「石火矢順平」
「石火矢順平」
「あら、遅かったのね。おはよう、2時間ぶりね。正義くん。
あ、やっぱ寝癖直しきれなかったのね。ヘアアイロンを貸してあげようか? って言ったのに、頑なに断るんだもん、女々しいって。修司くん。
昨夜は、隅から隅まで、心から身体まで、心臓から爪の先まで、お互いに見せ合ったのにね。修ちゃん。
それにしても一夜を共にした高校生が周りにそれを悟られないように、時間をずらして登下校するなんて、青春してるわね、私たち。」
教室の空気が凍りつく。
いや、そもそも彼女が。鉄山真矢3年生が、2年生の教室。それも、僕の席に腰掛け居座っていた時点で教室の空気は凍りついていただろう。
だから、その凍りついた空気を粉々に砕いたと言った方が正しいだろう。
「酷い認識の差異が僕たちに生じていると思うのですが、鉄山さん。鉄山副会長。」
「あら、上手い牽制ね。もっと慌てふためき、頬を染めた、正義会長が見たかったんだけどなぁ。」
ざーんねん。と肩肘を僕の机につき頬を膨らませる、鉄山真矢 三年生。
どうやら、僕への軽い悪戯のようだったらしい。
まぁ、概ね合ってはいるけど、ニュアンスが違う。
「泊まっていくのは、いいけど、正義くんは、居間のソファで寝てね。」
「あ、ああ。」
「なに? 一緒に寝れるとでも思ってたわけ?」
拳銃を片手に睨まれてた。
大の大人でも恐怖を、覚えないはずがないだろう。
細心の彼女には似つかわしくないハンドガンとカテゴライズして良いのか疑問を持つデカイ拳銃。
女性や子供が撃てば肩が外れるほどの反動があるという拳銃を、枕元に隠して眠る鉄山真矢は、とても強固な貞操観念の持ち主のようだ。
彼女の沸点がわからない。
いや、そもそも女性としては一般的な反応だとは思うが。
金さえ払えば誰とでも寝る女。
そんな陰口などは耳にタコが出来るほど聞いているはずだが、
僕にそう思われるのは嫌らしい。
「私は、自分の価値を下げる真似はしないわ、正義くん。
クラスの人間に何言われても結局、あと半年もしたら一生会わない相手方のこといちいち気にしても無駄でしょう?
貴方もそうなのかしら?」
「いや、そのつもりはない。」
「そう。じゃあ、枕くらいなら貸してあげる。おやすみさん。」
そんなこんなで眠りにつき、今朝がた着替えと荷物を取りに帰宅し、こうして登校してきたわけだが。
彼女の軽い悪戯で、軽く社会的抹殺されそうだ。
未だにざわめく同級生たち。
ひそひそとその会話に耳をそばだてる。
僕の日頃の行いの良さで、もとい鉄山真矢の日頃の行いの悪さで、僕の潔白は証明されそうだ。
それよりも、鉄山真矢を副会長と呼んだ僕の発言にこそ波風をたてているようだ。
僕は姓に倣い、真面目で真っ当で、ただその真っ当さを実際に行動にうつしているのだ。
正義が、所属したクラスは、非行、暴力、邪な行為が一切無くなっただとか。単純に僕の名前を怖れただけだ。
隣町の不良高校に単身乗り込み、番長をタイマンで倒しただとか。単純に視察で他校をふらついてるだけだ。元気一杯な男の子たちには興味がない。
父親の仕事。いわゆる警察活動を、影ながら手伝っているだとか。
これは。
いや、実際小遣い稼ぎに、探偵の真似事をしたこともあるが、何せ人が人を殺した数がわかる自分。
犯人なんて、一目見ればわかる。
でも、それは個人的バイトの話で、父がそういう曲がって得た力なぞ頼るわけがない。
そもそも、父にはこの力をのことを話していない。
ちなみに我が校は、受験の関係もあり基本的に2年生が生徒会役員となるのだが、
鉄山真矢は素行な問題だが、成績は非常に優秀なのだ。
噂では、というか本人から聞いたが、有明私立大学への推薦が既に決まっているらしいので、例外的に彼女の役員入りは可能である。
学生という身分は言い隠れ蓑になる。
勿論、生徒会活動をおごそかにするつもりはなし。
鉄山真矢の悪評も自然に消えよう。
僕が、わざわざ生徒会役員として、"仲間"を募っているのは、そういう側面もある。
1番は生徒会室という、大人から、隔離確立された場所を確保できることだが。
真矢、千荼夏を他の勢力から守ることが出来る。
他の勢力と言ったものの、所詮、学内組織に限るが、目の届くところで彼女らの個性を衆目に晒させない抑止には適しているだろう。
副会長、書記は揃った。
昨夜、いつの間にかシャワーだけ浴びてそそくさと何も言わずに帰った、千荼夏だが、今朝がた2年の教室で見かけ、
「いやぁ、あんなアダルティな話し合い千荼夏には無理ですよー。」
と、帰った、理由を言っていたが、
放課後、生徒会室で会議を行うと言うと、
二つ返事で了承してくれたので、まずは千荼夏を。
そして、
「ああ、別に良いわよ。学内では特にやることないし。
ただ、私の"課外活動"に関しては正義くん。貴方どう考えてるの?
仮にも生徒自治の副代表なんて肩書きを語らせられたら、私も、今まで通りというわけにはいかないわよね?」
「妥協案があるんだが、提案してもいいかな?」
「どうぞ。」
「僕個人が鉄山真矢を雇う。」
「あら、欲張りさんね。」
「そうだ。僕は強欲なんだ。
君の肉体を僕が買おう。」
「いくらで? あと労働条件と。」
「月200万でどうだろうか?」
「本気で言ってる?」
「ああ、本気だ。なにぶん僕は学生の身分なんでね。個人的なバイトで得たお金は全て貯蓄している。その貯蓄を崩すだけで、君を1年は雇える計算だ。」
先にも述べたが、個人的なバイトとは探偵業。
警察関係、裏社会の人々、一般家庭。
調査協力費として、僕も学生の身分には余りにも巨額の金を手にいれている。
「ふーん、使いどころが上手いわね。その力。」
「金額はそれでいいかな? 」
「ええ、なんならサービスを付けてもいいくらいね。」
内腿を優しく撫でる手に心が揺らぐ。
「そ、それは、魅力的だが。今のところは遠慮しておくよ。
条件としては、真矢さんには生徒会活動と、僕の護衛をしてもらいたい。」
「ふふ、いいわよ。」
鉄山真矢も了承してくれた。
彼女の"子供"は僕のバイトでも、きっと役にたつので、こちらとしてもかなりの好条件だ。
あと2人。
会計と庶務。
役職にさして意味はない。
ただ、僕を含めて5人。
真矢と、千荼夏以外に僕が目をつけた、この学校にいる"個性豊か"な生徒。
いや、正確にはもう一人・・・
「おや、こんなところに居たんだね、鉄山さん。思いもよらなかったよ。
それに修司も、おはよう二人とも。」
僕と真矢に向けて話しかけてくるキザったらしい声。
何が思いもよらずか、知っている癖に。
僕の拙い紹介を省いてくれたことには感謝しよう、石火矢順平。
「あら、石火矢くん。私を探していたの?」
「そうそう、もうすぐホームルームが始まるからね。クラス委員の僕が、君を探していたのさ。」
きっと、高校生になった花輪君は、こんな奴になるだろう。
「ここは、2年生の教室だぞ、順平。朝からモデルばりの見映えを持つスーパー高等生が二人も。僕の机に集うなんて、これはちょっとした事件だな、そう思わないか?」
僕は、石火矢順平にそう言った。
石火矢順平3年生。
鉄山真矢とは同じクラスの、我が校演劇部の主将にしてエース。
演劇部という文化系の部活動、いや、演劇を文化系という枠に含ませるのは些か、間違えのような気もするが。
文化系の部活においてのエースとは?
エース。
野球部でいう、4番バッター、先発投手。
サッカー部でいう、フォワード、司令塔。
柔道部でいう、先鋒、大将。
スポーツにおいて、チームに欠かすことの出来ない大黒柱。
では、演劇部のエースと呼ばれる、石火矢順平は?
彼は産まれながらにして、物語の主役なのだ。
ロミオとジュリエットのロミオ。
マクベスのマクベス。
勧進帳の弁慶。
美女と野獣の王子。
身長183㎝。日本人離れした、薄く筋肉を装飾したモデル体型。
切れ長の瞳に、非の打ち所のない顔のパーツとバランス。
街を歩けば老若男女が注目し、芝居をすれば、その見た目と存在感で全てを虜にする。
甘いマスク、甘い声色。
というのが、彼の様相。
真矢と並べて、美男美女。
日本全国の美人指数の半分がこの二人によってしめられていそうとも錯覚をする。
「あらそう、それはそれは御足労かけました。お疲れ様。
私は勝手に戻るから、石火矢くんも、さっさと戻れば。いや間違えた。さっさと消えてよ私の前から。
貴方は、周りにバカ丸出しのメス鳥、メス猿にピーチクパーチク、ウキーウキー言って貰い続けなければ死んじゃうんでしょう?
貴方にとって女性っていわば呪いのアクセサリーでしょう?
外したら息絶え絶えに死んじゃうような、いわく付きの。
ごめん、ごめん怖い顔しないでよ。良い顔が台無しじゃない。台無し、台無し。不細工な顔がもっと不細工に、なっちゃうじゃない。硫酸でも浴びせましょうか?
トミーリージョーンズにはなれなくても、ポイズンアイビーに絡まる蔦くらいの見てくれにはなるんじゃない?
だって石火矢くんの存在価値ってそれしかないんですから。
ああ、別に悪い意味に取らないでね。
蔦は素敵よ、情熱的に絡みつき緑々しい。
貴方はそうやって、メス鳥、メス猿の養分になるのが、なることだけが生きる理由だものね。
理由というより運命?
運命という名の自己満足かしら。ねぇ修司くん、貴方もそう思うでしょう?」
長い間。
もとい、周囲の沈黙。
「いやぁ、相変わらず素敵だね、鉄山さん。
ここで僕が黙りこんでいると苛められてるみたいだからね。そんな、可哀想な目に鉄山さんを晒させるわけにはいかないね。
うん、じゃあ、なんと言おうか。
ありがとう。鉄山さん。
僕が1番好きな文字列と表現を全て使って僕を表してしれて、やっぱり、鉄山さんのことを修司に教えたのは正しかったね。」
「相変わらずの気味悪さで安心したわ石火矢くん。
朝から肌が逆立ったわ。清々しい朝ね。貴方をみてると七つの大罪とは何か? を理論的に発表できそうだわ。
そこらへんのピーチクパーチク、キーキーキーにも分かりやすく言うと、ラジオ体操みたいな。
ああ、案外良い表現ね。
日本人に染み付いた慣習のように当たり前の気味悪さを持つ石火矢順平くん、おはよう。」
真矢は手短な挨拶を順平に済ませる。
文字面だけみれば、二人は犬も猿も裸足で逃げ出すほどの仲のようだが、それは違う。
互いに互いの本性を理解している。
僕くらいしかこの界隈で知らないと思っていたが、真矢はどうやら順平の性質をわかっている。
順平も重々理解している。鉄山真矢を。
何処までもお似合いの二人で少し妬いてしまう。
漫画や、アニメーション、映像の向こう側に存在するような完璧な石火矢順平が、どうして現実に存在しているのかを理解している。
おそらく、無意識に。順平の持つマイナスを。
完璧な創り物のような石火矢順平を引いて曳いて挽いて轢いて、現実に貶めるだけの負の要素を、負の側面を。
「じゃあ、戻りましょうか石火矢くん。貴方も遅れたら私が気持ちよくないもの。」
「はい、そうしましょう。じゃあね、修司。また放課後。」
貴方も?
真矢が順平の去り際の言葉に、引っ掛りを覚えたようだが、
我がクラス始まって以来の朝の珍事は、こうして終息した。
タイミングよく予鈴が鳴り、クラスメイトたちの追及を先伸ばしにして、僕は席についた。
僕の目の前の席はいつも通り空席だ。
担任の先生が教室のドアを開けて、きっちり30秒後。
「おはようございます!」
勢いよく、後方のドアが開き、駆け足で僕の前の席へと腰かける少女。
「おはよう! 正義くん。」
「おはよう、千曲さん。」
こうして、いつも通り僕の1日は始まる。