第264話 厄星連爆
あけましておめでとうございます。
本年もこの作品をよろしくお願いいたします。
宣言と同時に、ジュリアが地面に置かれた【厄嬢箱】の上部を爪先で小突く。
それが取っ手のすぐ横に設置された出っ張りの部分をカチッと押し込むと、鞄の中身が跳ねるような勢いで自動的に展開された。
外見の形状から推測できる本来の奥行きを大きく超えた、内部空間。
そこから秩序立った動きで並び姿を現した封詰状態の大量の素材が、まるで鍵盤の如く、彼女の前方へ半円状に宙に敷き詰められる。
その様子を離れた位置から眺めていたローザが、ラストに問う。
「あれが先輩の新しい武器、なんだよね?」
「うん。携帯式貯蔵庫、【厄嬢箱】。僕がジュリア先輩に贈った、彼女専用の魔道具さ。空間拡張と軽量化の魔法がかけてあるから、あれで小さな倉庫一つ分の収納量があってね。それに、素材ごとに最適な保管環境を設定することも出来るんだ。本当なら自動補充とかの機能も付けたかったんだけど、使った竜皮の素材強度との釣り合いであれ以上は出来なくてね……そこがちょっと残念だったかな」
「いや、なに言ってるの? 今言っただけでも十分盛り過ぎだと思うんだけど。その辺詳しくない私だけど、それでもぱっと色々思いつくだけで色々悪用できちゃいそうだし……」
「そうかなー……?」
ラストからしてみれば、これでもだいぶ機能を抑えたつもりなのである。
しかしローザの視点では、それでもまだ常識をいくらか踏み外しているように見えているらしい。
とは言え、今更「渡してしまったものについて質を落とさせて欲しい」などと言い出すことは憚られる。
やってしまったものは仕方がないと諦めて、ラストは次回からはまたもう少し手加減しなければならないようだとひとまず頭の片隅に書き留めることにした。
……とにもかくにも、今はジュリアの戦いを見ることの方が重要だ。
「うーん、ひとまずその話は後にするとして。今は先輩の活躍を見ておこうか。じゃないと後で怒られそうだし」
「それはその通りだね。でも、本当に気をつけた方が良いよ。あまり見せびらかしてると、厄介な人に目を付けられちゃうかもしれないし……」
「……そうかもしれないね、心に留めておくよ」
なにかを作ろうとした時には、出来ることを突き詰めて凝りたくなってしまうのが作成者としての性だ。
しかし、それで誰かに迷惑をかけるのはラストの本意ではない。
むむむ……と軽率だった過去の自分を戒めつつラストが戦況へ意識を戻すと、そこではちょうど、ジュリアが彼の作った新たな魔法を唱えているところだった。
「――星よ輝け、我が手の中に! 【星火装填】!」
ジュリアの身体から薄桃色の魔力が立ち昇り、魔法陣が編み上げられる。
だは、それは一見して半端な、各所にぽこぽこと穴が開いている状態で成型が終わってしまう。
いわゆる虫食いのような無残な姿のまま、他の魔法のように目に見えて分かりやすい変化をもたらすこともない。
その不自然な魔法に対して観客の間から疑問の視線が突き刺さる中、ジュリアは平然と詠唱を続ける。
「今日の舞台に相応しいのは貴女たち。まずは――瞬くは猟犬の瞳! 【閃烈弾】×1!」
中途半端な状態で停止――否、待機していた魔法陣。
その【星火装填】の空白に、ジュリアの追加詠唱が新たに填められた。
それによって、陣と彼女の魔道具がようやく本領を発揮し始める。
【厄嬢箱】に仕込まれた連携機能が稼働し始め、魔法陣の光が躍動すると同時に、必要な素材が自動で抽出、精製、配合され、小指程度の大きさの弾頭へと形成される。
「さあ――星屑の煌めき、彼方を穿つ。咲き誇れ! 【輝華彗星】!」
生成された弾丸が、与えられた命令に従って、上空を目掛けて飛翔する。
緩やかに光の尾を引きながら飛ぶその姿は老人の目でも捉えられるようなものであり、多くの観客と【獅頭竜尾】の面々が自然とその軌道を目で追う。
見慣れない魔法への期待と恐れが入り混じり、会場に暫し静かな空気が満ちる中、その効果を知っているラストは密かにローザに警告を促した。
「ローザさん、僕の後ろで目を瞑ってて。その上でしっかり瞼を両手で覆っておいてくれないかな?」
「う、うん。分かったよ」
相手側に疑われないよう自然な動作でローザを背中に隠しながら、ラストはラストで、視界を通常のものから魔眼のそれへと切り替える。
会場の誰もが見守る中で、放たれた弾丸はやがて中天に至り――爆発。
かっ、と突如出現した極光が全てを白く染めた。
「っ――なに、これ……?」
「まだ開けちゃ駄目だよ。あと五秒くらい待てば落ち着くから」
じわりじわり、と光が時間と共にその勢いを徐々に失わせていく。
次第に戻る視界の中では、立ち眩みを起こしてまともに動くことの出来ない【獅頭竜尾】の姿があった。
【閃烈弾】――超高出力の光玉を生み出して相手の視力を一時的に奪う、罠型の魔弾だ。
その効果により敵全体が行動不能になっている中、ジュリアは平然と目を開けている。
彼女が最近かけるようになった眼鏡もまたラストのお手製であり、本来の役割とはまた別に、補助的機能として遮光効果がついている。
恐らくは爆発の寸前でその機能を起動させていたのだろう。
ついで客席についても、機転を利かせたラストが全体を覆う防御魔法に干渉して曇らせたため、ちょっと眩しく見えた程度に治まっているはずだ。
ジュリアは怯む様子を見せないまま、悠々と新たな弾丸を生み出し始める。
「来なさい――煌くは英竜の魂、【炸華弾】×6。 蛇眼よ現に覚めよ、【豪涙弾】×4。そして――連なるは白き翼の理、【貫甲弾】×1」
計三種の追加生成された弾丸が、ジュリアを主星とした衛星のように弧を描いて配置される。
その一方では、視界が見えなくなったことによって一周回って思考の迷いが解けたのか、聖女役を務める女子生徒が声を張り上げていた。
「皆動かないで、今盾を張るから! それで視界が戻るまで耐えるのよ! ――清廉なる湖畔の蓮花よ、人々に今一時の安らぎをもたらせ! 【水蓮聖楯】!」
水のうねりが敵小隊のいる小島を丸々覆い、不利な現状が落ち着くまで凌ごうとする。
追い込まれた、かつ容易に動くことの出来ない状況の中、時間を稼ぐことで現状の回復を待とうとする相手――だが、それをジュリアは先んじて読んでいた。
「でしょうね。――【輝華彗星】」
射出されたのは、彼女が【貫甲弾】と呼称した魔弾だ。
他の魔弾と比べて一回りほど大きいそれが第一波として、敵方の女子生徒の張った水属性の盾に向けて放たれる。
たった一発――されど一発。
それが防御魔法の障壁に着弾するや否や、内部後方の再発射薬が点火される。
炸裂した二段階目の加速が容赦なく水の壁を吹き飛ばし、それを張っていた女子の肩を身に纏っていた金属製の防具ごと撃ち抜いた。
「きゃっ――!?」
強い衝撃に弾かれた少女の意識が乱れ、水の壁が消えて。
「トドメよ――【輝華彗星】!」
第二波の【豪涙弾】、第三波の【炸華弾】が続けて襲い掛かる。
舞い散る刺激性の粉塵が粘膜に張り付いて、阿鼻叫喚の様相を呈し。
そこへ本命の弾丸が辿り着いて――敵陣のド真ん中で、会場全体を揺るがす大爆発が起きた。
怒濤の衝撃が、客席を覆う防壁を稲妻のように震わせる。
水飛沫が飛び交い、吹き飛んだ土砂がもうもうと煙を上げる。
それらが収まった先には、自陣の開始位置だった小島を跡形もなくごっそりと抉られた【獅頭竜尾】の全ての人員が、死屍累々となって水面に浮かんでいた。
「そこまで。勝者、【天魔破道】――!」
審判の声により、勝敗が決定づけられる。
ヴォルフの時よりも客が集まっていたせいで、一際大きな喝采が会場に鳴り響く。
それを一身に受け止めながら、ジュリアは満足そうに笑みを浮かべつつラストたちの下に戻ってきた。
「ふふん。ま、あたしの手にかかればこんなものよ。どう? 凄かったでしょ」
「そうですね、結局お相手にはほとんどなにもさせないまま勝っちゃいましたし……さすがジュリア先輩です」
「ありがと、やっぱりローザは素直な後輩で可愛いわね。で、あんたは?」
身長差から覗き込むような形になった彼女に、ラストはローザに賛同するような形で何度か頷きながら講評を返した。
「終始試合の流れを掴んでうまくこちらの思惑通りに寄せられてたので、良かったと思いますよ。勉強されていた成果が出ていましたね」
相手の行動を封じ、自分にとって都合の良いように誘導する。
やや力業に頼っていた感は否めないが、それでもラストが彼女に身につけて貰いたかった思考法の基礎は根付いているように見えた。
後は戦いの中で経験を積みつつ磨いていけば、段々と洗練されていくはずだ。
「ただやっぱり、先輩の磨いてきた領分があまり発揮されない舞台だったのは残念でしたね。障害物の多い市街地での奇襲戦を練習して来たのに、ここまで開けた戦場になるとは予測してませんでしたし」
「んー、まあこればかりは時の運ってことで仕方ないわよ。でもこの先全部がこうってことはないでしょうし、お楽しみは後に取っておくわ。それよりも、次は期待してるわよ?」
「え?」
ラストが思わぬジュリアの言葉に首を傾げると、逆に何を言っているのかと言う目で見られる。
「なに呆けた顔してるのよ。順繰りに行ったら最後はあんたじゃない。ローザは戦えないし」
「はぁ……しかし良いんですか? 正直戦い足りないとか仰るかと思ってたんですが」
「まあ消化不良感は否めないわね。でも、それでもあえてきちんと後輩に見せ場を与えるのがオトナな先輩ってものでしょ」
「なるほど。そう機会を与えてもらえるんでしたら、僕としても微力を尽くさせていただきますね。先輩方のご期待に沿えるかは分かりませんが……」
「あたしたちの大将がなに情けないこと言ってるのよ、もっとしゃんと言い切りなさい。――さて」
ジュリアが、ラストらのすぐ傍を見やる。
そこには試合開始からずっと寝っぱなしだったヴォルフの姿があった。
強い閃光と衝撃音を受けてもなお揺るぎなく夢の世界にいる彼を見て、彼女の額に血管が浮かぶ。
「試合も終わったし、そろそろ約束通り起こしてあげなきゃね。コイツは年上なんだから遠慮なんていらないでしょ。離れてなさい、二人とも」
「え、あ、はい……ソウデスネ」
「分かりました」
二人が十分に離れたのを見てとった後、ジュリアがまだ片付けていなかった【厄嬢箱】から魔弾を生成し――そして。
「――【輝華彗星】」
「んがっ!?」
どかんっ、と一発大きなのを食らわされたヴォルフが、土靄の中からゆっくりと起き上がってくる。
「おはよう寝坊助さん、気分はどうかしら?」
「あー……そうだな。食ったら食ったで出したくなってきたな。うし、ちょっくら便所まで行ってくらぁ。お前らも屋台の飯が美味いからって食い過ぎにゃ気ぃ付けろよー……」
そう言って、平気な顔でヴォルフは大剣を背負い直して会場から出て行ってしまった。
「……先輩、強化魔法とか使ってなかったよね?」
「いや、すんでのところで起きて反射的に身体を魔力で覆ってたよ。それでもあれだけ平気な顔でいられるのはいやはや、さすがと言ったところかな」
「ホント、あそこまで行くと無神経の極みよね。一回診てもらった方が良いんじゃないかしら」
腕を組んで呆れた、といった雰囲気を醸し出すジュリア。
だが、そこにこっそりとローザが同じような目線を向けていたのをラストは見逃さなかった。
そればかりは彼もローザと同じ意見であった。
どうやらその点についてはちゃんと常識通りであったらしく、ラストは表に出さないながらもひっそりと安堵するのだった。
ここまでお読み下さり、まことにありがとうございます。
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どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




