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第122話 面妖な護衛の娘たち


 セルウス・ヴェルジネアが自らの護衛だと称した三人の少女が、音を立てずにアルセーナへと襲い掛かる。

 よくよく見れば彼女らの持つ短剣は全て刃が黒く塗られており、視認性が低下している。特に夜の今、視界を確保できるのは廊下側に近い部分だけで、それ以外の執務室の隅っこなどでは手ごわいことこの上ない。

 それ故に、アルセーナは出来る限り光の差し込む範囲から動かないように気を払いながら彼女らを迎え撃つことを選択した。 


「いくら珍妙な剣を使おうと、そう易々と私を討ち取れるとは思わないことですわ!」


 正面から迫る一人、アンが両腕を斜め十字に交差させた状態から剣を振るう。左の剣が鉤爪のように振るわれて、防御のために突き出したアルセーナの傘を引っ掛けて薙ぎ払った。

 そうして喉元に生まれた隙を、彼女は右の剣で喰い破ろうとする。


「くぅっ――ですが、まだ足が残っていましてよ!」


 逆手の剣は距離感が掴み辛く、ぎりぎりで避けては間に合わないかもしれない。

 そう判断したアルセーナは、咄嗟に後ろへと大きく飛んで少女の凶刃を回避した。ちっ、と僅かに遅れた彼女の耳飾りの先端に刃が掠る。もし躊躇していれば、その白いうなじに血の濁流が迸っていただろう。

 それに冷や汗をかく間もなく、続けて残る二人、サンクとオンズが急襲する。

 どこか人間離れした、絡繰人形染みた動きで足を動かし、身を屈めたサンクが足元からアルセーナの腱を狙う。

 だが、そちらばかりに気を取られるわけには行かない。

 壁際の、開きっぱなしだった本棚に足を引っ掛けた小柄なオンズが、変則的な三角跳びの要領で上からアルセーナへと遅いかかる―。


「――まずは貴女です!」


 この状況において危険度が高いのは、地に足をつけているサンクの方だ。

 空から急襲するオンズの姿には驚かされたものの、冷静に考えれば、他に触れるものが何もない以上、途中で攻撃の軌道を変えることが出来ない。

 アルセーナは冷静にサンクの攻撃範囲を見切り、そこから外れる位置へと身体を移動させた。

 そうして危険度を失った少女から目を外せば、半身になったサンクが身体の後ろに右手を隠した状態で左の剣を突き出した。

 それを身体を捩って回避すれば、そこへ見えていなかった右の剣が避けた方向から迫ろうとする。


「っ――」


 逆手かと思えばいつの間にか順手に持ち変えられていたそちらを傘による防御で弾き、更に後ろへ下がろうとした彼女は突如背後から割れたような音を聞いた。

 それを咄嗟に攻撃だと判断した彼女の直感は正解だった。

 アルセーナは強化魔法をかけ続けていた脚で見事な後方宙返りを繰り出し、最初のセルウスの【枯風乱嵐ヴェン・テンペスタース】によって吹き飛ばされていた執務用の机の上へと降り立った。

 そうして着地した彼女が見たものは、先ほどまで彼女のいた位置に刃を振るっていたオンズだ。どうやら、回避されてしまった彼女は着地と同時に攻撃を切り替え、アルセーナを背後から切り付けようとしていたらしい。


「……ガラスが散らばったおかげですわね。とはいえ、それを撒き散らしたのはあちらですが」


 アルセーナは足元にきらめく、セルウスの魔法によって砕けたガラス片を軽く見下ろす。

 先ほど聞いた音は、オンズがこれらを踏んだ時に鳴ったものだ。

 せっかくの無音の足運びを自分で潰した少女たちのご主人様に感謝の一言でも告げるべきかと皮肉気に苦笑をこぼしていると、改めてまったく同じ動作で剣を構えた少女たちが再びアルセーナへと疾走し出す。

 それらを顔を引き締めながら対処する彼女に、後方に控えて様子を見守っていたセルウスが高笑いする。


「はははっ、見事な宙返りだったな! そんなのは王都の雑技団でも見なかったぞ! ……いや、そう言えばお前も魔法使いだったな、強化魔法を使えばそれほど大したことでもないか――そんなことはどうでも良いか! それにしても、さしもの怪盗様と言えど、俺の自慢の護衛たちの前には防戦一方じゃないか! ほらほらどうした、もっと何かやってみせろ!」


 拍手しながら口だけは彼女を称賛するセルウス。

 しかし、そこには明確な嘲笑以外の感情は見受けられなかった。

 彼女はアルセーナが三人に手古摺っている様子を見て、心の底から娯楽として楽しんでいるのだ。


「騒々しいですこと、小物ほど大口をたたくとはまさにこのことなのでしょうね。それよりも、面妖な剣を扱う乙女たちですわね」


 それに対し、アルセーナは最初の合図だけでその他には指示の一つもしないセルウスよりも三人の少女たちを見て、その剣を受けながら動きを観察する。

 空中殺法と言うそれこそ曲芸染みた身体捌きを見せる他、その上逆手と言う、一歩間違えれば素人では自分の身体を傷つけてしまうような剣を巧みに扱いこなしている。

 まともに相手どれば、そこらのヴェルジネアの騎士たちよりも何倍も厄介な相手に違いなかった。


「この娘たち、普通の女性ではありませんね。貴方が民間から見繕った少女を自らの愛玩道具に仕立てているのは聞き及んでおりましたが……それらとは明らかに異なります。影と血の中で呼吸することが当然のような、殺人への躊躇いの無さ。人として決定的ななにかが、欠けているような――?」

「ほう、察しが良いな。その通りだとも【怪盗淑女(ファントレス)】。そいつらは俺が仲の良い友人から仕入れた商品でな、ちょいと特殊な仕込みをしてあるのさ。少々値は張るが、それに見合う良い働きをするだろう?」


 セルウスは、その娘たちと直接剣を交える彼女に自慢するように問いかける。

 殺到する殺意の嵐――どれも首筋、太腿の内側、そして心臓といったように、アルセーナの急所だ。

 冷静に見えてきた彼女たちの手筋の隙間を掻い潜りながら、彼女は嗜虐的な顔を浮かべる相手に応えた。


「ええ――ですが、ただの女中にしては少々物騒だとは思いますが。お掃除するどころか、逆に周囲を散らかしていますわよ?」

「そんなことはないさ。そいつらは正しく与えられた仕事をこなそうとしてるぜ?」


 ニヤニヤと笑う彼に、アルセーナは一瞬顔を顰め――納得したようにまばたきを一つ。


「なるほど。確かに招かれざる客の私は彼女らにとっては目障りな邪魔物ですわね」

「な? それに、お前だけじゃない。こいつらはこれまでにも厄介な騒音をいくつも消してきてくれた。俺に仕える女中としては実に都合の良いもの(・・)なのだよ」

「――護衛とは名ばかりの、暗殺者ですか」


 文字通り、彼女らは深夜での戦闘に長けている。その技から推測するに、今この場だけでなく、ここまでの三人の経歴もまた血に汚れたものなのだろう。

 厄介な騒音を消す――それは、主人にとって都合の悪いことを語る人間の口を塞ぎ、喉元を掻き切る。つまり、邪魔者を命ごとこの世から消し去るということなのだろう。

 刹那の内に彼女らの真の役職を言い当てた彼女に、セルウスは一層笑みを深くする。


「止めろよ、人聞きの悪い。こいつらは俺の心の安寧を守ってくれているんだぜ? ピーチクパーチクうるさい連中を遠ざけてくれてるんだ、立派な護衛だとも。さすがはセバスの調教した奴らだ。そこらの騎士なんぞよりよほど役に立つ。それに、お掃除だけじゃあないぜ――こっちへ来い、アン」

「……」


 唐突に剣を収めたアンが、無言で主人の方へ歩み寄る。

 攻める手数が減ったためにアルセーナとしては嬉しい状況なのだが、それよりもセルウスがあえて攻め手を緩めた理由が気になってしまい、彼女は防御と回避の間に疑問と共に彼らの様子ををちらりと見る。

 するとセルウスは、なんと戦場であるにも関わらず、近づいた彼女の首元の鎖を唐突に引っ張り上げた挙句その唇を貪り始めた。


「――なっ!?」


 ひっきりなしに迫りくる二人の相手をしつつも、アルセーナは隠し切れない驚きに目を見開く。

 そこを狙ったサンクとオンズの攻撃を慌てて耐える彼女を優越感に塗れた目で見据えながら、セルウスはわざとらしく長ったらしい接吻を続け、しばらくした後にようやく口を離した。

 二人の唇の間に、ぬらりと月の光を受けた銀色の糸が伝う。

 その残滓をぺろりと舐めとって、セルウスはアンの肩を掴んで抱き寄せる。

 彼女は何も言わず、ただ無表情のままにそれを受け入れるばかりだ。


「どうだ? 俺がこんなことをしてもなにも言わず、粛々として受け入れる。主の命令に素直で忠実、まさに理想的な下僕と言えるだろう。実によく出来た人形だよ、こいつらは」

「――今、なんとおっしゃいましたか?」


 その、他人を人と扱わない彼の所業に、アルセーナはきろりとその眼に剣呑な光を宿した。


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