第210話 国王との交渉材料
「まずは先の卿のお言葉について感謝を。我が主オーレリーの潔白について信じてくださり、ありがとうございます。――その上で、私は申し立てたい。皆様は、法の本旨について履き違えておられると」
「なんだと……お前、我らを愚弄するかっ!?」
神妙な顔を浮かべていた貴族の一人が、ラストの言葉を受けて激昂の気配を一瞬ばかり覗かせる。
しかし彼は大声を受けても一向にたじろぐ様子を見せず、逆に冷静に見つめ返すラストに当てられて落ち着きを取り戻させられた。浮かしかけた腰を貴族は再び椅子に下ろし、その背もたれに深く身体を預けて、一つ深呼吸をした。
「……いや、続けて構わぬ。思いもよらぬ長丁場にて、少々理性をかいていた」
「誤解させてしまい申し訳ありません。決して皆様を貶そうとした意図はないのです。ただ、皆様に考えていただけませんか。法とは何を目指すものであるのか」
その問いかけに答えたのは、落ち着いて堂に入った姿勢を保ったままのユリウスだった。
「――法の本旨とは、我らが忠誠を捧ぐ偉大なる国王陛下の御心を遍く全土に知らしめることだ。善を救い悪を断つ、その御心を理解しやすく皆に伝え、以て民の安寧と国の発展を行うために法はある。これで満足か」
彼の述べた説明について、ラストは特に修正や否定を加えることなく小さく頷きを返した。
それはユースティティア王国の貴族として満点のものであり、彼が求める回答に過不足ない内容だった。
「はい。では、それを踏まえた上で単刀直入に申し上げさせていただきます。その民衆の平和と地方の発展、両者をこのヴェルジネアにおいて成せるのは、我が主オーレリー様をおいて他にはいません。故に、皆様にはどうかもう一度ご検討をお願いしたいのです。彼女を無意味に喪うことは法の目的、しいては公益に反すること。それをご理解していただきた上で、判断を再度考え直していただきたく存じます」
「……ふむ。そう言いたくなる気持ちは分からなくもない。騎士ラスト、君が主を救おうと動くのは当然のことだ。続けてみたまえ」
「ユリウス殿!? しかし――」
「良いだろう? 我々はこの騎士から、立派な主を奪おうとしているのだ。それに対する反論に耳を傾けるのも、陛下から預かった大切な役目だと思わないか?」
「……それは、そうですが……」
既に結論は出ているのだから、事は終わったものだ――そう考えていた一人の貴族をユリウスは嗜める。
それはたとえ間違っていると感じていてもその判断を下さざるを得ない、彼自身への引け目から来るものなのだろうか。
それとも、彼らの出した結論が揺るがないものであるとの確信があるからこその余裕から来るものなのか。
ラストにはそこまでは分からなかったが、ひとまずは話を聞こうとする雰囲気を作ってくれたユリウスに頭を下げ、再び口を開く。
「――では、仮に我が主を処刑した場合。次の領主の座には、またどこかの貴族が任命されます。陛下はただでさえ民心の荒れた街なのですから、きちんと良心を持った貴族を派遣なさることでしょう」
「そうであろうな。二度も連続して民のことを考えぬ愚か者を寄こしては、反乱の種にもなりかねない。陛下はそのような内乱などは望まれない」
「ええ。ですが、陛下がいくらそうお考えになろうと、民はそうは思いません。ただでさえ元の領主が暴れ回った上で、領主家の中で唯一彼らの味方であったオーレリー様を処刑されたとなれば、彼らも陛下に対する忠義を疑わざるを得ない。表面上は受け入れようと、心の中には遺恨を残し続けるでしょう」
その仮定に、また別の監査団の一人が鼻白んだ。
「馬鹿な、たかだか民が陛下に翻意を示すなど……そのような大それたことがあるわけがない」
「彼らからしてみれば、誰か一人の罪で一族郎党を処刑することの方が馬鹿げているのです。それも、その当人は家族の尻拭いをたった一人でしていたんです。それがどうして最後の最後まで付き合って一緒に死ななきゃならないのかなんて、何を言われたとしても納得出来やしませんよ。皆さんだって、例えば息子娘や妻の罪に巻き込まれて死ななければならないとなったら、その状況を当然だとして素直に受け入れられますか? ――おかしい、どうしてこのようなことに……とはまったく思わないと明言できますか?」
む、と声を上げた貴族は腕を組んでいっそう深く椅子に背を沈み込ませた。
誰かのこととなれば客観的に捉えることができても、それが自分に関わってくるとなればそうも言ってはいられないのは平民も貴族も変わりない。
「そのような中で街のことをよく知りもしないどこか別の領主がやってきたところで、国への信頼を回復できると思いますか?」
「……中々に痛い所をついてくれるな。それで?」
「現在は皇国との戦争も続いており、兵を養う食料の調達も必須。長年に渡る戦争で、国庫の備蓄もあまり余裕があるとは言えない状況でしょう。そこでこの国の誇る穀倉地帯の一つをまるっと敵に回しかねない処断を下すよりは、既に民の心を掴んでいる彼女という存在を活かした方が良いと思われませんか。ここに来た街の人々は皆、オーレリー様が次の領主にならないか聞いてきたでしょう? その期待を裏切るとなれば、彼らの失望も大きなものとなります」
オーレリーが怪盗アルセーナの正体であると言うことは、この十数日の内に街の誰もが知る所となっている。
――そのためにラストはあの大観衆の前で、オーレリの身に纏う変装魔法【月花風嬢】を、念を入れて彼女が気絶するよりも先に破壊しておいたのだから。
その上で事態の収束後に民衆に声をかけて、彼は噂を広めてもらうよう頼み込んでいた。
オーレリーの正体について、そして彼女に死刑が執行されてしまう可能性について……そして、それを阻止するには街の民衆の皆が声を上げる必要があるのだと。
民衆の声を権力で押さえつけるのは容易いことだ。
しかし最悪なことに、それを倒れて間もない前任者がやらかしたばかりという状況だ。
もう一度同じ轡を踏むようであれば、彼らも黙ってはいられない。
例の晩に発生しかけた暴動について――オーレリーがいなくとも領主に対して民衆が挑みかけたという事実も、ラストが提供した資料の中に潜り込ませてある。
彼の予想がまったくの空想ばかりではないと監査団の面々は想像したのか、考えを巡らせて視線をきょろきょろと宙に彷徨わせたり、口に手を当てて考え込む者も見受けられた。
そこにラストは己の答えで以て畳み掛ける。
「国王陛下に対する忠誠心についても、この一件にて皆様にはご理解いただけたかと思います。オーレリー様を次の領主へと据えれば、それだけで済む話なのです。それをあえて反逆罪を適用し、ぐちゃぐちゃに搔き乱そうとする必要はないのではないでしょうか。個々人の罪を追求すれば、それだけで十分な罰を彼らに与えられます。彼らは既に、反逆罪があろうとなかろうとそれ以外の罪を犯し過ぎているのですから。……どうでしょうか」
ここまで特に表情を変えることなく、自分で宣言した通りにラストの言い分に耳を傾けていたユリウスへとラストは判断の変更を迫った。
オーレリーを処刑することそのものが、法の本旨に反するところである。
真に国の発展を想うのであれば、彼女を生かして今後に繋げるべきだ――ラストの主張を纏めれば、そのようなものになる。
彼の言葉になにも思わないところがないという面子はいなかったようで、それぞれの貴族たちは難しい顔をしながら、上座に座るユリウスへと判断を委ねるように見やった。
「――なるほど、一理ある。確かに我々のやっていることは、いたずらにこの街を騒がせようとしていることになるとも捉えられよう」
「ユリウス殿、しかしあまり肩入れし過ぎるのは……」
「もちろん、卿の憂慮するところは理解できている。我らの役目を忘れたわけではないが故、案ずるな。……騎士ラスト、君の言わんとするところは分かった。――だが、その上で我らの判断は揺るがない」
ユリウスは懸念の声を上げかけた同僚を手で制し、ラストから目を逸らすことなく告げる。
「確かにそちらの指摘した通り、オーレリー嬢を活用するのがこの場においての最適解なのだろう」
「……それを理解されてなお、変えられませんか」
「そうだ。先ほども述べた通り、法と言うものは一時の判断で前例を歪めてはならないものなのだ。我らは王の命により、王の意志に基づいて罪人を裁かねばならない。そして、万人に理解しうる王の意志こそが法律なのだ。それに対する理解を無理に歪めることは、してはならない。それは我らの権限の及ぶところではない――分かってくれるな?」
彼は厳しい表情を浮かべながらも、どこか優し気な声色でラストへと語り掛ける。
それは敵わないと知りつつも厳しい現実に抗う、雛を諭す親鳥のようだ。
変わらぬ表情を無言の肯定と取ったユリウスは、椅子から立ち上がって部屋の後ろに設置されていた大窓から外を覗く。
すっかり日の暮れてしまった紫色の空に浮かぶ月を眺めながら、彼は諦めるようラストに促す。
「君の主張は確かに正当だ。だが、それを押し通すにはまだ足りないな。我々は前例に則り、君の主を含むヴェルジネア家の断絶が相応しいと判断する。新たな領主についても、当初はうまくいかないこともあるだろうが、十年二十年と経てば民も受け入れるに違いあるまい。民の心は移ろうもの、二、三年は君の想像する通りだとしても、それ以上怨みを抱き続けられる者はそう多くないだろう」
ラストの提示した問題についても、時が経てば自然と解決するものに過ぎない。
その程度のものについて労力を払う必要を、彼らは認めなかった。
「それに、わざわざオーレリー嬢を生かすという特例を認めるには、王の判断を仰ぐ必要がある。しかし、我々はそこまでする必要性を認められない。なにせ我々にも陛下から、此度の一件を委任するに足ると認められた自負がある。それを判断が困難だからと結局王の判断を仰ぐことになれば、我々が無能であったと証明することになる。また、王とて、一人の娘のためにわざわざ例外を認めるようなことはされないだろうからな。そうさな、君にそれだけの交渉材料があるというのなら話は別だろうが……あるのかね?」
その問いかけは、あるはずもないだろうという否定の意味を含んでいて。
恐らくは肩を落として、自らの無力さを嘆いているであろう――ユリウスはそのようにラストの姿を想像して、振り返った。
「――では、それがあれば足りますか」
だが、ラストはまだ諦めたつもりはない。
――目の前の彼らで足りないというのなら、国王であろうと動かしてみせる。
監査団の彼らは、ラストのことを若い割にはそれなりに頭の回る騎士だとしか認識していない。
しかし彼はその実、王都にて政治の中央に触れ合う機会もあった身だ。
ラスト・ドロップスの来歴を――ラスト・ブレイブスとしてあった時期が存在することを、彼らは知らない。
その時に王城内で耳に挟んでいた一つの話を、彼は思い出す。
「陛下が動かざるを得ないだけの理由があれば、皆様も面子を保つことができるのでしょう? ――そうですね、例えば陛下はこの街で起きていた事態を全て認知していたうえで、あえて放置していたとか。この事実が民の間に広まれば、今度こそ国と彼らの間の決裂は決定的なものになるでしょうね。これをこちら側がむやみやたらに広めない、というのはいかがでしょうか?」
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どうか今後とも、ラストたちの活躍を見届けていただければ幸いです。




