第203話 沙汰は王の名の下に
「――分かりました。直ちに向かいます。エルマさん、そういうことなので準備のお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか? なにぶんこの身体はまだ勝手がききませんので」
ラストの問いかけが急なものだったことにも関わらず、オーレリーは即座に首を縦に振った。
なにせ、彼女はそれをずっと待ち望んでいたのだから――ヴェルジネア家に生まれた者としての裁かれることで、それで彼女はようやく自分を苛む良心の呵責から解き放たれる。
エルマは当初病み上がりだから、起きたばかりだからと渋ったのだが、オーレリーの強い意志の光をたたえた両の眼に暫し見つめられては、白旗を揚げざるをえなかった。「先代様の悪い所まで似られてしまって……」と呟きながら、口調とは裏腹に彼女は手早くオーレリーが誰の目に触れても恥ずかしくないように支度を整えたのだった。
寝間着から装いを正式なものへと変えたオーレリーが部屋の外に出ると、淑女の着替えを覗くわけには行かないと一足先に出て待っていたラストが言葉をかけた。
「や、今日も綺麗だよオーレリーさん。君の優しい魂に、その若草色のドレスは凄く似合ってる」
「ありがとうございます。……そう言えば、先ほど目を瞑っていたのはなんだったのですか?」
「ああ、許しなしに女性の素肌を覗くのは良くないと思ってね。その辺りの恐ろしさは身に染みて分かってるから、そうするのが癖なんだ」
「そうだったのですか、お気遣い感謝します。確かにそれはラスト君と言えど――いえ、貴方だからこそでしょうか? 良い気分にはなれませんし、貴方が紳士的な方でほっとしました」
「ん? ……よく分からないけれど、それで良かったのならまあ良いかな。それよりも急ごう、ただでさえ待たせてるんだから」
ラストの差し出した手を取って、オーレリーは廊下を落ち着いた足取りで歩き出した。
言葉を交わす間もなく忙しなく前へと進む中で、彼女は修復の進んでいる屋敷の内部を眺めた。
多くの強力な魔法によって燦々たる姿となっていた館だが、散らばった瓦礫はどっくに片づけられており、所々に足場が組まれて職人が煉瓦を再度積み直している。無理やり命令されて報酬なしに働かされていたかつてとは違い、彼らの顔は生き生きとしていた――それを見て、オーレリーは自分の努力が少しでもこの街の役に立てたのかもしれないと、心の内側からぽかぽかとした感情が湧いてくるのを自覚した。
――だが、それもここまでだ。
ラストが大きな扉を構えた部屋の前で足を止め、それに従ってオーレリーとエルマも立ち止まった。
「覚悟は良いかな、ご主人様? この先に、君の運命が待ってるんだ」
「その程度、とうに終えていますわ。無駄に焦らさないでくださいな。今更何をしたって、結果は変わらないのですから」
「そうだね。結論は決して覆らない。君も僕も、やれる努力は全てやり切ったんだ。――行くよ」
ラストが、軽く扉を三回叩く。
「失礼致します、グッドマン閣下。我が主、オーレリー。ヴェルジネアが参りました」
「了解した。入ってくれて構わない」
中から返答したのは、深みのある男性の声だった。
ラストが音を立てずに扉を開け、オーレリーが入室する。
そこにいたのは、厳格そうな初老の男性だった。口髭を一切の乱れなく切りそろえ、背筋は歪みなく直立している。身体からはうっすらと魔力の気配を感じ取れることができ、どうやら魔法使いでもあるようだった。しかし、身体の芯に揺らぎがないことから、オーレリーは彼が武芸にも通じていることを悟った。
父が貴族の恥さらしなら、こちらは見本に忠実な、本来あるべき貴族のようだ――彼女はそう思いながら、彼の正面に立ってスカートの裾を摘まんだ。
「お初にお目にかかります。私がオーレリー・ヴェルジネアにごさいます」
「うむ。私はユリウス・グッドマンと言う。家の位は伯爵だが、今回は王の名代としてこちらに赴いている。……固い挨拶はこの程度にして、そちらに座りなさい。君の騎士からは大きな戦いを経て長らく眠ったままだったと聞いている。まだ立っているのも辛かろう。弱った乙女を立たせたままでいたとなると、私が陛下に叱られてしまうのでな」
「申し訳ありません。それでは、お言葉に甘えて失礼させていただきます」
対面に腰を下ろしたオーレリーをユリウスは少しの間見つめて、厳しく引き締めていた顔を突如柔和に緩ませた。
「なるほど、私の叔母によく似ている。優しくも厳しい、素晴らしい方だった」
「叔母、ですか? ……そう言えば、お婆様はグッドマン家から嫁いでいらっしゃったのでしたね。物心ついたころには既に逝去なされていたので詳しくは存じ上げないのですが、お爺様はよく妻のようになれと仰っていました。お淑やかで、それでいて気高く……幼い頃の私にはそれが矛盾しているもののように思えてよく分からなかったものですが、ただ憧れるべき方だとは漠然とながら思ってまいりました」
「その通りだ。私は昔、あの方によく世話になってね。いやはや、孫娘である君に色々と昔話をしても良いのだが……それよりも先に、与えられた役割を果たさなければならない」
ユリウスがちらりと視線を向けた、二人の中央の机には一枚の巻物が置かれていた。
綴じ紐の上から押されている封蝋には、この国の貴族であれば知らないはずのない紋章が押されていた。
オリーブで作られた冠と、その中央に座する三本足の不死鳥。それこそは勝利と不屈を示す、ユースティティア王家の家紋に他ならない。
「部屋に入る時のやり取りが偶然聞こえてしまってね。心の準備は出来ているのだろう?」
「――はい」
オーレリーが椅子から降りて、床に跪く。
それに従い、彼女の後ろに控えていたラストとエルマもまた、膝をついて頭を垂れた。
「では、読み上げよう。決して聞き漏らさぬようにな」
しゅるしゅると紐を解いて巻物を縦に広げ、ユリウスがその中の文面を読み上げる。
「――ユースティティア王国国王、アーサー・アルケイオース・ユースティティアの名の下に沙汰を下す。アヴァル・ヴェルジネア及びパルマ・ヴェルジネア、リクオラ・ヴェルジネア、セルウス・ヴェルジネア。以上の計四名については、魔力を封じた後、追放に処す。刑の執行後は街、及び村等の人の営みがある地への立ち入りを永劫に禁ずる」
え、と思わず口に出してしまいそうになるのをオーレリーは我慢しなければならなかった。
――家族は、この身は死を賜るのではなかったのか?
「また、オーレリー・ヴェルジネアについては……アヴァル・ヴェルジネアの追放に伴い空席となるヴェルジネア領の新たな領主となることを罰とする。この判決状を以て任命状の代わりとし、以後、粉骨砕身し罪を雪ぐことに期待する。――以上」
「――どうして」
溢れかえる異議や疑問で頭の中をぐちゃぐちゃにしながら、彼女はぼそりと呟く。
「さて、王の結論についての見解を述べることは不敬に値するが故に、私からなにかを伝えることはできん。ただ、しいて言うならば……」
巻物を片付けてオーレリーらに座り直すよう手で促しながら、ユリウスはラストを見た。
「君の見せた熱意が陛下に通じたのかもしれないな。まったく、恐れ入った。主が父を諫めるために反逆するなら、その騎士は畏れ多くも国王の心を揺らしてみせるか。君の狙い通りの結果だ、ラスト・ドロップス。これで満足か?」
「――ラスト君!? これは貴方の仕業なのですか!?」
驚きと憤りをない交ぜにしながら振り返った彼女を、ラストはしてやったりという顔で出迎えた。
「そうさ。期待に沿えなくて悪かったね、オーレリーさん。でも、終わったことはもうどうしようもない。そうだろう? 今の僕にしてあげられるのは、君が眠っていたこの一か月になにがあったのかを教えてあげることくらいさ。――さて、その顔は聞かなきゃ気が済まないって顔だね。それなら、長くなるよ。エルマさん、珈琲をお願いしてもいいですか? 死人も墓の下から飛び起きてしまうくらいの、とびっきり濃いものを人数分だけ」
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