第6話 ◆・・・ 布石と見えて来たもの ・・・◆
マサカゲには数え年で14歳になる一人娘が居る。
美人の母を色濃く受け継いだ美少女で、名をキキョウと云う。
母親は色白な肌を濃い青の瞳と艶のある長い藍色の髪が引き立てると、整った目鼻立ちは更に、物腰の柔らかな為人が故に見た目だけの美女などではない。
周囲がそう口にするくらい出来た女性は、娘の方も見た目の印象は母譲りだった。
しかし、娘の為人は母と異なる。
見た目は母譲りでも。
為人の方は、それもどちらかと言えば、一本太い芯の通った所は間違いなく父親にそっくりだとか。
そんなキキョウは父と同じく御剣流の門下生であり、それも幼い頃からカズマが直々に手解きをする等の面倒を見ていたそうだ。
元々、母親の方も剣を嗜む侍の家に生まれ育った部分は、転じて女らしい趣味などはキキョウも未だ持っていなかった。
キキョウは物心ついた時から既に玩具の木刀で素振りの真似事をしていたらしい。
10歳の時には年に一度開催される公都の御前武術大会に参加すると、少年少女が参加する部門での優勝を初参加で成し遂げた。
以降も昨年まで、同じ部門に参加すると連覇を飾っている実力者は、今年からは大人が参加する部門への参戦が既に周知だった。
――― 御剣流に剣術小町在り ―――
サザーランドでは美しい少女へ『小町』の表現を用いることが間々ある。
キキョウは御剣流の門下生であることから。
故に剣術小町の通り名でも知られていた。
しかし。
それ程の美少女は今。
最も得手とする剣の試合で、歳は自分の半分程度な異国の男子に完膚なきまでに負かされた。
だけでなく。
キキョウは予ねて欲しかった『百花繚乱』と云う御武流に幾つか在る名刀の一振りを、それを今からの試合で勝てば授けてやる。
ただし、負けた時は勝者の望みを一つ叶えること。
まぁ、そういう賭けの付いた試合で、ただし、キキョウはその賭けに乗った。
百花繚乱は、刀身の波紋がそれこそ無数の花びらで満たしたかのような美しい刀剣で、名刀の中でも特に名刀を謳われる一振り。
それを勝てば授ける。
相手は数えで7歳になる異国の男子。
パッと見は全く強そうにも見えなかった。
と言うか、初対面で名を交わすまでは女の子だと思っていたくらい。
混ざり気一つない美しい黒の髪。
整った顔立ちと色白な肌は、それに神秘的にも映った琥珀の瞳が、まるで一つの美にも映った。
女の子だと思っていた相手は、ただ、それが男の子だったくらいは驚きもした。
けれど、百花繚乱を貰うため。
可哀想だけど。
此度は全力で叩き伏せる。
そして・・・・・
代官屋敷の庭で始まった賭け試合は、キキョウに人生初の完敗と、人生初の恥辱までを与えたのだった。
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アスランは自分にだけ聞こえる。
ヒャッハー!!
ウッホホ~イ!!
「(・・・盟主。このパンティは実に美味なの、じゃぁぁああ”あ”あ”・・・)」
ゴッキーがさっきからずっと狂喜乱舞しているのは間違いないだろう。
だけどさ。
僕は、今も恥ずかしさで泣いているマサカゲさんの娘を思うとね。
試合に勝ったことも全然ってくらい。
それくらい嬉しくないんだよね。
脱がされた袴の近くで蹲っているキキョウさんは、下半身だけが裸だった。
念のため。
僕は試合に勝っただけです。
勝って、望みの品を尋ねられて。
それで、僕はゴッキーの報酬。
つまり、キキョウさんが試合の最中も履いていたパンツを貰いました。
ですが、キキョウさんを押し倒して袴の結び紐を引っ張って解いた後は、悲鳴も抵抗もお構いなしに。
そのまま袴を力任せに剥ぎ取ったのも。
そこから引き千切るようにしてパンツを掴み取ったのも。
それは全部、姿を消したままのゴッキーです。
繰り返しますが。
僕は試合に勝っただけです。
付け足すと、こんな賭け試合を御膳立てしたのは、カズマさんとマサカゲさんの二人です。
最初、僕が僕だけの忍びに払う報酬の件で。
その事を相談したカズマさんとマサカゲさんの二人が、妙案がある・・・・・
最後に纏めると、二人の妙案で、だからこうなったんです。
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場所を屋敷内の一部屋へ移した後。
床の畳の上には、昼間にも見た地図が広げられると、その時と同じ面々が再び地図を囲んで腰を下ろしていた。
「うむ。先ほどの試合じゃが。天狗になっていたキキョウにとっては良い薬になったであろう」
先に口を開いたカズマの声に、父親のマサカゲもそこは納得した雰囲気で頷いていた。
「キキョウは、確かに剣の素質がある。これは親としても将来を楽しみに思える所。だが、師が懸念されていたように天狗とも有頂天ともなっていたことも事実でな。故に今年はその鼻っ柱をへし折ってやろうと、御前武術大会では大人達が参加する部門へ出させることにしたのだ」
マサカゲはそこで、一度静かに。
ただし、大きな溜息を吐き出した。
「エクセリオン殿。娘の増長を完膚なきまでに叩いてくれた事。親として感謝を申し上げる」
胡座の姿勢でアスランの方へ向きを変えたマサカゲが、そのまま両手を膝へ乗せると深く頭を下げた。
ただ、礼を受けるアスランも忘れていない。
キキョウがゴッキーに襲われて、それでパンツまでを取られた一部始終は、姿無き相手への悲鳴も抵抗も映しながらカズマもマサカゲも頑として動こうとはせず。
それどころか、キキョウの下半身が顕わになった後は、これも揃って瞳に焼き付けようとガンと見開いて釘付けだった事を・・・・・・
「いえ。動きも太刀筋も単調でしたので。それで次に何が来るのかも分り易かっただけです。でも、真っ直ぐな剣でした」
受けた感想は、出来る限り丁重を繕って伝える。
これくらいの社交辞令も既に今更だった。
顔を上げたマサカゲは、アスランの感想にも納得した感で幾度も頷くと、同じように聞いてたカズマも得心した面持ちで、ただし可笑しいを隠さず笑っていた。
そんなカズマの笑いが収まるのを待って、此方は見計らったように話を先へ進めたのが呆れ顔を隠さないヨシミツだった。
「今も屋敷の地下牢に置いてある捕らえた密偵達ですが。これもエクセリオン殿の配下の方々のおかげで、洗いざらい白状してくれました」
見て分かるくらいの苦笑いもそうだが、声の感じまでが普通の取り調べなどではないくらいを抱かせる。
まぁ・・・・・
主であるアスランだけは、ミーミルがどんな聴取を行使したのか。
幻の魔導とは、もとい、幻を操る魔法の威力は並の精神程度は好き放題に操れるくらいを、ただ今回もその恩恵に授かった。
だから。
この件も問題は無し。
今は対幻術の修行もしているが、剣を使うのとは根本から勝手が違う。
アスランはミーミルのことを、その意味に置いて、今も半端なく恐ろしい存在だと認識していた。
もっとも。
今回の自白は、幻だけでなく。
レーヴァテインが男の急所を容赦なく苛め抜いて白状させたとか・・・・も、聞いている。
一体どんなやり方をしたのかは全く以って知らされていないのだが。
悪党から情報を聞き出すためには、それで多少の手荒さは当然だと。
ティアリスがそう言う以上は、アスランもこれくらいは常識なのだと納得していた。
捕まった密偵の数は五人。
五人全員が男で、うち二人は街から少し離れた一帯が畑の中に在る物置小屋に潜んでいたらしい。
そして、アスランはこれもティアリス達と練った作戦の都合。
屋敷に戻って直ぐにヨシミツの許可も貰うと、この二人だけは物置小屋へ帰している。
二人は捕まる際に負った負傷を癒して後。
精神をミーミルに完全に支配された状態で、それこそ記憶の改ざんまでされると捕まっていた事すら憶えていないのだ。
「私も屋敷に戻って来たエクセリオン殿から策を聞かされた時には、それは確かに驚かされましたが。ですが、私どもが今もこうしている間に。そ奴等は偽りの報せを届けに行っている筈・・・で、良いのですな」
ヨシミツの最後はアスランへ確認を求める様な素振りに、当のアスランは当然と頷きで返した。
「ええ、その通りです。五人全員から聞き出した情報によると、街中に潜んでいた密偵が掴んだ情報は、そこから物置小屋で捕まえた二人を通して山道の傍にある村の近く。ここに潜んでいる仲間へ届いた後、そこから山頂近くにある砦へ届けられる仕組みが採られています」
既に一度は話してある内容を、この部分はヨシミツも分っている感で頷いてくれた。
「此処はカズマさんを通して傭兵ギルドの方に情報照会をお願いしている件ですが。傭兵団イグレジアス。これが敵の組織名という事の他に、ヴェンデルという名の団長とブラムという名の副団長についても。この部分の詳細もギルドに問い合わせをしている所です。ただ、団長と副団長については、マサカゲさんの一度目の討伐の後で乗り込んでいる事を、捕まえた者達からは聞いています」
ただの山賊などではない疑いは、事実、山賊などでは無かった。
そして、聞く限りでは傭兵たちが集まって出来た集団。
イグレジアスという名の傭兵団については、ギルドからの連絡待ちな部分も在るが。
捕まえた者達の話では、ヘイムダル帝国とルテニア自治州と隣接するゲディス自治州を本拠地にしている傭兵団で、ヴェンデルとブラムの二人は、このゲディス出身の傭兵でもあるらしい。
「ミーミルとレーヴァテインからの報告では、昨年の終わり頃から二月に入る頃までに山頂付近に砦を構築したようです。それも五百人以上が立て籠もれる規模となれば、その規模は決して小さくはないと考えられます」
「確かに、その時期であればマサカゲ殿の討伐も終わった後。雪が降った事で山道は完全に閉ざされました故に、私も先日の襲撃があるまでは・・・まさか、山賊が再び集まっていた等も予期しませんでした」
代官を任されるヨシミツの発言は、向かい側に座るマサカゲが一番に頷いた。
最初の討伐の時ですら既に雪が降り始めていたことで、それも理由で戦を急いだ経緯がある。
その時の戦が終わって間もなく。
本格的に雪が降った山々は、山頂へ至る道も完全に閉ざされた。
マサカゲは、そこまでを直に確認して後。
率いた兵を纏めるとカグツチ経由で、公都までの帰路に着いたのである。
「某が最初の討伐に赴いた時は、その時にはあのような武器を見なかった。そう、はっきり言って手斧や鉈が目立ったのを憶えている。戦場は山中でも然程に登った所ではないし、まぁ、山中にあるまだ開けた所だった故。そこで伏兵の様な小細工は在ったが、数はたかだか二百。公都の旗本達から集められた二千の騎馬の前には、然したるものでも無かった」
旗本というのは、同じ侍でも選りすぐりに当たる。
シャルフィの騎士で例えるなら。
多くの侍は従騎士で、旗本は正騎士という表現が近いかも知れない。
ただ、騎士が大別では武官扱いなのに対して。
侍は、武官も文官も無いらしい。
文武両道が侍の本分で、故に武官文官の区別も無い。
ただし、代官のような役職を任されるのは、その中でも何かしらに秀でた人格者なのだとか。
話し合いの最中でも、こうして知りたがりなアスランの関心は、けれど、マサカゲとヨシミツの二人ともが噛み砕いて教えてくれたのだった。
山賊討伐の話題から脱線した部分は、そこから再び戻った。
戻したのは頃合いを見たカズマで、そのカズマが寄せる関心は敵の武装。
武装に関しては夜陰の中で見た程度のマサカゲと、率いられた兵達との証言だけしかなく。
故に、ヨシミツの方も未だ何らの確証を得ていないらしい。
とは言え。
ヨシミツの方は、その件もまた含めて忍びと傭兵ギルドへ調査を頼んでいた所に、カズマとアスランがやって来た。
アスランは改めてマサカゲから見たままを聞いていた。
思い当たる節は在るし、もし、そうであればとも抱いていた。
「拙者が見る限り。エクセリオン殿には確証こそ無いだけで、だが、思い当たる節がある。どうかのう」
アスランが姿勢ごとマサカゲと向き合うようにして先の大敗の経緯を、途中、何度か尋ねながら改めて聞く様子は、それを黙したままじっと見つめていたカズマの目を細めていた。
カズマは既にアスランの実力を己なりに量っている。
マサカゲの話には何か気になったのだろう。
質問を口にすると返事を聞く最中に、時折覗かせる僅かな仕草を見逃さないでいた。
「はっきりこれだとは言えません。ですが、シャルフィの騎士団では既に試験採用が始まった装備と似ている。そういう部分からですが」
「なに、拙者もマサカゲもヨシミツ殿もじゃが。今の所でとんと思い当たる節が無い故にな。遠慮なく申してくれて構わぬ」
好々爺。
そんな表現も今だけは似合う。
内にそう抱いたマサカゲは無言のまま視線をアスランへ向けると、そして、自らも師と同意だと静かに頷いた。
「分かりました。先ず夜陰の中で空から小さな太陽がゆらゆらと落ちて来た件ですが。照明弾という夜間戦闘に用いられる特殊な武装だと思われます。大人なら軽く扱える携行式の砲と呼ばれる装備には、火薬を詰めた弾頭兵器の他にも。照明弾や視界を奪うのを目的とした煙幕弾等の特殊なものがあります」
なるほど・・・と、頷く三人は、再びカズマがアスランへ先を促した。
「そして、敵の主武装ですが。嵐のように銃弾が飛んで来る。これも携行可能な機関銃。或いはマシンガンと呼ばれる銃火器ではないかと。何れも銃の内部に組み込まれた小型の導力モーターが、その性能によって短時間で嵐にも感じられるほどの銃弾を撃ち出します」
「なんと・・・そのような武器があるとは」
単に一発ずつ撃てる銃程度は見知っているカズマも、詳細を話すアスランの内容では、これが引き金を引いている間は弾倉が空になるまで撃ち続けられる。
既にどのような銃なのかも想像出来ないでいた。
「ですが。僕が特に気になったのは戦場の流れです」
武装の詳細を知る限りで話した後のアスランは、その姿勢を正すと視線は真ん中に置かれた地図を映していた。
「時系列ごとに流れを確認すると、最初の戦闘は夜の九時頃」
そこで声を切ったアスランの右手が、脇に置かれていた青く塗られた小さな駒の一つを掴むと、間を置かず地図の一ヶ所に置かれた。
「マサカゲさんの話を聞くと、襲われた村に警備も予ねて駐留していた兵からの報せでは、敵の数はそう多くない。それでも本陣からは五百の兵が送られた」
アスランの再度、確認するような声に、マサカゲは違いないと頷いた。
「駆け込んで来た早馬からは、敵の数はそう多くないを聞いた。だが、確かな数が判明してる訳でもない。故に見積もられている敵と同程度の数を送れば。長引いても確かな報せが届き次第、此方は即座に動けるよう準備も整えられる。一先ず、そう判断したのだ」
聞いていたアスランは小さく頷いた。
今の部分も既に聞いているし、そして、改めて確認を取ったに過ぎない。
視線は再び地図の方を映していた。
「ですが、最初の襲撃から約一時間後。今度は位置的には全く正反対にある別の村から同じように襲撃の報せが届いています。そして、マサカゲさんはこれも敵の数が多くない事で。最初と同じように五百の兵を送りました」
「うむ。先ほどと同じ意図で五百の兵を差し向けた」
地図は戦場となった一帯だけを詳しく描いたもの。
アスランが最初に青い駒を置いた場所は、同じアイーダ山脈の麓と言っても。
地図で言えば西の端に在る小さな村で、村民の数は二百人程度。
そこへ今度は東の端にある三百人程度が暮らす村の所へ。
アスランは二つ目の青い駒を置いた。
「話を続けますが。二つ目の襲撃の後でまた時間にすると約一時間後ですね。三つ目の襲撃の報が本陣に届けられました。場所は一つ目の襲撃場所に近い・・・ただし、より山奥側の村です。山賊の数が多くない報せは同様でも。此処でマサカゲさんは、より多数を当てて短時間で終わらせる。そういう狙いで、だから此処には一千の兵が送られました」
三つ目の駒は、地図上では一番目の西端からはやや中央よりで、しかし、位置は山脈を構成する一つの山の五合目辺りに置かれた。
聞く限りでは、この村にも三百人程度が暮らしているらしい。
「一番目と二番目の襲撃は、その現場となった村の位置が未だ平地です。対して、三つ目は完全に山を登って行った先に在る村です。そして、再び一時間くらいの後で。更に四ヶ所目の襲撃の報せが届きました」
アスランが四つ目の駒を置いた場所は、これも山中にある村で位置も五合目くらいなのだが。
地図上で中心から北東に在る山中の村は、先の三つの村よりも人口が多い。
千人程度が暮らす温泉のある村は、村というよりも小さな町の様な所らしい。
「此処からの報せですが、敵の数が三百以上という他と違ってはっきりした数字が一報目で出ました。そこに付け加えて既に村の家々に火を放たれたという詳細が含まれています。マサカゲさんはこの村の救援に一千の兵を送りました」
「その通りだ。詰まる所でだが、先の三ヶ所は陽動だった疑いを抱いたのだ。だが、まだ何かあるやもしれぬと。そうも抱いた故。しかし、早々に援軍を送らねばと。村の者達が悪戯に殺されてはならんのだ」
此処までを聞いていたカズマが先に頷くのに続いてヨシミツも同感だと頷いた。
辿った流れも、此処までに違いはない。
そう付け加えたマサカゲの声に、アスランも頷いた。
「カズマさんもヨシミツさんもご存知の経緯ですが。こうして駒を置きながら辿って行くと、時間差を付けての戦力分散を図ったのが見えて来ます。当時の本陣には近辺の村々へ警備の兵を百人程度ずつは配していた事もありますが。この時間差襲撃によって、本陣の兵力は最大時の五千から比べると三割程度まで減ったことも事実です。そして、各地の状況についても続報が届かない中で。本陣には新たな敵の報せが飛び込んで来た」
アスランは、そして、五つ目の駒を手に取ると、地図の中央から少し北側。
地図の中央は北に描かれたアイーダ山脈にも走る街道が縦に走っている。
そして、五つ目の駒は、それが置かれた場所こそ。
「マサカゲさんが再び討伐に出る事になった発端の町。そこに現れた山賊が陣地を作ろうとしている報せは、数が五百以上という詳細だけでなく。一際目立つ存在がいる部分・・・だから、マサカゲさんは自ら残りの兵を率いて出陣した」
「その通りだ。命令を出しながら見た目も明らかに違う装いと聞いた故。某は敵の頭目だと判断した」
此処も相違ない。
「失礼な言い方になるのを承知で、ですが、結果的には此処でマサカゲさんは釣り出された」
言いながら頭を下げたアスランは、けれど、それは向けられたマサカゲが首を横に振った。
「いや、正にその通りなのだ。エクセリオン殿・・・だから気にする必要はない。それよりもだ・・・今は思う処を先に述べてくれ。無論、無礼な言い回しも気にせぬで良い」
敗戦の事実は今更どうにか出来るものではない。
寧ろ、体面に拘って隠す等は恥の上塗りと言うもの。
侍とは潔いも本分に収まる。
「此処から先で敵がどのような策を講じたのか。確かな証拠が無いため憶測を交えますが、ご容赦ください」
「拙者はそれで構わぬ。なに、矛盾や懐疑があれば後で尋ねよう」
「私もカズマ殿に同意で御座います」
マサカゲが構わぬと頷く間に、カズマとヨシミツも今は話しを進めるよう促した所で。
一度大きな深呼吸を挟んだアスランは、そこから思う処を述べ始めた。
結果として、敵はマサカゲの本隊を廃墟と化した町まで誘き寄せた。
誘き出されたマサカゲと本隊は、そこで夜陰の空へ幾つも灯った照明弾に照らされると、視線が空を向ていた僅かの時間に虚を突かれた形になってしまった。
途端に今度は四方八方から火の手が上がると、その勢いは凄まじく瞬く間に厚い炎の壁となって本隊を完全に閉じ込めた所で、馬も兵達も浮足立つと統制が行き届かない混乱状態へと陥った。
「混乱した本隊は、それを炎の外側から一方的に機銃掃射された形になった。しかも、敵の巧妙さは態と退路を用意した辺りで。当然ですが、自分達の犠牲を極力出さないようにしたと考えられます」
戦場の流れは、カズマを通して最初に聞いた時から気になっていた一つ。
完全包囲した筈の炎が、いつの間にか一ヶ所だけ隙間を作っていた点は、自然に消えた・・・のではなく。
意図して隙間を設けることで。
誰しもが持つ生存本能を誘導した。
「意図して崩した炎の包囲網は、混乱した兵達が我先を競って殺到した。その背後から敵は反撃を気にせず一方的な攻撃を仕掛けられた。最終的な犠牲が一千を超えた中で、その八割以上が火計に嵌った本隊から出ている点から考えても。恐らくは敵戦力の殆どが此処に集まっていた・・・・僕はそうも見ています」
話し終えた時には、アスランも喉が渇いていた。
気を配ったヨシミツから茶を勧められたアスランが、頂いた茶を口に運ぶ間もマサカゲとカズマは互いに無言だった。
「私はカズマ殿やマサカゲ殿のように。戦のことも兵を指揮することも得手とはしておりません。ですがまぁ、何と言うか。これは交易の交渉でもそうなのですが。相手の心理を読み、更には誘導もする。此処は聞いていて得心した所です」
「僕は、5歳になる前ですが。恐ろしい魔獣から襲われた経験があります。それで、その時なのですが。とにかく死にたくない。生き延びるために逃げることで精一杯でした」
「なるほど。エクセリオン殿には、それで理解る処があったのですな。確かに、恐怖一色に染まってしまえば。私とて当時のマサカゲ殿の様に正気を保っていられるのか。ただ、まぁ・・・自信は全くありません」
自らはそこまで強くない。
そういう一面をヨシミツは隠そうとしないらしい。
けれど、二人の会話を聞いていたカズマとマサカゲは、理解った感の面持ちで頷きもしていた。
大敗した本隊は、火傷で負傷したマサカゲも含めて、無傷な者は一人も居なかった。
戦死者は戦の最中で亡くなった者の数だけで三百人以上。
そこからカグツチへの撤退途中、一人また一人と息を引き取る者が後を絶たず。
そして、カグツチに着いた所で治療及ばず死んだ者達も合わせると総数は千人に上った。
本隊とは別に各地へ走った兵達は、先に警備のために駐留していた兵達が半数程度を失ったくらいで、駆け付けた時には敵が消え去っていた。
犠牲は兵達の他に村人にも多少は及ぶと、しかし、家に火を付けられたのは温泉のある小さな町とも言える村だけで、それも数軒が茅葺の屋根を少し燃やしたくらい。
冬場の水分を吸った茅葺の屋根は更に雪が積もっていたことで、それが幸いしてか延焼が広がらずに消し止められた。
「そういう被害状況から考えても。四ヶ所の村を襲った戦力は、それぞれが十人程度の小隊でしかなかった。だから、援軍とは戦端を開かなかった・・・と言うよりも。寧ろ、戦端を開けば撤退が困難になるだけです」
これも聞く限り。
襲われた四ヶ所の村で起きた戦闘は、防衛に当たった警備の兵達の誰一人として敵を視認できていない。
夜陰の奥から轟く嵐のような銃声だけで、見張り台に立っていた兵達が次々と撃たれていった。
中には火矢を放つなどの応戦もしたらしいが。
逆に篝火の傍などで照らされた所に居る兵達が特に集中して殺されている。
「マシンガンは確かに脅威的な武器です。ですが、弾薬が無くなれば使い物にはなりません。他にも一本の弾倉に詰められる弾薬は、僕の知る限りで多く見ても50発を超えない筈です。予備の弾倉を多く持ち込んでいたとしても。十人程度が雪の積もった山中で持ち運べる量となれば、後は有効射程と命中精度も考えて。それでも五百人を相手には出来ないと考えます」
思う処を一先ず述べ終えたアスランが、そして、また茶を口に運ぶ中でカズマの視線が起き上がった。
「なるほど。エクセリオン殿が単に幼い子供等ではないを改めて理解った。聞いていて確かにそうであれば辻褄も付く。だが、村を襲った者達が陽動だとして。地図を見れば一目瞭然なくらい距離が離れておる。如何にして連携を取ったのか。その辺りは、どのように見ておる」
「灯りを用いた連絡を使ったと考えています。砦の位置は山頂の近くで、地図を見ると五ヶ所全てを視界に収められます。各小隊の中には灯りを使う連絡役が一人は居るとして。砦からの灯り信号ですね。信号によって予め用意された意味を交わす事で。成功や失敗だけでなく、使う信号によって此方の動きもある程度は詳しく伝えられる筈です。そういう連絡網を構築しておけば、距離が離れた所でも連携が取れます」
アスランは赤い駒を一つ掴むと、それを地図上のアイーダ山脈の一箇所に置いた。
「これも憶測ですが、敵の指揮官。ヴェンデル団長という方は、此処まで見越して砦をこの場所に構えた可能性もあります。もしそうであれば・・・・敵は砦から見渡せる麓一帯を掌握するための準備を整えている可能性さえ考えられます」
「「「!!!」」」
「マサカゲさんが蹴散らした初戦。何となくですが、敵の力量を知るために態と負けた・・・かも知れません。その上で、今度は確実に勝てるだけの準備を整えて臨んでいる。だとすれば、傭兵団の背後にいる存在が気になります」
アスランは敢て含ませた。
否、憶測でも迂闊には言えなかった。
国境線を接している中で、だから、もし背後が在るとすれば・・・・・・
「私が思うに、領土拡大を目論むヘイムダルが背後にいる・・・ですが、エクセリオン殿は気遣って口にしなかった。なので、此処は代わりに私が言わせて頂きました」
ヨシミツのやれやれと言った感じな態度は顔にも表れると、声までがそうだった。
途端にカズマが噴き出すように笑ってしまうと、飛び散った唾が地図に幾つも小さな染みを作った所で、どっと大きな溜息を吐き出したマサカゲも顔を上げた。
「あくまで。そう、あくまでこれは憶測の話・・・そういう事であれば酒の席での酔い話と同じ。別に気にする事でも無かろう。まぁ、辻褄が合い過ぎて真実味が増した与太話ではあったがな」
言うだけ言って最後は不敵な顔が鼻で笑う。
マサカゲのそんな態度は向かい側のヨシミツを、またも片手で頭を掻かせると苦笑いさせていた。
とは言え。
大人の三人ともが一貫して流れが在るくらい。
そこは悟られない態度の最中に交えた目配せで分っている。
渇いた喉を潤そうと視線も湯飲みを映してたアスランは気付かなかったが。
反対に、姿を消して傍にいたティアリスは見逃さなかった。
山賊の正体が傭兵団で、しかも、背後にはヘイムダル帝国の存在があるかも知れない。
居合わせた三人の侍は、そして、未だ不確かでも。
けれど、十分にあり得る不穏を確かに感じ取っていた。




