第265話 奇作の下の奇遇
当初はラストの父ライズが演説で語ったように儀式としての色合いが濃かった英霊奉納祭も、時代を重ねるにつれ、世俗的なお祭りとして人々に馴染んできている。
戦いの強さのみを尊び神聖視する時代から、民衆の娯楽を考慮した時代へ。
常に争乱の匂いを孕んでいた重々しい空気が八百年という時の彼方へ消え去り、平和な世界を当然として謳歌する世代が多数を占める世界となった今、その需要に従って文化が変容していくのもまた必然のことなのだろう。
「『眠るドミナスと歌仙公女』第二幕、後二十分ほどで始まりまーす!」
「ふくく……そこの悩める若者よ、華国式卜占術に興味はないかね……?」
「我こそはという剣士よここに集え! 見事用意された的を斬り伏せた武者には、かのプランチャー派の波刃剣が進呈される! 参加費は――」
第二回戦が終わり、勝ち上がった出場選手たちは今、一日の休息に身を置いていた。
華々しい魔法の応酬が目を惹く学園での試合の代わりに人々の浮き立つ心を支えているのは、王都にて行われる多種多様な催し物だ。
歴代英雄の活躍を描いた劇に演奏会、吟遊詩人の弾き語り、小さなところでは怪しげな占いや大道芸まで、その幅は多種多様。
それらを仲間と和気藹々としながら渡り歩いたり、時には秘密の場所にて婚約者と戯れたりすることで、生徒たちは試合で消費した英気を養っている。
その光景――人々が晴れやかな笑顔で楽しんでいる姿を眺めるラストもまた、気分転換のつもりで王都へ足を運んだ者の一人だった。
とはいえ特にお目当てもなく、今の彼はひとり静かに彷徨うように歩を進めているだけなのだが。
「どうしようかな、次の試合……」
ラストの思考を占めているのは、もっぱら次の第三試合で自身をどう魅せるかについてだった。
英霊奉納祭の観客の割合はおおよそ一般市民が八割で生徒が一割、そして軍および政府関係者が一割だ。
その全体に満遍なく自分という存在を刻み込むには、とにかく分かりやすくて派手な魔法の方が良いことは分かっている。
しかし――彼の扱う攻撃手段は、残念ながら見栄えが悪いものばかりなのだ。
魔力量が少ない故に、なるべく余剰を切り詰めて少しでも効率化を図る。
そのような努力を積み重ねていった結果として、ラストの攻撃は地味で目立たないものが大多数となっている。
一応は代名詞的な切り札として魔剣術【白棘降雷】もあるのだが、これも実は発動には一定の条件を要する。
上空に落雷を誘発できるだけの黒雲が漂っている、もしくは周囲に回収利用可能な魔力が潤沢にありふれているなど、転じて使用することの出来る外部の力がなければ使えないのだ。
されど、明日の天気は今のところ晴れになる見込みである。
そして会場に存在する他者の魔力を回収する技術は、公然では使えない。
例え魔力切れに陥ろうとも容易に回復することが叶う――その魔法使いにとって夢のような技法は、ラストが求める以上の熱烈な視線を集めてしまうだろう。
それに代償として、かき集めた魔力に染み込んでいる他者の想念に呑まれて自我が消失してしまいかねないという欠点もある以上、下手に広めたくはない。
となれば、さて。
「使う魔力は最低限に、かつ見た目が人の目を惹くような魔法……困ったな」
そうして適当に街をふらついていると、ふと、ほのかな甘い香りが彼の鼻についた。
どうやらちょうど焼きたての菓子が出来上がったらしく、それを籠一杯に抱えた店員が店頭でしきりに試供品の提供を呼び掛けている。
「【子猫の集い】新作、レモンとカスタードのサラミサンドイッチ……?」
一見奇抜な組み合わせに見えるだが、それが逆にラストの興味をそそってくる。
もしかしたら、食べてみることで自分には思いつかないような妙案に巡り合えるかもしれない――そんなことを考えながら彼が店員の下へ近づくと、伸ばした手が誰かのものとぶつかってしまう。
「あ、すみません。お先にどうぞ、僕は次で構いませんので」
「……なら、貰う」
そう言ってひょいっと自分の分を摘まんだ声に聞き覚えがあって、ラストはそちらを見る。
すると、そこには前に会った時と同じく、夢と現の境目を見ているようなとろんとした目で彼を見ているハルカの顔があった。
「……えーと。こんにちは、ハルカさん。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「……偽ラスト?」
「その覚え方は酷くないかな……?」
なまじそう言われても仕方のないことをやっているという自覚はあるので、否定は出来ないラストだった。
制服姿のままの彼女は変わらず剣を腰に帯びていて――その柄頭に、そっとサンドイッチを持っていない方の手が添えられる。
「今日は……良い天気。だから……死合う?」
「いや死合わないからね。だからその殺気を収めようか。周りが迷惑がってるから」
人形のように可愛らしく首を傾げているだけの彼女だが、さりげなく常人とは質の違う殺気を漏らしている。
それを感じ取った運の悪い市民たちが、ラストたちの周囲を通り過ぎる度に顔を青くしたり、さりげなくお腹を抑えたりしている。
「それよりも、君もこの新作に興味があるんだよね。だったらまずこっちを楽しんでみようよ。生ものだからあまり放っておくと悪くなっちゃいそうだし、それはハルカさんにとっても不本意だよね」
「……ん」
その説明に納得してくれたようで、彼女は店内の食事が出来るところへと歩き出す。
ローザから聞いていたように、甘いものには目がないらしい。
しかし、ラストがほっと息を着いたのも束の間。
ハルカは柄頭から離した手で彼の左手をちょんと摘まんで、一緒に行こうと引っ張ってくる。
どうやら彼女は、どちらの獲物も逃がすつもりはないらしい。
……なぜこうなったのかは分からないが、こうなれば腹をくくるしかない。
「分かったよ。一緒に食べようか」
そのラストの返事に、ハルカは少しだけ口の端を上げて微笑んだように見えた。
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どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




