ネコと指輪②
そんな私の生活に転機が訪れた。
退屈な仕事と都会の孤独とで、アフリカ大陸よりも砂漠化が進んでいた私の目の前に、突如としてオアシスが出現したのだ。
「本日より隣の営業部にお世話になります。大森基樹と申します。よろしくお願いします」
すらりとした長身に短めの黒髪、凛々しく整った顔立ち。眼鏡だけは見覚えがないが、それ以外は高校生の頃と少しも変わっていない。外見の通り爽やかに挨拶を済ませたその人こそ、私の人生における唯一つのオアシスたる存在、初恋の相手だった。
衝撃的な再会に思わず彼を見つめてしまう。そのせいか自分の席へ向かう彼と目があった。私の視線に気付かれてしまっただろうか。
彼は私の顔を一瞥し束の間の逡巡の後、すぐに何かを思い出したように笑顔を浮かべて私の方へ歩いてきた。
「あの、もしかして綾ちゃんですか?」
彼の口から「綾ちゃん」という名前が出た瞬間、私の心臓は壊れるくらいの早鐘を打った。
「あ、はい。久しぶり、だね。大森くん」
それだけ言うのが精一杯だった。
彼が私のことを覚えていてくれた。いや、思い出してくれた、といった方が正確か。
とにかく、憧れの彼が自分に気付いてくれたのだ。それだけで、私の安い心は天にも昇りそうな勢いで浮かれ始めていた。