閑話「死神は笑う」
同時期。修司たちの起こした騒ぎとは別の事件が新宿区で起きていた。
「死神は笑う」
死神の祝福を受けた一人の女子中学生がいました。
悪いことをした人は死ななければならないのです。
神様はとても多忙なので、現世の悪人を地獄に送るために私のような使徒が必要になります。
私は今日も天啓を授けにいきます。
今月はお小遣いを使いすぎちゃったので、丁度いいです・・・
新宿駅近くの、チェーン店居酒屋の個室で、江田岳人は折れた前歯を見せびらかすように口を大きく開いて笑う。この笑顔が出ると"いつもの話"が始まるのは、呼び出された4人の舎弟たちは理解している。
「あれは、俺が小学の頃だよ。
初めてネンショーに入ったときのさぁ。ナヨナヨしたキモい奴がいたわけよ。ガキのころだから大した事も出来ねぇってナメてたわけよ。ヘラヘラとダッセェ眼鏡をキラキラさせて笑うわけよ。カッチンきてよー。カッターでよー。見せてもヘラヘラヘラヘラしてたからよぉ。手とか、足とかだろ? って思ってたんだろソイツも。なんて、名前だったかな覚えてねえわ。お前らは昨日ヤった女がつけてた香水の匂いを覚えてるか? 覚えてるわけないだろう、どうでもいいからなぁ。周りにいた奴等も俺が、脅しでやってるだけだろう? ってナメた空気だからよぉ。」
目の前に座る舎弟の首に割箸を横凪ぎに動かし、
「こうやってよう。首だぜ、首。マジで。あれって結構切れんのな? カッター。プシュッて音がしたんだぜ! マジでプシュって。え? ビビったかって? そりゃ、ビビるぜ、母ちゃんに買って貰ったシャツに染みが出来ちまう、やベェなあってよう。教室の中が血の海だぜ? 机も床も。みんな正直、うわぁウゼエって思ってたんだろうよ。黒いランドセルも真っ赤になっちまって、女か男かわかんなくなっちまったもんな! 葬式には誰もいかねえよ、死ぬときまで迷惑かけた眼鏡に誰が御悔やみを申し上げるかよって話だろう?」
安い水割りの焼酎を片手に上機嫌で"武勇伝"を語り終えた江田岳人。
愛煙するセブンスターを加えながら、ケラケラと笑う顔は死神を思わせると、小学校当時からの舎弟、帆川久人は感じている。以前、江田の後輩が間違えてボックスのセブンスターを買ってきた際、江田は胸倉を掴み、その後輩をネオンライトとカーライトで輝く新宿通りの道路にぶん投げた。
今日は誰も。いや、自分だけは五体満足であってほしいと。チンピラや、酔っ払った大学生たちと喧嘩しても、自分だけが安全であればいい。そして、こぼれた蜜だけを吸えれば満足だ。江田は腕っぷしが強いから、ここらでも喧嘩は負けなしで、ヤクザさんたちにも一目置かれる存在だから。
自分の未来は安泰だよ、何時までも昔の"やらかし"を自慢げに語る時代錯誤のジョンウェインが死のうが、生きようが。
こいつに長年使えてきた自分も一目置かれる存在になっているのだから。首輪のつけれない子熊よりも、金の鰹節が大好きな猫の方が、彼らにとっても"利益"になる。
もう少し、語らせてやるよ江田くん。
お前の武勇伝は墓石の裏にマジックで書き込んどいてやるからな・・・
ほくそ笑むのを隠しつつ、帆川は個室を出て、近くにいた店員に注文をする。
「ビールと焼酎ね。君、学生さん?」
まだ仕事に慣れていないのか、人差し指でポチポチとオーダーを打ち込む女の子。
初々しいね・・・たまにはこういう素人も悪くないか。
「あ、はい! お客さま。少々お待ちください!」
「いいよ。ゆっくりで。どこの大学なの? 1年生だよね?」
「あ! いえ! 私! そういうのは!」
元気の良い声と裏腹な華奢な肩に手を回しつつ、
「このあと空いてる? えーと、"おんだ"ちゃん。変わった名字だね。」
ネームプレートには、黒ペンで書かれた平仮名3文字。
お。ん。だ。
まあ名前なんてどうでもいいか。明日には忘れてるよ。
ハハッ! 江田の言う通りだね。
「あの・・・私大学生じゃないです・・・よ・・・。」
少し怯えているような女店員。
身体はよし・・・前髪で隠れた顔を見ようと、指を彼女の顎に沿わせて、
「中学生ですよ。帆川久人さん。」
「は?」
プシュ!
あ、ほんとだ・・・こんな音するんですねー、気にしたことなかったですぅ。
「おい、出来野。帆川どこいった?」
「はい! いや、さっき注文しにいったんすけどねぇ。」
「来ねえじゃねえかよ。」
「そっすねぇ、あ。俺見てきますね!」
帆川が注文を取りに出てから20分が経つのに、一向に焼酎が届かない。
あの、骨やろうまたナンパしてんじゃねえだろうな。
俺の脛をかじるのも別に構わねえが、俺の酒を運んで来ねえのは許さねえ。
江田が手にもつグラスを握り、ヒビを入れたことに焦った出来野たちは急いで個室を出る。
たくっ使えねえ奴らだ。
アイツらの前歯も1本ずつ折ってやろうか。
机に置いてあったセブンスターを1本取りだし、ジッポで火をつけようとしたとき。
「大変、お待たせしました!」
元気な声で女店員が入ってきた。
「チッ・・・遅えよ。」
「す、すいません!」
1発いれてやろうか? この女・・・。お、わりと可愛いじゃねえか。
すいません、すいませんとステレオのように繰り返しながら焼酎の入った瓶と水と氷を並べていく女店員。
「学生か?」
「は、はい! すいません!」
たどたどしくて、ウゼェな。
「落ち着けよ、1杯飲んでくか?」
「い! いえ! 私、未成年ですので!」
「関係ねえよ。」
提供を終えて、ビクビクとこっちを見る女店員に近寄る。
「いいから、話聞いてけよ。ボケどもがどっか行っちまって暇なんだよ? ああん? いいよな?」
「・・・は、はい・・・。」
そして、語る。江田岳人の十八番。
当時12歳だった江田が、同級生の男の子・篠田伸太の首をカッターナイフで切りつけた事件を。
初対面の女の子に話す話ではないのだが、江田はそんな気持ちお構い無く。
そして、何故か女の子もその話を笑って聞いているのだ。
それには酔った江田も不審に思う。
「なんで笑ってんだよ?」
「い、いえ面白い話だと。思いまして。」
愛想笑いではない、腹を抱えてケラケラと快闊に笑うわけよ。
イッてんのか、この女? 変に食いつきがよくて気味悪い餓鬼だが、まあいいや。顔は悪くねえし。
「それで・・・えーと江田さん。どのくらい出たんですか?」
「なにがだよ?」
「プシュっ! って出たんですよね、血が。」
ニコニコと口角を引き上げて江田の話を促す、若い女には気味の悪さしか感じない。
「知らねえよ! んなもん覚えるわけねえだろ!」
気色悪い、酒が不味くなる!
なんだよこいつ!
まとわりつく様に、軽く突き飛ばしても女は江田の近くから離れない。
離れろ!
女の両肩を突けば、女は反対側の壁まで飛ぶ。
ゴロンッ。
女の裾から何かが転がった。
氷を入れた容器と同じくらいの大きさで、水滴が滴っている何か。
江田がその正体に気づくまで3秒ほど・・・それを理解して、脳から口までシナプスが命令を伝達して、声を上げようとするまで7秒。
「ほ。ほ、帆川ぁっ!」
帆川だ。帆川。
ここにいた。いや、いない。
お前の身体はどこにいった?
悲鳴にも似た声を張り上げようとした江田は、瞬間感じた首への違和感に口を紡ぐ。
「ほら、このくらい出るんですよ、血。わかりましたか、江田岳人さん。」
カヒュッ、カヒュッ。
声が出ない、痛い、首が痛い。
なんで? ゴポッ。
・・・なんで?
この女、なにしやがった・・・。
江田は、震える手と、朦朧する意識の中。ポケットからバタフライナイフを取りだして、
「ダメですよー。これじゃあ。」
それを女に、ひょいと奪い取られる。
「これじゃあ、人を殺せませんよ。歯が短いから内蔵まで届きませんし、致命傷を与えられません。勿論、切れ味もカッターナイフ以下なので、貴方の首をスパッとすることも出来ませんよー。貴方と同様、役立たずですねぇー。」
笑う。
女がカッターナイフと、取り上げられたバタフライナイフを見せびらかせるように、
女は笑う。
江田岳人に死をもたらす女の笑いに、江田の意識は覆われていく。
「ちなみに、これみたいに首を落とそうと思うと、これが必要になりますよー。」
女は嬉しそうに、黒いボストンバッグを引っ張りだしてきて、
まるで、化粧品を並べるように、テーブルの上に並べていく。
あれ? どこにあるかな?
帆川の首。
出来野の首。
源本の首。
土倉の首。
そして、江田の舎弟たちをそんな姿に切り取った。
斧だ。
「江田岳人さん。人殺しは悪いことですよー。」
振り上げられた女の斧と、女の胸につけたプレートの3文字。
お。ん。だ。
江田の首が飛ぶ瞬間みた最期の風景だった。
ふう・・・終了しました。
女は指紋のついたバタフライナイフと、カッターナイフ。斧をバックに仕舞い。
江田の財布から4万円を引き抜いて、個室から出ていった。
「漫喫で、シャワー浴びてこ。」




