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アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
8/34

「正義家の人々 雪姫」

「正義家の人々 雪姫」

 

 

 

 

 6/14 22:09。

 

 

 さて、本日も残すところ2時間ばかし。

 今日はこれからが勝負だ。

 

 と、カッコつけたところで、僕は疲労困憊の体を隠せないのであった。

 額には血の滲んだガーゼ。

 右腕には血の滲んだ包帯。

 そして先程、千荼夏の祖母に盛られた睡眠薬の残り。

 ものすごく眠い。

 

 「わかっていれば効かないのよ。」

 

 同じように出されたお茶を飲んだ、鉄山真矢かねやままやは、そう明言した。

 病は気から。薬の効きようも所詮は気の持ちようということか・・・。

 

 そんな真矢さんに導かれて、

 仕向けられてと言ったほうが正しいのかも、しれないが。

 僕がやりたくて決断し、実行中なため導かれたということにしておこう。

 僕は今日1日で起きた、正義修司の歴史上1番ハードな24時間の、そこで起きた1つの殺人未遂と、1つの殺人事件の収拾を図るために、我が家。正義家の居間にいるわけだが、

 

 「うわ、 なんだい修司。ボロボロじゃないか。年上の女の子に頭突かれて、同い年の女の子に噛みつかれて、父親に殴られたような姿だね。」

 

 「相変わらずだな、雪姫ゆき姉ちゃん。」

 

 居間のテーブルに3台のスマートフォンと2台のイリジウム携帯電話を置いた僕の姉は、当たり前のように僕の目の前に現れた。

 

 「いやわかっていたんだけど、雪姫姉ちゃんは僕が姉ちゃんを求めると、ドラえもんの御都合主義な秘密道具同然、都合よく実家に帰ってきてるのはわかっていたけども・・・」

 

 「ココア飲む?」

 

 「飲む。」

 

 「はい、どうぞ。」

 

 目の前に出されたココアは淹れたてのようだ。

 程よく人肌プラス40℃だ。

 僕がこの時、この瞬間に居間に入ってくるのをわかっていたかのような正義雪姫は。

 

 「思ったより早かったね、お父さんをプロフィール欄の嫌いなものに並べる修司にしては、上々じゃないか。」

 

 何のことを言っているとは聞かない。

 どうせ、全部わかってるんだから正義雪姫には。

 

 「早々に切り捨てられて、飛び出してきたのかもしれな・・・」

 

 「それはない。」

 

 ピシャリと言い切る。

 

 「女の子との約束を反故にするような子じゃないだろう、修司は昔から。」

 

 「なぜその事を!?」

 

 知ってるわけがない、ほんの一時間前、鉄山真矢の部屋で二人だけが交わした約束を。

 思わず突っ込んだ自分だが、

 これが正義雪姫の"やり方"だと、ワンテンポ遅れて気づく。

 勿論、雪姫姉ちゃんは、

 

 「鎌かけだよ。相変わらず素直で可愛い弟め。

 今朝、朝帰りした修司から嗅いだことのない、いや、あれはボタニストシャンプーかな? 私のでも、涙香るいかのでもない女物のシャンプーの匂いがしたことから、私は推理して、推察して、こうして確証を得ただけさ。」

 

 相変わらずの名探偵ぶりだ。

ていうか、朝、姉ちゃんいなかったろ。

匂いの残り香を嗅いだというのか。

探偵じゃなくて、警察犬だ。

 いや、弁護士なんだよな本職は。

 流石は日本が世界に誇る若者たち20人に、4年連続選ばれたことはある。そんな選出存在しないが。

  

 「人類の滅亡を知ってる姉ちゃん。」

 

 「いやいや、それは知らないよ。私は起こりうることしか知らないよ。私が好きなハガレンのキャラの台詞に『あり得ないことは、あり得ない』とあるが、その相伴に預かると『起こりうることしか、起こり得ない。』そして、その起こり得ることを知ってるだけさ。」

 

 何が。だけだ。

 そんな全知全能な、だけがあってたまるか。

 

 「人類の滅亡は起こりうることじゃないか?」

 

 「私が死んだ後にね、これは生死観の話になるけど、私・正勝雪姫が見る、歩く、聞く、知り得る世界が死によって終われば、私の世界は終わるのさ。

 だから、私が人類の滅亡を知らないのも無理はないだろう?

 そんなことより修司。我々、正勝家の特徴として、自分の、ペースで話を披露、もとい洗脳して、他人を屈伏させるという、正義の本質を地で行う習性というか、遺伝というか、血があるけどさ。

 私の、話を横道にそらそうなんて100極年早いよ。極だけにね。」

 

 「何が極だけにだ。僕は極小な許容力しかないとでも言いたいのか?」

 

 「いや、ただ言ったみただけだよ。意味深な台詞で意味もなく相手の思考を無駄に使わせるのも1つの手法さ。」

 

 「さいですか・・・」

 

 いつもの調子ならこのまま、寝る間も惜しんで、雪姫姉ちゃんとこうして無駄な話を続けていたいのだが、

 そうだ、約束をしていたのだ。鉄山真矢と。

 まあ、その約束は痛々しく腫れる俺の右頬を犠牲にして、ある条件付きで警視総監、正義正義の力で解決出来るのだが。

 保障が必要だ。

 真矢さんの行いが正義の圧力により、いやカッコつけずに言おう。

 正義正勝の隠蔽行為により、帳消しとは、いかないが猶予は貰えた。

 当然であろう、人、一人を銃殺したんだ。

 帳消しなど出来るわけがない。

 いずれは出るところに出されるだろう。

 勿論、僕も。

 

 だから、保障だ。

 避けられない行いの報いを受けるまでの、

 それを避けるための悪足掻き。

 高千家の高千宅は高千千荼夏の所有物であると、元々高千家は祖母のモノではなく。千荼夏モノであったと保障してもらいたいんだ、弁護士さんの協力のもと。

 

 「いや、無理。それは無理。

 人の存在を無かったことに、なんか出来やしないよ。真っ当にはね。

 何より、高千さんのことは私がよく知っている。あのお祖母さんは私の分野だ。」

 

 やはり無理だよな。

 千荼夏のお祖母さんが元々存在していなければ、鉄山真矢の行いも、千荼夏の身元もしっかり出来たというのに・・・

 私の分野だと?

 

 「そうそう、私の分野だよ。特殊犯罪者の管理と弁護だよ。

 高千さんは私のリストに載っていたのさ。

 さてさて、修司これくらいでいいかな? 充分場が暖まったろう?

 早速話してくれよ、修司の話を。

 犯罪者の身を守るために父親に殴られて、高千さんの存在を無くし、その孫娘でいいのかな?

 可愛い二人の女の子と起こした事件とやらを聴かせておくれよ。」


 そうして、僕たちはココアを飲んだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕がどうして、正義正勝と、正義雪姫に協力を仰ぐことになったのか。

 ここまでに至る経緯はこうである。

 

 千荼夏の部屋で意識を失い、僕の目が覚めたら、眼前にはまだ見慣れぬ天井だった。

 鉄山真矢のベットである。

 昨晩、血塗れの僕が運ばれた。駅前の高層マンションの一室。

 今晩は、血塗れの鉄山真矢と、高千千荼夏たかちちたかが僕を運んでくれた。

 神奈川県の郊外とはいえど、駅前では夜は多くの人が往来している。

 またしてもどうやってこの部屋まで、人目につかず来れたのか疑問だ。

 この地域一帯には、鉄山真矢かねやまやまのマンションとの地下通路でもあるのかと考えたが、

 そのことよりも先に、事の顛末を聞かなければならなかった。

 

 「千荼夏ちゃんのお祖母さんは、私たち3人を殺そうとしたのよ。」

 

 ベットの脇で佇む。今だ血痕の残る制服を着る真矢さんに肝を冷やしたが、その浴びた赤は真矢さんのモノではなく。

 

 「だから、撃ったわ。頭を。」

 

 千荼夏ちゃんの目の前で。

 僕がやったロシアンルーレットを模すように指を当てる真矢さん。

 

 その事後報告に更に心はさざめき立った。

 睡眠薬の後遺症でハッキリしない頭の

 細胞を総動員させて、

 どうして? なぜ? なぜ、お祖母さんが?

 なぜ、僕たちを? なぜ、千荼夏のことを?

 

 「お祖母さんが"初め"だったのかもね。」

 

 「・・・千荼夏と両親のこともか?」

 

 千荼夏が人食いになったことも。

 そういう遺伝だったのかもしれない。

 両親を殺して、食べたことも。

 その猟奇を隠したのも、孫の猟奇で自分の猟奇を上塗りしたの、かもしれない。

 お祖母さんの"頭上"を見損ねた僕にはハッキリと答えを見いだせないが、

 可能性としては1番厚い。

 1度も友人を連れてこなかった孫娘。

 猟奇的な衝動と異常な家庭環境の露呈を危惧しての行いか?

 真実は千荼夏とお祖母さんしかしらないことか。

 

 「そうね、あら、冴えてるじゃない。伊達に眠りこけてた訳じゃないのね。眠りの小五郎さん。」

 

 「千荼夏は平気か?」

 

 「いま、シャワーを浴びさせてるわ。お祖母さんの血を洗い流すために。」

 

 今はまだ、大丈夫そうね。

 そう真矢さんは、気をかけた。

 今はまだね。

 大丈夫な訳がない。

 昔の両親の話ならまだしも、目の前で先程起きた育ての肉親の死だ。

 死の大鎌を振るった本人の家で。

 それが千荼夏自信を守るためだったとはいえだ。

 

 「それで、眠れる名探偵さん。どうにかしてくれない?

 千荼夏ちゃんのこともだけど。正直な話、私は相当ピンチなのよね。出来る限り足のつかないように、ご近所さんが駆けつける前にこうして、逃げてきたわけだけど。日本の警察は優秀でしょう? 私が捕まるのも時間の問題だと思うのよね・・・。」

 

 スラスラと自分の置かれてる状況を述べる。

 

 「死人に口無し。

 でも、調べる人たちが調べれば死人も語り出すわ。口をつけたお茶、帰らぬ孫娘。国内ではまず見ない、S&スミスアンドウェッソン MK22で風通しの良くなった老婆の後頭部。

 正義家、長男の見解としてはどう思う?」

 

 どう思うって。

 閑静な住宅街で突如起きた銃殺事件。

 対策本部が立てられるだろう。

 念入りに捜査されて、犯人の特定までそう時間はかからないだろうな。

 

 「サイレイサーを使ったし、千荼夏ちゃんのクッションを1つ駄目にしたから。音はそこそこ軽減出来たはずよ。直ぐには騒ぎになってないわ。もしかしたら国外に逃げるまでの時間は稼げるかもね。それでも明日の朝には気づかれるだろうけど。

 というわけで、このままだと私たち3人は高校生の身の上で国外逃亡犯となります。

 正義家の長男は、西アジアと南アフリカどっちがいい?」

 

 と、自ら立てたプランの最終決定を僕に投げ掛けてきた。

 そこまで念入りに僕の"姓"を押されると、その"手段"を考えざる負えなくなる。

 

 「直ぐに家に帰ります。」

 

 「キャリーバック1つにまとめてきてね。」

 

 「真矢さん。」

 

 いじらしく、意地らしく。

 鉄山真矢は、僕に寄りかかり、包帯だらけの右手を握る。

 彼女も不本意だろう。僕に頼るのは。

 どうにかこうして、独りで生きてきた鉄山真矢は。

 僕に不本意なことをさせなくてはならないことを。

 

 「・・・無理かしら? 正義くん。」

 

 「・・・8割方は。」

 

 何がとは、聞かない。

 正義修司まさよししゅうじプレゼンツ。

 初めての家族対話を、

 僕の腰とプライドを折って、2割の勝算がある話だ。

 

 「正義正義まさよしまさかつ警視総監は、おそらく在宅中です。

 それにたぶん姉の、正義雪姫まさよしゆき弁護士も都合よく実家に来ているはずです。」

 

 「あら、何の話をしているのかしら?」

 

 「ドラマの話ですよ、現実には程遠い。」

 

 そう、現実にするにはウルトラC難度の離れ業。

 mission in possibleな夢物語。

 

 「一時間で電話します。 念のため身辺整理はしといてください。」

 

 「行ってらっしゃいトム・クルーズ。筋書き通り事が進めば、真矢お姉さんとのデートが待ってます。

 まあ、進まなくても一足早い夏休みになるだけだけど。」

 

 ずいぶんな御褒美だ。

 僕の奮い立て方をよくわかっているじゃないか。

 

 鉄山真矢は、最後に、

 

 「私好みの大人になっちゃって。」

 

 と、呟いた。

 僕はその言葉を聞いていないふりをして自宅へ、帰った。

 

 第一にその足で父のいる書斎へ入り、

 

 「殺人犯の友達を助けて欲しい。」

 

 いや、直接そんなことは言っていない。

 状況を事細かに付け加えて、

 父親からの圧力に耐えながら、

 

 「そのためなら僕はこの家を出ます。」

 

 と、いい決めたと同時に右頬を固められた拳で殴られた。

 正義正勝は警察官だ。

 実力と実直さで、その頂点に立ったとはいえ、肉体は現役の現場の人間さながらである。

 僕の3倍、飯を食い。

 僕の3倍、頭と身体を動かす。

 我が校の柔道部にもいない肉体と、我が校の秀才を集めても勝てない頭脳を持つ父だ。

 その父にグーで殴られた。

 殴られたというのに怒りも覚えなかった。

 むしろ嬉しかった。

 いや、Mではないし、父も嫌いだが。

 初めてそんな父と話が出来たと思ったからだ。

 

 痛みと喜びに震え倒れる僕に、父は言葉少なく、条件を言い渡した。

 

 どうにもならないし、どうにもしない。

 人が人を撃ち殺したのであれば、当然その者を逮捕する。

 

 だが、

 身内の恥を晒すわけにはいかない。

 

 僕は耳を疑った。

 正義家の、正義正勝に泥を塗るような愚行をした息子の行いを、

 どうにか隠そうとしてくれるのだ。

 

 誠実で、正直で、正義であるこの男が。

 

 「そのためだよ、修司。」

 

 「息子のバカのお陰で、自分の地位を脅かされるからだよ。

 自分が頂点に立つことで、正義を体現するシンボルとして実行者として、率先者として、

 正しい世界を作るために、曲げるんだよ、家族のために。

 それでもね、修司。」

 

 「これは、人の上に立つ正義正勝の話じゃなく。

 私たちのお父さんである正義正勝の話だ。

 息子を助けたくない父親なんてこの世のどこにもいないのさ。起こり得ないことだ。私はそんな生物を知らない。

 私はお父さんが大好きさ。

 この前の誕生日に一緒にディナーに言ったよ。

 あまり笑わないお父さんが、私のサプライズに子供のように喜んでくれたよ。

 これは私とお父さんの内緒だったけどね。

 お前も涙香も誕生日を祝ってやらなかったね。

 当てつけじゃないよ、少し怒ってるのさ。

 まあ思春期の子供にそんなこと期待しても仕方がないけど、

 期待してたよ。お父さんは。

 次からは一言祝ってやること、お姉ちゃんとの約束ね。

 お前たちは子供だけどさ。

 お父さんは、正義正勝は大人で、私たちのお父さんなんだよ。

 大人も悩むし、間違えるし、悪いこともしてしまう。

 子供のためなら生き方も信念も曲げる。

 子供のためなら汗水垂らして働く。

 子供のためならどんなに辛いことがあっても我慢する。

 子供のためなら・・・」

 

 

 僕は泣いていた。

 千荼夏のことを真矢さんのことを。

 ここまでに至った経緯を話し終えて。

 父の協力を、いや共謀を掴み盗って。

 それが腑に落ちない僕に雪姫姉ちゃんが怒って。

 

 僕は泣いた。

 何で?

 わからない。

 父が、僕が。

 わからない。

 わからない。

 わからないよ、雪姫姉ちゃん。

 教えてよ。

 

 「また今度ね。」

 

 ボロボロと飲みかけのココアに大粒の涙を溢す僕の頭を、

 雪姫姉ちゃんは、優しく撫でてくれた。

 

 「不器用な弟だね。でも嬉しいよ、お姉ちゃんは、そしてお父さんも多分ね。

 悪行の片棒だけどさ、誰とも深く関わり合えない修司が。

 友達のために必死になる姿を見るとさ。

 嬉しいけどお姉ちゃんは泣かないよ。大人ですから。」

 

 そうやって、僕の頭を最後に小突いた。

 

 「今度、千荼夏ちゃんと真矢ちゃんを私との食事に誘うこと。それが協力の条件さ。」

 

 そう言って雪姫姉ちゃんは、帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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