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第235話 罠の巣窟にて少女は待つ


 学院所属の魔法建築士によって簡易的に再現された、張り子の街並み。

 その一角に聳え立つ商人の屋敷を拠点と決めたジュリア・ヴェスタは、外敵(ラスト)の侵入を想定した室内罠の設置に励んでいた。

 彼女が今回採用しているのは条件起動型の魔道具だ。外部から何らかの衝撃が加われば、内部の魔石――魔力の込められた鉱物が内蓋の魔法陣に接触。可燃性の素材を練り込んだ特性の魔法薬へ自動的に着火し、爆発を引き起こす。

 常日頃から持ち運べる容量には限りがあるため、爆弾そのものはどれも携帯できるほどの大きさしかない。しかしその威力は彼女の世話になっている教授が舌を巻くほどで、設置する場所にもよるが、最も強力なものであれば僅か一つで三階建ての家屋を倒壊させるに足る。


「とは言っても、それすら無視して吶喊してくる考えなしの暴走馬車みたいな奴も中にはいるけど。あの後輩はどっちかと言えば堅実に立ち回る性格に見えたけど、実際どんなものかしらね……んしょっ、と」


 ふと思い出した過去の決闘の光景に顔を顰めながら、彼女は切り取った工作用の鋼線を手際よく扉の取っ手に括りつける。そのもう一方の先端は、頭上に吊るされた魔道具へと繋がっていた。

 相手がなんら警戒することなく突入してくれば、自動的に魔道具が作用する仕組みだ。

 こちらは爆発の威力こそ小規模だが、同時に毒煙を発生させる妨害型となっている。

 他の建物ならともかく、自分が隠れる場所に強力な爆弾など仕込めない。

 爆風によって拡散された毒煙は、吸引すれば立ち眩みや麻痺を起こす。致死性はないが、吸い過ぎれば対象の昏倒を引き起こすほどには強力な毒が配合されている。

 そうしてある程度時間を稼いでいれば、自動的にジュリアの勝利となるだろう。


「ふぅ、こんなところかしら。これであらかた侵入経路は塞いだし、上々でしょ」


 軽く手を払って埃を落とし、彼女は満足げに頷いてからあらかじめ目を付けていた隠れ場所へと移動する。

 建物の二階に存在するその一室は他の部屋と比べて窓が少なく、日もあまり差さないために隠れ場所としては悪くないかもしれない。

 だがそれは逆にジュリアにとっても見晴らしが悪く、攻撃手であるラストの様子を確認するのに不向きであるという危険性を孕んでいる――彼女の()が、常人の宿すそれと同じ仕様であったのならば。


「魔眼よ、起きなさい。……さて、あんたにあたしが見つけられるかしら? もっとも、こっちから丸見えだけど」


 ジュリアの瞳はその髪と同じく濃い目の桃色だ。

 その中央に魔力が宿り、やがて淡く魔法陣の輝きを映し出す。

 今や彼女の視線の先には、新たに建物の壁を透かして輝く光点が二つ追加されていた。

 魔眼、それも奇しくもラストと同じく魂を視認する類のものだ。

 もっともシルフィアットとの死闘を経て魔力の深淵に覚醒した彼に対して、ジュリアの魔眼は先天的な才能であって、完全に同じ仕様とまではいかないのだが。

 それはさておいて、その異能を以て物理的な障害を見透かした彼女は、演習場の入り口に立つ先輩(ヴォルフ)後輩(ラスト)の様子を眺める。


「中途半端に探そうとしても時間切れになるだけ。そんなことはあんただって分かってるんでしょ?」


 ラストの口ぶりからして、何の手立てもないとは考えられなかった。

 まず間違いなく、こちら(ジュリア)の想定していない秘策の一つや二つは隠し持っている。

 そうでないのならよほど自分を買い被っているのか――もしくは、ジュリアを見下しているか。

 ヴォルフがちょくちょく茶化すように、彼女はその身体的な特徴(幼女体型)によって他人に侮られる傾向がある。

 加えて魔法薬などという、世間一般で言う魔法使いから見れば邪道の類に手を染めているのだ。己の(魔力)に誇りを持たない軟弱者の振る舞いだと蔑まれたことも数えきれない。

 例え表面上は紳士的に接してきていても、その内心ではなにを考えているか分からない。

 そのような人間を、ジュリアは貴族として生まれてから幾度となく目にしてきた。


「もし本当のあんたがそんな連中と同じ間抜けだったりしたら、そうね。とびっきりのお薬で目を覚まさせてあげるわ。――あたしの薬はちょっとばかし()くわよ?」


 残るもう一つの手札の感触を白衣の内側に確かめながら、ジュリアは笑みを深める。

 ――諦めて花嫁修業に専念しろと言う人間がいた。

 ――女中(メイド)としてなら雇ってやる、なんてほざく幼女趣味の人間もいた。

 彼女はそう言った御親切な連中を悉く新薬の協力者(実験台)にしてきた。

 故の破組(ケイオス)

 常識外れのお転婆令嬢、などと他人は知ったように彼女を語る。

 そんな評価など知ったことか――ジュリア・ヴェスタ(あたし)は、あたしの生きたい道を行く。


「かかってきなさいラスト・ドロップス。まずはあたしを倒せないようじゃ、英雄なんて夢のまた夢よ」


 さあ、期待の後輩は如何にして先輩からの歓迎を攻略してみせるのか。

 左腕に嵌めた腕時計の長針が、ちょうど試合開始の時刻を指し示す。

 それと同時に、光点の片方が演習場の中央へ向けて動き始める。

 恐らくはこちらがラストなのだろうと、その動向を観察しようとして――。


「――なに?」


 刹那。

 ジュリアはまるで、自分の心臓が鷲掴みにされたような冷たい感覚に襲われた。

 理性ではなく、直感がけたたましく警鐘を鳴らす。

 遥か向こう、幾つもの建物に遮られて彼女を視認できないはずのラストの眼が。

 今確かに、ジュリアの瞳と真っ向から交錯したように感じた。


「……っく!」


 気のせいに違いない、と彼女は叫びそうになる口を手で押さえる。

 逃げなければという衝動が咄嗟に胸の内に湧き上がるが、せっかく整えた拠点から開始早々に脱出するのはいかがなものか――そう考えて、彼女は恐らく今のは偶然の錯覚に過ぎないとして心の焦りを奥底にしまい込む。


「面白いじゃない……! もしかしてあんたも魔眼持ちなの? だったらこの勝負、なおさら楽しいことになりそうね!」


 ほどなくして、少し離れた場所から爆発音が鳴り響く。

 ジュリアが囮として別の建物に設置した時限式の爆弾が作動したのだ。

 小さくない地響きに、彼女が息を顰める屋敷までもが揺れる。

 これを無視してまで向かってくるのだとしたら、なるほど先ほどの感覚は嘘ではなかったのかもしれない。

 それでもその道中には、彼女が仕込んだ幾つもの罠が彼を待ち構えている。それらを全て潜り抜けて彼女の下まで辿り着けるのだとしたら、下手に逃げようとしても追いつかれるだけだろう。

 それならむしろ、泰然と待ち構えてやるのが先輩らしい在り方か――。


「良いわ、ふふん! 来られるもんなら来てみなさい。たーっぷり歓迎してあげるから!」



 ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと思ってくださったなら、ブクマへの登録や感想、評価などをいただければ幸いです。

 どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。

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