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アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
7/34

「ヘンゼル&グレーテル」

「ヘンゼル&グレーテル」

 

 





人食娘の祖母は魔女と呼ばれてたんだとさ。





 

 

 

 

 「イッテラッシャイ、マタクルノヨ。」

 

 ターニャ〈仮〉あらため、ターニャさんは手を振り振り、僕と真矢さんを見送った。

 片言の日本語となると、カタカナ表記にしてしまう自分のテンプレートさに絶望する。

 "かたこと"だけに"かたかな"と。

 その元ネタで合っているのか、不確かだ。

 今の世の中、インターネットを使えば数秒で欲しい情報が手にはいる。

 しかも、そのネットを携帯出来る世の中なのだからなおのこと。

 情報化社会を危惧する声もあがるものだ。ネットに頼りすぎて、自分の力で知識を得ようとしないと。

 しかし、自分の力でネット社会の中で的確な、今欲しい情報を手にいれる力が必要になるのである。

 僕の疑問に当てはめると。

 どうして、片言の日本語をカタカナ表記に変換してしまいがちなのか?

 ヤフー知恵袋に頼れば正しく疑問を呈せるのだが、それでは今すぐに解決するのは難しい。

 その知識を持っている人間が偶然、僕の質問を見つけて。かつ正しい文献に則った情報を回答として伝達する。

 そういう、時間と正確さが必要になりラグが生じてしまう。

 ラグの意味を調べるのなら簡単なのだが、少し込み入ったというか、"人気のない"疑問を解消したいとき、ネットに頼りがちに出来ないのである。

 今の若い子は、ネットのおかげで何でも知れる。

 いいや、そんなことはない。

 

 人肉を食する友人女性の、その行為を非難し、傷つけてしまったのだが、どういう言葉で仲直りすればいいのか?

 そんな質問に対して、何処にも答えが落ちていない。

 似たような状況に照らし合わせ、実際にその場の反応を元に、アドリブで解決するしかないのである。

 

  

 あの後、僕の未遂行為もとい好意をきっかけに、蛇花火により、ちょっとした修羅場が繰り広げられるのだが、

 僕は何とか五体満足で部屋を脱出する。

 最も、隣にいる鉄山真矢のお陰であるが。

 

 「パピーはああ見えて、娘思いの良いお父さん何だから。」

 

 「本当に、ああ見えてな。」

 

 20:37。

 僕と真矢さんは駅前の繁華街から離れるように歩を進めていた。

 大人になる一歩手前で大人に邪魔されて、コンクリ詰めにされかけて、

 こうして、真矢さんを連れて千荼夏の家を目指す。

 普段ならこれだけ、ハードな1日を過ごせば疲れはてて、ベットに直行したいものだが。

 時間が惜しい、もとい惜しむほど時間が残されていない。

 

 真矢さんの意図はどうだったにしろ。

 大人になってこれたと判断したようで、

 千荼夏の家まで同行することを良しとしたわけだが。

 

 「心配になって見にきたら、本当にロシアンルーレットをしてるなんて、ビックリ仰天よ。」

 

 「ビックリ仰天なんて、死語ですよ。

 いや、そもそもあれは真矢さんが謀ったことでしょう?」

 

 「いやね。私はただパピーに、ウジウジしてるガキんちょを一人送るから、立派な大人にしてあげてとお願いしただけなのだけど。

 ついでにこの前あげたスミス&ウェッソンM10。リボルバー拳銃でも使えば面白い。いえ、上手く役者が転んでくれるんじゃないかなぁと、アドバンスしたんだけど。

 まさか、それがどうしてロシアンルーレットに繋がるのか、怖いわね、人の想像力って。」

 

 「確信犯じゃないか!」

 

 やれやれと目を閉じる真矢さん。

 何がやれやれだ。

 目を閉じたということは、先程の続きを行ってもよいということだな?

 勿論出来ない、チキンハート。

 

 「何で、あの時目を閉じたんですか?」

 

 「乙女の口から何を言わせる気よ。」

 

 乙女は、リボルバー拳銃で友達を殺すように教唆しない。

 いや、鉄山真矢はそういう乙女か。

 自ら引き金を引く鉄の乙女だ。

 その鉄の乙女の鉄則を、キスはしないという決まりを曲げ、僕との行為を、受け入れようとしたのだろうか。

 こういう疑問を持つこと事態が元より余計なこと、無粋なことではないのかとも思うが、

 

 「なんとなくね。」

 

 「なんとなくですか。」

 

 「なんとなくはなんとなくよ。

 なんとなく、頭突きして、

 なんとなく、突き放して、

 なんとなく、パピーの所に修司くんを送って、

 なんとなく、銃口を頭に沿わせて、

 なんとなく、キスしたくなって、

 なんとなく、今こうして千荼夏ちゃんの所に向かっているのよ。曖昧に。

 絆や行動に理由をつけることも出来るけど、それは言い訳でしょう? キスされてもいいかなぁって思ったのは、こうこうこういう理由なんですって。起きた感情に理由をつけるなんて簡単だけど。

 それは所詮言い訳よ。私は自分に言い訳しない。」

 

 つまり、察しろと。

 乙女心を。

 いや、察することも結局は言い訳になってしまうのだから、

 そうだな。

 僕たちはなんとなく好意的に協力しているのである。

 

 ならば、やはり昨夜した"契約"とはなんと良い判断だろうか。

 なんとなくに明確な理由を。

 行動に対して、言い訳するのではなく、その前段階。

 契約により、行動を言い訳化できるではないか。

 

 真矢さんは僕との契約のもと、好意的に協力している。

 

 素晴らしい、これはしっくりとくる落ちだ。

 行動も、なんとなくも。全て契約のもとに発生しているのだ。

 

 「ああ、そうね。そういう考え方もあるのか。少しロマンスにかけるけど、悪くない考え方ね。」

 

 意味もなく、理由もなく。

 なんとなくパリの街並みで恋に落ちるように。

 

 「ロマンスを認めないなんて、そんな堅苦しい契約は僕も嫌いですよ。ロマンスも遊び心もウェットに富んだ契約のもと、推奨していきたいですね。」


 「なによ、つまり修司くんは私とロマンチックな事をしたいわけ?」 

 

 「したくないと、言えば嘘になる。」

 

 「嘘はダメよね、正直すぎるのもどうかと思うけど。」

 

 「ロマンチックに品川シーサイドに遊びに行きませんか?」

 

 「考えといてもいいけど、そこまで許容出来る契約をたった月々200万ぽっちで私はしてしまったというの?

 契約書をもう一度見せなさい。」

 

 「今度、書面にまとめます。」

 

 契約は契約者と非契約者との力関係が生じる。

 雇用者と非雇用者。

 真矢さんのなんとなくにより、優位に立てたというわけだ。

 

 「ああ、嫌だわ。これだからDTは。思い込みが激しいのよ。貴方の頭のなかでは私の心をサルゲッチュしちゃったよと。変換してるわけ?」

 

 「赤く点滅するハートをということですか。」

 

 「その点滅を元から絶ちましょうか? ステアー。」

 

 「調子に乗りすぎました、ごめんなさい。」

 

 1度家に帰った真矢さんは制服姿だが、

 大きなギターケースを背負っている。

 そのなかに眠る。曲を奏でる"楽器ステアー"を呼ばれては、敵わない。

 つまり、ステアーAUG・アサルトライフルを持ってきたのか。

 おかしい、今から反政府組織のアジトにでも乗り込むつもりか。

 

 そんなこんなで。

 どんなこんなだ。

 真矢さんが"殺人パチンガー"を詰め込んだギターケースを背負い、サルゲッチュの話を膨らませようとした辺りで。

 

 僕たちは目的の高千家に到着した。

 住所は前もって調べていたし、学校からそう離れた距離でもなかったので。

 目の前の木造2階建ての高千宅を見つけるのも容易なことであった。

 外見は至って平凡。

 周りに建つ鉄筋コンクリートの住居よりもやや古くさくも感じるが、違和感を覚えるほどではない。

 住宅街に混じり溶ける、高千千荼夏たかちちたかの住居。

 こんな、閑静な住宅街からどうして彼女の"個性"が産まれたのか。

 さあ、心の窓を開きに行こう。

 その放漫な胸の奥に隠れる心を。

 

 会長も不思議な人ですね。そうですか、なら私たち仲良くなれそうですね。

 

 臆病な小動物。

 群れを追われることを、恐れるような、その瞳の奥に住まう心をサルゲッチュしに来たのだ。

 

 全然しまらないが・・・。

 僕は備え付けられたインターホンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祖母さんが出てきた。

 チェーンロックをかけて、開いた隙間から顔を少し覗かせ、どちら様かと恐る恐る。

 警戒するのも無理はない。

 時刻は20:55。

 物騒な世の中だ、特に祖母と孫娘と二人暮らしの家なのだから、夜更けに若い男と女が突然訪ねて来たのだから。

 千荼夏の性質を知っているなら尚更に。

 

 しかし、祖母は僕と真矢さんの服装を見て態度を一変させた。

 

 千荼夏ちゃんのお友達!? と。声を上げ、

 齢70は、いっていそうなお祖母さんは、眠っていてもおかしくない時間帯だというのに

 直ぐ様チェーンロックを外して僕らを招き入れ。嬉々として2階へ走っていったのだ。

 当然、僕たちは千荼夏の連絡先をまだ知らないので、前もって訪ねると約束もしていなかったので、

 

 まず、千荼夏が出てくればどうにか玄関先でも話を出来る。

 しかし、祖母が出てきてはそれも難しいかもしれないと結論つけていたのだが。

 孫娘から、何も聞かされていないのに

 勝手に、夜分に友人が訪ねて来るとは、些かマナーがなっていないと、お年寄りならばそう判断されるかもしれない。

 いや、年齢に限らずそう思われるであろうと。

 しかし、蓋を開けてみればそんな杞憂もどこ吹く風だ。

 

 お祖母さんは嬉しかったのだ。

 

 千荼夏は、友達を家に連れてきた事がなかったのだ。

 勿論、こうして訪ねてくることもなかったのだ。

 

 「そりゃそうですよ。千荼夏は誰にも住所を教えてませんしー。」

 

 何事かと、祖母に手を引かれて階段を下りてきた千荼夏は、オレンジ色のショートパンツと、可愛らしいクマさんの描かれたノースリーブ姿だった。

 同級生女子の部屋着を初めて生で見た瞬間だった。

 いや、正確には昨夜も何処かの誰かさんの部屋で夜を過ごしたのだが。

 部屋着じゃない、下着だった。

 勿論、眠るときもそのままだった。

 

 「何で私を見るのかな正義くん?」

 

 そんな心中をおくびも見せなかったが、さとい何処かの誰かさんの、にらめつける攻撃。そして、こわいかお。

 防御力を、ガクッと下げられながらも僕は平静を装い。

 半笑いで、

 

 「真矢さんには似合わないよな。」

 

 「つまり、私は裸がいいと? 裸しかないと?」

 

 「つまり、千荼夏の服は可愛いけど、裸は見たくないと?」

 

 「最低ね、正義くん。いえ、屑良くずよしくん。」

 

 「最低ですね、屑良くずよし会長。いえ、おさむ。」

 

 なんと豊かな読解力だ。

 正義まさよしから、屑良くずよしへの変換はわかるが、正義修司から、おさむへの変換はどういう意図だ?

 中略ということか。

 曲がり曲がって罵倒から離れていっているのに、千荼夏は気付かない。

 

 「ああ、酷い男ね。私は下着姿に、千荼夏ちたかちゃんは裸になれとそう言いたい訳ね、わかったわかった。部屋に行ってからにしましょうよ、落ち着いて正義くん。」

  

 とんだ、暴論を千荼夏の祖母の前で叩きつけられ冷汗をかいたが。

 祖母さんはそんな言葉も聞かずに、駆け足で台所へと向かっていった。

 お茶とお菓子を準備しにいったのだろう。

 

 申し訳なく思うが、いやこれは好都合だ。

 

 「それで・・・」

 

 一茶化し終わり、千荼夏は。


 「何で来たんですか?」

 

 「友達がお家に遊びに来るのに特別な"何で"が必要か?」

 

 「友達。友達ですか・・・?」

 

 千荼夏は僕の浅はかな言葉に、心底イヤらしさを感じているだろう。

 

 「千荼夏は、絶交したと感じ取ったんですけど。」

 

 招かれたのは、千荼夏の部屋であった。

 祖母の手前そうしたのだろうが、

 千荼夏は、今にも僕たちを追い出したいと言った顔つきで、自分のベットに腰かけた。

 至って普通な女学生の部屋だろうか。

 ぬいぐるみや、漫画、雑誌。

 部屋の隅で転がり、飾られているそれらを、

 荒れてると表する程ではないが、

 誰かを招くには、抵抗を覚えるだろう。ましてや異性ともなると。

 

 「ジロジロ見ないでください。正義会長。」

 

 「思春期男子は遠慮がないのよ、諦めなさい。」

 

 「貴方もですよ鉄山先輩。千荼夏の側に立たないでください。

 おばあちゃんの手前、招かざるおえませんでしたが、お茶の一杯飲んだらさっさと帰ってください、二人でどっかに更けこんでくださいね。」


 言い切り、千荼夏は自分のベットに転がり近くに置いていたファッション雑誌を開く。

 こうなることは、必然だ。

 大喧嘩というより、一方的に裏切った僕を千荼夏が好意的に招いてくれるわけがない。

 当然だ、僕もしない。

 

 「千荼夏。」

 

 「・・・仲直りですかー? 勝手にしたらいいんじゃないですか。

 勝手に謝って、勝手にスッキリして、勝手に納得してください。千荼夏は優しい人間ですから、友人のフリくらいは続けてあげますよー。」

 

 続けてね、フリを。

 高千千荼夏を調べた時。

 最初に感じた感想は、

 優しい子だ。

 老若男女、成績、性別、容姿、性格。 

 千荼夏は誰の何にも寛大であった。

 それは異常である。

 それこそが異常であろう。

 

 今ならそう判断する。

 彼女の"人食"という魅力的なわかりやすく、異常な構成用件に目を奪われていたが、

 そして、彼女のその二つの要素を結びつけられず吐瀉崩れしたわけであるが、

 1つの空論を閃いた。

 誰にでも優しく誰とでも友達のフリをする捕食者は、

 千荼夏の怒りとも悲しみとも、取れる今の様相は、

 結局のところ・・・

 

 「優しいな千荼夏。」

 

 「そうですね、何がですかね。」

 

 「間違ってたよ、僕は。すまない、千荼夏。」

 

 「謝るんですか?」

 

 何に対して?

 千荼夏の純粋な心を裏切ったことを。

 

 千荼夏の声が少しばかり揺れたことを僕は聴き逃さない。

 畳み掛ける。

 その事に謝れば、千荼夏は勝手に整理つけるだろう。

 でもそうはさせない。

 僕は君をモノにしに来たんだ。

 

 「勘違いしてたことだ、そして納得してしまったんだ。君の行為を。誰にでも友達のフリをする高千千荼夏が、朝目覚めれば腹が空く、テレビを見れば、美味しそうな餌が今日の天気予報を教えてくれる。登校しようと外に出れば、周りには餌、餌、餌、餌、餌。

 もしも、君が人間ではなく、つまり雑食動物ではなく。正真正銘の肉食動物だったなら、僕は君と友達ごっこも、仲間になることも出来なかっただろう。

 だって、無理だろう、そんなの。

 僕はピーマンを仲間に出来ない。」

 

 雑誌を置いた。

 目の色を変えた。

 

 「意味がわかりません、誰の話をしてるんですか?」

 

 身を寄せてくる。つまり、寄っている。僕の答えが。

 

 個室で、部屋着姿の美少女に身を寄せられるとドキドキしてしまうが、

 今感じる心臓の高鳴りは、興奮は興奮でも、生命の営みを期待してではなく、生命の危機を感じてだ。

 雌豹のように、四つん這いで、狩りをする獣の様に僕を仕留めにくる。

 

 真矢さんがギターケースに手を伸ばす。

 

 「君の話だ高千千荼夏。

 僕は君と話に来たんだ。だからもっと近くに寄れよ、僕の目を見ろよ。」

 

 そういい放ち、僕は両手を広げた。

 飼い犬が主人にジャレつきやすくするために。

 これが1番寄せやすい。

 千荼夏に対して、人間の言葉はあまりにも軽い。

 君が大嫌いで大好きな人間の言葉なんて。

 君が口にするのは、信頼は、言葉で濁されたものじゃないだろう?

 

 押し倒された、優しく。

 優しく首に手をかけてきた。

 優しく僕の首を絞めてきた。

 煌々と輝く瞳がよく見える。

 良い瞳だ。

 言い訳をするなら、僕は千荼夏の瞳に惚れたんだ。

 

 「嬉しいよ、千荼夏。」

 

 「だから、何を!」

 

 「君にとって僕は食べたくなる人間だということをさ。」

 

 「・・・はぁ?」

 

 瞳が揺れる。

 正直な瞳だ。

 目は口ほどにものを言う。

 おあつらえ向きの言葉だ。

 

 「仲良くなれそうですね。と言ったな千荼夏。

 君は一途な女の子だな。純粋で狡猾な、可愛らしい動物じゃないか。」

 

 噛みつかれた。

 右腕を。

 ギリギリと立てる歯が皮を引き裂く。

 血が流れるが、それだけだ。

 これが、もしライオンだったなら、鮫だったなら、ワニだったなら。

 瞬く間に、噛み千切られていたであろう。

 

 「修司くん。」


 「大丈夫です、真矢さん。」

 

 ケースに手を突っ込んだ、真矢さんに声をかけた途端、噛む力が強くなる。

 ごめんごめん、今君と話していたんだったな。

 千荼夏は首にかけていた腕を右腕に添えて、なお深く牙を立てる。

 

 脂汗が頬を伝う。

 大丈夫じゃない。滅茶苦茶痛い。

 今日は随分、血の気の多い日だ。

 男一人、女二人の関係だから、血みどろの争いも避けられないのか。

 とんだ、ハーレムだ。

 右腕を激痛に耐えて上げると、千荼夏の顔も釣られて上がる。

 釣りあげられた、千荼夏の頬は染まり朱に染まっていた。

 

 「だから、食べたんだな。家族を、両親を。

 それが、君の衝動か。」

 

 だから、食べたわけか。両親を。

 性か。

 友達も食べなくてはならない。身近になればなるほど、好きになればなるほど食べたくなる。

 それは愛情。人が人を求める。ごく普通の感情。

 

 だから友達はいらない、恋人も。友人ごっこを続ける。

 優しい子、自分から護るため距離をおく。

 

 震える左で千荼夏の頭を撫でてやると、瞳を閉じてその行為に身を委ねる。

 

 「臆病なんだな。」

 

 「そうは、見えないけど。」

 

 真矢さんは不機嫌そうに呟く。

 

 「僕も、千荼夏も。怖いんですよ。

 僕は大事な人が出来ても、きっと衝動に任せて命を張ってしまう。

 千荼夏は、大事な人を食べたくなってしまう。

 だから、距離をおくんです。

 悲しませたくないから、臆病に巧妙にそれを隠して生きるんです。」

 

 「饒舌ね。よく回る舌だこと。そんなに美少女に噛みつかれるのが嬉しいのかしら。」

 

 「そうですね、出来れば何時までもこうしていたいと思うのもやぶさかではないんですが、

 体力的にもそろそろ限界なんですよね。

 なあ、千荼夏。

 何時でも僕の右腕は噛んで良いから、そろそろ今日のところは・・・。」

 

 言葉を呑んだ。

 千荼夏が相変わらず牙を立てる中。

 恐れていた事が起きたのだ。

 

 いやそんな大それたことじゃないが。

 

 予告されていたことが、タイミング悪く始まっただけのことだ。

 

 ノックと共に、お盆をもった千荼夏のお祖母さんが入ってきたのだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れたものなのだろうか。

 お祖母ちゃんは、そのまま3人分のお茶を机に置いた。

 

 「ありがとうございます。」

 

 「ありがとうございます、お祖母さん。

 あの・・・。」

 

 僕が腕に噛みついた孫娘を撫でていることに言い訳しようと口を開く事が出来なかった。

 

 お祖母ちゃんが泣いたのだ。

 ボロボロと大粒の涙が、しわがれた頬を伝っていく。

 

 どういうことだ?

 真矢さんも僕の方を見る。

 

 この時、僕たちは。

 その涙を優しい意味に捉えたのだった。

 千荼夏の唯一残った肉親が、

 お祖母ちゃんにとっては実の子供たちを餌にしてまで、生きながらせている孫娘を、本当の姿を受け入れる友人が出来たことを涙を流すほど嬉しいのだと。

 

 いやこの時点でおかしいことに気づくべきだった。

 何で両親を食べたのに。お祖母ちゃんは食べてないんだ?

 何よりも、人食をお祖母ちゃんはどうして受け止めている?

 そこまでして、どうして孫娘を可愛がるんだ?

 

 いや、正確には僕だけが気づかなかった。

 

 言い訳をさせてもらえれば、

 僕は、本当に疲れていたんだ。

 流血に、流血に、流血を重ねて。

 喉も乾いていた。

 顔を埋めて嗚咽するお祖母さんに何と声をかけるべきなのか。

 僕も真矢さんも、いたたまれなさで、気不味さで、

 

 とりあえず、出された。

 お茶に手を伸ばした。

 そして、飲む。

 不思議な味がした。

 きっと、ちゃんと急須でいれたんだろう。

 美味い、喉が乾いていたのもあるが、茶葉の香りも味も良い。

 

 我が校には茶道部もあるのだが、彼等が何故たった1つの飲料お茶に対して、青春の時間を注ぐのか意味がわからなかったが、

 いやはや、これはこれは。

 

 今度、生徒会としてお邪魔しよ・・・・・・。

 

 ばたり。

 ばたり。

 

 

 ・・・・・・。

 

 

 ______正義会長が倒れた。

 鉄山先輩も倒れた。

 久々に味わった熱に、千荼夏は興奮していました。

 何かツラツラと会長が千荼夏のことを意味わかんない言葉で並べていたけれど、全然耳に入ってきませんでした。

 

 うーん、飲み過ぎたかな。ごめんなさい。

 

 あれ?

 あれあれ?

 ごめんなさい?

 何で謝ってんだろう?

 

 倒れた会長は、どうやら眠っているだけだ。

 良かった、良かった。

 んん?

 何で良かったんだ?

 会長は自分から身体を差し出してきましたよね?

 ちょっとびっくりしちゃいましたけど、

 やっぱ変な人だなあと思いましたけど、御言葉に甘えさせてもらったんですが・・・。

 

 ああ、食べてしまいたい。

 その目を。

 鼻を。

 頬を。

 唇を。

 肩を。

 肘を。

 手首を。

 指を。

 大腿骨にまとわりついた肉を。

 陰茎を。

 睾丸を。

 太股を。

 膝を。

 足首を。

 爪先を。

 心臓を。

 肝臓を。

 小腸を。

 大腸を。

 舌を。

 喉を。

 耳を・・・。

 

 ああ、悔しい。

 泣きたくなっちゃうよ。

 こんなに嫌いな人間を。

 まどろっこしく、言葉なんて不純物で千荼夏と仲良くなろうとするこの人間のことを。

 

 全ての肉を、骨も煮込んで柔らかくして。

 髪も揚げてカリカリさせて。

 食べ尽くしたいと思っちゃうなんて。

 

 ムカつきます。

 意味がわからない、欲求不満なんじゃないかな。

 

 全部食べきったらわかるかな?

 でも、もしわからなかったら?

 

 前もそうだった。

 お母さんとお父さんを食べたとき。

 どうして千荼夏は泣いていたのかわからなかった。

 いや、普通に悲しんだんじゃないかな?

 

 千荼夏を殺そうとした人達とはいえ、一応親な訳だし。

 うーん、 どうしようかなぁ・・・。

 

 何か違う気がするんだよなぁ・・・。

 何でだろー?

 

 パァン。

 

 鈍い鉄の音。

 千荼夏はビックリして歯を離しました。

 だって、こんなおっきな怖い音聞いたことないし。

 しかも、真後ろで。

 

 どしりと、何かが背中に被さってきました。

 重たいなぁ・・・。

 よいしょっと。

 

 身をよじらせて重みから逃げ、その重みの主を見ました。

 

 お祖母ちゃんでした。

 お祖母ちゃんが、頭からスゴいいっぱいの血を流して倒れていました。

 右手に包丁なんて持って。

 

 「経験が違うのよ、三流め。」

 

 焦げ臭い匂いが鼻についたので、そっちを見ると。

 鉄山先輩が、けん銃を構えていました。

 いや、撃ったあとかな。

 

 ・・・・・・。

 

 ああ、そっか。

 お祖母ちゃんを撃ったんだね。

 

 

 


 

 

 

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