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アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
6/34

「鉄山真矢」

「鉄山真矢」

 

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

 0、0、0、0、0、0、0、0・・・

 

 街を歩けば見えるのは、ゼロの雑踏。

 時おり、1が。それ以上の数字の混ざっていること。

 そんな特殊なことはない。

 この国のどんな人混みを歩き回っても。

 

 最初は恐怖した。

 もし、昨日まで仲良くしていたあの人の頭上に0以上の数字がついていたら。

 それで人の顔を怖くて見えないこともあった。

 でも、慣れてしまった。

 それに。

 今はそれを受け入れている・・・。

 

 いや、中には混ざっていたかもしれない。

 でも、たとえそれが、1でも、2でも、3、4、5、6、7、8、9でも。

 気づかなかった。そんな強烈な過去も。一面のゼロに揉み消される。

 木を隠すなら森に。

 人殺しも人だ。人に混ざれば勿論、人にしか見えない。

 そりゃそうだ。人なんだから。

 

 受け入れた。

 社会が、人波が、僕が。

 

 『死にとうない。』

 

 アコヤの声が聞こえる。

 どうして?

 何で?

 

 異常事態である。

 昨夜、鉄山真矢かねやままやにも話した秘密だが。

 僕は7年前の夏。

 一人の少女を殺した。

 殺して、狐の贄にした。

 その、お陰様で僕が危険になるとこうして、彼女の声が聞こえるようになったのだが。

 だから、彼女・・・女狐だがこう表現してもよいだろうか?

 

 「ほら、小僧。」

 

 目の前の男は、僕の自己完結を待ってはくれぬ。

 タバコの煙で煤けた小さな部屋に置かれた僕。

 窓1つなく、決して外に悲鳴が届かない。

 

 そういう部屋なんだろう。

 実際、見たことはないが、ゲリラや反政府組織の拷問部屋とはこんな内装なんだろうな。

 コンクリが剥き出しの地面には引きずられて乾いた赤い痕。

 6畳にも満たない小部屋には、大の大人2人と僕。

 

 大人その1は、夜だというのにドンキホーテにでも売ってそうな悪趣味でゴツいサングラスをかけた男。

 ドレッドヘアーと呼ぶんだったか、蛇花火へびはなびを頭に乗せているような髪形で、まだ6月なのに綺麗に焼いた茶色の肌。そのうえ、ヘビー級のボクサーかと言わんばかりの肉体である。

 ニックネームをつけるのには困らない程の個性の固まりだが、ここは"蛇花火へびはなび"と名付けよう。

 街で見かけても目もかけず、近寄りたくないタイプの男だ。

 危険な匂いしかしないが、幸いにも頭の上の数字は0だ。

 それだけが、男の危険指数を下げる救いだが、

 その0はおそらく0.0じゃない。

 0.9くらい限りなく1に近い。

 確信できる。絶対この、蛇花火へびはなびは何人か東京湾に沈めてる!

 

 大人その2は、おそらくこのお店。ロシアンパブ「ラスプーティン」というヘルスの"嬢"だろう。

 布面積の以上に低い服・・・とはもはやいえない下着同然に隠しきれないスーパーボデー。金髪碧眼のロシア美女だ。

 ボンドガールみたいだ。この人も街で見かけても目を皿のようにして見つめても、声をかけれない。

 たしか、蛇花火へびはなびが、ターニャと呼んでいたような。なのでターニャ〈仮〉と呼んでおこう。

 

 ターニャ〈仮〉は、値踏みするように僕を見る。

 蛇がネズミを睨むように、蛇花火へびはなびと共に。

 そして何より、頭の上の数字が"6" だ。

 裏返しても反転させても、0にはならない6だ。

 東京湾に沈める実行者はこの人か!

 

 そんな大人二人に見まもられ僕はようやく、渡された一丁の回転式リボルバーを右手に持つ。

 それを自分のこめかみに当てる。

 当てざるおえない状況なのである。

 

 勿論、空砲でもないし、モデルガンでもない。

 きっちり、僕の目の前で先程、蛇花火へびはなびが鉛の弾を1発込めた。

 

 所謂、ロシアンルーレットである。

 ロシアンパブの閉鎖的な部屋でのロシアンルーレット。

 

 どうして、こんな状況に陥ったのか。

 時はほんの、一時間ほど前に戻すとしよう。

 

 

 

 19:22

 僕は、鉄山真矢かねやままやに渡された名刺を頼りにロシアンパブ「ラスプーティン」の店先までやってきていた。

 駅前の通りから路地を曲がり曲がって、その奥にひっそりとショッキングピンクの看板と正面には窓のない、一見さんお断りな建物。

 どうして、真矢さんがこの名刺を僕に渡したのか。

 そんなことを考えつつも、答えはまるっきりわからない。

 いや、言っていたな。

 『大人になってこい』と。

 それならば、このお店は真矢の行きつけのお店なのだろうか。

 真矢の活動柄こういうアダルティーなお店にツテがあるのも頷ける。

 むしろ、自然だ。

 個人でのビジネスであれほどのマンションに住めるほど稼ぎが得れるわけがない。

 路地裏だが、ここからでも真矢の家は見える。

 天気が良ければ学校からでも見えてしまう。

 

 そんな大それたことを個人でされては、ここらの店も商売上がったりだ。

 そういう縄張や、地盤を固めるために真矢がこの様な店に息をかけているのだとすれば納得できる。

 

 ならば。安全か?

 安全なサービスのお店なのか。

 

 正直、怖い。

 学校から直行したので、勿論僕は制服だ。

 おろおろと大人の本を買うのに狼狽える男子中学生のようにしていては、確実に補導される。

 

 あまり時間がない。

 当初の予定では。

 いや、当初の予定は僕の失言により破綻したのだが。

 それを挽回するために、今ごろは真矢さんと共に、千荼夏ちたかの家を訪れている手筈だった。

 

 千荼夏を傷つけ、真矢さんには断られ。

 こうして、大人のお店に来ている。

 

 字面だけみれば、女の子に振られたショックを慰めにきているようだが、

 まあそういう考慮もあるのかもしれないな。

 真矢さんは優しい人だ。

 かっこのつかない童貞くんを素人童貞に進化させてくれるというのだ。

 僕の進化の石は、このお店にある。

 

 そうこうと店の前でおろおろしている僕は、ターニャ〈仮〉さんに声をかけられた。

 向こうからしてみれば、店の前で高校生が立ち尽くしてる訳だから、とんだ営業妨害だったのだろう。

 見るからに敵意丸だしで、ギリギリ聞き取れるカタコトノ日本語で声をかけてきたターニャ〈仮〉さんに、真矢さんに渡された名刺を見せる。

 

 「ラードナ。」

 

 ロシア語はまったく見聞きしていないので、意味はわからなかったが、ターニャ〈仮〉さんは、態度を一変して、僕の手を取り店の裏口へと誘った。

 そうか、高校の制服を来てる少年が正面から堂々と入るわけにも行かないなと、勝手に解釈して、

 これから僕の身に起きる刺激的な時間を想い、心臓が破裂しそうなほど高鳴った。

 

 高鳴って、瞬間静まった。

 薄暗い狭い廊下を抜けて僕が案内された部屋がここだった。

 淫靡な間接照明に照らされたベットルームを想像していた僕は面を食らった。

 ベットどころか、椅子もない。

 ロシアン美女どころか、

 部屋にはゴリゴリマッチョの、蛇花火へびはなびがタバコを加えて仁王立ちしていたのだ。

 

 謀られた!

 鉄山真矢!

 僕を大人にするとは"そういう"意味でか!

 

 ターニャ〈仮〉さんは後ろ手に部屋の鍵を閉めて、僕を突き飛ばし、逃げれぬように扉を背にもたれ掛かった。

 やられる、ヤられる。

 僕は咄嗟にお尻を押さえて身を固めた。

 

 「違う、違う。俺はそういう趣味はない。」

 

 「デモ、ワリトカワイイコヨ。」

 

 蛇花火は、どうやらノンケの日本人のようだ。

 ターニャ〈仮〉さんは片言の日本語で蛇花火に話しかけた。

 

 「マヤノオトモダチ?」

 

 「ん? ああ、そうだな。そうだろ坊主?」

 

 マヤとトモダチという言葉を拾った僕はブンブンと首をたてに降った。

 それを見て、蛇花火は笑いかける。

 

 「そうか、真矢とは随分仲良しみたいだな。」

 

 仲良しという言葉に刺が含まれているような気がした。

 蛇花火は、真矢さんとどういう関係なんだ?

 そんな疑問符を感じ取って、

 

 「ダチの娘さんに、変な虫がついてないか心配なんだよ。そんな怖がるな坊主。」

  

 ダチの娘さん。

 ということは、真矢の父か母の知りあいか?

 確か、真矢さんの父親は死の商人の外国人という絶滅危惧種。

 

 そんな絶滅危惧種の友人と思えば少しは蛇花火がマトモに、見えないけど。なんとか納得できる。

 

 しかし、関係が納得できたところで状況は納得できない。

 真矢さんがこの店の人間たちと懇意にしていることはわかった。

 そんなお店に僕を誘導したのも、まあわかった。

 

 でもな。

 

 「じゃあ、坊主。大人になる時間だ。」

 

 そういって差し出された、一丁の回転式リボルバーに僕は全く納得出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、冒頭に話を戻す。

 弾が籠められたのは1発。

 籠めた後で蛇花火が弾倉を回した。

 どうあがいてもロシアンルーレット。

 6分の1で散る命を賭けた度胸試し、死の遊戯。

 

 いや、そう勝手に受け取って自分のこめかみに銃口を充てたのは僕だ。

 もし、わざわば弾を1発だけ籠めずフル装填で渡されたのなら、僕は二人を撃ってここから逃げ出せたかもしれない。

 いや、出来ないだろう。

 鉄山真矢の友人と義理の父のような口ぶりの男を撃つなんて。

 

 大人になってきなさい、と。

 

 それを僕はこう受けとる。

 ここから、正義修司まさよししゅうじの脳内変革が始まる。

 

 貴方は普通じゃない。

 いつまで受け身でいられるの?

 

 昨夜、真矢さんにつきつけられた銃口を受けた僕は異変だと。

 常にではない、衝動的に命を賭けた僕は普通じゃない。

 

 僕は試されている。

 私を理解した気になるな。

 鉄山真矢が生きてる鉄の世界。

 武器の味を知る者の世界は限りなく狭いと聞く。

 

 受けはしたが、それを受け止めてはいなかったのだ。

 

 『死にとうない。』

 

 死にたくないに決まってるだろう。

 僕はまだ歩きだしてもいないんだ。

 育てられてきた。

 力に情に愛に欲に友に。

 

 何にもまだ応えていない!

 

 受け止めてやる。

 鉄の重みを。

 死の恐怖を。

 衝動を。

 渇望を。

 絶望を。

 正義を。

 

 受け止めてなお、変わらないでいてやる。

 吐き散らかした言葉を全て真にしてやる。

 大人に試されているのなら、期待に応えたいのが子供の意地だろう。

 

 僕は引き金を引いた。

 1回。

 

 弾倉が回る。

 躊躇なく引いた引き金に少し驚く蛇花火たちだが。

 

 続けて僕は引き金を引いた。

 もう1回。

 

 弾倉が回る。

 

 「おい!」

 

 蛇花火が声を荒らげる。

 サングラスで目が見えないが、動揺している。

 何だ、案外良い奴じゃないか。

 

 僕は引き金を引いた。

 もう1回。

 

 弾倉が回る。

 

 6弾装填の回転式リボルバーの弾数はあと3つ。

 

 『死にとうない。』

 

 死なないよ。

 こんな事で死ぬものか。

 

 僕は引き金を引いた。

 あと2回。

 

 弾倉が回る。

 

 風が吹いた、耳はアコヤの悲痛な声で塞がれたが。

 肌は風を感じる。

 

 細い指が僕の右手を優しく掴んだ。

 優しくゆっくりとその手が僕の右手を誘う。

 銃口は、僕のこめかみを離れて、優しく誘う手の主の。

 

 鉄山真矢の額へとあてがわれる。

 

 「撃てる?」

 

 讚美歌のように鎮魂歌のように紡がれた声に向けて。

 

 僕は引き金を引いた。

 

 振動が指の骨を震わせる。

 硝煙の匂いとはこういう匂いなのか。

 

 アコヤの声を書き消す破裂音、鉄と鉄がぶつかる音。

 風が斬れる音。

 物体を貫く絶対的な強者の産声。

 高鳴る、翼が生えて断崖から身を投げた鳥のように。

 

 ああ、気持ちが良いな。

 

 「そうでしょう?」

 

 悪魔の頬笑みを堪える真矢さんはそう言った。

 僕が咄嗟に下げた銃身は地面を向き、

 はなたれた弾丸は、乾いた血の模様を描くコンクリを貫いていた。

 

 「わかってたの?」

 

 「いや。」

 

 「じゃあ、何で地面に向けたの?」

 

 「真矢さんは撃てない、撃ちたくないから。」

 

 「何で?」

 

 友達だからと言うつもりだった。

 けど、口から出たのはひどく僕らしくないキザったるい言葉だった。

 

 「・・・大事な人だか・・・りゃっ!」

 

 身の丈に合わない言葉に目を細める真矢さん。

 

 言い切る前に後方から強い衝撃を受けた。

 そのまま、真矢さんに覆い被さるように身体をつんのめる。

 

 「フ○ックヘッド! クレイジーガイ!」

 

 英語喋れんのかよ。

 先程までゆったりと背もたれていたターニャ〈仮〉さんは肩を怒らせ僕の後頭部を蹴りつけたのだ。

 その結果、いわゆる床ドンの体を成すのだが。

 今度は指一本の距離に真矢さんの顔がある。

 そして、真矢さんがゆっくりと瞳を閉じるわけだが。

 つまり、そういうことか。

 僕は流れのままにその艶やかな口元へ・・・。

 

 「離れろ坊主。」

 

 首根っこを捕まれて、強引に真矢さんとの距離を離される。

 蛇花火が、眉間に皺を寄せて、僕を睨み付けながら。

 

 「何するつもりだ、坊主。」

 

 「いや、ここは大人として、若い者を見守ってあげるところじゃないのか?」

 

 「馬鹿か坊主!」

 

 「ちょっと無粋なことしないでよ、パピー。愛娘のファーストキスなのに。」

 

 ん? 何か聞き信じがたい言葉が2つ聞こえたが。

 口を曲げて立ち上がる真矢さんが蛇花火に詰め寄る。

 パピー?

 パピーってパパの変化系だよな。

 ダディならぬ、パピーだと?

 

 「せっかく乗ってたのに興ざめよ。」

 

 「いや! そんなこと!」

 

 「何がそんなことですかパピー。そんなんだから、実の娘からも嫌われるんじゃないの? 初デートに娘をハーレーで送って行くなんてどんな父親よ。」

 

 ほんと、どんな父親だよ。

 蛇花火、妻帯者かよ。

 

 苦い失敗談を突きつけられてグゥの音も出ない蛇花火。

 

 「パピーって。あとそれにファースト?」

 

貴方のファーストは12歳じゃなかったのかと。


 お前も無粋なことを聞くと、ため息混じりに真矢さんは、

 

 「プロですから。キスはNGだったのよ。」

 

 そう答えた。

 

 20:05。

 今宵はまだ話が続く。

 

 

 

 

 

 

 

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