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第245話 新たなる蒼狼を目指して


 公爵家の嫡男にして英雄学院の現生徒会長、ホープ・セントクロイツ。

 【英雄(ブレイブス)】一族の出にしてラストの幼馴染、ハルカ・ブレイブス。

 予期せぬ二者との邂逅を無事に終えられたと思っているラストは、その日の午後、破組(ケイオス)の教室に戻ってからざっくりと午前中の決闘で得られた見立てを先輩二人に伝えた。その後、考えを纏めるためにも一度場を解散することを進言したのだった。

 ラストの告げた内容があまりに衝撃的だったようで、話を聞いたヴォルフとジュリアは驚愕を露わにした顔を中々元に戻せないでいた。こうなれば彼らはある程度落ち着くための時間が欲しいだろうし、ラストとしても今後の鍛錬に必要なものの数々を準備しなければならなかったからだ。

 そのような都合があって、迎えた翌日。

 一晩通して修行の用意を終えたラストは、学院の敷地内ではなく、王都と学院の間に存在する森の中へやってきていた。他の生徒は基本的に過ごしやすい学院内の演習場や修練場で鍛錬していると聞いていたので、ここならば破組(ケイオス)のこれからの変わりようを英霊奉納祭(ヘロスマキアー)本番まで無事隠し通せるだろう。


「おはようございます、先輩方。昨日の話は少々刺激が強かったようでしたが、気分はいかがですか?」


 がさがさと邪魔な植物をかき分けてきた二人分の足音に、ラストは振り返る。

 そこには昨日と同じく快活に笑うヴォルフと、寝不足なのか僅かに隈を浮かべたジュリアの姿があった。


「おぅ、俺はばっちし快眠で問題ねぇ。かかっ、さっそく始めようじゃねぇか!」

「うるさいわよ! ったく、あんたはなんでそんな元気でいられるのよ。こちとらラストの言ってたことが気になって気になって、安眠のお香を焚いても全然意識が落ちなかったってのに……。あー、おはよラスト」


 よく見れば、ジュリアは目元が窪んでいるだけではなく所々髪が跳ねている。

 どうやらその原因は昨日のラストの突拍子もない提案にあったようで、もう少し段階を踏んで説明を置くべきだったかと彼は心の中で反省する。

 だが、今は何しろ時間がないのだ。

 彼女への謝罪を軽く頭を下げて済ませた後、ラストはヴォルフに顔を向ける。


「それでは、問題なさそうなヴォルフ先輩の方から始めましょうか。その間にジュリア先輩は少しでも休んでいただければいいかと。――まずはどうぞ、こちらをご覧下さい」


 ヴォルフがラストの差し出した四つ折りの紙を手に取って、中に眼を通す。

 休んでいいと言われたとはいえ、ジュリアも気になったようで背伸びしながらその内容を覗き込んだ。

 そこには一つの魔法陣が描かれていた。

 それはヴォルフが昨日の決闘で使用した【蒼狼強化(ベオルテ・フォルス)】と一見同じもののようで、僅かに似て非なる紋様となっている。


「昨日の内に一通りお話させてはいただきましたが、一応、改めて――ヴォルフ先輩の使用する今の【蒼狼強化(ベオルテ・フォルス)】は、数にして四十と七の欠陥を抱えています。脳髄の奥深くにまで干渉し、心身の潜在力を爆発的に活性化させ、狂戦士化とさえ呼べる変化を起こす魔法……それにしては、現在お使いいただいている術式はあまりに杜撰なものだったと言えます」

「おぅ、そうみてぇだな」


 説明するラストに、ヴォルフは腕を組んで頷く。

 その隣ではジュリアが本当に理解しているかどうか窺わしいものだと半眼を向けているが、そちらは放っておいて。

 ――人体を構成する要素の数々は様々な外界からの負担に耐えうるようで、意外と繊細な均衡の上に成り立っている。それ故に、無茶をし過ぎれば思いの他あっけなく破綻してしまいかねない。

 ラストの分析では、ヴォルフの【蒼狼強化(ベオルテ・フォルス)】もそのように憂慮すべき魔法の一つだった。彼の強化は、例えるならば副作用の強い劇薬を服用しているようなものだ。若い今の肉体ならば反動に耐えられたとしても、確実に今後の健康を蝕んでいくことだろう。


「先輩はそれを過剰な魔力を流し込むことによって強引に成立させていますが、その出力は想定される本来の形のおよそ七割弱。正直に言って、消費する魔力量に対して得られる強化のほどが見合っていませんでした。そこで、今お見せした魔法陣をご覧下さい。――それが、僕の改良した【蒼狼強化(ベオルテ・フォルス)】の新たな術式です」


 ヴォルフの覚えている本元の術式と比較して、文言の量が三割ほど増えて複雑さが増した魔法陣。

 だが外観はさほど変わっておらず、ラストほど魔法の構成についての知識を持ち合わせていない彼にも、それがこれまで愛用してきた魔法と同じ類のものであることくらいは直感的に察することが出来た。

 以前と異なっている点を探すように目を凝らしながら、ヴォルフが唸る。


「……確かに、幾らか変わってんのは俺の頭でも分からんでもない。ぶっちゃけ、これで本当にこれまでのより良い感じになってんのかは使ってみねぇと分からんが……とりあえず俺はこいつを覚えりゃいいのか?」

「ざっくばらんに言えばその通りですね。先輩には手始めにその魔法陣を過不足なく発動できるようになって頂いて、そこから先はひたすら僕と模擬戦を重ねてその出力に習熟していただこうと考えています。――ここまでは昨日の内に話させていただきましたが、今日の所は、もう少し詳しい課題についても説明させていただいた方がよろしいかなと」


 ぴっ、と人差し指を立てたラストは、昨日教室に帰ってから彼らの協力により追加で集めた情報を元に話を続ける。


「一つ。先輩の術式構成は現状、本来のものから七割程度を再現しているに過ぎません。これはぎりぎり発動水準に足る数字ではありますが、魔法の秘める本来の力を八割弱しか引き出せていません。勿体ない話だとは思いませんか?」

「そうか? ってもこれで俺としちゃ十分なんだがな……」

「今は通用していると仰っていても、それがいつまで続くかは分かりませんよ。現状にあぐらをかかず、突き詰められるところは突き詰める。僕たち魔法使いにとって生死の境を最後に分けるのは、自分の使う魔法への造詣をどれほど深められるかにもかかっているんですから」


 学院内だけであれば、対戦相手を力任せに押し潰す今の戦い方でも問題はないかもしれない。

 しかし、卒業後に戦う相手は未熟な学生だけとは限らない。ヴォルフよりも経験を積んだ老兵と戦う機会も数多くあるだろう。そのような時に自分の力を正確に把握できていなければ、いくら作戦を立てようともそこに歪みが生まれることは免れない。

 自分にどこまでのことが出来て、なにが出来ないのか。

 それを知らないままに突っ走っていては、いざ格上と相対した時に為すがまま押し潰されるだけとなってしまう――これまでにヴォルフと相対してきた相手がそうであったように。


「ヴォルフ先輩には是非とも、術式の再現率を九割以上にはしてもらいたいんです。そうすれば強化の割合も高くなりますし、消費魔力も減って戦闘可能時間も大幅に延ばせますから。どうしても難しいようでしたら僕としても色々と手段を考えますが、まずはこれを目指してみてくださいませんか?」

「……おー、そうだな。んまぁ、後輩がそこまで言うならひとまず頑張ってみっかね……」


 がしがしと頭を掻きながら、ヴォルフはより細かくなった手元の術式を覚えようと強く睨みつける。

 だが、それとは別にもう一点、彼に直して欲しいことがあるのを忘れてもらっては困る。


「そして、もう一つ。ヴォルフ先輩には、過剰な魔力を注ぎ込んで魔法の威力を向上させる癖がありますね。この機会にそちらの方も直していただきたいと思うので、この魔道具もお渡ししておきます」


 こちらはジュリアにも確認を取ったことなのだが、【蒼狼強化(ベオルテ・フォルス)】だけに関わらず、ヴォルフには他の魔法についても魔力を過剰を流す癖があるそうだ。

 確かにそれで単発の威力を上げることは出来るのだが、消費する魔力を総合的に考えればやはり非効率であることに変わりはない。その技法を覚えていて損はないのだが、恒常的に使用する理由はないと言っていい。

 その対策としてラストが制作した腕輪型の魔道具を、ヴォルフはすぐに己の腕に嵌めた。

 表面には二つの魔法陣が刻まれており、彼の魔力に反応して光を放ち始める。


「この際だ、直せっつんなら直すが……んで、こいつはどんなのなんだ?」

「効果そのものは単純ですよ。一つは流された魔力を感知、計測するものです。それが一定値を超えた場合、もう一つの魔法が発動して――あっ」


 物は試しと魔力を一気に流そうとしたヴォルフを見て、ラストが慌てて止めようとする。

 だが、残念なことにそれは間に合わず――。


「ぐおおおっ!?」


 ヴォルフが突如、情けない悲鳴を上げて地面に蹲る。

 その両手は彼の股の間に差し込まれており、そこを抑えるようにしながら彼はひくひくと全身を震わせる。


「……流れる魔力が一定を超えた場合、股間に激痛が走る設定になっているんです」

「お、おまっ、そう言うことは先に言えよ……」

「言おうとはしてたわよ。というかそもそもね、得体のしれない魔道具を適当に使おうとするあんたが悪いんじゃない」


 ふん、とジュリアはヴォルフを見下ろしながら、呆れたような顔で鼻を鳴らした。


「と、ともかく。これがあれば魔法を大っぴらに使えないような場所であっても同じような訓練を行うことが出来るかと思います。あくまでも影響が及ぶのは先輩にだけ、ですからね」

「お、おう……後輩の計らいがありがた過ぎて涙が出るぜ」


 震えながら立ち上がるヴォルフの眦にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、ラストは思わず問う。


「……その、厳しいようなら他の設定に変えましょうか?」

「大丈夫でしょ。これくらいこいつならなんてことないわよ、ねぇ?」

「……おうとも、問題ねぇさ。こんなんさっさと身につけりゃあいいだけだからなぁ! かかかっ――くそったれがっ!」

「ですって」

「そ、そうですか。ええと、それならヴォルフ先輩についてはこれくらいですかね。改善していただく課題はどれも簡単なものではありませんが、これらを身につければ確実に強くなれることは保証しますので、頑張っていきましょう!」

「おう、やったろうじゃねぇか! んの野郎、かかってきやがれってんだ畜生め! てめぇの痛みなんざ怖かねぇ――うごぉぉぉっ!?」


 再び悲鳴を上げて蹲るヴォルフ。

 色々と厳しいとは思うが、今挙げた彼の欠点を見事克服することが出来れば、ヴォルフは間違いなく先へと進むことが出来る。それはラストのこれまでの経験からしても間違いない。

 どうか諦めることなく、己の課題を乗り越えて欲しいと彼は願っていた。


「ヴォルフ先輩はこれで良いとして、次はジュリア先輩ですね。もう気分は整えられましたか?」

「ええ、それであたしは何をしたらいいのかしら?」



 ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと思ってくださったなら、ブクマへの登録や感想、評価などをいただければ幸いです。

 どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。

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