思春期の少女とサービス叔母さん
雨が、そこそこざざ降りの日だった。夏の終わり。まだ日が残っているはずの時間帯に、外は少し暗くて、肌寒い。日焼け予防の長いパンツの裾をレインブーツの中に入れた女性は、傘をたたみながらエレベーターを降りた。片腕に中身の詰まったエコバッグを提げて、濡れた足音を立てて細いドアが並ぶ通路を歩いて行くと、誰もいないと思っていたそこに人の影。彼女は慌てて駆け寄った。自分の部屋の前にたたずむ制服姿の少女に向かって。
「どうしたの。先に言ってくれれば、買い物しないで帰ったのに」
『冷えてない?』聞きながら差し込んだ鍵を回すと、大きくドアを開けて、先にと少女を促す。電気を点けてドアを閉めると、『少しね』と答えた彼女のために、キッチンスペースの中央に鎮座しているコーヒーサーバーのスイッチを入れた。数ヶ月前に、もう家にあるのに景品で当たったと言って、少女が部屋に持ち込んだものだが、今では女性のほうがたくさん使っている。
勝手知ったる叔母の部屋で定位置に座る少女を見ながら買ってきた食材を冷蔵庫やストッカーに片付けて、彼女がふと気になったことを問う。
「オートロックなのに、どうやって最初の自動ドアくぐったの?」
「管理人さんが通りかかって、『入りなよ』って」
「開けてくれたの。それならいっそ部屋の中まで入れてもらえば良かったのに」
少女は両目を伏せて片手の平を彼女に向けて持ち上げた。『それはさすがに』とでも言っているようだ。カップに熱湯のコーヒーを入れると、熱すぎるそれを冷ますために大量のミルクを投入して、片方を砂糖のポットと一緒に少女のいるところまで持っていく。『あんまり甘やかすと良くない』なんて言いながら、いつも仕上げは本人にさせるスタイルだ。
キッチンスペースに置いてある自分のカップを取って少女のそばに戻る前に、彼女はちょっと寄り道をして電話台の上から小さい鈴付きのキーホルダーがセットになった鍵を取った。
「はい。落としても分かるように鈴付き」
「あ。……」
うん。とだけ言ってから、平を上に向けて差し出される左手。右手のカップを持ったままな少女を見て、彼女はわざと不満げな表情を作ってみせた。
「あー。何だか感動が薄いぞー。お姉ちゃんさみしい」
でも、もしかしたら外から分からないだけかもしれない。なんて、右手で鍵を摘まんだ状態で、女性も左手のカップを傾けた。少女がカップを背の低いテーブルの上に置いて、両手で構えると、彼女は上機嫌になっていそいそと鍵を自分より一回り小さな手のひらに乗せた。ほわっとした顔になった少女を見届けてから、自身も深く笑む。
それからしばらく、二人で撮り貯めていたドラマを観たり、歌番組と一緒になって踊ったりしていたが、どちらからともなく空腹を訴えたので、彼女はまたキッチンスペースに戻った。
「何にしようかな。ああ、どこかお店に行くのもアリよね。ほらほら、出る準備して? どこにしようかな。ああ、でも出るんなら鍵かけなきゃ」
先ほど少女に渡したのと同じ鍵を手にして、バッグを取り上げ、玄関に向かう。
「な、に、に、しようかな。何が良い? ちょっとたくさん並んでても良い?」
「アテがあるの? オススメとか」
「まだ考え中。あー、でも買い物してきたばっかなのよねー。ねえ、いつだったか見せた、私の赤い手帳、覚えてる? ほら、緑のカードが挟んであったの。あのレシピで作ろうか。それとも、他のお店に行こうか」
食べ物に関して優柔不断な女性は、そう少女に聞いて、笑いながら小首を傾げた。