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第11話 ◆・・・ 刻まれた跡 ・・・◆


少し前、アヅチの空港から出航したシャルフィの航空艦は、高度を上げつつ徐々に空の彼方へ遠ざかりつつあった。

その光景を空港から今も見送る公王の表情は、この場に一人残ったカズマの瞳にも楽しかったくらい。


女王の見送りは、そこに多大な感謝も含まれた。

公王は当然と自らが見送りに出向くと、カズマやマサカゲだけでなく。

帰国の日に合わせて、朝には公都へ着いたヨシミツの姿も在った。


そこから見送った直後までは、此処にもマサカゲやヨシミツを含めた多くの者達が居並んでいた。

けれど、程なく公王は自分のみを残して人払いをした後。

シャルフィの女王を乗せる艦が遠く小さな点のようになるまで黙したままを貫いている。


だが、何か用向きがあるから。

それで、恐らく軽々には口に出来ない何かなのだろう。


「カズマ」

「はい。何で御座いましょうか」


公王の徐な声へ。

カズマはいつもと変わらない声を返した。


「あれから・・・もう、七年が経つのだな」


公王が自分のみを残して人払いをした理由。

今の一言で得た納得は自然、カズマを小さく頷かせた。


「ノブヒデ様は・・・・いつ、気付かれましたかな」

「聖女殿の傍で、そこで顔を見た時からだ」

「なるほど。面差しは間違いなくユリナ様故・・・・拙者も思わず胸が締め付けられ申した」


クク・・・・・


胸が締め付けられたと口にしたカズマの声に、ただ、公王の方は首を縦に何度も動かすと、その口は面白かったのか小刻みな笑いが漏れ聞こえて来る。


「まぁ、あの時は儂も事の重大さ故にな。それで、カズマ。最も信頼出来るお前にだけ任せた」

「確かに。我が国と彼の国との関係は今でも微妙に御座いますれば。故に事の隠密性は拙者も理解っており申した」

「そうだな・・・・腹に据えかねる事など。それこそ今も積もっておるのだ。だがな・・・彼我の差はいかんともし難い。数だけなく、質も差があり過ぎるのだ。俺は・・・民を守らねばならぬ」

「ノブヒデ様の心中。拙者も察しております」


互いに表現を誤魔化しても理解っている。

ただ、この件に関しては、それでサザーランドだけが抱えている訳ではない。


「ノブヒデ様。お伺いしてもよろしいでしょうか」

「俺に話せる事であれば許す」

「単刀直入にお尋ねしますが・・・聖女殿は如何な用向きを持参して来られたのでしょうか」

「まぁ、定期の交易話はいつものそれと変わらぬ。だが、ヘイムダルのルテニア侵略の件。その件では特に協力を求められた」

「なるほど。ルテニアは酷い有様だと・・・・カグツチでもユキナガから聞いております」

「その件でな。聖女殿はどうにかして直ぐの停戦へ運びたいらしい」


新聖暦2085年の5月に起きたルテニア侵略は、二年近く経つ今でも終わろうとしないでいる。

初期はヘイムダル帝国側が圧倒的に優位だった。

しかし、世界中を駆け巡る報道は、そこで当然と行われた民間人虐殺や婦女暴行をクローズアップした記事を、これでもかと流し続けた事が起因して状況が変わった。


ルテニア侵略の件は、先ずルテニアの北部。

領土を接するカサレリア連邦が、暴行略奪を含めて虐殺される民間人保護を名目とした対ヘイムダルを宣言。

この宣言へ、カサレリア連邦と友好的な繋がりのある東部自治合衆国が支援を表明するに至ると、人道的な見地からも容認できない声が、それでアルデリア法皇国も行動を起こした。


現在のルテニア自治州は、ヘイムダル帝国軍と国際連合とも呼べる多国籍軍とが国境地帯で激戦を繰り広げることもある。

だが、戦局は膠着しているという見方が大勢を占めていた。


事の発端となった国境近くで発見された古代遺跡についても。

初期は帝国軍が武力で制圧した後。

現在は押し返した多国籍軍の支配地域の内に収まっている。

しかし、この件では駐留監視を行っていたサザーランド公国が派遣していた監視員も少なからず犠牲となった。


サザーランド公国は、この一件以降。

ヘイムダル帝国との外交を厳しく制限している。

そして、それは実質サザーランド公国の庇護下に置かれているアトーレとレナリアの両自治州までが含まれる。

自治州ゆえに当然と自治権は認められているが、これも歴史を辿れば両自治州ともが元はサザーランド公国の一部。

付け足しで現在のアトーレとレナリアは、サザーランド公国との繋がりが良い意味で非常に強い。

治安面ではサザーランド公国から派遣された兵が街道や周辺の安全を今でも担っているのだ。


――― ヘイムダル帝国は私利私欲で侵略戦争を起こした ―――


その際、監視団として派遣していた我が国の民を殺している。

この件が引き金となって。

サザーランド公国内におけるヘイムダル帝国への国民感情は悪化したまま改善の兆しも無い。

多くの民は、ヘイムダル帝国への当然の討伐さえ叫んだほど。

しかし、強大な帝国を相手に怒り感情任せで戦端を開けばどうなるか。

公国の政治に携わる者達は、このくらいは当然だが理解っている。


もっとも。

理解った所で腹に据えかねるものが在る。


サザーランド公国は、公王の名で声明を出すと、この件だけで戦争を起こす愚を選ばない。

しかし、当然の罪は問う。

現在もアルデリア法皇国に置かれる国際司法裁判所で、この問題は審理が続いていた。


-----


聖女が持ち込んだ恐らくは本命の部分。

カズマは公国が現在も置かれている状況もある。

ただし。

自らは政治へ直接何かを口にする事をしないで来た。


己の分を弁える。

カズマは一人の侍として、この部分に重きを置いている。

まして、御武流の正統後継者となって以降は、故に一層の弁えが必要と心得ていた。


「カズマ。其方の本心を聞かせてくれ。俺は、身内も同然の臣下達が殺されても兵を起こさなかった。その事では臆病者とも蔑まされた。だが、それでも。俺は王として国を守らねばならなかった」


色んな感情を今は抑えたノブヒデの声に。

その心情は、聞く側のカズマも分っている。

青二才などと呼ばれる様な少年時代のノブヒデは、それこそ獰猛な虎も同然な為人だった。

故に、公王となってからのノブヒデが、一見すると大人しくもなった部分は、それで器を成長させたくらいも分っている。


「政治に優れる臣下達の声で、殺された者達のことはアルデリア法皇国の裁判所へ預けた。だがな・・・やり切れぬのだ。王などでなければ、それこそ自由な一介の傭兵でもあれば。俺はヘイムダルの屑共を殲滅させるまで戦っていたであろう」

「まぁ、それが幼少の頃から拙者の良く知る。本当のノブヒデ様の在り様でしたからな」

「聖女殿はな。多くの民が悪戯に犠牲となる。そんな状況を、だから今直ぐにでも終わらせなければならないと・・・・俺にも手を貸して欲しいと言って来た」


ルテニア侵略の件は、以降の外交でも早期の終結。

この程度は互いに認識を一致させてきた。

ローランディア王国や兵を派遣したアルデリア法皇国もそう。


「なるほど。事を急ぐ何かが在る・・・・ノブヒデ様は急ぐ裏側を聞いているのでしょうか」

「ああ、聖女殿はな。次の議長国を狙っているのだ。その覚悟を聞いた故に、俺は聖女殿を推し立てようと思う」


リーベイア大陸国際条約機構。

最近まで議長国を務めたヘイムダル帝国は、ただし、ルテニア侵略の件で任期を未だ多く残しながら不信任案を出された後。

そこから悪足搔きも同然な時間稼ぎを経ての多数決は、予想を裏切らない不信任可決。

結果。

議長国を剥奪されたヘイムダル帝国を除いて、8月には新たな議長国を選出する選挙が行わる事になっている。

シャルフィのシルビア女王は、此処で自らが議長となる。

シャルフィ王国が議長国となれば、定められた条約に基づいて行使出来る権限もある。

だが、シルビアの狙いは、国際条約機構の参加国へ対する発言力を強くすることにあった。


「今の世界情勢の中で、そこでシャルフィ王国が議長国となれば。帝国に対しては確かに嫌な流れが出来るでしょうな」

「その通りだ。聖女殿は武力を用いずにヘイムダルを法の下で裁く。途方もなく困難ではあるが・・・ようやくそこに立つ決意をしたらしい」

「ノブヒデ様は待っておられました故に一入(ひとしお)で御座いましょう」

「我が国の後で、次はローランディア王国へ協力を求めに行くそうだ」

「シルビア様を気に入っているフェリシア様であれば。この件、協力は惜しまないものと考えます」

「ああ、その後はアルデリア法皇国へも協力を求めるらしい。世界はようやく動くかも知れぬな」


声に僅かでも物悲しいを感じさせるのは、自らが中心には立てない・・・・・・

だが、カズマもノブヒデの為人を考えれば。

その余りに猛々しい本性は、故に不向きも容易に分かる。


「ノブヒデ様。拙者は余り物騒な事を口にはしたくありませぬが。ヘイムダルとは何れ一戦は交えるでしょう。その時にはノブヒデ様が陣頭に立つ役を任される。そうも抱く所です」

「まぁ、向き不向きであろうな」


カズマに言われて強く吐き出した吐息は、ノブヒデ自身が分かっている所。

言いくるめられる感じは好きではない。

だが、自分をこうして諭してくれるのがカズマで、その言葉には他の者より素直に頷く事が出来る。


会話の最中、シャルフィの航空艦は、空の彼方へ溶け込んでいた。

振り返って歩き出したノブヒデと、それ続くカズマだったが。


「そうだ、カズマよ。其の方、エクセリオン殿に太刀を授けたな。聞けば御剣流を指南したとも」


自分へ視線を向けながら打って変わった面白がっている感の探りへ。

しかし、カズマは当然と頷いた。


「エクセリオン殿には世話になりました故。カグツチでは興味を持たれた刀の扱い方も指南致しました」

「そうか。だが、それだけで彼の百花繚乱を与えたのではあるまい」

「昔、未だ若かったノブヒデ様と、同じように若かったマサカゲにも教えましたが。エクセリオン殿は既に至っておりました」


返しながら。

ふと、カズマは先日に交わしたアスランとの会話を思い起こしていた。


出来れば、剣を抜かないで解決出来る。

そのために、今も修行や勉強をしているんです。

でも。

だから剣を手に取る時は、絶対に負けられないんです。

え?

ああ、何に負けられないのかって。

そんなの。


・・・・・相手が世界でも、神様でも。あとは想像も出来ない化け物とかでも。俺は俺の守りたい総て。その安寧を絶対守るって誓いました・・・・・


未だ幼少の身で、ただ既に軸を備えている。

間近で映した実力は、なるほど、だからそうなのかと。


「エクセリオン殿は、拙者が御武流の後継者となって至った所を、もう備えております。ですが、純粋に才を持っている所も見ました故。まさか、一度見ただけで拙者の抜刀術を完全に真似た等は、機会があれば傍で鍛えたいとも思わされました」

「ほう。其方の抜刀術を"初見″で真似たのか」


驚かされたのを隠さない表情も。

その内で察してくれた部分も伝わっている。


「マサカゲだけは気付いておりました。ですが、未熟者の天狗娘だったキキョウはとんと分かっていない様子ゆえ。確かにキキョウにも才はありますが。エクセリオン殿はそれも桁が違うと見えました」

「そうか、そうか。で、故に百花繚乱を授けたか。随分と気に入ったようだな」

「ノブヒデ様が許して下さるのであれば。今直ぐにでも追い掛けて指南を続けとう御座います」

「うむ。其方たっての願いであれば・・・俺も無下にはすまい」

「拙者の方はそれとしても。ですが、ノブヒデ様の方とてエクセリオン殿を気に入っている様子。まさか、ナオ姫様と許婚だ等と。聖女殿もすっかり泡を食った面持ちで御座いましたな」


途端に大声で笑い出したノブヒデを見れば、それは愉快だったに違いない。


「俺としてはユキナでもナオでも、何方でも構わんのだ。ただ、ユキナは既に十四。ナオは数えで七になる。歳も同じ故な・・・あとは、俺とそっくりな虎も同然なナオには今から婿を決めねば独り身も違いあるまい」


言うだけ言って再び大笑いに興じる。

ただ、まぁ・・・・・

カズマは無言で頷いた。


「娘のユキナとキキョウは好敵手でもあるが・・・・揃ってエクセリオン殿には勝てなかったようだ。しかし、態と袴の紐だけを斬る等。あのような芸当を見せられては笑わずにもおれまい」


そう。

ユキナ姫は、それこそ一番にやられたのだ。

最初は一本取るまでの勝負が、負けん気の強さ故に。

ノブヒデ様は『ならば、ユキナ。其方が負けを認めるまでとことんやるが良い』等と・・・・・


結果。

負けを口にしないユキナ姫を相手に、エクセリオン殿は袴の紐のみを斬って終わらせたのだ。

妙齢のユキナ姫は、袴だけを切り落とされて瑞々しい脚を曝け出した所で。

真っ赤になる程の恥ずかしさは、屈辱だと大泣きしていた。


まぁ、それでもだ。

キキョウはパンツまで剥ぎ取られたのだし。

それも二度。

だから。

キキョウと比べれば、ユキナ姫は未だ良かった方だろう。


「まったく。父親であれば笑う場でも無いと思いますが」

「いやなに、ユキナも色気づいておった。父として喜ばしい事ではないか」


娘のパンツ姿を見て、その感想がこれなのか。

カズマは、この時だけは自らの所業を棚へ放り上げていた。


ナオ姫を許婚にという件は、聖女が即答を避けた事もある。

あるが、ノブヒデはごり押しする気満々だった。

とは言え。

肝心のナオ姫はと言うと、今は南部にある海上都市のアメノミハシラへ出向いている。

公都の初等科では、そこで騒動を起こし過ぎた。

これが原因で、今もアメノミハシラにある学校へ預けられたのだが。


そんな手に負えない問題娘を許婚に等と・・・・・

カズマは、為人を知らずに押し付けられたアスランを、この部分では同情するのだった。


――― アイーダ山脈に不穏の兆しあり ―――


御所へ戻ったノブヒデの表情も雰囲気も、それはヨシミツを通してユキナガから届けられた密文が、先の見送りの時とは明らかな別人を思わせた。


確かな不穏が、サザーランドへも忍び寄っていた。


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