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夏休み

そろそろ狂っていいかい

毎日が戦場だ。

朝起きた瞬間にそれは始まり、休まる時を知らない。

ぴこーん、ぴこーん。

ラインの通知だ。

ほら、部屋にいたってどこにいたって無駄だよ、そのスマホがあるからね。

「…明後日……?昨日遊んだばっかじゃん」

昨日は静かな、静かな戦場だった。

結局あの“社会”は夏休みだからって終わることはなかった。

“社会”はあそこを飛び出て、現実社会にも溶け込む。なんて厄介な“社会”だろう。消えてしまえ、何度も願っているのに。

つらいのに、見たくもないのに、関わりたくもないのに。どうして返しているんだ、律儀に。

それは“社会”を生きるゲームの鉄則だからだ。

結局明後日、クラスメートとカラオケにいくことになってしまった。

最悪。

その一言に尽きる。

「あぁ、おわれ、早く終わってくれ」

エアコンをガンガンと利かせた私のお部屋は落ち着くはずなのにいつからか落ち着く場所でもなくなっていた。ならないで、もう、黙ってて、その白い箱。でも通知を切ることはない。ゲームの鉄則だよ。

ボフっと。枕に顔をうずめる。

このまま窒息死できないかな。できないよねえ、知ってる。

死ぬとかなんとか、そんなの出来る奴じゃない。できる奴はうらやましい。元気だなあとか思う。不謹慎?そりゃどうも。あいにく私には死ぬ元気も残ってないんです。っていうか、…苦しいし怖いんだよ。毎日が戦場なんだから。安らぐ場所なんてどこにもないんだから。ああ夏休みってなんなの?

「おわれ、おわれ、おわれおわれおわれおわれ、オワレオワレオワレ!!!!!!」

枕に顔をうずめてるから大声を張り上げた。綿に声が溶けていく。

「終わって、終わらせて、誰か、こんなくそみたいな社会」

こんなことなら、こんなことなら。

普段の学校のほうが数億倍マシだ。

なんでかわかる?

「ぷはぁッ!はあッ、ああ、はあ、はあ…くっるし…きもちい、もっとオワリたい」

学校で唯一安らげる時間がある。

それは屋上にいる時間と。

そして授業の時間中だ。

屋上は誰も来ない。空と一体感。でも箱庭にいるんだっていうのを一番実感する場所でもある。仕方ないけれど。“社会”のなかにいるよりはずっとずっといい。

授業中は最高。“社会”の住人はただ黒板を見ているだけ。私のことなんてこれっぽっちも見てない。そしてそれを支配するのは先生。私たちは支配されている。思考も、動きも。なにもかも。それが心地いい。大人が唯一介入できる“社会”の一コマ。

「子供なんて、クソなんだから」

なにもできないんだから。

「支配されてればいいんだ」

なのに、子供は子供の“社会”でただ暴走する。

「当たり前だろ、不完全なガキが勝手に“社会”作り上げてさ」

どうしてうまくいくと思ってるの?

「うまくいくわけないだろ。狂ってることをどうして誰もわからないの!」


「…狂ってるのは夏織だよ」


気づけば私はベッドの上にたって叫んでいたようだ。

私の部屋には異物がいた。

「…お姉ちゃん」

「夏織、学校になじめていないの?」

「……」

「学校、つらいの?」

「……」

「でも夏休みだから。少し学校から離れてさ、ゆっくり過ごせばいいよ」

ああ、あんたも。結局なんもわかってないな。

気づいたらあんたに飛びかかってた。

ガタガタッ

ベッドから飛び下りた私にかなうはずない。お姉ちゃんは仰向けになって倒れた。


「かはッ、夏織ッ!」

「はは、お姉ちゃん、お姉ちゃん、ねえ夏休みってさあ!最高で最悪だよね!」

「…?」

お姉ちゃんの馬乗りになって胸倉をつかんだ。

「夏“休み”ってなに?何を休んでいるの?」

「…」

「宿題なんて出してる大人、夏休みが成長のチャンスとか抜かす校長、夏期講習を宣伝する塾。全部矛盾しているよねえ?」

お姉ちゃんは、何も言わない。

ねえ私の声聞いてよ、お姉ちゃん。

「んでもって!おめえらクソガキが!!!」

お姉ちゃん、お姉ちゃん。

「“社会”を持ちこんでくるッ!」

お姉ちゃんわかってくれないかな、私、苦しいんだ。

「夏織ッ!私あなたがなにいってるのか、わからな、」

「休ませてよ!どうして!どこにいったら私は休めるの!?おしえて、おしえてよお姉ちゃん!」

「わからないわよ!あなたがなにをいってるのか!」

その時。やっとお姉ちゃんの顔を見た。

困ったように私に訴えるお姉ちゃんは心底バカに見えた。

ああ、バカなんだ。

クソガキが。

お前も、あいつらとなんも変わんないじゃん。

わかってくれないじゃん。

お姉ちゃん。ねえ「姉」ってなんだろう。家族ってなんだろう。

私の理解者はどこにいるんだろう。

逃げたかった。

この戦場から。

「…ッ」

「か、おり…ッ!」

気づいたら。

「はは、あはは…ッ、お姉ちゃん、苦しい?ねえ苦しい…?」

首に手をかけていた。

「く、るし、…はなし、て…!」

ばたばたと暴れるお姉ちゃん。

「ふふ、あははは、苦しいよねえお姉ちゃん、でもね、私も同じくらい苦しいんだよ。毎日が。そして夏休みになったらね。ずぅうううううううううううううううっと!!!!!苦しいのが続くんだよ。ねえ耐えられる?耐えられる?耐えてみてよねえ!」

ぐぅっと手に力を込めて。

お姉ちゃん。私の苦しみが、私の戦場が分からないなら教えてあげるから。

「ぁ、っく、はぁッ!」

そんな苦しそうな顔しちゃって。ねえわかってくれた?

「お姉ちゃん、わかった…?…お姉ちゃん?」

動かない。

お姉ちゃんは動かなくなってた。

死んだ。

蝉みたいに。あばれて、苦しそうにうめいて。


ミーンミンミンミン…

五月蠅い蝉の音が今日も鳴りやまない。

首絞められるとね、相手の憎しみが見えるんだよ。

夏織ちゃんはね、“社会”を楽しそうに生きて、見ているお姉ちゃんが憎かったんだよ、きっと。

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