第258話 紛れる異国のものたち
ラストたち【天魔破道】の一回戦における出番は一番最後なので、試合までにはそれなりの時間的余裕が生まれている。
他の出場者である生徒たちがライズの演説を受けて覚悟を新たにしたような顔で開会式の終わった第一演習場から出ていく中、彼は傍にいる先輩たちとローザの顔を見た。
「それで、試合までどうします? 僕は他の人たちの戦いをいくつか見てこようと思っているんですけど」
「雑魚の試合にゃ興味ねぇ。つーか俺はもう四年もここにいるんだぜ、大概の目立つ連中のは散々見てきたしな。一年坊にも目立って優秀な奴がいるたぁ聞かねぇし――ただしお前と、あのブレイブスの嬢ちゃんを除いてだが」
そこで意味深にニヤリと笑ってから、ヴォルフは背を向ける。
どうやら既に彼の目からは、ラストは英雄の一族であるハルカと同格として見られているようだ。
たった一合剣を交えただけなのだが、それだけでも彼には十分だったらしい。
「俺は出てる屋台でめぼしい飯を一通り漁ってから、適当なとこで準備運動でもしてくらぁ。演習場は使えねぇが、そんくらいなら出来る場所はいくらでもある。頃合いを見て試合の場所で合流しようぜ」
「あたしもそれでいいかしら。正直試合の方は見飽きてるし、もう一度持ち込む薬剤の組み合わせを見直してきたいの。そういうわけだから、現地集合ってことでよろしくね」
「分かりました。では、また後で」
二人は慣れた足取りでこの場を去っていき、その背中はやがて他の生徒たちに紛れて見えなくなっていった。
残されたラストとローザは、互いに顔を見合わせる。
「ローザさん、君は?」
「えーと、そうしたら私もラスト君にご一緒させてもらっていいかな。元々住んでたのは王都から遠い場所だったから、英霊奉納祭を見るのって初めてだもん。試合に出るんだったら、それがどんなものか確かめておいた方が良いと思うし」
「良いよ。でも、ハルカさんのところには行かなくてもいいの?」
それなりに親しいハルカと先に約束していたりするのなら、もちろんそちらを優先して欲しい。
そう思ったラストの配慮に、ローザは首を横に振って答えた。
「このお祭りの間はお父さん……マウント・ブレイブス様と一緒にいるみたい。いくら友達だからってそこまで着いていくなんて畏れ多いし、それに家族の時間の邪魔をするのは良くないんじゃないかなって」
「へぇ、そうなんだ。それなら仕方ないか、家族は大事だって言うのには僕も賛成だよ」
ラストは深く頷く。
家族――血の繋がったそう呼べる相手はもういなくても、彼には血よりも濃い想いで繋がっている相手がいる。
彼女のことを思えばこそ、ローザの言葉には心から同感するのだった。
「と、下手すると席がなくなっちゃうかもしれないな。そろそろ僕らも移動しようか」
「うん。それで、誰の試合を見に行くの? 初日の今日は四つの試合を同時に進めてく、ってさっき案内の人が言ってたけれど……」
「それはもちろん、最注目株のいる第一試合さ。一応事前情報は仕入れてきているけれど、実際にどう動くかはこの眼で見ないと分からないからね。具体的なことはあとで話すから、早く行こう」
ラストたちははぐれないように連れ立って、同じく目当ての試合を見に行こうと動く人々の間を移動する。
不規則に乱れ動く人ごみをラストが先頭に立って縫うようにすり抜け、その一歩後ろにローザがついていく形だ。
押し合いへし合いながら時折怒号も飛び交う群衆の中だが、ラストが培った技術を存分に発揮していたおかげで、彼らは特に問題を起こすこともなく目的の試合が行われる演習場へと向かうことが出来ていた。
「あっ、なんだか美味しそうな匂いがする……」
「ヴォルフ先輩の言っていた屋台だろうね。気になるところがあれば寄ってもいいよ。試合が始まるまで、まだ少しあったと思うから」
道の端を見れば、普段の学院生活内では見られない屋台が所狭しと立ち並んでいる。
元は神聖な儀式としての意味合いが強かった英霊奉納祭も、時代に平和が馴染むにつれて人々のお楽しみとしての側面が大きくなってきている。
その潮流に沿って、王国各地から多くの店が人々のお腹と、ついでに自分たちの懐を豊かにしようと一時的にやってきているのだ。
中には甘いお菓子の匂いから脂の焦げる肉の匂いまで彩り豊かなものが揃っており、どのような舌の需要であれ満たすことが可能だろう。
「うーん……気になるけど、今はまだ良いかな。朝ご飯も食べたばかりだしね」
「そう? ……ああ、そう言えばヴォルフ先輩が、来る途中で朝ご飯は抜いてきたって言ってたっけ。せっかくの本番の前になんでかなって思ってたけど、もしかしたらここで楽しむためだったのかもしれないね」
「そうなの? あはは、それは先輩らしいというかなんというか……でも、なんとなく分かっちゃう気がするなー。どれもこれも美味しそうだし。私なら特に、あそこにある白い棒みたいなお菓子とか気になっちゃうな」
「あれは聖国で定番の凍糖柱だね。アーモンドの粉を多めに配合した生地に干し葡萄を入れて棒状に焼き固めたものに、最後に粉砂糖を振りかけてるんだ。君の見込んだ通り、美味しいよ。慣れない人には甘すぎるかもしれないけどね」
「聖国の……へー」
ラストがそれを口にした切っ掛けは、昔にライズが仕事の土産として家に持って帰ってきたことがあったからだ。
【聖女】の出身地である聖国は万年雪に鎖された極寒の地であり、とかく熱い紅茶とそれに合う極甘の菓子が好まれる。
父は一口食べただけでそれ以上口にしなかったが、母の方は大変気に入ったようで、それなりの頻度で聖国から取り寄せていたのが彼の記憶の片隅に残っていた。
「それだけじゃない。あそこの糖蜜漬けも、向こうに見える辛そうな焼肉の包みだって別の国の料理だ。へぇ、これは確かにご飯を抜いて色々楽しみたくなる先輩の気持ちも分かるかな。おっと、なんならちょうど横に見える屋台は皇国のみたいだ。それも随分と流行ってる」
「皇国のって……今は戦争してる最中なのに?」
「それと美味しいものは別ってことじゃないかな。国同士が争ってても、食べ物に罪はないからね」
なんなら、他国から来ているのは屋台だけではない。
歩く人々の服装の中にも、少なからず見慣れない意匠が見受けられる。
彼らの目的は――。
「屋台もそうだけど、人も色んな国から来てるみたい。わざわざ遠くから来るなんて、それだけ皆このお祭りが楽しみだったのかな?」
「……そうだね。なにせ魔法なんて普通は戦場じゃなきゃ見られないんだ。派手な攻撃の応酬を安全が約束された場所で見られる機会なんて早々ないだろうし、それくらいする価値があるって考える人がいても不思議じゃないかもね」
楽しそうに語るローザの横で、ラストは悟られないよう彼らの雰囲気を観察する。
ただ、その対象は少し異なる。
彼女の見ているような一目で分かる異国の人間ではなく、彼や他の王国の人間と似た服装を纏ってうまく人々に紛れ込んでいる相手をこそラストは観ていた。
足音や視線など、何気ない動作が他の人間と比べて質が違っている彼ら――一般の観光客とは違う連中。
恐らくその正体は他国の軍人、もしくはそれに近い情報機関に属する人間に違いないとラストは推測していた。
彼らの目的は十中八九、敵情視察に違いない。
なにしろ、魔法は現代の戦場における最大火力だ。
その効果や火力を自ら公開してくれるというのだから、それを好機と見て情報収集に取りかからない国の人間などいないだろう。
ここで目をつけた魔法使いを監視対象にするのはもちろん、その私生活から弱みを握って敵対しないように動くことも考えられる。
そのような動きがあるのは当然のことで、一々非難していたらキリがない。
それになにより、とラストは呟く。
「彼らにも楽しんでもらえるのが、一番だね」
――そもそも、それは王国のみならず人界の全てから注目を集めたいラストからしてみればむしろ歓迎すべきものだ。
この英霊奉納祭で良い成績を残せば、それだけ間諜から繋がっている他国の首脳部の目を自分に向けさせることが出来る。
しかもラスト側は一切の労力をかけることなく、だ。
是非とも彼らには本国に自分の情報を持ち帰って欲しいものだと、ラストは内心願いながら歩くのだった。
ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。
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どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




