ネコと指輪①
「早乙女さん。昨日頼んでおいた書類、作っていただけたかしら?」
出社早々、庶務の佐藤さんに声をかけられた。口を開けば小言ばかりと社内では有名なお局様だ。
「えっと、すみません。まだできてないです」
「あら! 自分の仕事が片付いてないのにそんなにのんびり出社されてますの?」
のんびりって、まだ始業の三十分前だけど。
「すみません。一日で終わる量ではなかったので。今日中には終わらせるつもりだったのですが」
「言い訳は結構。とにかく早くしていただける?」
嫌味なババアめ。朝から嫌な気分にさせてくれる。
とはいえ、逆らうこともできないので、内心腸が煮えくり返りながらも大人しく引き下がることにする。
何となく入った大学を卒業し、何となく就職した会社に勤めて三年。繰り返される単調な日々に、自分の心から潤いが失われていくのを感じる。いや、もう干からびてしまったのかもしれない。代わりに身に付いた社会人としての常識や処世術、癖等々。個性を捨て社会の歯車になるとはこういうことなのか。
最近は職場以外で会話する相手もいなくて、ときどき掛かってくる母からの電話にも仕事中の口調で対応してしまいそうになる始末だ。私も婚活とか真面目に考えた方がいいのかな。
閑話休題。とにかく、職場のお局様に小言を言われても気にしない。
私は綺麗な顔とか可愛いとかよく言われるし、そのせいか社長や部長といった中高年のおじさんたちからは気に入られやすい。あの人はそれが気に食わないのだろう。
そう思うことにする。そうして、特に目的も目標もない社会人生活をやり過ごすのだ。
今日も私は、独り東京砂漠を生き抜いていく。