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第204話 悪事の証拠と騎士の改心


 時はオーレリーが気絶同然に眠り込んだ、その直後にまで遡る。

 ――悪徳領主が怪盗淑女の手によって打ち倒されたとの事実は、鶏の鳴き声よりも早くそれを観ていた人々によって広められた。

 おおよその民衆はその話を好意的に捉えたが、それによって逆に枕を高くして寝られなくなる者たちもいた。

 そう、アヴァルに与して後ろ暗い取引に手を染めていた者たちである。

 今後の対策のためにと観客に紛れ込ませてヴェルジネア邸に向かわせていた部下からアヴァルらが敗れたと聞き、そしてアルセーナの真の狙いを知るや否や、彼らはすぐさま自分たちの保有する悪事の証拠を処分して身を眩ませようと計算を働かせた。

 その内の一人が、人々の後ろめたい秘密を握って脅すことで知られる大商会の会頭こと、恐喝王ミールズ・チャルヴァートンだった。


「くそっ……怪盗淑女(ファントレス)め、よくもやってくれましたね! たかだ泥棒如きが、あまつさえ領主すらもその座から引きずり落とすとはっ……! 本当に余計なことを!」


 彼もまた、アヴァルと人には言えない密約を交わした者の一人であった。

 ミールズの犯罪行為を見過ごす代わりに、大金を納める――その契約の記された書類を燃やしてしまうために、彼は自身の部屋に設置した小型金庫の下へと急いでいた。

 それは彼自身の弱点でもあるのだが、うまく使えばアヴァルを脅すことのできる弱みとしても働く。例えば万が一アヴァルが彼を切り捨てようとした場合に、道連れを匂わせるように。

 故にミールズはその書類を保存していたのだが、とうのアヴァルが零落してしまった今、それはもはや彼にのみ害をなし得る厄介なものでしかない。


「はぁっ、はぁっ……」


 高級住宅街に存在する、三階建ての最上階に位置するミールズの自室。

 裏切りを考慮すれば他人に処分を任せるわけにも行かず、彼は運動になれていない自らの身体で、大粒の汗を垂らしながら階段を昇らざるを得なかった。

 床に敷いた赤い絨毯にいくつもの染みを作り、過呼吸になりそうなほどに何度も胸を上下させて、彼はようやく自分の部屋の前へと辿り着いた。

 がちゃがちゃと懐から取り出した鍵束の中から、取り落としそうになりながら目的のものを見つけ、扉の鍵穴に差し込む。不思議と抵抗もなくするりと回った鍵穴について気にする余裕もなく、彼は扉を反対側の壁にぶつけるほどの勢いで開いた。

 その勢いのまま慌てて部屋へと駆けこんで――。


「よし、あともう一息――なっ!? だ、誰だ貴様はっ!?」


 しかし、彼は一歩遅かった。

 部屋の中には、ミールズには見覚えのない人影が立っていた。


「ここは私の屋敷だ、今すぐにここから出ていけ! 家宅侵入罪だぞ!」

「落ち着いて、ミールズさん。僕が誰かって? あー……そうだね。僕はラスト・ドロップス。オーレリーさんの騎士で、まあ、簡単に言えば貴方の敵だよ。……そう言えば、こういう時のちゃんとした名乗り口上について考えてなかったな」


 なんとなく間の抜けたような話しぶりで、謎の人物の正体であるラストは軽く頭を下げた。

 だが、その眼は口調に反して鋭くミールズを見据えている。


「けど、貴方に対してはそれだけで自己紹介は十分なはずだ。そんな汗だくになってまで駆け込んできたのなら、今僕がここにいることの意味も推察できるよね」 


 そう言って、ラストは彼がミールズの机の上で広げていた書類の一つをぴらぴらと翳して見せた。

 見覚えのある古びた手紙に、ミールズは慌てて部屋の壁に偽装するように埋め込んであった金庫を見やる。

 はたして、その扉は五重の鍵掛け機構が仕込まれていたにも関わらず、空っぽになった中身をまるっと曝け出していた。


「これを見てもまだなにか言えるのかな? とは言っても、ここで文句を言ってもどうしようもないけどね。抗弁したいなら裁判の時にでも取っておいて、今は素直に逮捕されて相手の心証を少しでも良くしておいた方が――おっと」

「どいつもこいつも、餓鬼が粋がるなっ! アルセーナと言い貴様と言い、私の生活を好き勝手に搔き乱そうと――ふざけるんじゃあないっ!」


 今更態度を改めたところでどうしようもないと踏んだのか、逆上したミールズは懐に隠してあった自衛用の小剣を抜いてラストへと斬りかかる。

 しかし、相手が悪かった。

 ラストは伸ばされたミールズの右腕を避けて突きを回避し、そのまま腕を巻き込んで後ろへと捻りあげる。その弾みで手元から零れた小剣を遠くへ蹴り飛ばしてから、彼はミールズの身体を前へと押し倒した。


「ぐえっ!?」


 潰れた蛙のような悲鳴を上げたミールズの背中を膝で押さえつけながら、ラストはそのまま慣れた手つきで相手の両腕と両足を縛り上げていく。

 なにせ彼が捕まえたのは、これで五人目だ。

 不意打ちで寝込みを襲った他の四人とは少々勝手が違ったものの、やることは大して変わらない。

 トドメとばかりに自殺防止用の布を口に押し込んで顎を縛り上げていると、遅れてやってきたドタバタとした足音が部屋の中に飛び込んでくる。


「ふごっ!? ふごごごごごーっ!」

「うおっ!? って、口先野郎(チャルヴァートン)じゃねぇか。びっくりさせやがって」

「やあ、待ってたよ。それじゃ、彼をヴェルジネア邸の地下牢まで連行して行ってくれるかな。ああ、そこの証拠の方もね。中身は他人の秘密だから決して見ないように。鞄はそこらにあるのを適当に使って、入りきらなかったらカーテンでも適当に千切って包んでいって。僕はもう次に行くから、後始末は任せたよ」

「うっす、ラストさん! ――よォしお前ら、ちゃっちゃと片付けてくぞ!」


 軽く指示を出して窓の外から飛び出していったラストを見送って、おうっ! と新たに部屋に侵入した五人の男たちは統制の取れた声を上げた。

 面構えこそやくざ者のような凶悪なものだが、その身体はきちんとした騎士の鎧を着込んでいる。

 ――彼らはなにを隠そう、アヴァルの支配下において騎士となった男たちだった。


「そんじゃ早速詰めてくか。うげぇっ……それにしたってよくもこんなに集めたもんだよなぁ」

「たかが紙でもこんだけありゃあ相当重いぜ? 小分けして運んでこうぜ」

「っとすると鞄がひーふーみー……絶対足りねェわ。(やっこ)さんの言う通りカーテン破っかァ」


 かつての暴れっぷりが嘘であるかのように速やかに仕事を済ませていく彼らに、ミールズが唸る。


「ふごっ、ふごふごっ! ふごふご、ふごごーっ!」

「あァ? なんだよやっかましいな。……っつってもな、てめェの言いたいことは分かるわ。どーせ金払うから見逃せってんだろ?」


 こくこく、とミールズは勢いよく頷いた。

 しかし、男たちは顔を見合わせて肩を竦める。

 その内の一人が作業の手を止めて、ミールズの頭の近くにしゃがみ込む。


「嫌だね。なにせ俺たちゃあ心を入れ替えて真面目に働こうって決めたのさ。もう目先のことばっか考えて行動すんのはこりごりでな、ようやくちゃんとした仕事に就けるってんだから、雇い主(ラスト)を裏切る気はねぇよ」

「そーだそーだ。せっかく許されたんだから、この好機を棒に振ってたまるかってんだ。なぁ?」


 彼らの言葉に追従するように、他の騎士たちも腕を組んで頷いた。

 ――彼らは等しくラストに打ち負かされ、その身に戒罰血釘(カズィクル)の呪いを刻まれていた。暴力を振るおうとすれば関節が軋み、全身を貫く激痛に数分は悶えなければならない。そのような体では騎士としては使い物にならず、アヴァルから渡される賃金も減り、彼らは新たな仕事を探さなければならなかった。

 しかし、そこで邪魔をしたのは彼らはこれまでに行ってきた所業だった。

 暴力、脅し、喧嘩……様々な問題行動を起こして信頼を失っていた彼らを好き好んで雇うような相手は中々見つからず、結局途方に暮れて領主の手足と言う立場に甘んじることしかできなかった。

 それもアヴァルが敗北したことにより、今度こそ行く先を見失った百余名の騎士たち――その彼らに、当面のことを考えて頭数を揃える必要のあったラストはある取引を持ち掛けたのだった。

 庇いきれない重罪……強盗や殺人などを犯した者を除いて、今後は心機一転して真面目な騎士として働くのなら、戒罰血釘(カズィクル)を解除して新たなヴェルジネアの騎士として雇い入れよう――と。

 既に自らの犯した過ちを身を以て悔いていた彼らは、その提案を喜んで受け入れた。

 後日にこれまでに迷惑をかけた人々に誠心誠意謝罪し、今後の給料を以て賠償にあてることを条件として、彼らは本来の騎士として職務に取り組むことになった。

 チャルヴァートンの提案は確かに魅力的かもしれない。

 だが、それが一時の甘味であり永劫の毒であることを彼らは身に染みて知っていた。


「ってなわけで諦めな。ってか、ここで見逃したところでどうせあの野郎――」

「おい、止めとけって」

「――ごほん。ラストさんがお前を逃がすわけねェよ。あんな、星斬るような無茶苦茶やりやがる奴から逃げきれるわけねえ。それに俺たちだって自分の身が惜しいんだ。ここでまたやらかしたら次がねェってのは百も承知なんでな」


 話を持ち掛けた時のラストの顔を思い出して、彼らはぶるりと身体を震わせた。

 思わず緩みかけた膀胱を引き締めながら、青ざめた顔で仕事に動かしていた手をなんとなく速める。


「マジで次やったら殺されるかもしれねェしな……」

「俺なんか笑ったあいつの後ろにクソでけぇ化け熊みたいなのが見えたぜ……」

「なにするか言ってなかったけどよ、ぶっちゃけなにされたっておかしくねえぜあの笑顔……」


 ――言っておくけど、君たちはまだ許されたわけじゃない。この街の人たちが君たちのこれからの行いを見て、性根を入れ替えたんだって認めてくれるまで……その間になにかしたら、分かってるよね?

 ラストは決して、彼らを殴りつけたわけでも蹴り飛ばしたわけでもない。

 ただ、それでも彼らは理解していた。

 ここでラストの信頼を裏切れば、次は想像もできないような過酷な厳罰を課されるであろうことを。


「つーわけでおめェの話は却下だ却下。……うし、もう良いか? 見逃しはねーよなァ?」

「おお、机の下にも落ちてないぜ!」

「金庫ん中にもなんもねえぞっ!」

「しゃあっ、それじゃこいつと一緒に持ってくぞっ! 撤収だ!」


 あえて何も口にしないことの恐ろしさをその身に刻んだ彼らは、ラストのおっかなさについて口々に語り合いながら、山のような証拠と共にチャルヴァートンの両腕を掴んで無理やり運んでいくのだった。


 ここまで読んで下さり、まことにありがとうございます。

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 どうか今後とも、ラストたちの活躍を見届けていただければ幸いです。

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