第234話 第三演習場にて
ラストがヴォルフらに案内されて辿り着いたのは、第三演習場だった。単純な平地だった第六演習場とは異なり、市街地を模した地形が広がっている。幾つもの建物が立ち並ぶその戦場は、自然とはまた異なった形で戦う相手の姿を覆い隠す。
三代目英雄、レヴォル・ブレイブスの名が刻まれた入り口を一礼して通過し――常識破りで名を馳せる彼の先輩二人も、礼儀正しく頭を下げていた――少し足を踏み入れた所で立ち止まる。
振り返った大柄のヴォルフが、鋭い目つきでラストを見下ろした。
「お前にゃこれから俺たちと、それぞれ一対一で戦ってもらうぜ。初戦はジュリアと、この市街地戦区でだ。男らしく見晴らしの良い場所での古くせぇ殴り合いを想像してたなら悪かったな。だがお前もそんなんでこいつに勝っても納得しねぇだろ?」
「そうですね。ジュリア先輩は接近戦が得意でないとお聞きしたばかりですから。相手の苦手分野で戦って勝ったとしても、自慢する気にはなれません」
「おうよ。なに、心配しなくてもそっちの期待は俺の時までとっとけや。もしお前がこの女に勝てたら、そん時は俺様自慢の剣でぶっ飛ばしてやるからよ」
がちゃり、と革紐で担いだ巨剣を鳴らす先輩の獰猛な笑みに、ラストは油断のない瞳で応える。
しっかりと使い込まれたのが一目見て分かる大剣だ。となればその担い手も、相応の技量の持ち主であるに違いない。正面切ってぶつかり合うのは愚の骨頂、となれば狙うべきは打ち合いよりも回避主体の一撃必殺か――。
静かに戦意を滾らせるラストを、挑発的にヴォルフが見下ろす。
無言で意思を通じ合わせる二人だが、それを気に入らないジュリアがその小さな体を彼らの間に割り込ませた。
「ちょっと、当事者を置いて勝手に話を進めるんじゃないわよ! あたしは先輩なんだから、後輩に胸の一つや二つくらいどんと貸してあげられるわよ!」
「んな小っせぇ胸を貸されたところでまな板代わりにすらならねぇよ」
「なにおぅ! ふん、上等よラスト! こいつの言うことなんか無視してあんたの得意分野でやったげるわ! 斬り合いがあんたのお好みなら、その上で踊ってあげる。剣でも槍でもなんでも好きなのを持ってきなさい――あいたっ! なにすんのよ!」
そう言って家紋の入った自前の細剣を取り出すジュリアだが、その動きは正直ぎこちない。恐らくは護身用の武器に過ぎないのだろう。
呆れたように首を振ったヴォルフが、苛立ちから刺突を繰り出そうとした彼女の刀身をそれより先に摘まみ上げる。
ついで軽くその頭に拳骨を落としていた。
「止めとけ。そこらの素人ならまだともかく、こいつはそれなりの腕前を持ってると見た。最低限の訓練しか積んでねぇお間に接近戦やらせんのはな、熊の檻に鼠一匹放り込むようなもんだ。直接ぶつかり合っても三合も持たねえだろう。そんなんでもまだ言うか?」
「うぐぐっ……そこまで言う?」
殴られた所を抑えながら呻くジュリアに細剣の自由を返して、ヴォルフは腕を組む。
「つっても俺の感想だからな。お前がどうしても近接戦闘を選びたいってんならそうすりゃいいさ。無理に止めたりもしねぇ。けどな、そんであっさり負けて素直に敗北を認められるかいっぺんよーく考えてみな」
そう自身の所見を言い切ったヴォルフを彼女は暫く睨み返していたが、ほどなくして肩を落とした。
「……分かったわよ。確かにあたしはそっちの方は門外漢だし、素直に専門家の言うことに従っておくわ。でも、それならそれで遠慮なんてしないんだからね? 言っちゃ悪いけど、ここはあたしの独壇場よ。あたしの誘いに乗って無様な踊りをさせられたって恨まないでよ?」
「望むところです。先輩の胸を全力で借りさせていただきますね」
「うっわ可愛くないわね。そこの脳筋より嬉しいと言えば嬉しい反応なんだけれど、そこはかとなくムカつくわ」
ジュリアは嬉しさと苛立ちをない交ぜにした複雑な顔でラストを見つめる。
彼としても先輩に手加減されるのは不本意な事だった。
まだ英雄学院の実力の基準を把握していない現状、今の彼自身の実力がどこまで通用するのか計っておきたい。ヴェルジネア家の次男は怪盗との戦いの際に英雄学院の卒業生だのなんだのと言っていたが、あの程度なら彼にとってさほど障害ではない。
だが、彼一人を参考にして学院全体を推し量ることは出来ない。
なるべく多くの資料を集めるためにも、ヴォルフらには是非とも全身全霊で自分を叩き潰しに来てもらいたい――彼はそう考えていた。
「今聞いての通り、こいつの本領はここみてぇな障害物の多い場所で発揮される。今から準備時間を三十分やるから、その間にジュリア、お前は下準備を済ませとけ。ラスト、お前はその間俺と一緒に待機だ。ジュリアが用意を終えたのを見計らって俺が合図を出すから、そっから突入してこいつを探し出し、捕まえてみせろ。ただし準備と同じ、三十分以内にな」
「模擬的な急襲作戦ってことですね。分かりました」
「……あァ、確かにこいつは面白くねえな。先輩の出す条件をそう簡単に受け入れやがって。弄り甲斐がねぇ。おいジュリア、分かってるな?」
「言われなくても手なんか抜くつもりはないってば。後悔しないでよ後輩、その整った面構えが吹っ飛んじゃってもね!」
白衣の裾をはためかせて、ジュリアは一足先に街の中へと去っていった。
その足取りを見送ったラストはくるりと市街地に背を向けて、彼女の姿が見えないように《・・・・・・・》気を払いつつ自分の準備運動を始めた。
黙々と全身の筋肉を暖めていく彼に、大剣を近くの壁に立てかけたヴォルフが暇そうに話しかける。
「くぁーっ、さてどうなるかねぇ。つーかラスト、見なくていいのか?」
「見ろと仰るのなら見ますが。ですが、それはこの決闘の趣旨にそぐわないかと」
ジュリアの得意分野とやらについて、ラストは未だ説明を受けていない。
だが、おおよその見当はついていた。
攻撃性の魔法薬を駆使し、障害物の多い戦区でこそ全力を披露することの出来る職分。
そして真価を発揮するためには一定の猶予を必要とする。
となれば彼女の役職は――。
「罠師。そこに魔法と、恐らく魔道具を絡めて、何も知らない敵を禍中に陥れる魔導工作員なんでしょう? そんな相手の手の内を最初から見て挑むのは憚られますよ」
今頃ジュリアは市街地の至る所に罠を設置しているに違いない。
主催者がせっかく来客をもてなそうと趣向を凝らしているのに、それをこっそりと覗き見るのはいかがなものだろうか。
ただこの場での勝ちを拾えれば良い、と言うのであればラストは遠慮なく隅から隅まで彼女の動向を観察する。だがそのようなラストのやり方を後にヴォルフから聞き及んだ時に彼女がどう思うか、それを想像すれば自然と己が取るべき行動は察せられる。
「そりゃそうだがな。ったく、紳士かお前は。それとも俺たちをなめてんのか」
「先輩たちを軽んじるつもりはありませんよ。ただ、このような立派な場を用意してまで僕を対等の立場に立たせてくれた、お二人の思いやりに報いたいんです。先輩風を吹かせて無理やり【英雄】の役を取り上げることも出来たでしょうに、あえて入ってきたばかりの僕にも機会を与えてくれた。
だから、その在り方に対して僕も同じように向き合うべきだ。そう考えただけです」
【英雄】たらんとするならば、勝ち方にも拘らなければならない。
相手の心にしこりを残すような勝利は、逆に後の禍根を呼ぶことにも繋がりかねない。
そのようなものを真の勝利と誇れるものか――それに。
不本意な敗北を与えられて嘆く少女の顔は、見たくない。
「はっ……よくもまあそんなこっ恥ずかしい話を堂々と宣えるもんだ」
半ば傲慢に見えて、しかして油断なく。
既に散々な悪評も聞いているだろうに、それらに惑わされることなく正面切って向かい合おうとする生意気な後輩に、ヴォルフがふっと笑みをこぼした。
「言っとくが、よほどヤバい場面じゃなきゃ助けねぇからな。それで痛い目見たって自己責任だぜ」
「その言葉だけありがたく頂戴します。ですが、僕も少しばかりその道を齧ってはいますので。そう先輩が心配なさるような無茶なことはしませんから、ご安心を」
「少しばかり、ね。そんでそれだけの余裕っ面を浮かべられる奴がいるものかよ。――かかっ、こいつは俄然楽しみになってきたぜ」
壁際で沈黙を保っている己が相棒へ目を向けて、彼は組んだ二の腕を指で叩く。
ああ、早く殺りたいものだ――そう逸る血に刻まれた本能を、抑えるように。
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どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。




