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アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
5/34

「悪人会議 第二幕」

 

 第二幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけにはいかない。

 ここは、舞台上じゃないし、照明がフェードアウトして暗転もしてくれない。

 それでも、場を転換するには十分な演者の登場であった。

 

 立ち位置も変えさせてもらった。

 合皮の二人がけのソファに僕と真矢、対して同じタイプのソファに順平と千荼夏が腰かける。

 ソファは、前の生徒会からあったので、隣の備品室で眠っていたのを回収してきたのだ。

 おそらく校長室か応接室か、そこら辺のお古だろう。

 リサイクルということで有効活用させていただこう。

 

 学校で革張りのソファに座ることが出来るなんて、中学校までの僕には考えられなかっただろう。

 今覚えばだが、学校の椅子にはカラクリが隠されていると思う。

 生徒の椅子は簡易的な木の椅子で、教師の椅子はプラ鉄の事務椅子であったのは、良い意味で明確な差を感じるものだ。

 教師と生徒。

 指導者と非指導者として、教える者、教えられる者としてのルールと姿勢をわかりやすく視覚化していたのだろう。

 

 しかし、最近の小学生に当てはまるかはわからない。

 それこそモンスターチルドレンというか、

 教えてもらう側なのに、教える側が小一時間立って黒板に時間外労働して準備した授業を披露するのに、お尻の痛くならない椅子に座り、当たり前のようにふんぞり返っているのはどうかと思う。

 一概に全員がとは言えない、

 当然真面目に姿勢正しく聴いてそれを自分の知識にしようと必死にノート、最近はルーズリーフか?

 にまとめる生徒もいるだろうが、傍目で見るとそう考えてしまうのだ。

 昔は良かった・・・などと年長者を気取るつもりはないのだが、そういう姿勢は今の若い者にはしっかり理解してもらいたい!

 だから、何様だよ・・・と。

 

 私立校なぞ、ホテルみたいな外観だからな。

 妹の私立校のパンフレットを見せて貰ったことがあるが、ヘリポートまでついてたぞ、誰が当校するんだよ・・・ドクターヘリ用か?

 

 「なに、CAPCOM製のヘリみたいな、顔してるのよ。」

 

 隣で良い香りと声がする。

 どんな顔だよ、殴りたいって意味なのか?

 1発撃ち込んで墜落させたいということか?

 真矢さんは何処からか、持ちだしたカップでコーヒーを飲んでいる。

 まったく贅沢の限りである。

 

 「RPGを撃ち込まないでくださいね。」

 

 「家に置いてきたわ。」

 

 「持ってることに衝撃です。」

 

 「意外性は小出しにしていきたいのよ、ね。石火矢くんもそうしてる輩でしょう?」

 

 皮肉な香り、それが順平に対する鉄山真矢の基本姿勢なのか、

 どちらにしろ多少攻撃的なニュアンスの言葉尻に対して順平は、にこやかだ。

 確かに石火矢順平に対してそんな風な口を聴く人間はいないので、それが珍しく、喜ばしいとしても、わからなくもないが・・・いやわかりたくないが。

 真矢さんの口激を嬉しがる、この男はやはり異常である。

  

 「そうですね、飽きられないための処世術みたいなものでしょうかね。」

 

 「リアリスティックな考え方ね。」

 

 順平も真矢さん何処から持ってきたんだかのコーヒーの相伴にあずかっている。

 この二人は存外に気が合う。

 幼稚に表現すると二人は"大人"なんだろう。

 経験も考え方も、僕と同じ年代とは思えない。

 1年の差では越えれない壁を感じる。

 そうやって二人を、同じ部類とすれば自然と千荼夏の様子が気になる。

 人は周りを見て自分と同等の人間を見つけては安心する。

 鏡でも使わない限り、自分が見えない以上、仕方がない。

 僕も千荼夏もこの二人に比べればまだまだ子供なのだろうと。

 

 千荼夏は真矢さんとのイザコザで、へそを曲げたように、今度はパックのイチゴミルクにストローを挿し、グニグニ噛みながら飲んでいる。

 2対2で席についたのは、男女比、真矢さんと千荼夏を離す、真矢さんと順平を離すといった狙いだったのだが、

 箱をあければ、千荼夏は独り。

 暇そうに僕らの会話に耳だけを傾けてデコデコのiPhoneをいじっている。

 露骨である。

 イチゴミルクとブラックコーヒーというのも。

 ちなみに僕が飲むのは甘いカフェオレだ。

 表記はエスプレッソだが甘い。

 

 「使いづらくないのか? 千荼夏の携帯。」

 

 「え? 慣れですよ慣れ。可愛い方が持ちたくなるじゃないですか? 会長もそうでしょうー?」

 

 キラリと音をつけて千荼夏は僕と相席する真矢さんを見る。

 何だ嫉妬か、可愛いやつめ。

 

 「三人がけのソファを備品として注文しようか。」

 

 「いっそのことキングサイズのベットでも頼んだらどうですかー?」

 

 随分と毒づいてくるな。

 うむ、思考する。

 

 どうやら、千荼夏は僕と真矢さんが特別な関係だと思っているのだろうか。

 まあ一概に否定は出来ないが。

 といっても雇用契約のクリーンな関係だ。

 労働法的には違法だが。

 

 はて? 何故だろう?

 高千千荼夏は正義修司と鉄山真矢と、現在3人のこの組織において、独りになるのを恐れているのか?

 愛執という訳ではないだろう。

 千荼夏と僕は友達だ。そういう話になっている。

 真矢さんとの関係は何ら干渉ないだろう。

 

 何を恐れることか。

 他人を理解するにはその人物の恐れを理解することが最も容易い。

 

 「そうすれば、保健室いらずですねー。」

 

 「僕はあまり使わないがな。」

 

 「優等生ですねー。眠くならないですかー?」

 

 「保健室は寝る場所じゃないぞ。」

 

 「そうでした。帰る口実作りのところでしたー。」

 

 「それも違うが・・・千荼夏は家っ子なのか?」

 

 家っ子ってなんだ?

 家が大好きな帰宅部を可愛らしく言い変えただけだがな。

 

 真矢さんと順平は、黙って僕たちの会話を聴いている。

 スポットライトが当たっているのは僕と千荼夏。

 無言の圧力を感じる。

 真矢さんは、僕を見ている。

 順平はいつも通りの嫌がらせだろう。

 

 性急に千荼夏を理解したいと思う。

 友情を成立したいと思う。

 

 まだ3人。

 小さな組織とはいえ、個性的な面々を5人揃える以上、早く二人とは。仲良くなりたい。

 真矢さんとは近寄れた気がする。

 というより相性が合いそうで、歩みよりに歩み板を渡し、気を使ってもらったというか。

 過程をずらさず家庭の話を広げたんだが。

 

 千荼夏も同じようにと。

 僕は広げる話を決めるのに安直だった。

 こういう駆け足に。

 前日の"成功例"を参考にと事を進めようとすると、

 大体失敗する。

 

 「他にやることありませんしー。」

 

 えっと・・・。

 続きは・・・。

 

 「学校でお話するのも好きですよー。部活動とか入ってたこともあります。

 でも、そうですね。千荼夏はお家が大好きですー。

 おばあちゃんと二人ですけど、千荼夏の唯一の家族ですから。」

 

 それは知っている。

 下調べはしている。

 

 「家族が1番ですよー。」

 

 それは知らなかった。

 

 僕は本当に知らない。そう感じたことがない。

 姉さんも妹も、母親も、一応父もいる。

 それが普通なんだ。

 普通で普通の普通が普通に普通なのである。

 

 じゃあ千荼夏の両親は?

 昨夜、真矢さんから聞いた普通じゃない家族構成の事が脳裏を、霞める。

 

 「両親とは暮らしてないんだな。」

 

 そう話を続けた。

 後から考えれば何と無謀な問いかけか。

 考えれば予想できそうなものだろう。

 

 昨日ひとしきり考えてたよな。

 

 『うちは放任主義ですから』

 

 娘の性質を見逃す親がいるのか?

 その性質の娘を親が、放任するのか?

 もしかしたら、親もその類なのか?


 決定的に僕は失敗した。

 

 ほんと、無駄なことばかり考えてるよね、修司。

 無茶で、無体で、無機物な脳ミソだね。

 頭に何が詰まってるんだい? 修司。

 

 無謀なところか暴言だ。

 

 「ええ、食べましたから。二人とも。」

 

 そうだろうな、と。

 聞きたくないことを言わせてしまった感。

 

 後悔先に立たず。

 覆水不返。

 順平が皮肉にも微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓談が間断した。

 18:27。

 千荼夏はそそくさと帰っていった。

 いや、予想していた最悪の事態は逃れたわけだが。

 僕の無邪気な言葉に、千荼夏が牙を剥いたとか、絶交されるとかと激しい反応を示さなかった。

 

 反応しなかったということは、彼女にとってそこまでの事だったのだろうか?

 

 いや、仮にも肉親だろう。

 それを喰った。

 ライオンや虎にしろ育てた親を食べることに何の感慨も抱かないわけがないだろう。

 言葉に出さなかった、いや出せなかったのかもしれない。

 もしかしたら表情に目に、出ていたかもしれない。

 後の祭りだが。

 

 僕は何処かまだ、混沌に染まりきれていなかったらしい。

 彼女の個性をファンタジーに捉えていたのだ。

 机上之論というか、頭内之論というか。

 

 人が人を食べることとは?

 

 真矢さんの事は想像できた。

 武器で人が人を殺すことは想像できたんだ。

 彼女の強さと美しさに僕の頭の中でそれらが釣り合った、僕の中でそう処理された。

 いや、そうは言っても実際彼女が銃を、例えば順平を撃ち殺したとしたら、僕は乱れずに彼女を見ることができるだろうか?

 わからない、それはわからないが千荼夏の事に関しての僕の反応はわかった。

 拒絶だった。

 

 発作的に起きた、

 目の前にいる可愛らしい同級生が、

 小動物の様に愛らしい彼女が、人を食べる。

 

 両親を食べたことを想像して納得して、

 そして吐いたのだった。

 

 千荼夏の言葉に僕は、吐いたのだ。

 

 『・・・大丈夫ですか? 会長。』

 

 そう、千荼夏は僕にハンカチを差し出した。

 正直、僕自身何が起きたのかわからなかった。

 

 だけど、

 ハンカチを受け取った手が震えていたこと。

 そして、千荼夏の言葉を聞いた僕の目。

 

 それを見つめて

 千荼夏がとても、とても切ない目をしたのはわかった。

 綺麗な、十五夜の満月の様な円らな瞳を濡らしていた。

 

 馬鹿だった。

 千荼夏の瞳を覗いて初めて僕は僕を見たのだ。

 昨日はあんなに嬉々として、千荼夏を受け入れようと。

 そんな君が魅力的だとか、何だとか・・・

 僕の拒絶反応に対して、千荼夏がどう感じたのか、

 それが痛いほどわかってしまう。

 

 謝らなきゃ。

 でも何て声かけて?

 やっぱり君を受け入れられない、ごめん?

 人を食べるなんてオカシイ。直してほしいとか?

 でも、そんな風に普通になった君は必要ない。

 そうだ、血を吸うだけならどうだ? 吸血鬼の少女なんて魅力的じゃないか?

 

 全く押し付け押し付け、

 何と美しい友人関係だろうか・・・

 

 「間抜けだね。」

 

 千荼夏が出ていってから、真矢さんが吐瀉物の処理をしてくれたようで、酸っぱい匂いも開け放った窓から外へと流れたようだ。

 

 「やっと、頭の整理がついたのかい? 相変わらず鈍間だねぇ、修司。」

 

 「素が出てるぞ、順平。」

 

 「今は僕と君の二人だからね、真矢くんはシャワーを浴びに行ったよ。誰かのゲロを浴びてね。」

 

 「そんなに?」

 

 「ああ、隣に座っていた真矢くんと目の前に座っていた僕には降りかかったよ。いやぁ、やっぱり席を千荼夏くんと逆にしといて正解だったね。

 気持ち悪い人食いめ、と罵られたうえに吐瀉されるなんて、可哀相すぎるからね。」

 

 「そんなこと・・・いや、言ったようなものか。」

 

 そう聞こえたかもしれない。

 酷い裏切りに

 感じたかもしれない。

 

 「本当に変わらないな君は。

 さて、今から言う台詞で今日の僕の出番は終わりだよ、修司。

 後は真矢くんとゆっくりしたらいいさ。

 うん、うっうん!

 あーあー、んーんー・・・。

 僕はうれしいんだよ、修司。

 君がやっと、自分への罪と罰を受け入れて"才能"を活かそうと行動に移したこと、全て受け入れてはいないだろうね。受け入れているなら、君は真っ先に、千曲ちくまくんに協力してもらっているはずだよ。

 彼女の力は絶対に必要になる。

 まぁ、これは結果論。修司が誰から選びとっても結局は4人選ぶ訳だ。役員の開示日まであと5日。土日も挟んで残り3日か・・・性急に人事を尽くしたいのはわかるが、人心を掴むのは容易くないよ。いつ決意したのかわからないが、普通は前以て決めておくものだけどねこう言うものは。そうだろう?

 総理になってから、大臣を探す総理大臣が何処にいる?

 会社を設立してから、役員を探しては念願の自社が潰れてしまうよ。

 それでも、手後れではない。出遅れだけどね。

 だから、最後に僕の愛しい親友にアドバイスだ。

 先にも言ったが『今夜は真矢くんとゆっくりしたらいいさ。』」


 石火矢順平はける。

 放課後の教室に僕だけが残された。

 久々に聞いたな順平の"お節介" "諫言な甘言"。

 

 はぁ・・・効いたな。

 お陰で、一層逃げ出したくなった。

 大人ならタバコの1本でも吸いたい気持ちだろうか。

 

 これじゃ普通どころか、僕はそれ以下じゃないか。

 真っ当さや、平凡を避けるために悪足掻きして、

 結果、出遅れなんて。

 

 ガチャリ。

 

 「また、ドアの前で耳をそばだてていたんですか?」

 

 「いいえ、ただ直感で石火矢くんの顔を見たくない私の感性が勝っただけよ。」

 

 順平が、もしかした千荼夏が戻って来るわけがない。

 誘惑的な香りと声。

 

 真矢さんが塗れた髪を拭きながらソファに腰かける。

 CMに出るような綺麗な白の下着姿である。

 そういえば最近、下着ブランドのCMを見ないな。  

 

 「すいません、汚してしまったみたいで。」

 

 「ああ、慣れたものよ汚されるのは。吐瀉させられたのは初めてだけどね。

 良かったわね修司くん。私の初めてを奪えて。」

 

 「吐瀉の初めてなんて奪いたくないですよ。」

 

 「じゃあ、何の?」

 

 「何の・・・うーん・・・一緒に水族館に行ったりとか。」

 

 真矢さんが目を丸くする。

 止めてくれそんな反応は、中学生のデートプランでもあるまいし、恥ずかしくなる。

 今、とてもナイーブだから曖昧な返しに上手い返しができないんだ。

 

 「正解。でも今どき水族館なんて。ペンギンさんが見たいかな。」

 

 そう言い真矢さんは、さながら人魚のように身体をしならせる。

 歌も上手そうだ。

 泳ぎも上手いだろう、リトルじゃないマーメイド。

 

 「同年代の人となんて出掛けたことないから、デートという選択肢を取った段階で正解なんだけどね。」

 

 「あっ・・・」

 

 「どう? 私?」

 

 「どうって?」

 

 ドンッ。

 しなやかな生足が眼前に伸びる。

 同時に頭頂部に痛み、この痛みは懐かしい。

 昔、妹に髪を引っ張られたモノと同じだ。

 首が90°上を、向けさせるために。

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 艶のある桃色の唇が恐らく、指2本分ほどの距離にあるだろう。

 自分の顔を鏡以外で見るのは、やはり落ち着かない。

 そして、その鏡を支える美しく豪奢なパーツも。

 

 「今、私が貴方にキスをしたらどうする?」

 

 「はっ・・・え?」

 

 「・・・幻滅する?」

 

 「・・・しないと思う。」

 

 「・・・本当に?」

 

 「だと・・・思う。」

 

 「嘘ね、いや、本当か。」

 

 「えっ・・・っ!?」

 

 頭蓋骨に鈍痛。

 頭突き・・・されたのか。

 鈍い音と激痛が同時に届く。

 

 「ハッキリしない受け身ね。」

 

 ゴツッ。

 

 「いつまで、そう居るつもり?」

 

 ゴツッ。

 

 「ねえ、しっかり見なさいよ。」

 

 ゴツッ。

 

 「貴方を。」

 

 ゴツッ。

 

 「私を。」

 

 ゴツッ。

 ドロリ・・・。

 血が出たのか。

 

 「正直になりなさい。」

 

 ピチャリ。

 頭を振りかざした拍子に赤い液体が降り注ぐ。

 僕の血ではない。

 他人の血液とは温かいんだな。

 

 「やめ・・・。」

 

 「貴方はどうしたいの?」

 

 「どう・・・。」


 「そう・・・。」

 

 これは普通の感情なのか。

 赤い液体に顔を濡らした鉄山真矢がこんなに美しく思えるのは。

 

 「大丈夫、貴方も普通じゃないわ。」

 

 普通じゃない。

 

 「普通じゃない?」

 

 「どう考えても普通じゃないでしょう。何で血が流れるまで頭を打ち付けられてそこまで、受け身でいられるのか。十分異常よ。」

 

 「・・・。」

 

 それは自暴自棄なだけかもしれませんよ。

 

 「異常何て。あり得ないわ。間違えた。常に異なり続けるなんてあり得ない。言うならば異変ね。」

 

 熱が離れる。

 暑くなり出した季節であれど、人肌とは常に恋しいものだ。

 

 「千荼夏ちゃんをどうみるの? 異変? 異常?

 私はどちらかと言えば異変と見るわ、私と似てね。

 貴方とも似てる。

 貴方が、昨夜銃口を向けられても全く臆せず頭を差し出したことも異変よ。

 彼女は喉が乾いたら人血を飲んでた?

 お腹が空いたら、学校の友人の前で弁当箱から人肉を出して食べたのかしら?

 常ではないのよ、衝動だから。

 私が"子供"を撃ち込みたいのも衝動。

 千荼夏ちゃんが、人肉恋しくなるのも衝動よ。

 貴方が命を天秤に乗せるのも衝動。

 だから私はさして彼女を恐れない。

 さしてね、それは恐いわよ。その衝動が自分に向かないか、どうか。あの娘の隣で安らかに眠ることなんて出来ないでしょう。

 でも、そうやって恐れてしまうことが同時に私を恐れる誰かの感情でもあるのよね。

 それって特別なことかしら?

 私たちだけのことかしら?

 貴方が寝込みを襲ってきて、私が抵抗しようと枕元に手を入れる前に両腕を押さえられたら。

 衝動的に修司くんが私を襲うことだって、そうした、変化が起こることだってあり得るでしょう?」

 

 あり得るだろうか?

 あり得ただろうな。

 強く打ち付けられた頭と流れ出る血液で、真矢さんの言葉も表情も行動も、上手く処理できない。

 千荼夏に借りたハンカチで額を押さえる。

 真矢さんは流れる血を気にすることなく、新しいタオルをカバンから取り出し肩からかける。

 ただ眺めながら、呆然と、痛みで霞が晴れていく感覚だけを感じている。

 

 「その、ハンカチもう返せないわね。」

 

 「・・・いや、返すよ。」

 

 フラフラと立ち上がる。

 これはいい感覚だ。

 余計にことを考えて、足ぶみするのが馬鹿みたいになってくる。

 

 「直ぐに返さなきゃ。血が固まってしまったら、汚れを落とすのも大変だ。そうだ、今日にでも返しに行こう。」

 

 「なにその、言い種。」

 

 クツクツと笑う真矢さん。

 

 「傷、残らないですか?」

 

 「さぁ・・・見える傷なら、別に良いのよね。

 つけられた外傷は時間が経てば治るもの。

 修司くんに付け入る理由にもなるし。

 それで、追っかけるの?」

 

 千荼夏ちゃんを。

 その後は?

  

 「あと・・・。」

 

 「石火矢くんに何て言われたか知らないけど、酷い顔だったからハンサムにしてあげたのだけど。まだ足りないんじゃないの?

 あの娘をモノにしたいんでしょ? 」

 

 「真矢さんのように。」

 

 「殺すわよ。」

 

 私を理解したつもりになるなと視線を刺す。

 

 「すいません、今のは失言でした。」

 

 「かっこつけないでよ、童貞くん。」

 

 そう言い放ち、彼女は1枚の名刺を僕に投げる。

 

 「大人になってきなさい。」

 

 ショッキングピンクの名刺にはお店の名前と番号と住所が書かれている。

 

 「ロシアンパブ『ラスプーティン』?」

 

 「お小遣いもあげようか?」

 

 何を言ってるんだ鉄山真矢は。

 

 「厚意として受けとりますけど、真矢さん僕は・・・」

 

 一緒に、千荼夏のところへ行きませんか。

 まだ手後れじゃない。

 何て言えばいいかまだわからないが、彼女の目を変えたい。

 いやそこに映る僕をだ!

 

 そう、言い切る前に彼女はまたシャワーを浴びに行ってしまった。

 今度は血を洗いに。

 

 残された生徒会室で

 ただ渡された名刺を持ち、僕は呆然とした。

 どうしろと、鉄山真矢は僕にどうしてほしいんだよ。

 

 いや、それは聞いたな。

 大人になってこいか。

 

 改めて投げられた名刺を見る。

 駅前だな、呑屋街の一角だろうか。

 クルリと裏返してみると

 後から書かれたシャーペンの文字と数字。

 

 鉄山真矢

 090-XXXX-XXXX

 

 先ずは大人になってこいと。

 そう受け取って、僕は時計を確認する。

  

 「・・・行ってきます。」

 

 18:50。

 

 夜はまだこれからだ。

 

 


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