表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

261/285

第246話 綺羅星の再装填


 白衣をはためかせながらやる気を露わにするジュリアに、ラストは頷きながら新たな紙を何処からともなく取り出した。

 手渡されたそれを彼女が開くと、先のヴォルフの例と同じく、ジュリアがこれまでに使用していた魔法の改良版とも呼べる術式が精密に描かれている。


「ジュリア先輩にはまず、こちらの魔法を覚えて貰いたいと思います。先輩の現在使用されている【輝華彗星(ティンクル・コメット)】、対象を遠隔操縦する魔法ですが、こちらも僕なりに術式内容に手を加えさせていただきました」

「そうみたいね。あいつ(ヴォルフ)のみたいに所々描き換わってるし。これでどう変わったのかまでは情けないことに分からないけれど」

「先輩の扱う術式にはヴォルフ先輩のような危険性は見られませんでしたが、意味が重複している部分や効果を為さない箇所が多々紛れ込んでいました。今回はそれらを取り除かせていただいた形になります。結果としては、魔力の消費を全体の二割ほど抑えられました」

「そうだったのね……」


 ラストの報告を聞いて、ジュリアが僅かに顔を俯かせる。

 そんなにも衝撃が強かったのだろうかとラストは疑問を覚えたが、それを問う前に彼女は顔を上げてなんてこともないかのように苦笑を溢した。どうやら杞憂だったらしい。


「それにしても、二割も削減できるなんて凄いわね。数字としては一見小さいように見えるけど、重ね掛けが前提のあたしの戦い方にとっては結構嬉しい話だわ」

「喜んでいただけましたか。それなら幸いです」

「それで、こっちについてはちゃんとうまく行くか後で試してみるとして……もう一つ描かれてるこれはなに? あたしには見覚えがないんだけど」


 一緒に描かれていたもう一つの魔法陣について、ジュリアが尋ねる。

 こちらは彼女の使い慣れた【輝華彗星(ティンクル・コメット)】とはまったく異なるもので、理解を深めやすいようにとの配慮からか、余白に線を引っ張る形で幾つかの注釈が付け加えられている。

 その魔法の名称は、魔法陣の下部に走り書きで添えられていた。

 曰く――【星火装填(コメット・ローダー)】と。


「はい、もちろん説明させていただきます。こちらは僕の方から先輩に提案させていただく、戦場での新たな立ち振る舞い方に即した魔法ですね。概要としては弾頭を自動生成する魔法となっています」

「弾頭の、自動生成……?」


 すぐには理解できなかったようで、ジュリアの眼に困惑の色が浮かぶ。

 もちろんそれだけで説明を終わらせるつもりはラストにはない。

 なにせこの魔法はラストが彼女のためにと新たに織り上げた、実質的にジュリア専用となる術式なのだから。一晩で仕上げたものとは言え中途半端に作った覚えはなく、これを使いこなせれば彼女の戦い方は間違いなく次の段階へと進めるに違いない。

 そう強い確信を胸に抱きながら、彼は昨日のことを振り返る。


「昨日ジュリア先輩にご自身の戦い方を振り返っていただいた時なんですが、課題の一つとして魔法薬の運搬の大変さがあると仰っていましたよね。……硝子製の試験菅は薬品の保管には便利だけど、白衣の内側に仕込むには重いし嵩張るし、おまけに割れやすいで不便だと感じている、と」


 ジュリアも思い出したようで、深くため息を漏らす。


「そうね。改善できるならしたいけれど、そう都合の良い素材なんて中々見つからないし。あったとしても珍しいものなら高くなっちゃうのが道理だし、使い捨てが主なあたしのやり方じゃあそんなのわねー……」

「そこでこの魔法です」


 いつの間にか地面に【星火装填(コメット・ローダー)】の魔法陣を描き終えていたラストが、筆代わりとしたその辺で拾った長枝をぴしりとしならせる。


「これは魔法薬の調合から弾頭形状への加工までを一括して自動で行う術式となっていまして、原料さえあらかじめ用意しておけばそちらから任意の必要分を抽出して弾丸を生成、射出前の状態で先輩の周囲に待機させられるんです。便利でしょう?」

「ええ。……ええ、と? 確かに便利そうだけど、それがどうかしたの?」


 続けて魔法陣の一点を鋭く指し示すラストの枝の動きに、ジュリアは慌ててそちらに目を寄せる。


「それだけではありません。魔法陣のこの点にどうぞご注目ください。薬品と外界との接触を隔てるというこれまでの硝子の試験管が果たしていた役割ですが、加工の工程上で真空の薄膜を薬品の周囲に形成することで代替させていただきました。これによって実に重量の半分以上が軽減されますので、これまでより多くの弾数を持ち運べるようになりますね」

「そうね……って、それって私の長年の悩みが解決したってこと?」

「そういうことです。それに強化魔法の流用で弾頭殻の硬度も上昇させていますので、状況によっては障害物を直接貫通して標的を狙うことも可能となります。変数を弄れば逆に柔らかく破裂しやすいようにも出来ますので、相手の出方次第で使い分けられると良いでしょう。そう、この辺りの部分……説明には赤書きで示してあるこの点とこの点ですね」

「そ、そうなのね……。ちょっと、今すぐにはうまく想像がつかないけれど……?」

「もっとも試験管を使わないことで逆に白衣の内側に隠し持つことは難しくなってしまいますが、元よりこの方法は布の面積以上に容量を確保できないことや、咄嗟に手の中に引き出せる範囲などを考えると、どうしたって限界が見えてきます。なにより肩もこってしまいますしね」

「あ、ええ……?」

「なのでこの点については、別途原料を持ち運ぶための鞄型魔道具を用意することで解決するのはいかがでしょう。現物はまだ用意できていませんが、鋭意作成中なのでご心配なく。ただいま素材を見繕っている最中なのですが、耐性が高くて素材として好ましい竜種が王都近辺に生息していたか、記憶が怪しくて……どうだったかな。とりあえず完成品をお渡しできるのはおおよそ二週間後を見込んでいますが、その前にいちおう試作を持ってくるので、その時にはぜひ先輩に使用感や外見に関する意見を頂きたいところで――」

「ちょっ、竜の素材ってそんな気安く――とにかく、ちょっと待ちなさいってば! そんな一気に言われても頭が受け入れられないわよお馬鹿!」


 一気に捲し立て始めた後輩の頭を、我慢できなくなったジュリアが思い切りよく叩いた。

 衝撃を受けて我を取り戻したラストは何度か目を瞬かせる。久々の魔法談義に、思わず熱が入ってしまっていたようだ。

 夢中になって半ば肝心のジュリアを置き去りにしていたことに、頭を下げる。


「あ……申し訳ないです。配慮にかけてしまったみたいで……」

「ホントよ、まったく……昨日といい今日といい、あんたの当たり前はあたしたちのとちょっとばかりズレてるみたいね。気をつけなさい。……まあ、この魔法の使い道についてはざっくりとだけど分かったと思う。ここにもご丁寧に説明は書いてあるみたいだし、今の話と合わせて後でゆっくり理解させてもらうわ。あんたの口から直接話を聞いてると頭痛が鳴り止まなそうだし。――それよりも今はまず、他のことについて先に聞かせてくれない? これだけじゃないんでしょ?」

「……はい、ジュリア先輩」


 そうだった、とラストは気を取り直して今度は冊子状に紐で綴られた紙束を取り出した。

 厚さはそれほどでもなく、およそ三十頁にも満たない程度だろうか。


「では、次にこちらをご覧ください。先輩にぜひ身につけて貰いたい知識を、まずは基礎の部分だけ纏めてきましたので」

「……ねえ、ラスト」


 だが、それもまた彼女の常識からはいくらか外れた代物だったようだ。

 手作り感の漂う味気ない表紙に描かれた文字を見て、ジュリアが思わず呟く。 


「これ、表紙に『暗殺術基礎』って書いてあるんだけど」

「そうですね」


 それがなにか、と眉の一つも動かさずに首を傾げた後輩に、ジュリアの叫び声が木々の隙間をすり抜けて響く。


「そうですね、じゃないわよ!? あんたあたしに暗殺者になれって言うの!? これでもあたしは――多少、いえ、ほとんどらしくないかもしれないけれど――貴族の令嬢なんだけれど!」

「ああ、そんなことですか。どうかお気になさらず。聞こえは悪いかもしれませんが、中身は確かにジュリア先輩の戦い方の質を上げるのに相応しいものとなっていますので」


 疑わしげな眼を向ける彼女を納得させるべく、ラストは説明を始める。今度は早口になってしまわないように気を付けながら、ゆっくりと。


「一言に暗殺術と言うと忌避したくなるお気持ちも、分かります。ですが、つまりは対人用の狩猟術と考えてみて下さい。標的の心理を逆手に取り、巧みにその動きを操って、己が手中に絡め取る。罠や遠距離からの狙撃を戦法の主体とするジュリア先輩にとっては馴染みやすく、また大きく役に立つ技法と言えるのではないでしょうか?」

「……そう言われれば、そうかもね。ごめんなさいラスト、頭ごなしに否定しちゃって」


 謝罪されるほどのことでも無い、とラストは首を振る。

 なにせ彼自身、かつてエスにこの分野の知識を身につけるべきだと言われた時にその場ですぐさま理由を悟ることは出来なかったのだから。

 ラストが暗殺術を修めることを決めた理由の一つは、己の身は最終的に自分で護れるようになっておかなければならないとの考えに辿り着いたからだ。

 ブレイブス家から放逐されたラストの立場を保証するものは皆無に等しく、どうしようと他の候補と比べて見劣りしてしまう。そのような者がいざのし上がろうとすれば、妨害の手を伸ばしてくる相手もいることだろう。誰かに対処を任せることも考えられるだろうが、その誰かが常に自分の傍にいるとは限らない。

 だが先んじてその手段を自分の頭に入れておけば、誰かに頼れない状況でも対策を打てるようになる。自己防衛の一手として暗殺術を習得しておくことに、間違いなく損はない。

 ――そしてもう一つは、自身の奥の手として秘めておくためだった。

 平和にどうしても馴染めない狂人や、最初から言葉による交渉が通じず暴力で相手の主張を押し潰すことしか知らない相手。そういった類の奇人が世の中にまったく存在しないというのは甘い見込みと言わざるを得ない。事実、彼はこの学園に来るまでにそのような連中を幾度となく目にしてきた。

 そのような敵が現れた時に、なるべく周辺を巻き込まない内に事態を最短で収束させるための最後の一手として、暗殺という手段は極めて有用になり得る――もちろん、使わずに越したことはないのだが。


「暗殺、ねー……自分がされる側になるかも、なんてのは考えた事もあるけれど。いざ自分自身がその手法を修めることになるだなんて正直考えてもみなかったわ。やるにしたって、あたしの立場なら専門の相手を雇うことになるんでしょうし」

「いざご自身がその手の知識を身につけるとなると、お嫌でしたか? 貴族たる者、正々堂々戦うべきであるとか」


 そう尋ねたラストに、ジュリアは肩を竦めた。


「別に、そんなことはないわ。単に意外だったってだけ。……あたしはね、ラスト。勝つためだったらなんだって利用する。そうじゃなきゃ、王国じゃ敬遠されてる魔法爆薬の研究なんてのもそもそもやらなかったわ。これまで鬱陶しく突っかかってきた連中の鼻を明かしてやれるのなら、なんだって喜んで勉強させてもらうわ」

「その意気です、先輩。卑怯や狡いと言われようとも、まず勝たなければ話になりませんから。例えば【英雄(ブレイブス)】の物語にも、女装して性豪の敵将に接近し、不意打ちで討ち取ったという逸話がありますからね」

「ええ、勝てば官軍なんだから。……ところで、そんなお話なんてあったっけ?」

「あ、あれ? 先輩は御存じないんですね、僕のいた地域ではそれなりに有名なお話だったんですが……」


 それはラストがエスの所で見た、大戦直後に発行された英雄譚の一節だった。

 かつてブレイブス家で目にした際には正々堂々名乗りを上げての一騎打ちとされていた戦いだったのだが、恐らくは歴史のどこかで修正されたのだろう。

 女装して寝所に上がり、毒を混ぜた酒を飲ませたうえで首元を搔っ切ったという逸話なのだが、その内容を英雄の取るべき行動ではないと忌み嫌った人物がいたとしてもそれほど不思議なことではない。

 笑って誤魔化そうとするラストに、ジュリアが不審げな眼を向ける。


「ふーん……。それにしも、見た所この教本もあんたのお手製なんでしょ? こんな知識をさらっと持って来れるなんて、改めて考えると出自が気になってくるところね」

「ええと、そう言われても。僕の育ったところは至って平和な、何の変哲もない辺境に過ぎないところだったとしか言いようがないんですが……」

「なんでそんな所でしれっと暗殺のやり方なんて身につけられるのよ、まるで王国の辺境が魔境みたいになっちゃうじゃない。……まあ、いいわ。ここまで教えてくれるあんたは恩人みたいなものだし、そのお礼としてどこでそれを勉強してきたのかとかは聞かないでおいてあげる」

「あはは……それはともかく。最後にもう一つ、先輩に身につけていただきたいものがあります。――そう、基礎体力です」

「うっ」


 指摘されたその一点に、ジュリアの眼が泳ぐ。


「ヴォルフ先輩ほどになれとは言いませんけど、最低限動けるだけの筋肉はつけておきたいですね。当面は柔軟体操と軽い走り込み程度を行ってもらう予定ですが、なにしろ今のジュリア先輩は体力が同年代の平均をがくっと下回っていますので。それでも厳しく感じられるであろうことは否めないですね」

「うぐぐっ」


 彼女の体力が低いのはその貧弱な体格から見ても一目瞭然だが、決闘での動きからも読み取ることが出来る。

 最後の局面でラストに接近された時に、彼女は自爆紛いの手法を取って逆転勝利を得ようとした。だが、それはどうせ自分の脚ではあの場から脱出できないとの諦めによるものだったと彼はあの後で聞いている。

 しかし、その判断は早計だったと彼はジュリアに向ける目を細めた。

 

「相打ちを狙うのは最後の最後、本当に万策尽きた時です。少しでも生き延びれる目があるのならば、なんとしてでも生き残ろうと抗うのが戦う者として当然の務めです。別に、ジュリア先輩に肉弾戦が出来るようになれとまでは言いません。ただ敵に近づかれた時、僕かヴォルフ先輩が駆け付けるまでの時間を稼げるくらいにはなって欲しいところです」

「……だって、魔法薬の研究が忙しかったんだから仕方ないじゃない。王国にはこの分野の研究者はいないも同然だし……鍛える暇とかはなくって……」

「心中はお察しします。とはいえここからは僕も微力ながら協力させて貰いますので、ある程度は余裕が出来るかと思います。その分だけこちらの方も頑張っていきましょう。まずは一日二回、午前と午後に三十分程度の走り込みからでも」

「……仕方ないわね。分かってるわよ、頑張るわ。英霊奉納祭(ヘロスマキアー)であんたたちに余計な迷惑をかけて、あいつに笑われるのもごめんだしね」


 嫌そうな顔をしていたジュリアだが、最後には肩を落としながらも受け入れた。

 頭で身体を鍛える必要性を分かっているのなら、後はいざ実践すれば心持ちも徐々に変わってくるだろう。自分が動けるようになって見えてくる新たな戦い方の世界を少しでも体験すれば、彼女はよりいっそう鍛錬に励むようになってくれるに違いない――そうラストは踏んでいた。


「以上の三つが、以後しばらく先輩に頑張ってもらいたいことになります。新しい魔法に馴染んでもらうこと、暗殺術の習得、基礎体力の向上――そして」


 ここまでがジュリア自身に努力してもらいたい鍛錬の話だ。

 だが、彼女にはもう一つ、昨日の段階でラストが持ち掛けていた提案があった。

 彼の見据える先で、反射的に身を固くしたジュリアの瞳が瞬く。

 その桃色に輝く二つの綺羅星を覗き込みながら、ラストはにこやかに問い掛けた。


「例の件についてはどうされるか……お決まりになったでしょうか、先輩?」



 ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと思ってくださったなら、ブクマへの登録や感想、評価などをいただければ幸いです。

 どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ