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第252話 ローザの実力


 ローザがラストら破組(ケイオス)の枠で英霊奉納祭(ヘロスマキアー)へ参加することを決めたところで、彼らの心中に一つの疑問が浮かび上がった――すなわち、実のところ彼女の実力は如何ほどのものなのか、ということである。

 彼女自身の申告によれば、得意なのは回復・防御系統の魔法のようだ。

 しかし、形だけとはいえ共に肩を並べて戦うことになった以上、実際に確認しておくに越したことはない。ローザの実力をその眼で確かめるべく、彼らは例の如く人目につかない学院周辺の森の一角に集まっていたのだった……。


「まずはそうだね。あそこにある大岩に、君の扱える中で最も自信がある防御魔法をかけてみてくれるかな。それを僕らのうち誰かか攻撃して、強度を確かめてみよう」

「分かったわ。――大地よ、その雄大なる御手で我らが命運を守り給え。【地鎮聖楯(テッラ・マリアイギス)】」


 ラストら三人が見据える先、木々の隙間に聳え立つ巨岩へ向けてローザの魔力が迸る。やや青みがかった白色の魔力が陣を描き、やがて大岩はその効果によって分厚い球状の土壁にまるっと覆われてしまった。

 それを前にして、物は試しだと鼻息を鳴らすヴォルフが歩み出る。


「どれ、そんじゃ手始めに一発入れてみるとすっかね」

「あっズルい! あたしも試させなさいよ!」

「かかかっ、こーいうのは早いもん勝ちと相場が決まってんだよおチビ。さーて、後輩だからって手加減は無しだぜ? ――そーらよっと!」


 ヴォルフは筋肉をみちりと唸らせたのち、愛剣を高く掲げる。

 そして、遠慮を微塵も感じさせない勢いで一気に振り下ろした。

 がごんっ! ――しかし、ローザの土盾は鈍い音を響かせながらも、中級魔法の直撃に匹敵するであろう彼の一撃を微動だにすることなく受け切ってみせた。


「おっ? はっはー、こいつは中々良いじゃねぇか。んじゃ続けていくぜ!」


 自身の攻撃が防がれたことに、ヴォルフは気分を損ねるどころかむしろ獰猛に笑みを深めた。

 彼は更に続けて、二撃、三撃と大剣を叩き込んでいく。

 それがちょうど五度目を数えた時に、土壁はついに耐久の限度を超えたようでゆっくりと自壊した。


「へぇ、あの筋肉馬鹿の攻撃を五発ね。思ってたより耐えるじゃない」

「そうですね。あれだけの強度なら、中級魔法以下は余裕をもって凌げるでしょう。上級魔法も二発は耐えられるでしょうし、詠唱の時間を加味すれば、僕たちのうち誰かが応援に回るまでの時間は十分稼げるかと」


 感心したように頷くジュリアに、ラストは同意した。

 単発威力の高いヴォルフの連打を五回も受け切ることが可能ならば、英霊奉納祭(ヘロスマキアー)でもローザのことを傷つけられる手合いはそういないだろう。

 また、多くの魔法使いには、扱う魔法の威力の高さに比例して詠唱が冗長になるという共通点がある。強力なものほど魔法陣が複雑になり、その分だけ記憶を引っ張り出すのに鍵となる単語を多く必要とするからだ。

 もしローザの防御を吹き飛ばせるだけの魔法を使おうとするならば、その分詠唱も長くなる。その時間があれば、少なくとも機動力の高いラストかヴォルフのどちらかは彼女の所まで戻って来られるに違いないと彼は踏んでいた。

 これで防御については憂慮する必要はないと分かった。

 となれば、後は回復魔法の力量について確認したい。


「後は回復魔法の方だけど、どれだけの怪我までなら直せそうかな?」

「うーんと、そうね。私の覚えてる中で一番強力なのだと……骨折とか、取れた腕が残ってるならそれを繋ぎ直すくらいまではいけるって書いてあったかな。でも実際にやったことあるのは骨折までで、取れた腕とか足を繋ぐなんて例には中々巡り合えなくって……」

「まあ、腕も足もそうぽいぽい取れるものじゃないしね。そうしたら……よし、ローザさん。ちょっと今から腕を落とすから、その一番強力な魔法をかけてみて貰っても良いかな?」

「……は?」

「……え?」

「……あん?」


 一瞬の、空白。

 ラストがなんてこともないかのように呟いたその提案に、刹那、場の空気が凍って――そして。


「ら、ラスト君!?」

「ちょっとなに言ってんのあんた!?」

「かかかっ――やっぱブッ飛んでるわ。流石俺らの後輩だぜ」

「馬鹿なこと言ってないであんたも止めなさい馬鹿!」


 慌てふためく彼らを他所に、ラストは手早く制服の袖をまくり上げて肘の少し下あたりを革紐で縛り上げた。余分な出血を防ぐためである。

 あとは一息にすぱっとやってしまうだけ――そこまで体勢を整えたところで、その手をローザとジュリアに強く引っ張られてしまう。


「なんで止めるんです? 一応ここで試してみておいた方が、後でぶっつけ本番で出来るかできないかが判明するより良いと思うんですけど」

「だからといってわざわざ無事な腕を切っちゃう普通!?」

「だって、実際にやってみなくちゃ分からないでしょう?」


 医療を学ぶ際には、自分の身体こそが最良の教科書であるとはエスの言葉だった。彼女の下で何度も切っては繋げてを繰り返したラストは、自分の身体を隅から隅まで把握している自信がある。だからこそ、万が一ローザが失敗したとしても彼自身の手で元通りに治せるという確信があった。

 だが、もちろんそんなことは知らないローザらからしてみれば、到底正気の沙汰とは思えない所業だと考えられてしまうのだった。


「……つーか。んなことしねぇでも、てめぇの眼で見りゃなんとなく分かるんじゃねぇのかラスト? 魔法陣が読めるっていうその眼なら、ローザの魔法がうまく効くかどうかくらい判断つくと思うんだが」

「それはそうですが、やはり試してみない限りは――」

「それでぎゃーぎゃー騒がれるのも面倒だ。今はいったんそっちで良いだろ、なぁお前ら?」

「ええ、そうね。そっちにしなさいよラスト」

「ええと、魔法が読めるっていうのはよく分からないけれど……私のために腕を切り落とすとかは、いくらなんでもやり過ぎだと思うな」


 三対一ともなれば、意見を引っくり返すのにも時間がかかる。

 そう判断したラストは、渋々ながらこの場では彼らの方向性をそのまま受け入れることにしたのだった。


「仕方ないですが、そこまで言われるなら諦めますよ。……そうしたらローザさん、分かりやすい対象が無くて難しいかもだけど、回復魔法を使ってみて貰っても良いかな?」

「うん、頑張ってみるよ。――炎よ、その勇猛なる御光で我らが天命を照らし給え。【炎還精癒(フラマ・クーラティオ)】」


 ローザが両手を翳した先に展開された魔法陣を、ラストがその魔眼で観察する。流す魔力の強さ、陣全体の構成、対象の指定先――諸々を眺めたところ、特に内容に問題は見られなかった。

 彼女が修めているのは体組織の自動修復及び結合を促進する型式の魔法のようで、その完成度から推測する限り、よほど集中力が削がれる事態でも発生しなければ失敗は有り得ないだろう。


「どう、かな?」

「良いんじゃないかな。これならきっと、千切れたりした手も君の思った通りに繋がってくれるさ」

「そう? なら良かったよー。出来ればそんな光景は見たくないけど、いざ自分が治せるんだって思えるとなんだかほっとしちゃうな」

「かかっ、使わなきゃならなくなるとしたらそりゃたぶん俺らの相手方だろうな」

「無理に治そうとしなくても良いのよ? 校内医も控えてることだし、お祭りには外部からも必要な人を呼ぶ手はずになってるはずだから」


 しかし、とローザへの評価を聞いて彼女を褒め称える先輩二人の裏でラストは考える。

 いくら魔法火力偏重主義の王国とは言え、ローザの後方支援要員としての価値を認めないわけにはいかないだろう。ヴォルフやジュリアのように、他人と軋轢を起こすような性格にも見えない。

 だというのに、学院側は彼女をあえて破組(ケイオス)に配属させている。

 その理由が、ラストには分からなかった。

 単に彼女の入学試験を担当した教師陣に見る眼がなかったのか。

 ――それとも彼女が先日溢したように、どこかの貴族が余計な手を回した結果なのだろうか。


「まだ、材料が足りないかな」

「何か言ったかしら、ラスト君?」

「……いや、どうせなら君の苦手だと言っていた攻撃魔法も見ておきたいかなと思ってね。もしやってもらえるなら、お願いしても良いかな」

「別に良いけれど……」


 幸いにも、ローザはラストの真意に気づかなかったようだ。

 素直に頷いてくれた彼女の手元にもう一度視線を集中させながら、彼は考える――英霊奉納祭(ヘロスマキアー)への準備と並行して、彼女にも気を配った方が良いのかもしれないと。


「――大地よ、その雄大なる御手で我が宿星を呑み干し給え。【土濤濁滝(テッラ・カタラクタ)】」


 ローザはそう詠唱を完成させたが、一向に魔法の発動する気配は見えなかった。

 そもそも魔法陣が構築される素振りすら観察できず、魔力は彼女の身体に内包されたまま外界に姿を見せない。彼の見ていたところによると、その原因はどうやらローザの無意識下に潜んでいるようだ。

 彼女が詠唱を始めようとした途端に、その体内の魔力の流れが途端に混濁し始めたのだ。まるで氾濫する間際の河川のように、荒んだ姿を見せる魔力。恐らくは攻撃、戦いそのものを嫌う彼女の性格が攻性魔法の行使を強く拒んでいるが故なのだろう。

 これは治そうとしても、一日や二日、ましてや英霊奉納祭(ヘロスマキアー)までにどうにかなるような話ではない。

 とはいえ、この学級は攻撃面について既に十分すぎるほどの火力を有している。

 それに元より彼女にはこの方面についての期待をしていなかったこともあって、ラストはこの結果について現状の理解に留めることにした。


「わざわざ僕の興味に付き合わせて悪かったね。ありがとうローザさん、気分が悪くなったようなら保健室まで送ろうか?」

「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫。ただ、これで用が済んだのならもう戻ってもいいかしら。今日のお花たちのお世話がまだだから」

「うん、今日はお疲れさま」


 そう言うと彼女は、木々の間を縫って校舎の建つ方向へと消えていった。

 それを見送ったジュリアが、ラストに問いかける。 


「なに、あんたでもどうにもならない感じなの?」

「そうですね、僕にも出来ることと出来ないことがありますから」


 もしローザの精神に根付いているものが、あの植物園で見せた神妙な様子と関連付いているのだとしたら。そう思うと、無暗に他者へ話すことは憚られた。

 諦めるように首を振ったラストに、ジュリアは「そうなのね」と素直に退いた。疑われないくらいの信頼は気づけているらしいと彼が安堵したところで、ヴォルフが彼女の肩を叩いた。


「まあしゃーねーさ。ともかくローザも自分で自分をなんとかするくらいの力はあるって分かったんだ。後は俺たちが頑張ればいいだけの話さ。違うか?」

「……そうね! もっともっと頑張らなきゃ!」


 珍しく意気投合した二人は、そのまま普段鍛錬に使っている場所へ行ってしまった。

 残されたラストは、無事に残った大岩に腰掛けて独り考えを巡らせる。

 またいくつかの疑問点が出てきたが、ともかくローザの実力そのものに疑うべきところはないようだった。ヴォルフもジュリアも彼女を気にかけることで戦いの勢いを弱めてしまう、という懸念は解消されたとみて良いだろう。

 それにしても面白い面子が揃ったな、とラストは思う。

 前衛(剣皇役)のヴォルフ、後衛(賢者役)のジュリア。支援(聖女役)のローザに中衛兼司令塔(英雄役)のラスト。

 都合よく四人一組において理想的となる組み合わせになったことに、彼らはらしくもなく運命的なものを感じずにはいられなかった。

 ――この良い予感が現実で実を結ぶためにも、頑張ろう。

 まずは先日目撃情報を手に入れた竜種の討伐からだな、と腰を上げたラストは早速その地へ向けて足に力を込めるのだった。



 ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと思ってくださったなら、ブクマへの登録や感想、評価などをいただければ幸いです。

 どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。

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