第207話 子供たちへのお願い
話を終えたラストとキャトルが聖堂の方へと戻ると、そこにはいつの間にか仕事を終えた子供たちが詰めかけていた。彼ら以外にも、キャトルを除いたセルウスの元部下だった少女たちもまた端の方に固まりながら様子を窺っている。
どうしたのかと首を傾げたラストに、先ほど聞きたいことがあると言っていたローザが口を開く。
「あっ、お兄さん。キャトルお姉さんとのお話は終わったの?」
「うん。それで、皆はどうしたんだい? なんだが空気が重いように見えるけど。もしかして、なにか危ないことでもあったのかな」
「ううん、私たちにはなにもなかったんだけれど……あのね、どうしても聞きたくて……。えっと、街の大人の人たちが言ってたんだけど……」
そこで彼女は何故か、言いにくそうに自身の口をまごつかせた。
少しばかり口をもごもごとさせていたローザの様子を見かねてか、代わりとばかりに白髪の少女セレステが一歩前へと出て代弁する。
「……お姉ちゃんが処罰されるかもしれないって、本当なの?」
それは、オーレリーが死刑にされるかもしれないという噂の真偽についての話だった。
「……誰から聞いたのかな?」
「私達、街の大人の人たちがそんな噂してるの聞いたんだ。オーレリーお姉ちゃんが実はアルセーナで、権力持ってる人たちから盗んでばかりだったから、お国の人に捕まっちゃってひどい目に合わされるかもって色んな所で言ってたの。ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんなら本当のこと、知ってるんじゃないの?」
セレステの問いに、孤児院の誰もが黙ってラストに視線を集中させる。
どうやらここに集まった誰も、聞こうとしていたことは同じのようだ。親を失い、本来ならば行き場もなく死んでしまうだけだった弱い幼子の彼らをオーレリーは守り、育て、導いた。
だからこそ彼女に危機が迫った今、今度は彼らがオーレリーのことが心配でたまらないのだろう。
子供たちの目に浮かぶのは、親愛なる者へと向けられた本心からの情愛だ。
そのような彼らに対して、ことここに至ってまで事実を隠す必要をラストは認めなかった。
「ああ、知ってるよ。君たちが聞いたことは嘘じゃない。怪盗アルセーナの正体は、皆のお姉さんのオーレリーさんなんだ」
ただ、ラストがそう教えたところで、子供たちは不思議とあまり驚いた素振りを見せなかった。
「――ほら、やっぱりそうだって言っただろ!? 姉ちゃんくらいしか怪盗になんてなれないってよ!」
「まさか本当にネロの予想が当たってたなんて……いや、でもそれはそうだよ? でも本当にそうだなんて信じられる普通?」
「なんていうか、そうだよねー、って感じ……。でも凄いよね! お姉ちゃんは私たちだけじゃなくて色んな人を助けてたんだよ!? 絵本の中の聖女ジェンヌ様みたい!」
わいわいと騒ぐ子供たちの中には、むしろ喜ぶ気配の方が大きかった。
どうやら、アルセーナの正体について仲間内で想像を巡らせていた時、実はオーレリーであるという予想も可能性の一つも考えられていたようだ。
家族が実は街を救っていた怪盗淑女であったということに、子供たちは喜びを大きく湧き立たせる。
しかし、ぼそりと放たれた一つの問いが再びしんと周囲を静まり返らせる。
「――だけど、それでなんでお姉ちゃんは罰を受けなきゃならないの?」
セレステが疑問を続ける。
「悪いのってお姉ちゃんのお父さんとか、お兄ちゃんとかなのに。そうして悪い人たちから皆を援けてたお姉ちゃんがお国の人に怒られなきゃ――その、殺されなくちゃ、ならないの? ……ぐすっ」
大人たちの会話から聞いた最悪の想像を口にして、彼女は目の端にうっすらと輝くものを浮かべた。
――大切な姉代わりであり、母代わりの存在でもあるオーレリーがいなくなってしまうかもしれない。血の繋がった家族よりも家族らしい温もりを与えてくれる相手を失ってしまうことが、彼らは寂しくてたまらない。
その幾重にも込められた純粋な嘆きを聞いて――ラストは不意に、自分の心がずきりと軋むような音を立てて疼いたのを自覚した。
「お兄ちゃん? ね、教えてよ。どうしてお姉ちゃんが――死ななきゃならないの? 分からないよ。こんなの、おかしいよ」
「そうだぜ! 姉ちゃんのしたことは……そりゃ、盗むのは悪いけどよ? 街の皆のために頑張ってくれてたんだぜ!? それなのに捕まって殺されるなんて、いくらなんでもやり過ぎだろ!?」
「なあ、なんとかならねーのかよ兄ちゃん!?」
子供たちの誰もが、オーレリーが死ななければならないことに対して異議を唱えている。
突如奔った心の痛みについて我慢しながら、ラストは頷く。
「落ち着いて、皆。ああ、そうだよね。君たちの言う通り、こんなのはおかしいんだ。――だから、なんとかしてみせるさ。絶対に彼女は殺させない。君たちの大事なお姉さんは、僕が守るよ」
明瞭な断言で以て答えたラストに、子供たちは反射的に口を閉じて耳を澄ませた。
「オーレリーさんはこの街に絶対に必要なんだ。君たちのお姉さんがいなくなっちゃったら、誰がみんなの生活を守ってくれる? お姉さん以外に皆の、ヴェルジネアの未来を担える人なんて、きっとどこにだっていやしない。違うかい?」
「お兄ちゃんの言う通りだよ! お姉ちゃんじゃなきゃ嫌!」
「街の大人たちだって、言ってなかったかな? ――オーレリーさんこそが次の領主様に相応しいんじゃないか、って」
ラストの問いかけに、子供たちは顔を見合わせる。
「……えっと、領主様って、街で一番偉い人のことだっけ?」
「そうだよ、だって前にお姉ちゃんが教えてくれたじゃん!」
「――だったら、僕もそう思う! お姉ちゃんが一番なのが、一番だよ!」
「私だって、オーレリーお姉ちゃんじゃなきゃ信じられないもん!」
彼らだけでなく、その後ろで話を聞いていた女子たちを代表して、キャトルもまたこっそりと声を上げる。
「あの、よろしいでしょうか。私達一同も、オーレリー様に領主になっていただくことがこの街の安泰に繋がると考えます。あのお方なら、困っている相手を嘲笑うのではなく、手を差し伸べてくださいます。そのような方が上に立ってくだされば、その……皆様が安心できるかと」
彼らの声を取り纏め、同調するようにラストは胸に手を当てて微笑みかける。
「皆も同じ考えでいてくれるようで安心したよ。うん、オーレリーさんは死ぬにはまだまだ早すぎる。もっと年を取って、よれよれのおばあちゃんになるくらいまで生きていてもらわないとね。そのためにも、彼女が死なないように色々手を尽くしてる。――だから、皆にも手を貸してもらいたいんだ」
「え?」
「オーレリーさんが死刑になるなんておかしいんだって、彼女が領主になれば街も良くなるって。今の話を、不安がってる皆に伝えてあげて欲しいんだ。皆でオーレリーさんのことを応援しようって、お話して欲しいんだ――それが、彼女のためになるから。どう、頼んでも良いかな?」
頭を下げたラストに、子供たちは迷うことなく賛同の声を次々に上げた。
「――分かったよ!」
「それがお姉ちゃんのためになるなら、私達頑張るよ!」
「ありがとう。それじゃ、僕も頑張るから君たちも頑張って、お姉さんのために街の皆に声をかけてきてくれ。そのお礼と言ってはなんだけど、これを君たちに上げるから」
ラストはその手に持っていた彼らへのお土産を、近くにいたローザへと渡した。
「えっと、お兄さん。これっていったい? なんだかずっしりとしてるけれど……」
「前にお姉さんと話してた、君たちにあげようと思ってたお肉さ。とっても美味しい干し肉だから、そのまま軽く焼いても良いし、刻んで鍋に入れても良い優れものさ。一週間は日陰で保存できるから、その間に楽しんで食べてね」
「わーい! ありがとお兄ちゃん! ――あっ、そうだ! よかったらご飯食べてく? ちょうど今できたところだから……」
「いや、今は君たちにもそこまで余裕がないだろう? 彼女たちを急に迎え入れてもらったことだしね。増えちゃった分の生活費については後で改めて送らせてもらうから、ちょっと待っててね。それに、今の僕はとてもじゃないけど忙しいんだ。残念だけど、今日はもう帰らせてもらうよ。それじゃあ皆、よろしくね。次に来る時には、お姉さんも来られると思うから」
彼女の誘いを断って、ラストはヴェルジネア邸へと帰るのだった。
そろそろ休憩を終わらせるにも良い頃合いで、彼にはまだまだやるべきことが数多く残されている。
ひとまずは済ませるべき用事も終えたことだしと、彼は門を出る際に子供たちの方を少しだけ振り返った。
「――頼むよ。君たちの声が、彼女の生きる道に繋がるんだ」
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