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第7話 ◆・・・ 傭兵団イグレジアス ・・・◆


今日も安穏としている配下たちを他所に、ヴェンデルの胸内を占める懸念材料は、しかし、今朝の時点でも解消していない。

それどころか、解消の目途さえ立っていなかった。

こうなった背景には砦を構えた山頂側の天候が、先週から週を明けた今日も未だ悪い事が多分に関わっている。


だが・・・・・

それを理解った所で。

否。

頭では理解っているのだ。

だから、今もこうして考え過ぎぬよう素振りで汗を流している。


「・・・ったく。分かっていても・・・やはり、(まま)ならぬものだな」


起きてもいない不安で頭がいっぱいになった時などは、こうして無心に剣を振って来た。

素振りは剣の基礎で、駆け出す以前からの付き合いでもある。


濃い灰色をした雲が厚く覆う空模様は、強く吹き降ろす風が僅かに降る雪程度を吹雪にも映す。

それでも。

ヴェンデルは砦の中庭で今だけは一心不乱に剣を振り続けた。


-----


ヴェンデルが傭兵になった時代は、魔導革命よりも後。

革命は社会全部に何かしらの影響を与えただけでなく。

今だからこそ断言できるが、戦場におけるそれまでの常識さえ。

魔導革命は前時代的なものにしてしまった。


だから、戦場の時代も加速度的に変わりつつある時期に。

その頃に駆け出した自分は、だから旧態的な考え方や常識にしがみ付いていた周りの先達よりも早く適応出来た。


傭兵という職業は昔も今もそう。

傭兵ギルドで登録手続きさえ済ませれば、後はギルドの掲示板に貼られた依頼を受けられる。

登録手続きも簡単で、男女も年齢も特に制限はない。

まぁ、登録手続きの際に発行される身分証の代金は要るが。

これも大した額ではないし、子供の小遣い程度だろう。


ギルドそれ自体は大陸中に幾つもある。

そして、ギルドが在る街で登録さえ済ませれば、そこで発行された身分証を示すだけで後は何処のギルドでも依頼を受けられる。

それこそ誰でも登録すれば傭兵を名乗れるし、後は依頼も自由に受けられる。

ぶっちゃけ、それくらい簡単な職業には違いない。

違いないが。

ギルドで傭兵の登録を済ませた所で、何の実績も無い新人が直ぐに稼げる・・・等ということも決して無い。


殆どの新人は小遣いにすら程遠い。

労力と比べて全く見合わない雑多なゴミ仕事しか受けられないのが現実だ。

だから、新人の殆どは何かしらの職を持ちながら傭兵稼業を営んでいる。


何処のギルドでもそうだが。

ギルドへの依頼は毎日のように多々集まっている。

そして、傭兵は掲示された依頼の一覧から基本的には自由に選んで受けられる。


ただし、ギルドは依頼元へ請け負った契約を失敗したとき等は相応に違約金も払わされる。

また、依頼の失敗はギルドの看板にも傷がつく。

失敗が全く起きない訳ではないが。

失敗を繰り返すようなギルドへは、当然、依頼も来なくなる。

最悪は、その街のギルドが潰れる事まであるのだ。


よって、ギルドはギルドとしての実績と信頼を損なわないために。

傭兵が受けたいと申し出た依頼を任せるか否か。

その判断は、全て支配人が決めている。


要するに何の実績も無い新人は、詰まる所で支配人の信頼を得ていない。

高額の依頼を受けたいと申し込んだ所で、当然と門前払いにされる。


報酬の算定方式は種別ごとに基本報酬が先ず設けられている。

後は、依頼の難度によって上積みが設けられるのが一般的だ。

付け足すと、一部の高い実績と実力とを兼ね備えた者達には、特権的な特約が認められている。

もっとも、特約が設けられるような傭兵は、それこそ何処のギルドでも手放したくないエースの様な存在である。


-----


素振りに汗を流したヴェンデルのふぅっと吐き出した息は白く染まると、瞬く間に消え去った。


「俺個人は・・・特約が付くほどの実力者ではない」


そう。

そんな事も分かり切っている。


「だがな。人は誰もがそうであるように。得手不得手や向き不向きがあるのだ。俺は剣技の才が並み程度なのを分かっている。その代り、頭を使うことで此処までやって来たのだ」


個人の技量は並み程度。

ヴェンデルが自身をそう認めたのは、駆け出して一年後くらい。

たった一年程度で行き詰まりを感じていたヴェンデルは、そこで腕力だけは一人前のブラムと出会った。


二人は互いに傭兵だけの稼ぎでは食べていけない所は同じで、そして、ヴェンデルはギルドからの斡旋で同じ街にある商工所の事務員をして凌いでいたある日、家賃を払えなくなって追い出されたブラムから生活保護の申請を受けた。


ヴェンデルは自身が商工所の事務仕事を斡旋された経緯。

ブラムと似た様な境遇になった当時は、ただ、学校で真面目に勉強して来た部分が事務職での住み込み生活を貰えたことに繋がっていた。

とは言え、商工所の倉庫内にある誰も使わなくなった宿直室は、それでも風呂もトイレも備わっている。

しかも、一月に五日間の事務仕事で家賃は要らない条件は、その頃のヴェンデルにとって破格の好条件だと思えていた。


多い時は一月の半分を商工所の事務仕事で稼いでいたヴェンデルは、生活保護の申請をしに来たブラムのことを、事情を聞いてからは分かる部分も在った。

結局、ヴェンデルとブラムは同じ部屋で寝食を共にするようになった。

ヴェンデルが事務仕事で、ブラムは荷物運びのような力仕事。

二人は自然と相棒の様な関係になると、ギルドの仕事も二人で一つの仕事をするのが当たり前になった。


並み程度の実力しかないヴェンデルは、それ以前まで依頼となる危険度の魔獣討伐を、一人では受けられなかった。

だが、腕力だけなら既に傭兵として一人前のブラムと組む。

罠作りや設置といった仕掛けをヴェンデルが担当すると、そうやって仕掛けに嵌ってろくに身動きも出来ない魔獣をブラムが仕留める。

二人はそうやって互いの長所を活かす方法を武器とした事で、ヴェンデルが傭兵となって二年後。

中古の物件だったが、二人で暮らすには余裕の家を持つに至った。


-----


――― 傭兵団 ―――


日頃は個人でしか仕事を引き受けないのが当然の傭兵たちでも。

ギルドに届く依頼の中には、戦争中の当事者から応援の依頼が届くことがある。

勝てば別途に高額の褒賞も約束される依頼は、しかし、一人では受けられない。


こういう依頼が届くと、先ずは支配人から参戦希望を募る告知がなされる。

依頼内容で最低百人等と記載されれば、支配人は最低でも百人の傭兵を揃えない限り契約を結べない。

だが、こういう依頼は他よりも時間的な速さも求められる。

そこで、こういう依頼の時だけは一先ず頭数を揃える意味で、実績や実力を問わずに必要な人数を揃える。

契約を交わせる人数が揃うと、支配人は全員を依頼主の所へ派遣する。


そう頻度のある依頼ではないが、戦争は傭兵にとって一獲千金を狙える格好の機会。

そして、こういった多数で受ける一つの依頼の時には、支配人が指名した傭兵が団長となって全員を束ねる。

ヴェンデルが駆け出し以前の傭兵団とは、往々にしてそういうものだった。


ヴェンデルは相棒のブラムと二人暮らしをするようになった頃。

その頃から胸の内で考えていたことがある。


――― 自分だけの傭兵団を組織しよう ―――


相棒と二人で仕事を続けていても。

それでもきっと並よりは、十分以上に稼げる。


ただ、傭兵になった最初の夢は、今の生活などではない。

いつかは英雄と呼ばれる様な偉大な存在になるのが夢だった。


『ブラム。俺はもっと大きな仕事も当然と出来る傭兵になりたい』

『俺は、ヴェンデルに出会って今の暮らしを手に入れた。だから。あんたに付いて行く』


それから半月程度の間に、二人が暮らす家には、新たに五人の駆け出しが住み込むようになった。

駆け出しの五人は、漏れなく全員が夢を見て現実の厳しさを染み込まされた者達。

全員がヴェンデルとブラムよりも年下で、最年少は未だ10歳。


この頃のギルドでは、そこでヴェンデルとブラムの実績も並み程度には認められていた。

依頼はヴェンデルの名前で受けると、そして駆け出しも含めた七人で仕事を完了させる。

報酬はヴェンデルとブラムが駆け出し五人よりは少し多く取ると、後は平等に分け与える。

とは言え、分け前の一人分が駆け出しに与えられるようなゴミ仕事の十倍くらいは一度に貰えるため。

また、大人数だからこそ。

一人当たりの危険度が下がる。

作戦と指揮はヴェンデルが担当すると、ブラムを軸に残る全員で連携を組む。


こうして、三月も稼いだ報酬は、全員が自分だけの個室を持てる中古も中古のアパートを買い取る所へと至った。

一方で、ヴェンデル達のことをギルドの中では『半人前にも遠く及ばない雑魚が群れた』等の声が少なくない。

と言うのも、昔から傭兵とは己の実力のみで成り上がってこその一人前。

群れを率いるヴェンデルがギルドに依頼を受けに行く最中には、当然と嫌悪の荒声を発する者達もいた。


ただ、ヴェンデルは己のやり方を変えなかった。

確かに、自分の様なやり方を良く思わない者達が多くいる。

これも事実だが、もう一つ。

七人で仕事をするようになってからは、そこで失敗を犯していない事実もある。


支配人から群れを組んで仕事をする分には構わないも確認済みで、ただし、報酬額は変わらない。

得られる報酬を全員で分けると、当然だが一人で受けるよりも額は減る。


報酬額の件は、そんな事は承知している。

言われるまでも無い報酬額よりも、この時期のヴェンデルが最も神経を使った部分は、依頼を確実に達成することだけ。

基本報酬と難度に応じて加算される成功報酬を確実に得られれば食べるのには困らないし、同時にそれは実績の加算に繋がっている。


ヴェンデルも含めた七人は、そこから周りの声も構うことなく。

寧ろ、駆け出し五人が同期とも呼べる周りよりも圧倒的に稼いだ事実は、これで後から加わりたいと相談されることが増えていたほど。

七人が住んでいたボロ物件のアパートも、そこから売り出し中だった中古のホテルを買い取る頃には規模が三十人を超えていた。

同時に、ヴェンデルが目を付けた何人かを小隊長の地位に置いた後は、比較的簡単な魔獣討伐を小隊ごとに請け負う等。


更に一年程が経った頃。

ヴェンデルはイグレジアスと名付けた傭兵団を正式に発足した。


-----


――― 傭兵団イグレジアス ―――


発足当初のイグレジアスには、百人程度の団員が所属していた。

ただし、全員が傭兵ではなく。

三十人程の後方要員が含まれている。


後方要員とは、これも団長のヴェンデルが組織した部分で、依頼の処理を行う傭兵たちの武器を含めた装備は勿論。

必要な情報収集と分析も行うと、遠征時には補給の確保に至るまでを主な仕事としている。


ヴェンデルが群れを率いた当初は、そこでは嫌悪の声が多かった。

だが、ギルドの支配人も認めた傭兵団イグレジアスは、それが同時にギルドの実績を底支えした点を高く評価されたからである。


イグレジアスの団長は、用心深く迂闊には動かない。

だが、請け負った依頼は確実に達成する。

根強く残っていた嫌悪の声は、ただ、それよりも評価する声が勝っていた。


他にイグレジアスは、駆け出しでも当然と仲間に加えてくれる。

団という大きな組織になったことで、ヴェンデルが必要に迫られて規則も作った部分は、それで傭兵の自由を幾分かは縛りもしたが。

更に一年が過ぎた頃には、規模が三百人を超える傭兵団へと成長していた。


三百人を超える配下を持つ身になったヴェンデルは、自らが受けた依頼へ直接のように赴くことが激減していた。

依頼の処理は、これを副団長のブラムを筆頭に後は中隊長やその下にある小隊長が軸になって片付ける。

この頃になると、ギルドの支配人から逆に請け負って欲しいを頼まれることが増えていた。


イグレジアスは、受けた依頼を最低でも小隊単位で片付ける。

決して、単独では引き受けない。


理由は幾つもあるが、一つは無駄死にをさせないことにある。

また、どの小隊にも新人を配している事で当然、新人を育てる意図も含まれる。


多い日で一日当たりの処理件数が40件を超えるイグレジアスは、結果的には依頼を失敗していない。

任せた小隊が一つ壊滅した魔獣討伐では、報せを受けて直ぐ。

より強い者達で構成した中隊規模の戦力を当てて片付ける。

そうやって、結果的には失敗していないを積み上げた。


傭兵はいつ何処で死ぬかも分からない世界に身を置ている。

これは今でも変わらない事実だが。

傭兵団イグレジアスは、団員が任務中に死亡した件を殉職として扱う異色を持った団でもあった。


イグレジアスが受ける依頼は、それを割り当てられる各小隊へ『任務』として与えられる。

任務を達成することで給料が貰える仕組みと、中には家庭を持った者達が、万が一の死亡時には残された家族にまで見舞金が送られる。

見舞金は給料の一部を積み立てながら、そこへ団の資金から上積みで払われる仕組み。

傭兵の世界に当然と無かった部分は、これも理由でイグレジアスに入団する者達が多かった。


異色に映る部分は、ヴェンデルが商工所で培った経験がそうさせた。

傭兵=一攫千金は誰もが一度以上は夢見る。

だが、何の実績も無い新人はまともに稼ぐことさえ出来ない。

この事実へ。

何の実績も無い新人でさえイグレジアスなら一先ず食べて行ける。

一先ず食べて行ける所から努力次第で稼ぎを増やせる。


ヴェンデル本人は、自身が思い描いた英雄象からは遠く離れているも分かっている。

それでも。

昔から然程変わらない傭兵の世界へ。

そこで生きる傭兵の生き方には一石を投じた。


傭兵団イグレジアスの噂は、これを見本に続く傭兵団を幾つも誕生させた。

ヴェンデルは事実、旧態依然の傭兵社会へ変革を起こしたのである。


-----


現在の傭兵団イグレジアスは、二千人が所属する指折りの傭兵団を成している。

それこそ、本拠地のゲディスでは絶対的とも言える地位に在ると、ギルドからも特権を与えられた存在になっていた。


そんなイグレジアスは、周りの傭兵たちと比べて装備が近代化された物になっている。

武器を含めた装備は、これがヘイムダル帝国に本社を置く兵器メーカーとの間で専属とも言える契約が結ばれると、現在も新装備を現地で試験運用する仕事を請け負っている。

この兵器メーカーはヘイムダル帝国内では新参の企業で、古参の企業が当然と胡座をかくシェアへの斬り込み口を探していた所にイグレジアスの噂を聞いた後は今に至っている。


優れた装備の定義は、確かにこれも意見は様々ある。

しかし、この新参の企業は『現場第一』を掲げると、武器を含めた装備を最も日常的に扱う傭兵の意見を特に取り入れた。

まぁ、そう至る前には正規軍への販路を得ようとの営業に力を注いだ。

ところが、有力貴族とも繋がる古参の企業が当然と邪魔に入ると、主要な兵器メーカーが軒並み揃う発表会の場さえも出入りを許されなかった。


どんなに優れた装備も使って貰えない事には、ただの鉄屑である。

国内での販路は得られない現実に、しかし、国外でなら・・・・・・

隣接するゲディス自治州で、イグレジアスという傭兵たちの集団がある。

営業には社長自ら赴くと、そこで会ったヴェンデルという名の団長が逆に頭を下げて是非やりたい。


帝国内の兵器メーカーとしては当時、十年と歴史の無い新参企業の『ルーレック』は、こうして傭兵団イグレジアスへ装備を売るようになった。

同時に、試作段階の新兵器の性能評価試験や運用試験など。

傭兵団イグレジアスの活躍は、そのパートナーとなったルーレックとの関係で成り立っている。


装備を使うイグレジアス側からの意見とレポートは、ルーレック側も改良や新開発へのフィードバックを得られる。

しかも、正規軍と異なって多様な局面で使われることが間々あるため。

日頃から武器を使う傭兵たちの声は、歴史の浅いルーレックへ。

より実戦的な装備を多く生み出させた。


その結果。

ルーレックが製造する装備は、イグレジアスから紹介された幾つもの傭兵団や傭兵個人にまで販路を広げると、現在のルーレックは会社全体の営業利益。

利益額だけなら帝国内の古参企業に引けを取らない所へと成長したのである。


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