第14話 ◆・・・ 零無:ゼロムと名付けられた街 ・・・◆
ローランディア王国の王都ヴィネツィーラを起点に南西側。
地形の特徴としては、北側がローレライ湖へ接すると、東西に在る山々が縦に伸びた様な谷底に広がる盆地が、北部から南部にかけて狭まりつつ緩やかな上り勾配をしている。
世界的にも有名な工業都市ゼロムの歴史は、この地形の中でローレライ湖と接した小さな集落から始まった。
今の時代から遡ること約一世紀前。
それまでは国内で険しい山々を走る峠道の連続くらいが有名だったズィーロム地方に、ただ、その山脈を調査していた大学の地質研究班から上がった大規模鉱山を伺わせるレポートは、これがゼロムの生まれた発端だった。
調査した大学の地質研究班からもたらされたレポートによると、このズィーロム地方を成す北から南へ連なる大まかには二本の山脈が、何れも鉱山である可能性が高い。
この調査は、それが元々は険しい峠道の連続による交通の不便を、当時の国王が山中に横穴を通して利便性の高い道を作る。
そうした考えの下で立ち上がった大事業は、当然の地質調査から、そして、このレポートへと至った。
最初のレポートから約半年。
より詳細を求めた調査は、これで人員を大幅に増やした結果。
鉄や金だけでなく研磨すれば高価な宝石などに用いられる多種の原石までが産出される。
レポートが出る以前まで。
集落も無く人が殆どと言えるくらい住んでいなかったズィーロム地方は、この時から注目を集めるようになった。
東西の山脈が、それで谷底の様にも映る広大な盆地は、豊富な資源の存在が判明した後。
盆地の北側、ローレライ湖の沿岸に小さな集落が生まれた。
住民の大半は採掘を生業とする工夫で、後は加工を生業とする職人ばかりだったが。
彼の土地には、そこで人が生活を営むのに欠かせない必需品からして流通が全く無い。
その為、小さな漁船を泊められる程度の桟橋すら最初に住み始めた者達が作ると、王都との往復によって生活用品を輸送する等。
全く何もない所から始まって出来た集落は、これが『零無:ゼロム』と名の付いた集落の始まりである。
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魔導革命によって加速した時代。
既にゼロムの名だけが定着した人口40万人規模の地方都市は、しかし、本質的には最初期とそう変わりが無い。
鉱山には坑道が巡ると、そこでの採掘を主な仕事にする工夫の在り様も、この頃には分業化されつつあった。
鉱脈の規模を調査する仕事。
鉱脈の質を調査する仕事。
坑道を作る場合の地盤強度などを調査する仕事・・・・等。
工夫といえども単に採掘だけが仕事ではなくなっていた。
同様に加工の仕事も一つではなくなっている。
主に鉄を扱う技術職。
主に宝石となる鉱石を扱う技術職。
主に貴金属を扱う技術職。
他にもアナハイムの研究を基に、特性を持った合金の生成を手掛ける技術開発職・・・・等。
魔導革命期には、それが一層求めた精錬の高さもある。
ただ、結果的には全体としての製錬技術が、大きく跳ね上がるくらい底上げされた時期でもあった。
製錬技術が高くなると、需要に伴う加工技術も必然して上がる。
工業都市ならではの現象でもあるが、しかし、ゼロムは他所の工業都市と比べても桁違いの先進技術を多く内包した面がある。
もっとも、この点はアナハイムが根底にまで寄与したからである。
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アナハイムの移転と、それに伴うメティスの移転。
国内で唯一、代々のローランディア国王が代表理事を務める『王立』の名を冠した学術機関は、それも歴史を辿ると王都に設けられた特別な学舎だった。
ただ、両方ともが魔導革命以降になって校舎施設をゼロムへ移転している。
この頃の先進技術の研究は、技術の開発も含めてゼロムの方が王都よりも場として優れていた。
それが理由での移転は、裏側に先進技術の漏洩防止が含まれる。
アナハイムの移転によって、ゼロムのセキュリティレベルは都市だけでなく。
ズィーロム地方への出入りからして、設けられた関所での厳格な検査を必要とする状態へと至らせた。
ゼロムにも空港は在るが、国際線は無く、国内を飛行する飛行船ですら路線を持っていない。
ゼロムの空港は、それが王都間だけの往復しか認められていないのだ。
水上移動も同じである点は、これも高いセキュリティレベルの影響である。
付け足すと、ゼロムから北東の沿岸地区には王国軍の要塞が在る。
更にその北東沿岸に、王都へ繋がる橋と関所が設けられている。
ゼロムが国内の他都市と異なる部分は、ズィーロム地方だけを巡回する大隊規模の王国陸軍の存在だけでなく。
上空を日夜ずっと巡回する王国空軍の航空艦隊の存在も当然、寄与していた。
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王都ヴィネツィーラは、それはシャルフィの王都とも似ている感じもした。
だけど、ゼロムの街は全然違って見えた。
それも見えるだけでなく。
街中全部・・・なのかな。
油とか錆の様な匂いがね。
後は金属を叩く重く大きな音が、あっちでもこっちでも鳴っている。
キィィンって耳鳴りがするような甲高い音もだしさ。
今立っている所から見える近くの工場では、そこからはいっぱい火花が飛び散っている。
「ここはヴィネツィーラとは違って見えるでしょう」
「はい。あの、シルビア様はこの街にも来た事があるんですか」
「勿論です。私とアスランが乗って来た航空艦は、それがこの街で造られた物なんですよ。シャルフィの航空艦は全て、この街から生まれて。今でも定期的な整備はこの街でしているんです」
「それは前にハンスさんから聞いたことがあります。それで、シャルフィの航空艦は世界でも屈指の高性能艦だと聞きました」
「ええ、その通りです」
ゼロムの街は、道路全部が舗装整備された印象で、けど、此処も聞いた限りではそうなのだとか。
道が交差する所には信号機があって、青い信号は進んで構わない。
だけど、赤い信号の時は止まる。
青信号から赤信号の間には、切り替わりを告げる意味のオレンジ色の信号が灯る仕組みで、人も車も必ず守らないといけない決まりがある。
僕は今、シルビア様と二人でゼロムの街を訪れていた。
目的地が街の外に在る観光地くらいは聞いているけど、詳細は着いてからのお楽しみ。
シルビア様には、そう言われたんだよね。
で、そこへ向かう自動車に僕とシルビア様は乗っている。
窓から映ったゼロムの街並みは、大きな工場や小さな工場がいっぱいある感じだった。
先進技術の塊とも呼べる街。
それがゼロム。
映った人達は、工場で働いているのだろうか。
シャルフィでも見たことのある『ツナギ』と呼ばれる上下一体の作業服。
それを着ている大人が、窓からは大勢歩いてるのが見えた。
街を出た車は、けれど、舗装された道が終わった途端に揺れ出した。
乗っていて揺れを感じるのは、山道がでこぼこしているからだけど。
「こんなに揺れるなら。馬に乗っている方が良いように思えますね」
僕の素直な感想は、シルビア様が「じゃあ、帰る時は馬で帰りましょうか」って笑ってた。
僕は初めて自動車に乗ったんだけど。
舗装された道路でなら自動車は乗り心地が良い。
反対にこうして舗装されていない道の上では結構揺れる。
だけど。
これも帰国したらシャナ達にも教えてあげよう。
お土産話がまた一つ出来ました。
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ゼロムの街から出た車は、緩やかな上り坂を走りながら南へと向かっていた。
街を出て直ぐに舗装の道路が終わると、そこからの道はずっとでこぼこしている。
と言っても。
車だから揺らされるだけで、普通に歩くとか馬で移動するくらいなら全く問題なし。
見渡す限り森だらけの山道を登る車は、そして、拓けたところへ出ると、窓からは丸太を組んで作った柵の向こう側に集落が映っていた。
車から降りたシルビア様は、此処も見知っている。
そういう感じで前を歩く直ぐ後ろ。
僕は揺らされたせいでお尻が少し痛かったけど。
だけど、離れない様に追い掛けた。
「なんか、此処も変な匂いがしますね」
ゼロムの街は錆とか油の匂いがしていたけどさ。
訪れた集落もまた変な匂いがしている。
「アスラン。これは硫黄の匂いです。此処オーランドはローランディア王国でも特に温泉で有名な保養地なんですよ」
「温泉って、授業でしか聞いていませんが。確か水ではなく、お湯が地下から地上に湧き出ているんですよね」
「ええ、その通りです。この辺りは火山帯の影響で地下水が熱湯のようになっているのです」
「あの、火山って・・・・大丈夫なんですか」
「この付近は火山の活動が何百年も休みに入っている所なので大丈夫です。今でも活動しているのはずっと南側の一部くらいですね。ですが、地中深くでは繋がっているので、それで地下水がお湯になっているんですよ」
ローランディア王国にある観光地の一つ。
温泉郷オーランドは、保養地として王族御用達の所でもあるらしい。
ゼロムから来る途中の山中は、そこの森林には獣や魔獣も生息している事で、だから、保養地は柵を設けている。
保養地は、そこに在る建物は殆ど全部・・・だね。
丸太を材料にして建てられた大小のログハウスは、二階建ての大きな建物が保養地を訪れた観光客向けの宿泊施設を営んでいる。
そして、宿泊施設はそれぞれに温泉を抱えている。
だけど、宿泊先の温泉以外も利用する事が出来る。
シルビア様の話では、宿泊所ごとに個性的な温泉を用意してるらしい。
僕とシルビア様は保養地の奥。
車を降りてから歩いて十分くらいかな。
保養地の中では一番大きなログハウスで、建物の床は一部が湖へ突き出ていた。
「山奥にも湖が在るんですね」
「あの湖は火口だった場所に水が流れ込んで出来たんですよ。今でも山頂の方から流れ込む水がここに貯まると、そこからゼロムの方へ流れて行きます。一年を通して水温が安定しているので、水浴びを楽しむ旅行客もいると聞きますが。ローレライ湖から川を上って来た魚を此処で釣ることも楽しめるんです」
「そうなんですね。シルビア様も釣りをするんですか」
「オーランドへ来た時には必ず。それで釣った魚を宿の女将に料理して貰うのが此処の醍醐味です。そう言えば、アスランには話していませんでしたね。今日泊まるこの宿ですが、フェリシア女王のお抱えだけでなく。釣り好きの女王陛下が態と湖面へ床を突き出させる増改築をしたんですよ」
あ・・・なるほど。
だから、なのね。
僕は素直に、うんと頷いていた。
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普通に話すだけでも声が大きい女将さんは、だけど凄く元気なお婆ちゃん・・・で、良いのかな。
フェリシア女王様と同じくらいな感じだけど。
女将のマーレさんは声が大きくて、それで若い従業員さん達よりも動いている。
赤茶けた色の髪は後ろで三つ編みを二本。
女性にしては大柄と言うか・・・・恰幅で良いのかな。
そう言えば。
バーダントさんの行きつけの酒場。
そこの女将さん・・・そう、ナナイさんだ。
うん。
ナナイさんの方が若く見えて綺麗だけど。
声の大きさとか元気の良さはマーレさんの方が上かもね。
僕がそんな風に観察している間。
女将のマーレさんは、シルビア様と何かこう友達の様な話し方で、接し方もそう。
でも、シルビア様もそれが当たり前の様な感じでいたしね。
ちゃんと聞いていないけど。
仲が良いのは直ぐに分かった。
それから今日のお昼頃。
僕とシルビア様よりは後で、此処へはフェリシア女王様もやって来る。
マーレさんとすっかり楽しそうに話し込んでいたシルビア様は、その会話中、弾んだ声でお昼の材料を今から釣るって・・・・え?
僕も孤児院に居た頃には、それで食材集めにエスト姉が川で釣りも教えてくれたけど。
簡単には釣れなかった気がする。
うん。
釣果はエスト姉よりも、僕の方がちょびっとだけマシなくらい。
けど、そんなに大きい魚を釣った記憶もない。
何か自信が在りそうなシルビア様は、「精々頑張るんだね」って笑っていた女将さんから釣り道具を借りると、片腕を引かれた僕は自動的に釣りへの参加となった。
お昼までは、残り一時間と少し。
タイムリミットまでに、せめて・・・・
・・・・・大きくなくても良いから。人数分は釣れますように・・・・・
一階の床と繋がった造りの広いウッドテラスは、けど、床下は半分以上が湖面になっている。
表面を磨いた木材で造られた手摺の近くで、シルビア様は椅子に腰かけると先に釣竿を振って糸を垂らした。
僕はウッドテラスから湖の方へ続く階段を降りると、そこから桟橋の中程まで歩いていた。
桟橋にはボートも係留されているので、此処で釣りをするのは普通なのかも知れない。
そう思うと、何となくでも少しは釣れるんじゃないかなって。
桟橋の端まで歩いた僕は、そこで胡座になると釣り針に餌を付けた。
そして、もう一度、人数分は釣れますように・・・・・・
餌の付いた釣り糸を、僕は強く祈りながら湖へ投げた。




