っていない。
かすかに散らばる瓦礫と、その中から生えるように聳えている目新しい建物――どうやら逐次、大規模な破壊が為された試合の後は土魔法の使い手により修理が施されているようだ。
これならば、と頭の中で計算を働かせたラストは確信を得たように頷く。
なにしろこの試合において彼が選んだ、先日の外出の折にふと発想を得た――正確には、思い出したと言うべきか――その攻撃手段には、ここの環境は最適なものだったからだ。
「――よし」
「お、なんか知らんが良い感じそうじゃねぇか。かかっ、こりゃあ面白いもんが見られそうだぜ」
「だってあたしたちの頭なのよ? もちろんあたしたち以上の活躍を見せてくれるに決まってるじゃない。ねぇ?」
「……あー、はい。そうですね、たぶんラストくんなら……きっと私たちには想像もつかないようなことをやってくれるんじゃないでしょうか? ところで先輩は今度は何を持ってきてるんですか?」
「これか? どっかの国の宝鏡獣とか言うヤツの干物の素揚げだ。少々固いが、噛んでるうちにじんわりと旨味が出てこれがまたイケる」
「……また変なもん食べてるのね、アンタ」
なにやら後ろで話されている興味深い会話に加わりたい誘惑に耐えながらも、ラストは前を向いて必要な情報を集め続ける。
なにしろ今回彼が狙う形の勝利を作り出すためには多くの緻密な計算が求められるので、試合の前に出来る限りそれを処理してしまいたかったからだ。
エスの下で修業した彼にとってもあまり軽いとは言えない脳の負荷をこらえつつ、ラストは会場の障害物たちを視線で射抜くかの如く凝視する。
そうしている間にますます会場の熱気が高まっていき、やがて絶頂に達しようという中、いよいよ拡声魔法による案内が鳴り響く。
「――只今より、第三試合【氷晶創界】対【天魔破道】を開始いたします。双方、準備を……」
その放送を受けて、ラストは思考の端で改めて敵となる小隊の構成を振り返る。
【氷晶創界】、彼らは王国では珍しい氷魔法を扱う一族を中心とした面子であり、その隊名はそのまま彼らの象徴たる攻撃魔法の名として対外的にも大きく知られている。
この英霊奉納祭に参加しているのは、奇跡的に学院の在籍時期が合致した本家所属の三人兄弟とその補佐を務める分家の三人だった――本来は、だが。
しかしそのうち分家の一人が先日の試合で重傷を負ったせいで今回の試合には参加できず、彼らはあえなく五人でこの場に立っている。
とはいえ、ラストの顔に油断の色はない。
人数が足りなかろうと敵は敵であり、そうである以上、手を抜く理由にはなり得ないのだから。
「……それでは、試合開始!」
鳴り響く銅鑼の音が戦いの火ぶたを切り、【氷晶創界】の面々が颯爽と二手に別れて駆け出す。
開始位置に残る二人と、更に分散して散っていく三人――前者が本命の高威力氷魔法を準備しつつ、後者がその展開を補助すべく妨害役の前衛として立ち回る、魔法使いとして王道の戦法だ。
そんな彼の読みに正解だと答えを示すように、さっそく彼らは魔法を放ってくる。
「――【火炎弾】!」
「――【土濤濁滝】!」
「――【旋風千刃】!」
火、土砂、風。
三種の迫りくる魔法に対して、ラストはおもむろに懐から一振りの短剣を引き抜いた。
「君たちのお株を奪うようで申し訳ないけれど、ここでそんなことを言うのは無粋かな。いずれにしても、こちらに傷をつけたいなら最低限これくらいは超えてもらわないとね――凍て咲け、【雪銀剣】」
それは、ラストが王都に来る前にヴェルジネアで拵えた氷を司る魔剣――厳密にはそれそのものではなく、術式をそのまま流用し、先日倒した竜の素材の余りを用いて作り上げた簡易式の使い捨てだが。
それでも一発限りという代償を設けただけあって、威力は生半可なものではない。
奇しくも今回の対戦相手の得意とする魔法と同じ属性であるその魔剣をぴっ、と軽く投擲して地面に突き立て、ラストはその力を解放させる。
襲い来る敵の攻撃魔法――それが、刀身から展開された氷結晶の天蓋によって防がれる。
強固な六角形の氷面体が幾つも重なり合って出来上がった結界の内に囲われることになったラスト及びほか三人に届いたのは、精々がそよ風一つ程度に過ぎなかった。
「なっ、我らの代名詞たる氷魔法だと――?」
「平民出身であるはずの奴が、なぜ神聖なる氷魔法を!?」
それを見た敵の間に動揺が走る中、ラストは特に返答することなく目を瞑りつつ、両手を合わせ、更に集中を深める。
先ほど観察していた近辺の建物の構造を脳裏に走らせ、それらの目測で得た寸法を元に必要な情報を取捨選択し、意識上で解体、そして望む形へ再設計。
そうして思考の上での試算を終えて成功への確信を得た彼は、この初戦の勝利を華々しく飾るに相応しいと思った――正確には思い出した、と言うべきか――名を厳かに告げる。
「行くよ――【紡魂魔糸・三獣招来】」
がこん、と会場の三分の一が不穏な音を立てて揺らいだ――。
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どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




