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アブソナリティー  作者: 春ウララ
始まりのマチ
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「始まりのマチ」

春ウララ、平行連載です。




街。

はじまりはじまり。









太陽が西に沈む。

 


ありふれた365分の1日。

 6月13日が終わろうとしている。

 

 重なり絡み合った校庭の影。

 帰る場所があれば、カラスや野良猫や人間は、帰るべき場所へと帰る。

校庭の隅に、みんなで植えた記念樹が斜陽を背に彼等を見送り、

 そして、誰もいなくなる。

昔、木の下に埋められた死体の血を吸って春には紅色に近い、桃色の花を咲かせる記念樹。


そんな、噂も相まって放課後の校内には誰も残りたがらないのだが、


 それでも戻りたくない動物が2匹。

 1匹は♂。

 1匹は♀。

 

 紺色のネクタイに半袖のYシャツ。

 朱色のネクタイに薄手のブレザー。

 

 ホワイトカラー養成所である、学校の一室で二人は帰らずに、語らいの場を設けている。

 

 

 生徒会室。

 男は、この学校の新しい生徒の代表。

 半袖の先からのぞく肌は雪国出身を思わせる色白さ。

 瞼を閉じ、腕を組み女の返答を伺っているらしい。

 顔もそこそこ良く、昭和の時代ならジュニアアイドルにでもなれたであろう見てくれ。

 

 対して女は、この男に最初に選ばれた生徒会メンバーである。

 少し橙色に染まるショートヘアの少女。

 イタズラに人差し指を唇に当てて考える姿は、とても愛くるしく。

 幼さの残った顔と身の丈が更にその魅力を引き立てる。

 

 

 「名前を言うのが、そんなに難しいことなのか?」

 

 

 男は、痺れをきらしたように女に投げ掛ける。

 

 

 「いーえ、そう言うわけではないんですけどぉ・・・」

 

 

 女は歯切れ悪く、上目遣いでそれを誤魔化す。

 

 

 「先ずは自己紹介、それが礼儀。これから、長く付き合うかもしれない我々の間だからこそ、そういう形式と礼を怠ってはならないだろう。」

 

 「あー、そういうことですか。」

 

 

 女は、うんうん頷き男の言わんとすることを理解する素振りをみせる。

 女も、男と同様に腕を組み、男にはない膨らみを強調しつつ、目を閉じる。

 

 

 「・・・何だ?」

 

 

 女が自己紹介という、ごく当たり前の初対面同士が行っている通過儀礼に対して何を渋っているのか、

 男は女のそういう、回りくどさが嫌いではない。


人の評判は毛ほども役に立たない。

誰にでも好意的で明るい向日葵のような少女。


悪いことではないが、誰にでも簡単に愛想よく開く口は、どうにも信頼し難い。


彼女は見えている人間だろう。


僕の眼を見て、口振、呼吸、視線。

総合的に鑑みて、廻りくどくて面倒くさい僕のスタイルに合わせてくる。

 

 

 「優先順位としてはどうでしょうか?」

 

 「・・・なるほど、続けて。」

 

 「この場合、呼び出されたのは、千荼夏ちたかの方ですよね? 」

 

 「呼び出した帳本人である、僕が先に名乗るのが云々とでも言いたいのだろうが、その場合、一人称を"千荼夏"ではなく、"私"とでも言うべきではないか? 半分、紹介してるようなものだぞ。」

 

 「あちゃー、それも、そうですね。新生徒会長さん。千荼夏の負けですね、残念だぁ。」

 

 「いやいや、50点。挨拶の時点で僕は、君とは上手くやっていけそうな気がすると思わせて貰ったよ。正義修司まさよししゅうじだ。」


 

 先程までの朴念仁を崩し、優しく頬笑みかけ、千荼夏ちたかに手を差し出す。 

 

 千荼夏は、修司の面倒な言い廻しをどう思うのか読み取れぬほど、純粋そうな笑顔を魅せ、修司の手を掴む。

 

 千荼夏を選んだのは何も、見た目の良さと男女分け隔てなく好かれる質であるから。

 という訳だけではないのだが。

 

 修司は尚のこと、千荼夏の"頭上に浮かぶ数字"と彼女を結びつける過去が気になる。

 

 修司には、そこそこのツラと廻りくどさを抜いて、特別な"個性" が3つほどある。

 

 その1つが、

 

 

 「・・・17。」

 

 「・・・?」

 

 

 小首をかしげる姿も、また愛らしい。

 千荼夏は、天使の様だ。花の妖精の様だ。

 彼女の中に棲む悪魔を呼び出すには、やはり直接、根付く悪魔に話を聞くに他ないだろう。

 

 修司は、まず立ちあがり生徒会室が密室であることを確認する。

 1ヶ所だけのドアの鍵を、西陽の射し込む窓の一つ一つを。

 

 次に、辺りの様子を伺う。

 誰か聞き耳をたてている者はいないか、窓の外はあり得ない。3階のこの部屋の外で耳をたてるのには、翼が必要だ。

 そうなれば、ドアの外。

 鍵を1度外して、外の廊下へと頭を出すも、静まり返った校舎には自分たちの他に、人っ子一人いないのを確認する。

 

 

 「先手をうつべきですかね?」

 

 「何のだ?」

 

 「私、流石に気が合うとか、気に入ったとか一方的な好意を寄せられた男の人に、話したその日に襲われたら、ものすごーく抵抗しますよ。」


 「うむ、どうやら、誤解を生ませている。だが強ち間違えでもないから、不思議なことだ。襲われる危険の"種類"が違うのであってな。」 

 

 

 立ちあがり鼻息荒くファイティングポーズを構える千荼夏は、愛らしくも必死そうであるから、思わず修司も吹き出しそうになるが、

 

 それ以上に・・・

 

 首を部屋に引っ込めて、鍵を後ろ手に閉める。

 端から考えれば、千荼夏を閉じ込めた修司という構図だが、

 

 修司にとっては、その反対。

 いつでも、背負うドアから"逃げられる"ようにである。

 

 

 「・・・17人だな。」

 

 「かかってくるなら、かかってこーい!」

 

 

 ヒョコヒョコとステップを刻む千荼夏に、修司の重い想い言葉を突き立てんと、

 修司の脳、神経、口。

 シナプスが危険と承知の上で、言葉をのせる。

 

 

 「高千千荼夏たかちちたか。」

 

 「は、はい!」

 

 「どうして君は、17人も人間を殺したんだ?」

 

 

 ピタリ。

 空気が凍る。

 跳ね踊っていた千荼夏の身体が固まる。

 

 

 「・・・何の事ですか・・・。」

 

 「不審がるのも無理はない、今まで僕の、いや"僕たち"の、か。秘密に触れた人間は決まって肉体を硬直させ、息を飲んで今の君の様な眼をする・・・」

 

 千荼夏の瞳の色は淀み、動揺と焦燥を感じられる。

 

 

 「勘違いはしないでおくれ、千荼夏ちたか。僕はとりあえず"異常"。常人の得られぬ"個性的な"力を持っている。君と同様に"個性"が豊なんだよ。」

 

 

 修司は再び、千荼夏に近づき手を差し出す。

 

 

 「聞かせてくれないか、君と友達になりたいんだ僕は。

 君の"個性"を。何処にでもいる女子高生がどうして、16歳で17人もの人間を殺したのかを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "情事"後の、汗を洗い流した鉄山真矢かねやままやは、濡れた身体を純白のタオルで拭い、制服に裾を通す。

 

 学校関係者との"商売" はあまり好かない。

 それをタネに無償で行為を迫られでもしたら面倒。

 だから、特別。

 上客の教頭にはこれっきりと念を押した。

 

 向こうも向こうで、私との行為が明るみに出るのを望んでいないだろう。

 高校三年生の少女との売春。

 事を大きくしたくないだろう。

 だろうけど、もしもの時は鞄で眠る"子供たち"の出番だ。

 

 艶のある黒髪を拭く鉄山真矢かねやままやは、男ならば誰もが振り向く美貌。

 それに年齢を越えた色香を、持ち合わせている。

 高貴なペルシャ猫を想わせる端麗な顔立ちが乱れる姿は、眉唾である。

 18歳にして、銀座のホステスのような魅力。良家の御嬢様のような優美さ。

 

 それ故、同姓の敵も多いのがキズだが、有象無象を気にして萎縮するほど弱い心根は持ち合わせていない。

 快楽や、安心、絆の為にセックスをする娘たちは理解出来ない。

 刹那的な悦楽に、未来や、結果を求めるのは間違っている。

私が行うセックスはもっと生産的。

有象無象が一月働いて稼ぐ額の金銭を一晩、二晩で得て。

その金で私は"子供たち"を"買う"。

 

 真矢が、シャワー室を出ると廊下は非常灯の光しか灯っておらず薄暗い。

 夕暮れのオレンジが、辛うじてあたりに温かみをもたらす様。

 

 真矢は、先程貰った封筒の中身を確認しつつ、足早に学校を後にしようとする。

封筒のなかには10枚ほどの現存する最も高価な日本銀行券。


18歳の少女が小一時間で稼ぐにはすぎた額。


けれど、真矢の出費。

真矢の人格を支える、重要なモノを買うためには安すぎる稼ぎ。


もう1件あたってみようか。


そう思い、真矢は封筒を乱雑に鞄に捩じ込み学校を後にする。

 

 はずだった。

 

 

 「食べるためです。」

 

 

 歩く廊下の奥。一室に明かりが。

 

 生徒会室。

 真矢が、1度も足を運んだことのない教室。

 そもそも、学校に来ても一日中教室におり、決まった友人も居らず、窓から時間の経つのを眺め、

 教科書と、寺山修司てらやましゅうじの詩集を読むだけの鳥篭の中の様な日常。

 

 そんな、真矢に届いた声と明かり。

 

 普段なら、誰かに会って何事か問われる前に去りたい放課後の学校だが、

 妙に惹かれる、引っ掛かる。


十分、非日常を送る真矢でさえ、聞かない単語の羅列。


 "食べる"

これは、一般的。


"ためです。"

これも、よく使われる。


では、合わせて使ってみよう。


"働くのは、食べるためです。"


"早く帰りたいのは、妹に取られる前に大事に冷蔵庫の奥に仕舞っているプリンを食べるためです。"


まぁ、どちらにせよ物語性のある使い回しだ。




 書を捨てよ、町に出よう。



 言葉を気にしたまま眠れるほど、情緒的な人間ではない真矢は、

 年のために忍び足。気配を絶ち、足音を殺しながら生徒会室のドアへと辿り着く。

 

 

 「食べるためですよ、単純でしょう? 人間を始め動物は、お腹が空いたら狩りに出る。食べるために、ただ得物を喰らうために。」

 

 女の声。

 聞いたことがあるかもしれない、確か後輩の明るい女子だった気がする。

 

 

 「今も狩りを続けてるのか?」

 

 

 男の声。

 こっちは、つい先日、生徒会選挙で当選した男だ。長ったらしい演説に半分の生徒が舟を漕いでいたので、よく覚えている。

そこそこ面白い事を話す男の子。

 真矢は、続けて耳を澄ませる。

 

 

 「今はあまり、昔に狩った余り物をたまに食すくらいです。」

 

 

 淡々と、自らの業とも呼べる事実を語る千荼夏ちたか

 それを真顔をそよおい、受け止める修司は。

 

 悦び、興奮している。

 やはり、自分の感性に狂いはなかったと。

 

 

 「美味しいのか?」

 

 「ええ、とっても。」

 

 「僕にも食べれるかな?」

 

 「狩りをしないと、食べちゃダメですよー。」

 

 

 千荼夏ちたかも、興奮とまではいかないが強い喜びを感じていた。

 

 自分の行いが、一般的には悪いことだと知ってから"狩り"もその行いを口にすることもしてこなかったが、

 


人間狩りほど、興奮する狩りは無いと言うが、千荼夏ちたかにとって重要なのは、その後の事。

狩った後に残った"モノ"が千荼夏には大事なのだ。


 目の前の修司はそんな自分に心底興味を示している。

 

 

 「ふふふ、会長も不思議な人ですねー。」

 

 「不思議・・・か。そう思って貰えて少し嬉しいよ。

 でも、これが僕・・・」



千荼夏の異常性を、喜ぶ異常性を持つ修司。


どちらの方が、恐ろしいのだろうか。

 


 「そうですか、なら、私たち仲良くなれそ・・・」

 

 「待ってくれ。」


  

 修司が突然、千荼夏の言葉を遮り、生徒会室、唯一のドアを見つめる。

 

 

 「どうかしましたか?」

 

 「・・・誰かいるのか?」

 

 

 修司がそう言葉を投げると、ドアがガタリと揺れる。

 

 今の話を聞いていた者がいる。


半信半疑にでも、聞かれたらよろしくない会話。


修司は、少し前に気づいていたが、敢えて少し泳がせた。

現代に生きるカニバリズムと、それを友好の証とする男。


そんな、異話を聞く。

ただ、黙々と聞きに徹する者がいるならば、

その者も異者なのかもしれないと。

 

 修司が立ち上がるより早く、千荼夏が椅子を蹴り扉へと駆け寄る。

 愛くるしい外見と反し、獰猛な肉食獣のように素早く獲物へと一直線。

 

 

 「会長! 狩りますよ! 久々に狩れますね!」

 

 

 元祖還りしたように、興奮状態のまま、千荼夏が鍵のかかったままのドアを蹴破る。

しっかりとプロの手で、75mmのビスで6点止められた鉄製のドアが、廊下に転がる。

 この少女の何処にそんな力があるのか、理解出来ないが、

 人間、動物の原始的本能というものの為せる力なのかと臆測。

 

 客観という異物を排除し、

修司は、彼女の狩りに釘付けになり、

 同時にたぎり、エクスタシーを覚える。

 

 美しい獣。

妖精? 白雪のような少女?


 素晴らしい、千荼夏ちたかは本当に素晴らしい!

 

 

 千荼夏の狩りの全てを見れると期待する修司だが、

 今回の狩られる獲物もまた、狩りをする獣であった。

 

 聞耳をたてていた少女、鉄山真矢は、

 急速に襲いかかる獣の、勢いのまま蹴破られたドアをかわして、

 

 鞄に仕舞わせた"子供"を取り出す。

 

 

 「え?」

 

 襲いかかった獣がその動きを止める。

 千荼夏の、眉間に突きつけられた鉄の感触。

 日本という非武装国家では、まず実際に見ることも出来ないソレの形に千荼夏は、困惑する。

 

 

 「・・・産声をあげなさい、我が子よ。」



その迷いを絶つかのように、真矢はしなやかな指に力を込め、銃の引き金を引く・・・

 

 「高千千荼夏たかちちたか鉄山真矢かねやままや!」

 

 「「!?」」

 

 

 揃って呼ばれた名前に、我に還り、真矢を組み敷かんとする千荼夏と、千荼夏を撃ち殺そうとする真矢の動きが止まる。

 

 

 「18人目か、22人目か勿体無い! 勿体無いじゃないか! 君たちを失うということは、人類をまた未来へと退化させること! ・・・ああ、ようこそ! 新世紀!」

 

 

 そう叫び、天を仰ぎ鼻血を出して転倒する修司。

 

 アドレナリン、エンドルフィン、セロトニン、ドーパミン・・・

 あらゆる興奮物質が修司の頭の中を駆け巡る。


駆け巡った物質が声を呼び起こす。

 

 

 『死にとうない・・・』



修司の頭に響く声。


 

 「ああ、そうだよ! 僕もそうだ! アコヤ!」

 

 

 仰向けに倒れて顔を血まみれにして、叫ぶ修司に、狩人たちは気を削がれる。

 

 

 「か、会長。大丈夫ですか?」

 

 「・・・とりあえず、氷探してくるわ。」

 

 流れる血をポケットティッシュで拭う千荼夏ちたかと、氷を探しに出る 真矢まや

 

 修司は、6月13日に二人の"友"と"メンバー"を見つけられた興奮に全身の細胞を朱に染める。

 

 西に暮れた夕焼けよりも紅く、紅く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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