表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
2/34

「鉄頭鉄尾」

「鉄頭鉄尾」

 

 



鉄は熱しやすく冷めやすい。

彼女の頭の先から爪先まで。

 

 

 

 

 正義修司が目を覚ますと、眼前には見知らぬ天井。

 いや、だからといって僕は紫色の生物だか、ロボットだかよくわからない初号機に乗って1歩目で転んだ訳ではないし。使途にやられたわけでもない。

単純に鼻血を出してぶっ倒れただけだ。

 手術室でも、治療室でも安眠室でもない。

 

 街の喧騒が妙に遠くに聴こえるので、もしかしたらと耳は妄想していたが、違うらしい。

 

 だとしたら、ここはどこ?

 辺りを確めようと身を起こす修司は、次に自分の両手が何かで拘束されていることに気づく。

 

 「?」


 「あ、お目覚めですかー?」

 

 あどけなさの残った声が耳元から聞こえる。

 

 「千荼夏ちたかか?」

 

 「ちたかかって何か言い辛そうですね。困りますよね、語尾に続く言葉が同じ音の時って。母は? とか。蚊かー、とか。耳見る? とか。

 チッ、チッ、チッ。父ちっちゃいね。 とか。totoとっとと、買っといてとか。」

 

 「後半に行くにしたがい洒落と無理の混合産物と化してきているが、同意だ、それよりも・・・」

 

 「ああ、起きなかったら食べようと思って。」

 

 俺の顔を間近で、覗くように腰かける千荼夏。

 なるほど。

 

 「・・・拘束を?」

 

 「はい、手錠で。真矢まやさんが貸してくれました。」

 

 「んー・・・」

 

 少し考える。

 つまり、枕元に座る、女子高生・高千千荼夏たかちちたか16歳は同学生の僕の安否をそういう観点で見守っていたということか。

 なるほど、ユニークじゃないか。

 

 「僕達、友達じゃなかったか?」

 

 「ええ、友達ですよ。それが何か関係ありますかー?」

 

 友達は食べちゃいけません。

 そんな当たり前の馬鹿らしいツッコミを考えていたが。

 

 ああ、そうだ。この女子はそういう娘だ。

 高千千荼夏たかちちたかは、狩人。

 現代日本、というより人類に対する捕食者の立場。

 

 「出来れば、もう少し親交を深めたいのだが、いや嘘だ。まだ死にたくないのだが。」

 

 「仕方ありませんね。友人ということでー、起きてしまったので、我慢しましょうー。」

 

 「ありがとう、じゃあ。」

 

 手錠を外して・・・


 「ダメですー。」

 

 「何故です。」

 

 「外しちゃうと、千荼夏ちたかたちが食べられちゃいますー。」

 

 うん? 今の食べるは比喩表現か?

 

 「その心配はいらない。」

 

 「ダメですー、真矢さんにキツく言われたんですからー。」

 

 「いま、その真矢はいない・・・」

 

 「「鬼の居ぬ間に、」」

 

 「・・・。」

 

 「って言うだろうけど絶対弱味を見せちゃダメよ。男は産まれて死ぬまで、揺り篭から墓場まで股間でしかモノをえないケダモノなんですから・・・ってー。」

 

 年頃の女子学生らしからぬ言葉の引用だ。

 鉄山真矢かねやままやの貞操観念はどうも複雑怪奇だ。

 彼女は彼女で、そんな男たちを取り込み、糧としていると聞いていたから、そこまで警戒されないと思ったが。

 

 「鉄山真矢かねやままやは、どこだ?」

 

 「シャワー浴びてますよー。」

 

 ふむ。そうなれば此処は鉄山真矢かねやままやの自宅か。

 あまり女学生の自室に関心も知識もないが、

 顔面血まみれの男を学内に放置するわけにもいかず、かといって、ファミレスや、カラオケボックスなどの思春期男女交遊の場に引きずっていくのは、場違い甚だしい。

 

 修司は、首をくるりと近くの窓へ向ける。

 すっかり更けこんだ夜の闇の下で輝くネオンが目に眩しい。

 高層マンション。

 僕はこの"高層"というところに、位置が高いという意味合いと、位が高いという2つの意味合いが含まれていると思う。

 

 喧騒が遠いのは、僕の自宅のように単純に繁華街から距離が離れているからというわけ。

 そういえば、駅前に50階建てくらいのマンションが幾つかあったな。

 そのうちの1つと仮定して、それもこの高層階の部屋となると真矢まやの経済力は相当に高い。

 それにしては、真矢の両親がいる雰囲気でもなし、耳を澄ませばシャワーの水音が微かに聞こえるばかり。

 

 いや、そうではないかもしれない。

 親が裕福でというわけではなく、

 彼女の身で稼ぐサラリーを臆測すると、この部屋は妥当かもしれない。

 風の噂で彼女は一夜で、数十万。時には数百万を"仕事"で稼ぐと聞いたことがある。

 一介の女子高生にそこまでの価値があるとは俄に信じがたいが。

 

 

 臆測で図ってばかりでは元も子もないので、真矢が出てくるのを待つしかないか。

 

 「高千千荼夏たかちちたか。」

 

 「千荼夏でいいですよー。会長さん。」

 

 「なら、僕の事も修司と呼んで構わない。千荼夏、僕のポケットから、携帯を取り出してくれないか。」

 

 「いいですよー。」

 

 ガバッ。

 突然、ズボンを脱がされた。

 驚きと共に、今日は変なパンツを履いていなくて良かったと、間抜けな事も考えたが。

 

 「いや、意味がわからない。」

 

 「男子のポケットをまさぐるとか、恥ずかしくてー。」

 

 「脱がすのはいいのか?」

 

 「だってその方が楽じゃないですか。」

 

 ふむふむ。千荼夏ちたかの行動、"食人欲求"という以外にも、同年代の女学生とは常軌を逸していることは程々わかった。

 益々、その内面を覗くことに喜びを覚えるが、悦びを覚えては今の格好は非常に悪い。

 それこそ、ケダモノと呼ばれても違いなくなってしまう下半身だ。

 

 「ありましたよー。」

 

 僕のズボンのポケットから、千荼夏は携帯、いや今はスマートフォンか、携帯とスマートフォンと、2つの歴史的創造物を使いこなしていた我々の世代としてはこの呼称の差異は無いに等しいだろう。

 

 「ロックはかけていない。電話帳から、『石火矢順平いしびやじゅんぺい』と言う者に連絡を取ってくれないか、今の時刻は定かではないが、自宅に連絡を取らないのは不適。

 千荼夏も連絡するといい。」

 

 「大丈夫です、うちは放任主義ですからー。」

 

 それでも、うら若い一人娘が連絡なく帰ってこないのは良くないだろう、と常識的に考えてみるが。

 そもそも、千荼夏に両親はいるのか?

 両親は千荼夏の欲求衝動を知っているのか?

 尚更、千荼夏から連絡がかかってこないことを不安に思わないだろうか?

 千荼夏をというよりは、千荼夏と一緒にいる"相手"のことを。

 

 それも臆測、とりあえずはこの枷を解いてもらい、警戒を解いてもらい、それからだ。

 深く、彼女たちと知り合うのは。

 

 知り合い同士となるのは。

 

 

 兎にも角にも、長い夜になりそうなのでその為に自宅へと連絡を取りたい。

 石火矢順平、僕の幼馴染で家族絡みの親友というより、共犯者。

 

 何故、親に直接連絡を取らないのか。

 それは追々説明していくことにしよう。

 

 「あ、あ、い、い、い、石火矢。あった。これですね。

 会長と名字が違うみたいですが、それに石火矢さんって。」

 

 「ああ、我が校の3年生、演劇部主将の、石火矢順平いしびやじゅんぺいだ。僕とは旧知で、我が両親とも連絡がつく。」

 

 「あー、はいはい。なるほどなるほど。わかりましたー。」

 

 先輩社会人が、新入社員の受け答えで、何も理解してないなと思う答えとして"なるほど、わかりました。"が挙がると聞いたことがあるが、千荼夏の場合、そうでもなさそうだ。

 直接、親に連絡すればいいのにとは言わない、黙って順平にメールを送っているようだ。

 

 「おこんばんはー★。君の愛する修司くんだよーー!!\(^^)/

 ちょっと、遅くなりそうだからボクをこの世に産んだ憎き雑食二足歩行哺乳類たちに、連絡してちょー(*´ω`*)

 sinπしないで大丈夫、ボクが愛するのはジュンジュン。君だけだから・・・ハート・・・ハートが出ませんね、愛情不豊かなスマホですねー。」

 

 「うん、まぁそれでいいや。」

 

 愛情はないが、しんぱいと打ってsinπと変換される優秀な携帯もといスマートフォンだ。

 うん、お前の勘は鋭い、母は愛しているが、父は嫌いだ。

 当たっている、それに。順平は"両刀"だ、愛されている。

 それも当たっている。

 

 「送信! っと。」

 

 フゥーと一息吐く千荼夏。

 何だがお前の事を純粋に好きになりそうだ。

 この奇天烈怪奇な肉食娘は。実に面白い。とひと昔流行ったドラマの決め台詞をなぞってみたりする。

 

 僕は、まぁ外面も、千荼夏ちたかは素晴らしいのだが、恋人に求めるのは、四字熟語にして驚天動地。

 常に新鮮さを感じられる活きの良い内面。感性と会話。

 

 「うん、千荼夏。君の事が本当に好きになってしまいそうだよ。」

 

 「わぁ! ほんとだ、ケダモノですね。そんな格好で口説きだすなんてー!」

 

 「この格好は、不可抗力だ。」

 

 「都合の良い解釈ね、正義まさよしくん、"なってしまいそう"なんて、受動態の草食系気取りの変態野郎、切り落とすわよ。」

 

 

 真矢まやが戻ってきた。

 彼女は裸だ。

 いや、正確には、ほぼ裸だ。

 白い下着でしか隠されていない美しく淫靡な下半身、タオルを肩からかけ、胸だけを慎みやかに隠せてはいる。

 

 「童貞には刺激が強すぎかしら?」

 

 「うるさい非処女、熱を冷ますには丁度いいくらいだ。」

 

 「あら、心外ね。」

 

 視線を僕の下腹部に目を落とす、真矢まやは本当に不服な顔をする。

 

 「ふにゃ○ンを切り落とすのは、気が引けるわ、良かったわね、正義まさよしくん、不能で。」

 

 「不能じゃない、ここで元気に機能を見せては望みは叶わないんでな。必死に律している、鉄山真矢かねやままや。君は、とても刺激的だ。」

 

 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。」

 

 右手に持つのは、おそらく手錠の鍵であろう。

 それを、クルクルと遊び、掴み。

 あっさりと僕の手錠を外してくれた。

 

 「ありがとう、と言って良いのかな。」

 

 「ええ、勝手にどうぞ、正義まさよしくん。枷が外れたからと言って、過程は、外さないわよ。」


 真矢は、僕が先程まで頭を置いていた枕元をまさぐり、そこから、一丁の"拳銃"を取り出す。

 

 「さぁ、正義まさよしくん。それに、千荼夏ちたかちゃんも。

 御話しでもしましょうか。」

 

 僕たちに銃口を向けて鉄山真矢かねやままやは、どさりと、豪奢な椅子に腰掛けた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は現在、年上の女性の家のベッドの上にいます。

 何も色っぽいことではなく、現在尋問を受けています。

 同学生・鉄山真矢に銃口を突きつけられ。

 彼女はそれが、日常生活の一部分。延長線であるかのように、武器持たぬ高校生に向けて銃口を向ける姿は、異様に様になっている。

 

 映画のワンシーンのようだ。

 マフィア映画のワンシーン。ディパーテッドよりはパルプフィクションが近いか。

 ちなみにゴッドファーザーという偉大なマフィア映画は観ていないので引用しないが。

 

 考える葦である人間は、危機的状況に際した時、客観的に自身を外から眺め、冷静視するものらしい。

 当事者でありながら、自分がまるで映画の登場人物の一人のように。

 

 「さぁ、会話を楽しみましょう。それが目的なんでしょう? 正義まさよしくん。」

 

 千荼夏ちたかから何と聞いていたのか。

 気を失っていた僕には想像の域を出ないが、

 初対面で喰われそうになり、撃たれそうになり。

 そんな、ハリウッドも真っ青な一場面から始まった出会いから上手く会話など続くものか。

 

 「それは、手段だ。会話は手段。目的ではない。」

 

 「ふーん。」

 

 「あのー。」

 

 「なぁに、千荼夏ちたかちゃん。」

 

 「私ちょっと、血。いえ、汗臭いのでシャワー借りてもいいですか?」

 

 何て言い直した?

 

 「ジョークですよ、ジョーク。食人鬼ジョーク。」

 

 てへぺろと、昔流行ったポーズをとって僕にアピールしてくるが、笑えない。

 2つの意味で笑えない。

 1つは千荼夏のネタ元を知っているから。もう1つはお前、今の状況で僕と鉄山真矢を二人きりにしようとしているのか?

 

 「どうぞ、御勝手に。」

 

 「ありがとうございまーす。タオル借りてもいいですかー? 」

 

 「洗面所の棚に入ってるわ。」

 

 「はーい。」

 

 いや待てよ、千荼夏ちたか

 

 「・・・若いお二方で後は、ごゆっくりー。」

 

 千荼夏は、僕の耳元で囁き、部屋を出ていった。

 いやいやいや。待てよ高千! 高千千荼夏!

 僕が何か文句を言おうと口を開けば、カチリと音がした。

 

 「あ、セーフティかかったままだった。」

 

 真矢は、あたかも失敗と言った台詞を脅しの文句として使ってきた。

 あいつ、友達を置いて逃げやがった。

 いや、数拍して先程も聞こえた水音が聞こえてきたので、本当にシャワーを浴びてるらしい。見下げた精神力だ。

 

 「面白い子ね。」

 

 クスクスと微笑を湛える鉄山真矢。

 笑顔を見れば、鉄山真矢も普通の、いや彼女を普通と評すと他の女子高生に失礼かもしれない。

 日本人でありながら中世の貴族のような余のある佇まい。

 恋や行為が人を綺麗にするという文言もあるが、真矢はそればかりではない。

 産まれながらにして貴賓を持ち得ていたようだ。

 堂にいる。

 片手に持つのがスマートフォンではなく拳銃だからではない。

 湛えるポーズと手持ちを見ればヴィング・レイムスかアル・パチーノにしか見えないが、それを抜きにしてもである。

 こんな状況でなけらば、間違えなく僕は恋の錯覚に落ちていたであろうと断言できる。

 女帝。女王。蝶のように美しく蜂のように攻撃的。

 冷淡さも、頭を垂れさせられるオーラも付属品。

 産まれながらの支配者気質の付属品であろう。

 

 先程の発言を撤回しよう。

 彼女が一夜、いや1回の"仕事"でサラリーマンの3ヵ月分の給与を稼ぐとしても妥当である。

 彼女を伏せさせるにはそれだけの支払いが必要不可欠だ。

 

 「ねぇ、正義まさよしくん。命乞いの言葉は決まったかしら?」

 

 「いいえ、その必要はないじゃないですか。」

 

 自然と、彼女と相対して敬語になるが、

 

 「貴方がわざわざ手を下す必要もない。」

 

 「じゃあ、今までの21人にはその必要があったのかしらね?」

 

 うん、どうやらその事は千荼夏ちたかから聞いてたらしい。

 いや、あの教室で聞き耳をたてていたのならばそこも聞かれていたのかも。

 

 「当てずっぽうかもしれませんよ?」

 

 「とぼけないでよ、道化師さん。」

 

 「今のは無理がありましたね、鉄山さん。当てずっぽうで、日本国の私立高校生が21人の殺人をしているなんて。」

 

 「でしょう、ダメよ考えなしに口を開いたら。何をきっかけに"この子"が泣き出すかわからない。

 それにしても21か。私の見積もりだともう少し多いと思ってたんだけど。」

 

 「未遂でしょうね。」

 

 「未遂かもね、でもどうかしら正義くん。仕返しとか考えないのかしら、その場合の人間たちって。」

 

 「これ以上関わりたくないと思ったんじゃないですか?

 まさか、撃たれるなんて、そんな映像の中の武力を行使されるなんて。それにいくらその引き金に手をかけているにしろ、本当に撃たれるなんて。半径5キロ以内に近寄りたくない位に思うんじゃないですか?」

 

 「ずいぶん憶測を重ねているようだけど、あなたは違うの?」

 

 真矢は、僕の反応を楽しむように、銃口を僕の心臓に向けてゆっくりスライドさせる。

 

 「ふふ。」

 

 「そこで、笑うの? 自殺志願者?」

 

 「いえ、むしろ誰よりも死にたくないですよ。でもこんなカオスな状況楽しまなきゃ損じゃないですか。」

 

 僕はゆっくりと腰をあげ、真矢へと1歩、1歩。

 彼女の反応を試すかのように近寄る。

 彼女もそんな僕の動きに付き合い、平然と見送り。

 

 「狂ってるのは、あなたかもね。弾がこめられてないとでも思っているの? "この子"に消された"21"と数字がわかっているのに。」

 

 「いえ、貴方を見くびっているんじゃないですよ。

 ただ、僕は死なないので。」

 

 「どういう意味?」

 

 今度は真矢が嗤う。

 

 「千荼夏には、1つだけ僕の秘密を教えました。それとは別の秘密を教えましょう。何も僕は不死身だとか、鋼鉄の肉体をもつだとか。肉体は仮の姿で、本体は別にあるとか。そんな末期の少年漫画に出てくる人物ではありません。

 ただ、色々あって、とてもとても強い守護霊のようなものに憑かれてるだけです。」

 

 「ふーん。その守護霊さんが銃弾から身を守ってくれるの?」

 

 「そんな、こと出来ませんよ。ただの霊ですから。

 彼女は教えてくれるんです、身の危険を、知らせてくれるんです。」

 

 「じゃあ、確固とした確信があってってことね。案外打算的なのね。」

 

 「信じるんですか? こんな妄言。」

 

 「そんな妄言だからこそでしょう。

 そんな妄想を信じてる人はいるでしょうけど、実際に信じて行動は普通できないでしょう。

 引き金を躊躇いなく引くと"わかっている"私を信じる?

 貴女は馬鹿でも自殺志願者でもない。

 ただの計算高い人間よ。」

 

 今の"ただの"には侮蔑の意味が含まれていたのか。

 含んだ笑みを浮かべる真矢からは考えなど読めないのだが、

 

 「それより、早くパンツを穿きなさい。それは寛容できないわ。」

 

 「失礼しました。」

 

 投げ捨てられた制服に足を通し、

 真矢は、手にもつ拳銃をゆっくり置いた。

 

 「産声。」

 

 「ええ?」

 

 「産声をあげるなんて表現が素敵だと思って。」

 

 「ああ、そのこと。」

 

 鉄山真矢は、置かれた銃を優しく撫でる。

 優しく、優しく。

 赤子の髪を鋤くように。

 

 「私にとっては一緒なのよ。」

 

 思慮深く話し出す。

 

 「自分の身体を痛めて、投げ売って、手にいれたモノ。

 別に自虐でいってる訳じゃないのよ。私には同じに思えるだけでね。

 人間の子供は嫌い。馬鹿だし、五月蝿いし、要領を得ないし、簡単に壊れるし・・・」

 

 「僕も得意ではないです。対応に困ります。」

 

 「正義くんは、姓に反して子供を踏みつけてそうね。」

 

 「そこまでは。」

 

 「冗談よ。」

 

 クスクスと笑う彼女は聖母のように清廉で美しく、僕は見蕩れてしまう。

 

 「あまり女性の裸体に熱視線送るのもどうかと思うわよ。」

 

 「僕は、姓通り、正義の心なんて持ち合わせる浅ましい人間じゃないので。欲望に忠実です。」

 

 「正義が浅ましいねぇ。」

 

 「ええ、正義、正論、正解。そんな正しさ吐いて棄てるべきだと僕は思います。

 前置いておきますが、鉄山真矢かねやままやさん。僕は、千荼夏ちたかや貴方と"対等"な友人になりたいんです。

 対等なね。有象無象の作る下らない損得勘定を込めた汚ならしい友人擬きではなくて、対等な。

 千荼夏はあまり言葉とか態度よりは、感覚的に語ったほうが良いと判断したのであまり話しませんでしたが、

 貴女は違う。

 と思う。まだ、貴方をそうやって言葉で縛り付けるようなことはしたくないですが、

 取りあえずは僕の話を少ししましょうか。」

 

 「どうして、そんなひねくれものになったか?」

 

 「そこまでストレートに言われると傷つくかもしれませんよ?」

 

 「かも? でしょう。私も正義くんを図りかねてるから断言は出来ないわ。

 言葉尻にそういうニュアンスを含めるのは私のご愛嬌みたいなものよ。」

 

 ______さぁ、聴かせて。

 私は聴き手にまわる。

 

 興味深い男の子。

 取るに足らない人間と一括りにするにはあまりにも異質な、正義修司まさよししゅうじくん。

 気づけば私は、そんな彼に興味津々。

 私は何も誰かれ構わず身体を捧げたり、引導を渡したり。

 そんな、悪人ではないと思っている。

 私には私の捻れた正義があるし、彼にも何か一筋縄ではいかない正義があるようだ。

 彼の言葉を借りて、明言はしないけどね。

 

 「僕の父親は、正義です。」

 

 「貴方の父親なら姓が同じだものね。」

 

 「そういう言葉遊びも含みましたが、いやはや、そういう遊び心。僕は何よりも好きですよ。」

 

 あら、遠回りに告白されたかしら?

 まぁ悪い気はしないので聞き流しておきましょう。

 

 「僕の父親は、警視総監です。」

 

 「本当? 」

 

 思わず聞き直しちゃった。

 あまりにも突拍子なく聞こえたから。彼が父親のことをそういう括りにしか見ていないように聞こえたから。

 

 「ええ僕の父、正義正勝まさよしまさかつ。ネットで調べてみればわかることですかね、今の時代。」

 

 どこまでも他人事のように彼は言葉を続ける。

 

 「彼は名前負けなどせず正義の人間です。何処までも真っ直ぐ一直線でひねくれようもないほどに。どうして、そこまで信じて行動出来るか、僕にはわからないし、わかりたくもない。

 そんな家庭環境で育てば、そうですね。ひねくれものが生まれるのも必然かもしれませんね。」

 

 「ずいぶん、裕福で恵まれた家庭で育ったのね。」

 

 少し嫌味らしく含ませると、修司くんはそれを自虐的に笑って受け止めた。

 その笑みが何とも肌寒く、人間じみていなかったことに私は少し身震いしたが、

 

 「すいません、悪く思わないでくれるとありがたいです。人間ですもんね。人間は強欲ですから。僕は父の正しすぎる正義を否定したかっただけなんですよ。」

 

 ______そうして、外道に手を出した。

 僕は、真矢さんが何でそんなにも妬ましく家庭環境を皮肉るのか、想像の域を出ないが、

 

 「僕は人を殺しました。」

 

 そう、7年前のあの夏の日に。

 僕は、幼馴染の女の子を生贄にした。

 

 何も、そこまで大層な話ではない。

 オチも一行で足りてしまうほどの話だ。

 

 僕は幸福にも、愛する人間を犠牲にして神様の加護を得たのだ。

 古くさくて、現代離れした話だが。子供の僕はそれを信じて幼馴染の女の子を"狐"に喰わせた。

 ただ反抗したかったから。犯行したかった、反攻したかった。

 正しすぎる正義正勝まさよしまさかつに。

 正しすぎる正義に。

 

 「あら、じゃあ童貞じゃないのね。」

 

 「いえ、子供ですからプラトニックな付き合いでしたよ。

 際どいことはしたかもしれませんが、何せ反抗期だったので。」

 

 ______反抗。

 反攻。

 レジスト。

 彼が外道を装う理由はそれか。

 

 「理解できたかも。」

 

 「しないでくださいよ。僕は貴方を殺したくない。」


 道化師。

 そう揶揄したのはあながち間違えではなかった。

 腹を開ければ、中身はドロドロ。

 手にかけた人数は私のほうが多いけど、閻魔さんの裁きの前では彼の方が酷い目にあうだろう。

 そこまで、彼は危険で不安定。

直接聞いてはいないけど、千荼夏ちゃんの慾望や、私の衝動よりも、もっと危ない。

 彼が反攻したいのは、今この世界を支えている正義なのだから。

 

 「そんな、貴方が友人を作ろうなんて、私たちも贄にしたいのかしら?」

 

 「いえ、その話はそこで完結しているので、もっと単純な話ですよ、仲間が欲しい。」

 

 ______仲間が欲しい。

 反抗期を終えた僕は、反攻期に。

 正しすぎる正義に反攻するために。

 

 同士。

 血の違った兄弟のような。

 歪んだ正義を持つ私たちの馴れ合い。

 

 「ジョーカーみたいね。」

 

 「バットマンのですか?」

 

 確かにジョーカーは僕の理想像かもしれない。

 混沌を愛し、混沌を呼び、混沌と暮らす怪人。


 「然もすれば、私はハーレークィーンかしらね。」

 

 今度は真矢さんが語り出す。

 僕をジョーカーとして、自分をハーレークィーンに例える辺り、嫌われはしていないようだ。

 むしろ好感的だ。

 

 「私の父は、武器商人なのよ。」

 

 「ははっ。」

 

 乾いた笑いを溢したのは、彼女が僕に合わせるような言い回しをしたからである。

 彼女もそれを意として、話を続ける。

 

 「私の母は、極平凡な名家の娘だったそうよ。そんな、母が反抗して、外国人の、それも武器商人なんていう絶滅危惧種と駆け落ちして私を産んだらしいわ。」

 

 なるほど、平凡と評したが名家の娘も絶滅危惧種だ。

 絶滅危惧種どおしの交配のすえに産まれた、鉄山真矢かねやままや

 

 「さっき突っかかったのは、悪気はないの。嘘だけど。

 私も、母もハッキリ言って地獄のような生活だったわ。

 父は、反社会的な外国人だし。勿論、母が実家を頼ることも出来ないしね。

 絵空事のようだけど、武器商人の妻と娘なんて、御近所さんにとったら迷惑というより脅威よね。」

 

 邪魔者よ、異端物。

 自嘲気味に彼女は続ける。

 

 「母は、負けたわ。その圧力に。ああ、正義まさよしくん。貴方と一緒ね。断言したら殺されかねないけど、愛嬌よ。照れ隠しほどに受け取ってね。

 私も正義が嫌いよ。」

 

 殺さないさ。言葉のあやだから。

 

 それよりも・・・。

 

 ええ、続きをね。

 

 「正義に殺されたと言えば格好がつくだろうけど、母はカッコ悪く自分で死んだは。父の売るこれでね。」

 

 真矢は、銃を優しく撫でる。

 

 「私は、そんな母を恨んだ。嫌がらせをして私たちを追い出そうとする御近所さんより母を恨んだ。

 だって愛しているもの。母のこと。」

 

 愛している。

 自殺した母を愛している。進行形だ。

 

 「めでたくして、私は、小学6年生にして。家族を失ったわ。

 父はどの国にいるかもしらないし、生きてるのかもしらない。

 そんな、私が自暴自棄になって、初めて身体を売ったのよ。

 温もりが欲しくて、温もりが欲しいなんて、餓鬼でもあるまいし生ぬるいわね、私。」

 

 それで・・・

 

 買ったのよ。これを。

 

 あの時は、私も死ぬつもりだったのね、母と同じように。

 愛している母と同じように。

 

 「でもね、正義くん。私は生きてるわ。貴方が霊験あらたかな力を持ってるからって私は幽霊じゃないもの。そんな、B級ホラーみたいな驚きはない。

 さてさて、当時の私は銃口を加えたまま何を思ったかというと、純粋にまだ死ねないなぁって思ったのよ。

 私はまだ死ねない、まだ知らないことがある。

 こう見えて、私、頭は良い方なのよ。」

 

 「どう見ても良さそうだよ。」

 

 「茶化さないでよ、殺すわよ。」

 

 台詞は殺伐としているが、真矢も僕も殺しあいなどしたくない。

 どちらかと言えば殺し愛かな。

 上手くもなんともないな。

 

 「私は母に、なれていない。何処までも純粋に妄信的に父を愛していた母が、私は大好きだった。

 つまらない言い方をすれば私はまだその愛を知らない。」

 

 何で、母は父を愛したのか。

 父は、何故母を愛したのか。

 

 母とは何か、母とは生命を産み出す海のような存在。

 神のように命を産み出せる存在。

 

 なるほど。

 真矢の元はそこか。

 

 私は、汚ならしい男に身体を売って、痛めて、痛めて。

 この鋼鉄を産んだのよ。

 

 真矢は"我が子"と評し銃を構えた。

 

 「私の子供。私が身体を痛めて手にしたかけがえのない我が子。

 コルト。

 S&W。

 グロック。

 シグザウェル。

 ベレッタ。

 トカレフ。

 マカロフ。

 オートマグ。

 デザートイーグル。

 AK-47。

 ドラグニフ。

 ガーランド。

 レミントン。

 ステアー。

 ウージー。

 みんな、私の子。」

 

 真矢は、頬を赤らめ、愛する我が子を慈しみ。

 聖母。

 彼女はマグダラのマリア。

 彼女は裟蘇夫人。

 

 「怖い? 怖くない? 私のこと?」

 

 そして、真矢は雨濡れた少女のように、弱々しく囁いた。

 僕は、そんな彼女を優しく抱き締めた。

 

 「誇らしいよ。」

 

 「どうして?」

 

 「僕は人殺しだから。」

 

 愛を売った僕と。

 愛を買った真矢。

 

 小犬のように震えた彼女は、僕にはない愛の正義を持っている。

 

 

 

 ______本音。

 そんな建前で彼も私も話し出したけど、

 ああ、殺したい。

 放ちたい。

 そうしたところで、貴方が悦びそうなのが癪だから、してあげないけどね。

 

 弱さをさらけ出した、狂者と狂者。

 

 「面白い図式ね。」

 

 「え?」

 

 「裸の女を抱く男と、その男の胸元に銃を突きつける女。

 千荼夏ちゃんが戻って、これを見たら何て言うのかしら?」

 

 「何て言うかな?」

 

 「さぁ。」

 

 二人ともそこで、ようやく水音が聞こえなくなっていたことに気づいたのである。

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ