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第233話 混沌の学級


 現代では英雄学院の本校舎として運用されている古城だが、この城は元々人魔大戦(デストラクト)期に王都レア・シルフィーアの最終防壁として建てられたものだ。

 北と西を山々に、東を海に。三方向を自然の要塞に囲われたユースティティア王国の首都、その残された最後の弱点たる南方を塞ぐ護国の楯。

 その設計思想は決して当時の為政者の権力を誇示するためなどではなく、徹頭徹尾戦時の実用性を主眼において練られていた。

 ――そのような場所が、素直に目的地に辿り着けるような内部構造になっているはずもなく。

 絡み合った毛糸のように四方八方に入り組んだ廊下を前に、ラストは瞼を瞬かせる。


「仕方ないか」


 時間があれば地図の一つでも作りたいところだが、今は遊ぶ余裕はない。

 ラストは手短にこの迷宮を攻略すべく、視界を切り替える。 

 魔力渦巻く朱色の瞳が輝いて――校舎内に息づく遍く魂の気配が、彼の手中に収まった。


「……見つけたよ」


 彼が捉えたのはちょうど他の生徒の足元へ潜ろうとしている、つまりは学院の地下区画へ向かおうとしている人影だ。

 言葉を交わすことが難しいのなら、その背中を追えば良い。

 捕捉した対象の後を()けて、ラストは無事に下へと続く階段を発見した。

 その先に続く薄暗い通路へと、足を踏み入れる。

 地下の空間は華やかだった地上と比べて灯りや装飾が幾分か減らされており、少々肌寒い。

 自身の靴が床石と奏でる寂しげな音を聞きながら、彼はそう言えばと地上区画を歩いていた際に思い浮かべた疑問をふと反芻する。


「それにしても、随分と変な所に教室を置くんだね。他は見晴らしが良さそうな所ばかりなのに、僕らの学級だけ、こんな息が詰まりそうな場所で勉強をしろだなんて。……掃除も行き届いていないみたいだし」


 ざり、という音と共に床から足を退かせば、そこにはくっきりと足跡が残る。

 外から運び込まれた土埃が、長年堆積されたままになっているのだろう。

 エス曰く、良き学びは快い環境から始めるべし――いずれ、これもどうにかしなければならないなとラストは記憶の隅に書き留める。

 とはいえ、今は彼にとって役に立つ道標だ。

 まばらに残る先人らの足跡の内、ラストは比較的新しく、また行き交った数の多いものへと目をつける。恐らくはこれが、悪評の堪えない級友らの足跡なのだろう。

 灯りの数は段々と減らされていくが、星明りの下での行軍も問題ない彼はすらすらと軌跡を追いかけつづける。

 地下の一階から二階、三階――そして四階へ。

 ――本当に、どうしてこのような所に生徒を集めることを良しとしたのか。


「まるで校舎に蓋をされてるみたいじゃないか」


 臭い物に蓋をする、そんな諺が言い得て妙なのではないかとラストは想像した。

 学院の評価を下げる悪童どもを真上から押さえつけ、誰にも見られないように封をする。

 ……とはいえ、そんな一時しのぎはなんの意味も成していないようだが。

 やがてラストが進み続けた先に残った足跡の数は、四つ。

 男子が一人に女子が二人――これが現在の破組の構成に違いない。

 それと大人の男性のものが一つあるが、こちらは恐らく教師のものだろうか。

 推理を巡らせるのも良いが、そろそろ席についていなければならない頃合いだ。


「急ごう」


 ほどなくして、教室の入り口が見える。

 その前に立った瞬間、ラストは早速悪評の一端を知らされることになった。

 なにしろ、目の前の光景がいきなり彼の常識に殴りかかってきたのだから。


「……これじゃ確かに、渾沌(ケイオス)なんて言われるのも無理ないかな?」


 呆れたようなラストの視線の先には、直接『破組』と殴り書きされた扉があった。

 しかもその色合いは異様に赤黒い。魔物の血を連想させるような色合いだ。

 流石に本物を使っている訳はないだろうが――例え他に良さそうな顔料がなかったとしても、これは悪趣味に過ぎるのではないか。


「こんなことを所かまわずやってるんだとしたら、誰だって付き合いを遠慮したくなるよね……」


 入り口はまるで亡者の住み憑く幽霊屋敷を想わせる体裁だが、しかし扉の向こうの気配はきちんと生きた人間のものだ。

 ラストが足跡から推理した通り、男が一人と女が二人。

 もちろん、誰もがその身体に強い魔力の気配を滲ませている――ラストが生まれ持たなかった才能(・・)の持ち主だ。

 付け加えるなら、その性格は揃いも揃って学院中の生徒たちの心胆を寒からしめる異彩を放っているときている。

 その面構えははたして、(オーガ)(ナーガ)か。

 はたまた(ドラゴン)だろうか。

 いざ拝ませてもらおうと、ラストは扉を開けて中に踏み込んだ。


「おはようございます。今日からこちらのお世話になるラスト・ドロップスです。皆さんと仲良くできるよう頑張りますので、どうかよろしくお願いします――」


 軽い自己紹介と合わせて入室した彼の下に、一挙に視線が寄せられる。

 ――それと同時に、洗礼とばかりに飛来してくる物体が一つ。


「っと」


 危なげなくそれを掴んで、ラストは飛んできた先へと目を返した。

 そこにいたのは、ぐるぐる腕を回しながら相手に襲い掛かろうとしている小さな女子生徒と、その額を抑えつけて距離を取っている大柄の男子生徒だった。

 男子生徒の方が、唐突な不意打ちに片手を上げて謝罪する。


「おっ、すまねぇな。いやあ悪い悪い、うちのチビっ子が迷惑かけてよう。……ったく、いい加減んなヤベェのをぽいぽい投げるのは止めろっつてんだろ?」

「うがーっ! またチビって言ったわねこの筋肉馬鹿! ええい今度こそそこに直りなさい! あたしの魔法薬でぶっ飛ばしてやるんだから!」

「んなこと言われて従う馬鹿がいるかよ馬鹿チビ。良いから先輩面吹かせたいならしゃんとしやがれ。そら、新入りらしいぜ?」

「え? ウッソ? あのクソ担任じゃなかったの? 分かってたならそれを早く言いなさいよ!」


 男子の言葉を受け、取っ組み合いを仕掛けようとしていた女子の方がラストを見て急遽それを取り止める。

 彼女はぴしっと身に纏っていた白衣の襟を整え、肩口に靡く桃色の髪を手で払う。その仕草は可愛らしいもので、先の光景を見ていなければ可憐な令嬢と錯覚したかもしれない。


「ようこそ、新入生君。あたしはジュリア・ヴェスタよ。よくここまで来たわね、歓迎してあげる。お茶でも飲むかしら? イクリール? アルナスル? それともダビーが良い?」

「今更ガワを整えたって遅ぇよ幼女」

「ふふっ、なにを言ってるのか分からないわね」


 そう軽やかな口調で、笑顔のまま。

 彼女は鋭く右脚で男子の左足を踏んづけようとした。

 男子の方は笑って足を引っ込め、それを避ける。

 もう一回そのあんよで踏みつけようとするジュリア。

 またもや避ける男子――……。


「逃げんじゃないわよ!」

「やなこった。ははっ、そーれ。鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「うがーっ!」


 一分ももたず化けの皮が剥がれたジュリアのおでこを、男子がまたもや手を伸ばして押さえつける。

 結局最初の構図へと戻ってしまった光景をあっけにとられたラストが見やっていると、今度は男子の方が挨拶してくる。

 こちらは随分と開放的な性格のようで、それを示すかのように蒼い髪を逆立て、はだけさせた白シャツの前から日に焼けた肌を大きく覗かせている。


「とまあ、こんな風にちっこいだのチビだのがこいつの地雷なんでな。目の前でそれ言ったらこんな風に本性表すから、危ないのが嫌ならやめとけ」

「あんたが言うな!」

「俺は良いんだよ。まあ、こんな感じだがよろしくしてやってくれや。俺はヴォルフ・ゲンギスってもんだ。四年、要するに最終学年だ。ちなみにこいつは三年生。そうは見えねぇって? おーおー、気持ちはよーく分かるぜ」

「あ゛? なに? もしかしてあんたも、あたしが背も胸も小っさくて尊敬に値しない先輩ですって?」


 ぎろりと睨みつけてくる彼女に、ラストは慌てて首を振った。

 彼もそんなことまで(・・)は思っていない。――ただ、少々やんちゃな妹のように見えると考えただけだ。

 無論、それをそのまま言えば憤慨するのが目に見えている。


「いえ、そんなことは砂粒一つほども考えていませんよ。よろしくお願いします、ヴェスタ先輩(・・)

「ふん、分かればいいのよ。まったく、あんたはこいつに比べて乙女の扱いを分かってるわね」


 口調は強めのままだが、彼女は素直にラストの差し出した手を握り返してくれた。


「ゲンギス先輩も、よろしくお願いします」

「おぅ、よろしくな。ラストだったか?」


 続いてヴォルフが握手に応じるが、その手が思いのほか強く握られる。

 顔を見れば、彼は笑って更に握力を強めた――どうやら先輩なりの挨拶のようだ。

 随分と挑戦的なものだが、そこに悪意は感じられない。

 ならばと、ラストは喜んで応じることにした。


「うぉっ?」


 逆に握り返す――ただし、力を入れるのは親指だけだ。

 全体に圧力をかけるだけならば、今のラストのように意外と耐えられる。ただし一点に集中されれば、その分だけそちらにかかる圧力が増す。それで怯んだ隙を見計らって、ラストの手はするりと逃げ出すことに成功した。


「へぇ、面白いじゃねぇか。上の優等生どもとは違って、多少はデキるみてぇだな。良し、俺のことはヴォルフって呼んで良いぜ。ラスト、テメェのことはちょっとばかし認めてやる」

「ありがとうございます。……ああそれと、ヴェスタ先輩。こちらの薬品はお返ししておきますね。もう投げないでくださいよ? こんな危ないもの、ここじゃ自分まで巻き込んでしまいますから」


 ラストは先ほど飛んできた物体――黄色みがかった粘性の液体が中で揺れる試験管をジュリアに返した。


「あら、これがなんだか分かるの?」

「はい。爆薬ですよね?」


 試験管の外側に残る仄かに甘ったるい臭気が、彼にそれを教えてくれる。ジュリア自身の甘酸っぱい香りに紛れているその香りは、間違いなく大気に触れると爆発を起こす物質のものだ。

 エスの屋敷で扱った記憶から、ラストはその危険性を見抜いていた。


「使うなら外でやってくださいよ。こんな場所では、下手すれば生き埋めになってしまうかもしれませんから」

「……そうね。あたしもそう出来るよう努力するわ。それとラスト、あたしのこともジュリアで良いから」


 ジュリアは落ち着いた様子で、試験管を制服の内側に戻した。

 その際にちらりと見えたが、彼女はまだ幾つも危険な薬品を隠し持っているようだ。

 基本的に魔法一辺倒のはずの英雄学院にこのような先輩がいることは驚きだが、組み合わせ次第では魔法に本来以上の力を発揮させられることも彼は知っている。

 ここの人たちは一癖二癖もあると聞き及んでいたが、どうやらそれは各々の魔法適正にも同じことが言えるようだ。

 そして、最後。

 残っていたもう一人の少女は偶然にも、彼にとって記憶に新しい相手だった。


「こんにちは、ローザさん。まさかこんな早くに会えるなんて思ってもみなかったよ」

「本当に奇遇ね。貴方が同じ学級になるなんて、私の方こそ想像していなかったもの」


 眼鏡をかけて本を読んでいた水髪の少女――ロザリア・テスタアズラが、丁重に栞を挟んでからラストの下に近づいてくる。


「なに、彼ってローザの知り合いなの?」

「はい、ヴェスタ先輩。この間王都に行ったときに追い剥ぎにあって、その時に鞄を取り返してもらったんです」

「へえ、やるじゃない。ふっふーん、優秀な後輩を持てて誇らしいわ。ほら、撫でてあげるから頭を下げなさい」

「なんで撫でる相手に命令してんだよ。ここはこうだろ――よっと」


 とりあえず言われた通りにしようとしたラストを止めて、ヴォルフがジュリアの脇の下に両手を突っ込み、そのまま持ち上げた。

 それは赤ん坊にやるような、たかいたかーい、と同じ光景で。


「このっ、離しなさい! はーなーせー、この野蛮人!」

「そーれ、高い高い」

「ぎゃーっ! 回すんじゃないわよーっ!」

「……ははは、中々に楽しそうな学級だね」

「そうね。あんな感じでも、二人とも後輩にはきちんと優しくしてくれる先輩だから。きっと、ラスト君には過ごしやすい場所と思うわ」


 その時横に見えた彼女の顔は、その言葉とは裏腹に、なんだか辛そうで。

 それを見咎めたラストが言葉を返そうとするが、それより先に再び教室の扉がやや乱暴な音を立てて開く。


「騒がしいぞ貴様ら。なにをしているか。――貴様も来ていたか、ラスト・ドロップス」


 そう憎々し気に呟く声に、当然ラストは聞き覚えがある。

 試験官の一人を務めていた男性教師だ。名は確か、アンドレと言ったか。


「何の用っすかドレちゃん先生、こんな掃き溜めに」

「黙れゲンギス、気安く私の名を呼ぶな。……私とて担任を押し付けられでもしなければ、好き好んでこのような廃棄物の集積場に足を運ぶものか。黙って話を聞け。そこのラスト・ドロップスとやらが貴様らの新しいお仲間だ。精々仲良くしてやると良い」

「そんだけならもうこいつに聞いたぜ?」

「やかましい。それともう一つ、連絡事項だ。再来月から【英霊奉納祭(ヘロスマキアー)】が開催される。貴様らはともかく、他の連中にとっては将来のかかった重要な期間となる。くれぐれも邪魔をするな。余計なことは一切せず、控えていろ。以上だ」


 途中口を挟んだヴォルフを殺気すら交えた目線で牽制して、早口でそれだけ述べた後、アンドレは用が済んだとばかりにさっさと退室していった。

 ぴしゃんと閉め切られた扉を鼻で笑いながら、ヴォルフがぼそりと漏らす。


「普段はお知らせの紙だけ置いてく癖に、珍しいこともあったもんだ」

「そうね。きっと悪い薬でも飲んだんじゃないかしら」


 散々な言われようである。

 だが、ラストの方もそう思いながら、特に彼を擁護するような言葉は言わなかった。


「まあ、担任の奇行よりも祭りの方だ。なあラスト、お前こいつに参加する気はあるか?」

「もちろんです」


 【英霊奉納祭(ヘロスマキアー)】。

 それはかつて戦場で活躍し、そして散って逝った英霊に祈りを捧げると共に、彼らに後進の成果を示すお祭りだ。

 前者の儀礼的な祭典は王都の方で行われるが、英雄学院ではその間、後者の役割を果たす大々的な校内戦が開催される。

 その頂点に立つことの意味合いは大変重く、ラストの今後にも影響するに違いない。

 迷うことなく参戦の意志を示した彼の肩を、ヴォルフが固く掴む。


「だったら俺たちと組まねぇか? ……実はな、中々面子が集まらなくてな。どいつもこいつも破組の名前を聞いた途端及び腰になりやがるもんで、このままじゃ俺たちは出場すら危ういんだよ。そこでお前だ」

「お誘いはありがたいですけど、良いんですか? 僕はまだ入りたてほやほやの新人ですよ。探せばもっと他に良い人材が掘り当てられるかもしれません」

「無理よ。それはもうやったもの。だけどお祭りには軍のお偉いさんたちがこぞって来られるし、そんな中で恥を晒せば将来が潰れるも同然。そんな舞台で悪名高いあたしたちと組むなんてって、皆断わってきたわ。破組風情が生意気だー、なんて言ってきた奴は片っ端から吹っ飛ばしちゃったしね。今更希望を募っても誰も来ないわ」

「……そうですか」


 彼らの様子からは、恐らくラストが今から新たに仲間を集めようとしたところで間に合わないだろうことが予想出来た。

 同じ破組の連中だからと、敬遠される未来が目に見えている。

 それならばここで素直に誘いに乗っておくべきだと、彼は先輩方のご親切な提案を受け入れることにした。


「分かりました。それでは皆さん、よろしくお願いします」

「おう。んで、参加するにゃ四人以上で組まなきゃならねぇ。そいつも【英雄(ブレイブス)】、【剣皇(エィンペリヤル)】、【賢者(スレイマン)】、【聖女(ラフィリヤ)】……かの偉大なる英雄様の御一行になぞらえた四人一組の組み合わせで挑むのが大前提だ。もちろん、出来るならそれ以上かき集めても良いがな……で、聞くぜ。どれならいけそうだ(・・・・・・・・・)?」


 ニヤリと試すような笑みを浮かべたヴォルフに、ラストは即答する。


「どれでも僕は構いません」

「かかっ、言うじゃねぇか!」


 ヴォルフの挙げた四種の役割が示すのは、以下の通りだ。

 前衛を務める戦士(剣皇)と、中衛兼司令塔の指揮官(英雄)

 そして後衛の火力砲台たる魔法使い(賢者)と、治療と防御をこなす支援術師(聖女)

 単に役割を求められるだけであれば、ラストはそのどれでも問題なくこなすことが出来る。


「んじゃお前は俺と同じ近接戦闘職だ。ジュリア(こいつ)は見ての通りチビで――」

「はァん?」

「めんどくせぇな。――根っからの魔術師で、接近戦はからっきしなもんでな。で、後はお前だけだぜテスタアズラ」


 必要な人間は四人。ラスト、ジュリア、ヴォルフ……となれば残るはローザだと想像するのはそう難しくない。

 てっきり彼女も参戦するものだと自然の流れで思っていたラストだったが、ヴォルフに促されて視線を移すと、彼女は申し訳なさそうに俯いていた。


「ごめんなさいラスト君。先輩たちには前々から言ってたのだけれど、私はそういうのに興味ないの。戦いとか争いごとは性に合わなくて」

「そう言えば、この間もそういう風に言ってたっけ。でも、聖女役くらいならなんとかなるんじゃないかな。植物の扱いは得意なんだろう? ほら、君があの時くれたお茶だって、飲んだらすごい気が楽になったしさ」

「それは良かったわ。でも、どうしても駄目なのよ。特に血の臭いがね。あの鉄臭くて、むわっとした醜悪な臭い……あれを嗅いでいると、気が狂いそう。本当にごめんなさい、ラスト君。それに、私には他にやらなきゃならないことがあるから……失礼します」


 そのままローザは、頭を下げて教室を後にした。


「ったく、せっかく足りない面子があと一人ってとこになったのによ。知り合いみたいだし、うまくいけば今度こそ誘えると思ったんだが。さて、どーしたもんかね……」

「あれ、そう言えば授業はどうなるんですか?」

「ん、ああ」


 先ほどのアンドレとのやり取りが朝礼に相当するなら、そろそろ授業が始まるはずだ。

 出ていったローザを引き留めるのを忘れていたが、それで良かったのだろうか。

 首を傾げたラストに、ヴォルフが苦笑しながら頭をがしがしと掻く。


「見た所真面目そうなお前にゃ悪いがな、ラスト。この破組(ケイオス)にはな、そもそも授業なんてもんは存在しねぇ」

「……え?」


 信じられない一言を口にした先輩に、ラストは自身の耳を疑う。

 授業がないだって――そんな馬鹿げた学級があるものか。

 だが、隣のジュリアの様子を見る限り、嘘ではないらしい。


「どいつもこいつも、わざわざこんな地下くんだりまで来てぺらぺらと話すつもりはねぇってこった。こないだまでいた剣術の先公も俺がぶっ飛ばしちまったしな。魔法の教師なら、先任をジュリアが病院送りにしちまってから来なくなっちまった」

「え、ええ? そ、それでも歴史とか礼儀作法の教授とか、誰か一人くらい……」

「知らん。知りたきゃ適当に本読んどくか、他の学級の授業にしれっと混じってけ。俺たちの授業時間は初めから終わりまで完全自習よ。その間なにしてたって咎められることはねぇ」

「そんな馬鹿な……」


 あまりに自由、もとい放任され過ぎている破組の実態にラストは息を呑む。

 確かにこれは自主学習の利点を存分に受けられるかもしれないが、言い方を変えれば、何一つ指針を持たずに学びの海を航海するようなものだ。

 ラストとしてはそれでも構わないが、流石にこれは学校として酷すぎるのではないか。

 だが、そんな彼の憂いなどまったく気にしないように、ヴォルフ、そしてジュリアは平然と教室の出口へと向かう。


「大丈夫よ。いざとなればなんとでもなるわ。考えてもみなさい? そんなこと言ってるこいつもあたしも留年なんてしてないんだから。最低限必要な所くらいは助けてあげなくもないわ」

「んなことよりさっきの話の続きと行こうぜ。英霊奉納祭(ヘロスマキアー)だ。お前さっきどれでもイケるっつったが、聞き方を変えるぜ。どれがやりたい(・・・・・・・)?」

「それは当然――【英雄】に決まってます」

「ははっ、そりゃそうだろうな。だかそいつは俺たちだって同じだ」


 教室の壁に立てかけられていた大剣、ラストの背丈の二倍を優に超える肉厚の鋼の塊を掴んだヴォルフの顔に、血気盛んな気配が宿る。


「戦場じゃあな、なによりも【英雄】ってのが花形だ。その他の奴らなんざしょせんおまけに過ぎねぇ。天地を裂き、神意を穿ち。定められた運命を(ここ)ただ一つで切り拓く――そんな御伽噺の主人公に、誰もがそいつに憧れる」


 また、己の纏う白衣の内側を確かめたジュリアが問う。


「一応確認しておくけれど、口にした以上は譲る気はないのよね?」

「はい。僕は【英雄】になるためにこの学院に来ました。それ以外の役目に甘んじるつもりは毛頭ありません。例え相手が先輩方だろうと、それだけは譲れません」


 戦意を昂らせる先輩方の様子に、ラストはこれから始まろうとすることを予測する。


「よっしゃ! んじゃやるこたぁ一つだ。――いっちょ決闘と行こうや、ラスト・ドロップス。俺たちの上に立ちたきゃ、テメェこそが一番強くなきゃならねぇ。俺とついでにジュリア、」

「誰がついでよ!」

「俺たちを倒しゃあ、そん時は潔くお前が俺たちの頭だ。だが負けた時は手足の一本くらい覚悟してもらうぜ? そら行くぞ、我ら破組(ケイオス)の凱旋ってなぁ――!」



 ここまでお読み下さった読者の皆様、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと思ってくださったなら、ブクマへの登録や感想、評価などをいただければ幸いです。

 どうか今後とも、ラストとその仲間たちの活躍をよろしくお願いいたします。

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