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第173話 安価かつ優秀な手駒とは


「そら、なにぼーっとしてる。俺はお前に魔法を撃つななんて言った覚えはないぞ?」

「んぅっ! ――はや()かぜ()よ……」


 戦場を一変せしめた先の大魔法を放って以降、少女ゼロは沈黙かつ無表情を貫いていた。

 その頭を撫でていたセルウスが、彼の暴言に絶句したアルセーナを見やりながら唐突に彼女の頭を握り潰すかの如く鷲掴む。頭蓋骨が軋む痛みに、ゼロは小さな悲鳴を上げてから再度暴風を呼び起こす詩を詠い始めた。


「止めるのです、無理やり痛みで子供を従わせるなんて――」

「うるさいな、止めさせたいのなら止めさせてみろよ。もっとも、そいつらを捌けない限り俺の下へ辿り着くのは夢のまた夢だがな。さっさとしないとまーたこいつが全部吹っ飛ばしちまうぜ?」

「――()()ぐんもん(軍門)に、くだ()れ……」


 セルウスの意のままに詠唱を紡ぐ少女に、アルセーナは焦りを抑えられなかった。


「……くっ!」


 彼女はそれ以上相手の挑発染みた軽々しい言動に応えることを止め、次から次へと前後左右から迫りくる従者姿の女暗殺者たちへの対応に集中力のほとんどを割り振り始めた。

 アルセーナがその口でいくら訴えたところで、セルウスの心にはまるで響かない。

 彼には世間一般で言う良心というものが欠けているのか、まったく存在しないのか。とにもかくにも、相手の感情を揺らすことが出来ないのならば言葉にはなんの役割も期待出来やしない。

 その分の思考を戦闘につぎ込んで、一刻も早くセルウスを打ち倒すべくアルセーナは己の武器を振るう勢いをよりいっそう加速させた。

 十一人を相手に劣勢を感じさせない剣捌きならぬ傘捌きを見せつける女怪盗に、セルウスはその余裕を表わすかのように床へ座り込んだ。その股座の上にゼロを乗せ、アルセーナに見せつけるように相互の身体を不必要なまでに密着させながら、彼は独りで語り始める。


「なんだよ、おしゃべりはもう終わりか? だが俺は話させてもらうぜ、ぶっちゃけ暇なんでな。……さっきの話に戻るか? そう、たとえば優れた道具(戦士)を育てるのにどれだけの費用がかかるって話だ――栄養たっぷりの飯や優秀な教官を雇い入れての訓練……そんなのを数年くれてやって、更に良い剣に鎧を与えなきゃならない。しかも大成するかどうかなんて、育て上げるまで分からないときたもんだ。こんなのは当たり外れの大きな賭けと同じだ、そうだよなあ?」


 頭上から振り下ろされる刃を身体を後ろに引いて回避し、左右から時間をずらして襲い来る切っ先を傘の先端でそれぞれ打ち据え、後方の風切り音を伴う投擲をしゃがんでやり過ごす。

 アルセーナは淑女と称されるには相応しくような大胆な動きで相手の攻撃を掻い潜る。

 日除け傘が鋭く、一人の暗殺者の顎を打とうと流星のように走った。

 されど他の面子が彼女の攻撃を弾き、意味を失くしてしまう。アルセーナはすぐさま自身の防御のために武器を引き戻さざるを得ず、一転して防戦一方となってしまう。

 数の理は、そう簡単には覆らない。


「――なんじ()うつしよ(現世)ことごと()()める……」


 ならば慎重に一人ずつ削っていくべきかと画策しても、その計画を笑うかのようなゼロによる無邪気な声の詠唱がアルセーナの耳に響く。

 その虚ろな響きに思いを馳せかけた彼女へ、セルウスの邪欲に満ちた声が飛んでくる。


「逆にガキってのは、実のところ作るのに大した準備はいらないんだよな。適当にこいつらと気持よく遊んでいるだけですぐに作れるし、どれだけでも生まれてくるときたもんだ。毎日のお楽しみのついでに出来るなんて、労力なんか一つもかかってないのと当然さ。出来上がるまでに数か月かかるのが難点と言えば難点だが、それでも普通に手下を揃えるより何倍も安く短くあがる。な、これほど道具として魅力的なのが他にあるか?」


 アルセーナは答えない。

 ただしその苛烈にも見える攻撃の姿勢と、鋭い細剣(レイピア)のような冷徹な視線が、暗黙の裡にセルウスへ否定を叩きつけていた。


「――それに、俺の血を引いた子供なら魔法が使える。何年もかけて剣や弓みたいな平民の扱う武器を習熟させなくとも、ちょこっと適当な陣を覚えさせるだけで奴らよりも何十倍も強い砲台が完成するんだ。剣も砥石も、弾も火薬もいらない。安上がりかつ、強力無比な道具(こども)がここにある。だったら使わない手はないだろうよ。……んでもって、こいつはその中でも傑作中の傑作なのさ」


 一切の抑揚がない声を血の気の薄い唇から放つ幼女の後頭部を、セルウスが中指でこつんと弾いた。


さいか(災禍)いぶき(息吹)、なり。……?」


 振り返った娘に、父は罵倒を用いて叱責する。


「止めるな阿呆、いいから続けろ」

「……はむ(刃向)かうゆう()たるゆう()を――」


 反論の一つさえ述べることを知らない少女は、再度その淡い桃色の唇を動かし始めた。

 理不尽だが、その光景を止めるものは誰もいない。

 そして、アルセーナにとっては不思議なことに、この戦いを見守っているはずのラストもなぜかゼロに関して干渉する気配を見せないでいた。

 なにも知らないセルウスは、従順な素振りを見せた娘の頭を満足そうに撫でる。


「よしよし……。なにせこいつは、この俺どころかそこらの貴族平均を大きく上回る魔力を持ってるんだ。それを知った時は思わず近くに転がってた酒の空瓶で殴りそうになったがな? よくよく考えてみればこいつは俺の娘だ、俺の好きなように育てられる――それなら俺の思い通りに動くよう育てれば、実質俺の力が増えたのと同じになると思ってな。きっちり育てたんだぜ。……その前に他のガキどもでしっかり勉強してからな。そいつらは廃人になっちまったが、まあ些細なことだよ」


 その言葉に、アルセーナは思わず受けをしくじってしまった。

 短剣の切っ先に合わせようとした傘を外してしまい、毒塗れの刃に柔肌を切り裂かれそうになる。

 それを彼女が無理やり飛び退いて脱出することが出来たのは、偶然にも逃げ道を塞ぐ位置にいた少女が足元の床に空いていた穴に足を取られてしまっていたからだった。

 体勢を立て直しながら、アルセーナが全身に魔力の光を漂わせる。

 昂った内心の怒りにつられた魂の輝きが、彼女の周囲に漏れ出ているのだ。


「……っ! 貴方という人は、どこまで……っ!」


 思わず口を開いてしまった彼女が、深い嫌悪の感情を迸らせる。

 しかし、セルウスはその威圧を恐れず、肩を竦めるばかりだった。


「別に良いだろう? そいつらも親である俺の役に立てたんだからな。今頃はどこかの土の下で安らかに眠ってるから、そこまで気に掛けてやるのなら祈りの一つでも勝手に捧げてやれば良いんじゃないか? 俺は知ったことじゃないが」


 そしてゼロもまた、彼女に向けられた想いを解することなく、ただ教えられた通りに口と喉を動かす。


しいぎゃく(弑逆)せしめたる、……()せんらん(戦嵐)こそ……」


 ここまで読んで下さり、まことにありがとうございます。

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 どうか今後とも、ラストたちの活躍を見届けていただければ幸いです。

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