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第200話 されど希望にはほど遠く


 星々もすっかり姿を眩ませ、朝日が西の空の果てまで染め上げた頃。

 ラストはオーレリーに無言で促されて、倒れ伏すアヴァルの下へと一緒に足を運んでいた。

 後ろからは、たいそう元気よく騒ぎ立てる民衆の声が響いてくる。何故かその中からは彼ら二人の名を呼ぶ声も多くて、ラストは手の一つでも振り返してやれば良いと提案したのだが、オーレリーは頑なに人々の方へ顔を向けようとはしなかった。


「ああっ……どうして私はあのような耳目を集める場で抱き着いてしまったのですか……っ! あんな意味深なことをすれば当然、良からぬ噂の一つや二つ立つと分かり切っているでしょうに……!」

「オーレリーさん?」

「なんでもありません! ええ、なんでもっ! 早くやり残したことを済ませましょう!」


 疲れ切っているはずなのにやたらとぐいぐい身体を押してくるオーレリー。髪の隙間から覗くその白肌がほんのりと赤く染まっている理由も分からないままに、彼は変わり果てたアヴァルの姿をもう一度目の当たりにするのだった。

 

「……お父様」


 古き魔道具を行使してしまった彼女の父親には、以前までの傲慢さは見る影もない。

 かろうじて命は繋がっているものの、身体に残っている魂は搾りかす程度だ。生気を使い果たした死に際の老人のような有様で、手足がぴくぴくと痙攣している。


「これも自業自得、と言えばそれまでですが……一応は最後に自分の命を張ったんですものね」


 オーレリーは触れただけで折れてしまいそうなほどに痩せ細ったアヴァルの身体を、そっと気遣いながら上向きに寝かせ直した。

 それが逃れ得ない敗北に対する悪足掻きに過ぎないものだったとしても、彼は最後の最後に誰のものでもなく自らの命を燃やし尽くしたのだ。別に称賛されるべきことでもないのだが――それでも、鞭を打つよりかは労わってしかるべきだろう。


「確認しておきますが、もう先ほどのような魔道具はないのですよね?」

「うん、大丈夫。それらしいものは見えないよ。隠れててももう見過ごさないから、安心して」


 念のためにと魔弾を五発ほど宙に浮かべていたラストが頷くのを見て、オーレリーはそっと父親のだぶついたシャツへと手を伸ばした。

 仰々しいマントや飾緒などの飾りを外して地面に並べ、開けた襟元から覗く金と銀の細鎖をそれぞれ引き摺り出す。すると、その先端に下げられていた魔道具たちが顔を見せた。

 片や、懐中時計を模した古めかしい一品だ。しかし時計の針は壊れたまま止まっており、真ん中から罅割れている。

 まるで果たすべき役割を既に果たしてしまったかのような印象から、こちらが自爆用の魔道具なのだとラストは推測する。それを裏付けるように、罅の隙間から見えた時計の内部には歯車ではなく輝星鏖世(ルインステラ)の魔法陣が顔を覗かせていた。

 ――ならば、もう片方の赤い宝石の嵌められた首飾りこそが宝物庫に違いない。


「……これが、そうなのですね?」


 こくり、と頷く。

 その中に刻まれているのは、確かにラストの魔眼が先日捉えたばかりの、まったく意味のない魔法陣だ。


「鍵は今日も持ち合わせているのでしょうか。知っていますか、ラスト君」

「もちろんさ。ほら、ここに」


 ラストは、自身のローブの内側から取り出した小指ほどの魔道具をオーレリーに手渡した。

 刃が青い宝石で出来ている、小剣を模した飾りだ。


「……どうして貴方が持っているのですか?」

「いや、さっき君たちがぶつかった時にね。彼のポケットから勢いよく飛び出てしまってたから、踏んで壊しちゃったりしたらまずいと思って回収しておいたんだ」


 とはいえ五つもの強力な魔法がぶつかった際の衝撃を受けても傷一つついていないのだから、それも無用の心配だったかもしれなかった。

 恐らくは自滅用の魔道具と同じく、こちらも大戦時代の異物だったのだろう。当時は山を砕き海を割る魔法が平然と飛び交っていたとラストは当事者(エス)の口から直接聞き及んでいた。そのような争いの中で保管用に生み出されたのなら、簡単に砕けない造りになっているのも当然と言えよう。


「さすがですね、素晴らしい仕事ぶりですわ」

「というか彼の懐にあるって分かってるのに、あれだけの力をぶつけて壊さないかとか思わなかったの?」

「……つい、気が昂り過ぎてしまいまして。いえ、決して本当の目的を忘れていたわけではないのですけれど……」

「ああ……。まあ、その気持ちは分からなくもないよ。で、それの使い方は分かる?」

「恐らくは。ええと、恐らくはこの隙間に突き刺せばいいのでしょう?」


 オーレリーは適当に、首飾りの側面に空いた細い穴に小剣を突き刺そうとした。

 しかし隙間の大きさが絶妙に噛み合わないために、うまく嵌まらない。


「あら?」

「惜しいね。貸してくれないかな」

「嫌です。この程度、私でも解くのに五分もあれば……」

「はいはい。忘れてないかな? 君だってかなり自分を酷使したんだ、余計なところで意地を張るのは止めようね」


 がちゃがちゃと弄り始めた彼女の手から魔道具を取り上げて、ラストはあっさりと答えを示す。

 小剣の柄の一部を押し込みながら、刃を摘まんで柄の方へくるりと回転させる。すると内部の鉤が外れて刀身が羅針盤の針のように回り、柄の中に隠されていたもう一つの刃が姿を現わした。

 そちらをオーレリーの見つけた鍵穴に差し込むと、かちりと正解を示すように小気味良い音が鳴る。


「……これもどこかでこっそりと答えを見ていたのですか?」

「うん。直に使う所を見てたからね。じゃなきゃこの魔道具が本当に君の欲しい物かどうかも分からないだろ?」

「随分あっさりと言ってくれますね。ラスト君って実は謎解きに時間をかけるよりもすぐに答えを見てしまう性格なんですか?」

「時と場合によるね。さっさと見た方が良い時は見ちゃうかな。考えてるうちに誰かが危険に晒されるって思ったら、自分の興味なんて二の次さ。――ほら、そんなことよりも。魔法の扉が開くよ」


 赤と青、二つの宝石が重なって美しい紫の輝きを放ち始める。

 その中心に姿を現わした偽りの魔法陣が形を変え、意味のある真実の姿を現わした。

 ラストの手の中に残っていた余りの魔力を吸い上げて、内部に閉じ込めていた小箱を輝きの外へと投射する――。


「――開けますね」


 箱そのものには鍵はかかっておらず、オーレリーが上蓋を持ち上げただけで中身が露わになる。

 雑多に詰めこまれた手紙や書類の数々は、どれ一つとっても質が一般に流通している安物とはわけが違う。凝った封蝋が押されていたり、紙に特徴のある透かしが施されていたり……それらの一品物はどれもこれも、アヴァルが取引を交わした相手を特定するための大事な証拠だ。


「……確かに。これはこの間の一千枚の……」


 心当たりのある記録を軽く流して、彼女はその奥に続く書類に続けて目を通していく。


「……ちょっと待ってください。こちらは御禁制の薬物で……? こっちは……嘘でしょう? 捨て子を使った臓器売買まで行われていたなんて……それも、教会が関わって……? こんなの、私は知りませんわ……!」


 魔道具に格納出来る量には、あらかじめ設定された限界がある。

 故にアヴァルが自身の関わった悪事の中でも特に誰かに知られてはならないものを厳選して詰め込もうと考えるのも当たり前のことだった。

 その中にはオーレリーの知らなかった事実も普通に紛れ込んでいて、彼女は改めて父親のロクでもなさを実感することになった。

 彼女が目にすることの出来ていたアヴァルの悪事はほとんど上澄みに過ぎなかったことを、彼女は今になって知ることになるのだった。表に出ているものだけでも下衆と評して余りあると彼女は思っていたが、彼はその裏でより深い闇にどっぷりと肩まで浸かっていた。


「っ……」

「キツいなら、一度休んでからにした方が良いよ」

「……いえ、大丈夫ですわ」


 オーレリーは冷や水を浴びせられたような気分だった。

 全ては終わったものだとして気楽にラストとの会話にうつつを抜かしていた自分が、彼女は恥ずかしくて仕方がなかった。

 ――そう、やはり自分と言う存在はこれらの罪の上に成り立っているのだから、ありふれた日常の光景に溶け込むのは相応しくない。

 割れかけていた彼女の心の殻が、再度強く封じられる。


「オーレリーさん?」


 ラストは再び固い鉄の如き笑顔に戻ってしまった彼女に声をかけるが、遅かった。

 彼女は震える身体を叱咤しながら、彼の差し出した手を断って自らの足で立ち上がり、高らかに声を張り上げる。


「どうぞお構いなく。さて、休む前の最後の一仕事と参りましょうか。――皆様、どうかお聞きください!」


 もはやそこには、オーレリーとしての感情は存在しない――傍にいたラストには、そのように思えてならなかった。


 ここまで読んで下さり、まことにありがとうございます。

 もしこの続きを読みたいと応援して下さるのでしたら、ブックマーク登録や感想、評価などをいただければなによりの励みとなります。

 どうか今後とも、ラストたちの活躍を見届けていただければ幸いです。

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