夏休み、前
ちょっと、学生時代思い出してみて。
「お前らよく聞けー。明日から夏休みだ」
“夏休みどこ行く?”“海いこっか!”“プールもな”“そういえば夏祭りもあるよね?”“花火みたーい!”“勉強漬けになるかなあ”“お前は相変わらずだよなあ”“バイトバイト~”
「はいはい静かに!いいかー夏休みだからってだらけすぎは厳禁、宿題もしっかりやるんだぞ~」
“ねえ明日カラオケいかない?”“明日野球見に行こうぜ!”“あついから涼しいとこいこうよ~”
「…」
五月蠅い…。
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い。
この“社会”は異常だ。
「ねえ夏織!夏休みどっかいく?」
前の女…。名前なんだっけ。
「ああ…まあぼちぼち」
「なんだよ~明日からなのにいつもと変わんないなあ」
むしろいつもと変わってるお前らなんなの?
「夏休み嫌いだったりする?あっは、宿題あるもんねわかる~」
「…」
すごいよなあ、なんも言ってなくても勝手に話進めるんだから。
夏休みが好きか、嫌いか、…か。
嗚呼でもこの“社会”から解き放たれるなら、いいかな。
私は昔から思ってる。
学校という箱庭、教室と言う社会。その社会はとても独特で、残酷だ。大人たちが触れることができない、子供たちだけの…残酷な社会。それが教室だ。
「うッ。…く、げほッ」
「夏織ちゃん大丈夫?」
「ああ、うん」
苦しい。息が詰まる。いつからか、この社会が嫌いになった。怖くなった。社会に住む人たちの顔を見ることが出来なくなった。遠くに聞こえる嗤う声が、私の耳の中で反響する。そんな嫌いで、怖くて、異常な社会は案外たやすいもんだった。
適当に過ごしていれば誰からも干渉されることもなく、それなりに過ごしていればそれなりの関係で終わる。いじめられない程度にみんなに合わせ、目立たない程度にそこそこをこなす。結局、この社会で生きていくのはバランス感覚が大事なんだと。
「葉住!」
「はい」
「花壇の水やり、頼んだぞ~」
「はい」
基本、人の声はただ反響するノイズでしかないが名前を呼ばれた時だけはクリアになる。とその刹那、チャイムが鳴り響いた。
「はいじゃあホームルームおしまい。みんないい夏休み過ごせよ~」
『はーーーーい!』
「げほッ、ゲホっ…」
「夏織ちゃん、保健室いく?」
「いんや」
うつ伏せのままいたらホームルームが終わってた。ゆっくりと身体を起こす。
声をかける同級生…名前はわからない。顔も見ていない。そいつらを横目に私は花壇へと向かった。
こんな日々が一か月でも解放されるのなら。夏休みも悪くないかもしれない。
「ああ…一人って落ち着く」
誰もこない花壇。だからこの役目を自ら引き受けた。一人で、誰も来ない花壇でできる。
「…みんな死ねばいいのに」
ぐちゃッ…、花壇に実る果実をぐちゃりと潰した。掌は真っ赤に染まった。
「この狂った世界が、終わればいいのに」
育ったばかりの芽を引きちぎって捨てた。足で踏みにじった。
ミーンミンミンミン…
ミーンミンミンミン…
ミーンミンミンミン…
「はあ、はあ…、…五月蠅い……」
ああ、五月蠅い…耳の中に入って反響する、目がくらむ。“社会”のなかにいるのと同じ感覚がする。
「大丈夫、大丈夫だ、夏休みがくる。夏休みが」
夏休みが来れば、こんなとこに来なくていい。五月蠅くもない。この狂った空間をみなくていい、入らなくていいんだ!
「夏織ちゃん!」
「ひッ…」
手を咄嗟に隠す。ああ、顔を見れない。誰だ、君は。
「うちら3人でプールいこって話してるんだけど、夏織ちゃんも来ない?」
返事は決まり切っていた。
「…ああうん、行くよ。お誘いどうも」
奴らは去ったか。去ったのか。
「…ッ、はは、あははは……」
だめだ、もう、笑いがこみ上げて…
「あっはははは!あーーーーーーー!」
誰だ、夏休みを好きだといったやつは。
「あははっは…」
誰だ、解放されるなんていったやつは。
「ひぃッ、助けて、たすけて、解放して、解放してくれよだれか、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
キキキキキキキキキ…
ひぐらしの声。
嗚呼、
「…夏休みは嫌いだ」
主人公は私。なーんちって。