第259話 水天一聖
溢れ返る来客と生徒らの人波を無事脱出したラストとローザは、第一回戦の会場の一つである第七演習場へとやってきていた。
演習場の観客席には一般席のほか、彼らのような観て学ぼうとする生徒たちに配慮した専用の空間が設けられている。
その一角に運よく空いている所を見つけた二人は腰を下ろし、眼下に広がる今回の舞台を観察する。
第七演習場の地形は至極単純で、遮蔽物が一切存在しない草原地帯となっている。
あえて特徴を探すとすれば、中央から等距離の位置にある二つの小丘くらいだろうか。
そして、それらの頂上には既に今回矛を交えることになる生徒たちが待機していた。
一方は、彼らにとって見慣れている英雄学院の赤い制服に身を包んだ四人の小隊。
対してもう一方はその五倍の二十人と、参加が許されるギリギリの大所帯を組んでいる。
加えて全員が魔道具らしき漆黒の鎧を着用しており、更には派手な金の鷲獅子が吠える黒旗を空高く掲げ、随分と目立っている。
「ええっと、ここで戦うのは……【水天一聖】と【鷲獅之剣】であってたよね?」
「そうだね。前者は生徒会長ホープ・セントクロイツ率いる純粋な特組で構成された現生徒会をそっくりそのまま持ってきた少数精鋭で、後者は一組所属のギィト・ゾスマが元々持っていた実家関係の派閥を中心として学級を問わず集めた大人数の部隊だ」
ラストがこの試合に訪れたのはもちろん、ホープを頭に据える【水天一聖】の偵察のためだ。
目玉として第一回戦の初戦に選出された彼らの実力はヴォルフも少なからず認めているものである。
事前に情報収集は済ませているが、やはり実際に戦う所を見ておくに越したことはない。
「単純に規模だけで比べてみれば、生徒会長の方は僕たちと同じ最低人数なのに対して、ゾスマ派の方は逆に上限いっぱいを揃えてきてる。……さてローザさん、どっちが勝つと思う?」
「えっ、わ、私? そんなの急に言われても……んーと、でも、そうだね。むむむ……。……【鷲獅之剣】、かな。やっぱり人数が多い方が強いっていうのが定番なんじゃない?」
彼女なりに懸命に考えてみたのだろう、しばし目を閉じて黙考した後に語られた答えを受けて、ラストは優しく頷く。
「そうだね。寡兵よく大軍を破る、なんてことは実戦じゃ滅多にないんだ。数というのはそれだけで趨勢を決してしまえるだけの重要な要素だからね、ローザさんの考えは大きく間違ってるわけじゃない。だけど、ここで戦うのが普通の兵士じゃなくて魔法使いだってことを忘れちゃいけない」
ラストらの目には一般の観衆とは異なり、出場する生徒たちの周囲に渦巻く魔力が映っている。
年に一度という大舞台に立つ彼らは、並々ならぬ覚悟を背負っている。
その意志の昂りに呼応して、十人十色の魔力光が各々の周りに波打つように揺れている。
そしてその輝きの質は、生徒会側の方が優れていると彼は見てとっていた。
「一人の剣は百の拳に勝てない。だけどたった一人の魔法は、百の剣を薙ぎ倒して余りある――魔法使い同士の戦いじゃ、たいてい頭数よりも扱える単発火力の高さが決め手になるんだ。特にこんな見晴らしのいい舞台だと、あまり小細工を働かせられる余裕もない。つまりはより強い魔法を使える方がより有利なのがこの状況であって、その実力差ってものはこの学院だと所属する学級で表されてる。……ゾスマ派は人数こそ揃えてきたけれども、それで生徒会長の魔法を打ち破れるようになったとは僕は思わないかな」
「ふんふん。ってことはつまり、注目すべきなのは【水天一聖】なんだね?」
「そういうことになるね。とは言っても、【鷲獅之剣】に隠し玉がないって考えるのは早計だし、完全に勝敗が決まってるとは言い切れないけども」
いくらラストとは言え、ゾスマ家に伝わる門外不出の魔法の類などまでは時間の都合上調べ切れていなかった。
もしギィトやその仲間が、オーレリーのヴェルジネア家に伝わる【枯風乱嵐・天竜凶奏】のような強力な魔法を修得しているのであればまた話は変わってくるのだろうが……仮定を前提にして進める議論はここでは意味がない。
それ故にラストはここで話を断ち切ったが、別の離れた場所にはそのような不確実な運命を逆に楽しんでいる輩もいるのだった。
一般席の方に目を凝らせば、ぎゅうぎゅう詰めの観客の中を押し合いへし合いながら渡り歩いて大量の賭け券を売り捌かんとする商魂たくましい人々と、その客の姿がちらほらと見受けられる。
一部には大金を賭けたのか、手に汗が滲みそうなほど熱心に己の券を握っている者すら見られてラストは思わず苦笑する。
そう言えばと彼は、あれらの光景を見て昔エスが言っていたことをふと思い出した――「古今東西今昔、そこに小さな争いがあれば必ずどちらかに賭けようとする奴が現れる。これは人にも魔族にも共通して語られる故事だ。それくらい賭博の魅力というものは凄まじく、人の欲望を引き摺り出す力があるのさ」というため息交じりの言葉を。
それは本当のことだったんだなと、彼は賭けた方に絶叫紛いの声で唾を飛ばしている一部の情けない人々の姿を眺めながら心の中で述懐した。
そんなこんなと考えていると、拡声魔法による案内が高らかに響き渡る。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました……」
「あ、ラスト君。やっと始まるみたい!」
英霊奉納祭では、隊長である一人の生徒を先に討ち取るか、もしくは試合開始から三十分後に小隊の損耗率が敵より低いことが勝利条件となる。
今回の第一試合は果たしてどのような結果となるのか、誰もが見守る中で試合開始の合図が告げられる。
「……それではただいまより、【水天一聖】対【鷲獅之剣】の試合を開始いたします――」
大銅鑼がじゃああああああんっ! と鳴り響く。
それを受けて、両陣営の前衛を務める生徒が我先にと一気に飛び出した。
【水天一聖】側からは一人、逆側の【鷲獅之剣】からは五人が、武器を構えつつ身体強化の魔法を唱え始める。
先に魔法を完成させたのは、【鷲獅之剣】の面々だった。
「――【敢兵強化】!」
「――【疾風強化】!」
「――【侵火強化】!」
「――【泰土強化】!」
「――【静水強化】!」
「え、今の早くなかった!? ほとんど詠唱聞こえなかった気がするんだけど、私の気のせい?」
「いや、見たところ首に早口になる効果の魔道具をかけているみたいだね。呪文自体は普通に唱えてたよ。……でも、そういうのは認められるんだね。意外だな」
詠唱の文字数を切り詰めようとするのではなく、逆に早口で全部唱え切ってしまうという発想は彼にはないものだったので、ラストはうんうんと頷いて考える。
――あのような手口は英雄学院で教えられている詠唱重視の思想に受け入れられている技なのだろうか、それとも邪道の類に分類されて忌み嫌われているものなのだろうか。
是非とも魔法学担当のエドワルド氏に、意見を聞いてみたいものだ――と。
つまり、どうでも良いということである。
彼がそんな風に考えている間に、【水天一聖】側も強化魔法を完成させる。
そちらの剣皇役を務めるのは、前に偶然出くわした際に妙にジュリアがつっかかっていた女子生徒ユーリア・ミモザ。
彼女は後ろに結んだ髪を風になびかせながら、剣のように鋭い眼で相手方を見据えて一言一句乱すことなく声を張り上げる。
「我が血肉、護国守命の盾とせん! 金城鉄壁の理を知れ!――【堅城強化】ッ!」
「ん、これは……」
ユーリアの唱えた強化魔法を見たラストは、先の五人に向けていたものとは逆の視線を彼女に寄せる。
彼女の強化魔法は一般的なものと異なるようで、発動する効果に明確な違いがみられる。
ざっくりと言えば、機動力を犠牲とした代わりに防御力を大幅に上昇させている特化型の強化魔法。
しかもそれでいて術者であるユーリア本人は、相手方の五人に負けず劣らずの速さで駆け抜けている。
彼女はそのまま勢いよく突進して――鎧を着込んだ敵の一人を衝突で吹っ飛ばした後、何食わぬ動きで残る四人に向けて剣を振るい始める。
その澱みない立ち回りを支えているのは、【鷲獅之剣】のような外付けの魔道具などではなく、よく鍛えこまれた彼女自身の肉体そのものだ。
特に足腰が重点的に鍛えられているようで、重量のある鎧とぶつかった後もユーリアの体幹には一切の揺らぎが見られない。
「なるほど。良い脚をしているんだね、ミモザさんは」
「……ラスト君って、もしかして女の子の足が好きなの?」
「別に脚だけじゃないけれど。僕は(努力の跡が見えるなら)全身どこだろうと好きだよ」
「へ、へえ……、そうなんだ。……ラスト君って、意外と肉食系だったりするんだね」
「え? 別に野菜が嫌いってわけじゃないけれど……? どうしたのさ」
なにやらラストとローザの間で認識の齟齬が生まれているようだが、そうしている間にも試合の局面は移り変わっていく。
ユーリアが相手側の前衛を引き付けている中、続けて中衛のハルマが丘の中ほどまで降りて詠唱を開始する。
「疾風よ、我が名に依りて敵を討て! 断つは千首、貫くは万心! ――【旋風千刃】!」
彼の手から解き放たれた数多の風の刃が、ユーリアらが対峙している前衛の戦闘区域へと向けて雨霰と降り注ぐ。
「えっ、あれじゃミモザさんにも当たっちゃうんじゃ――」
「大丈夫さ。今の彼女ならあれくらい、そよ風にすら感じないだろうね」
鎧を着込んでいる敵側が思わず怯んでしまうほどの威力を持つ、刃の嵐。
その中をユーリアは【堅城強化】の頑丈さに任せて強引に突き進む。
そのまま、歪みのない彼女の重厚な剣撃が一人、また一人と【鷲獅之剣】の前衛を着実に仕留めていった。
最後の一人の意識を刈り取った後、ユーリアはハルマに遅れて同じように中距離の魔法を放ってきた相手の第二陣へと向けて再び前進を開始する。
その一騎進軍を補助するようにハルマは様々な角度から魔法による砲撃を仕掛け、【鷲獅之剣】の中衛らの集中力を搔き乱す。
風や火、水に襲われてうまく詠唱を唱え切れない相手方の中に単身突入したユーリアの剣は、またもや寸分違わず相手の意識を奪っていった。
そのように短時間で容易く蹴散らされていく仲間の姿を予想だにしていなかったギィトらが、思わず舌打ちしながらそちらに注目していれば――。
「――流水よ、我が敵を薙げ」
強い魔力のうねりを感じ取った彼ががしゃりと黒鎧を鳴らして顔を正面に向けた時には、既にホープが巨大な魔法陣を宙に展開し始めていた。
「地を這う獣は露と消え、鬨の声は冥海に堕つ」
「ちっ、聖女役ども盾を張れ! 賢者役どもはなんとしてでも奴の詠唱を押し留めろ! 残りは俺と共に上級魔法の準備だ、行くぞ! ――我が家紋の下に従え、猛々しき――……」
「遅いな――来たれ大蛇の王、清濁呑み乾す巨撃波濤。うねり重なり渦巻きて、万騒掻き消せ高大蛟。――【瀑龍衝波】」
完成されたホープの魔法陣から、大量の水が逆巻く滝のように天高く放出される。
それはやがて演習場の中央で形を成し、とぐろを巻く巨大な龍へと姿を変えて、ギィトらの本陣へとその巨体を躍りくねらせながら逃げる隙間なく押し寄せていく。
その凄まじい勢いは瞬く間に地を捲り丘陵を嘗め尽くし、【鷲獅之剣】の陣営を丸呑みにしてしまった。
勢いはそれでも止まらず、そのまま会場と舞台を遮る防御結界にまで達して、衝突と共にけたたましい音を全体に響かせるのだった。
――やがて引いていった水の中から姿を現わし黒鎧たちの中に、立ち上がる者はいなかった。
「そこまで。【鷲獅之剣】の戦闘不能により、【水天一聖】の勝利となります。」
再び響いた宣言により幕引きの銅鑼が鳴らされ、第一試合の勝者が決まる。
それを受けて観客たちが歓声を上げたり、価値を失った賭け券を破り捨てたりと様々な反応を見せる中で、【水天一聖】の面々は手を振って余裕の素振りを見せていた。
「これは会長側が余力を残した勝利と言った所かな。そんなに新しい情報は得られなかったけれど、参考にはなった。後は聖女役の回復魔法の腕前を見たかったところだけど、それは次の試合でも見れそうにないかな? ……ん?」
身体を動かしながら、周囲全ての観客に手を振って笑顔を見せる生徒会長。
その顔がラストらの方を向いた瞬間、一瞬だが、その目が細く鋭くなったように見えた。
もしかしたら、それは彼らへ向けての宣戦布告のつもりなのかもしれない。
ならばこちらもなにかしらの反応を示すべきかとラストは悩んだが、すぐにホープの視線は外れて別の客の下へ移っていってしまった。
「……まあ、いいか。それじゃローザさん、僕たちは早めに出よう。まだ皆さっきの試合の余韻に浸ってるみたいだし、今出れば人ごみに巻き込まれずに済むと思うから」
「う、うん。そうだね」
見れば、ローザはまたもや顔色を悪くしていた。
いつの間にか、今度はこの観客らの熱にあてられてしまっていたのだろうか。
ラストはすぐさま彼女を連れて、熱気に包まれる演習場を後にするのだった。
その背中に再び向けられた薄い視線を、意識しないままに。
ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。
もしこの続きを読みたいと思ってくださいましたら、ブックマークへの登録や感想、評価・いいねなどをいただければ幸いです。
どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




