第2話 ◆・・・ サザーランド大公国 ・・・◆
リーベイア大陸の中央に位置するシャルフィ王国の南側。
街道で繋がり国土を隣接するローランディア王国の南西。
此方も街道で繋がると国土も隣接しているのがサザーランド大公国である。
ローランディア王国とサザーランド大公国は、シャルフィ王国とアルデリア法皇国とを含めて非常に友好的な関係を結んでいる。
他にもシャルフィ王国の北に隣接するシレジア自治州と、サザーランド大公国の南から西にかけて領土を隣接するアトーレとレナリアの両自治州。
リーベイア大陸の中央を縦断するかのようにも映る各国と自治州との繋がりは、現在のヘイムダル帝国と東部自治合衆国へ対抗した第三勢力とも呼べるものだった。
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新聖暦2087年3月。
サザーランド大公国の公都アヅチには、外交で訪れた聖女を一目見ようと近隣の街々だけでなく。
中には遠く離れた村からもを合わせると、十万を超える民が押し寄せていた。
訪問当日の正午前。
空港へ着陸したシャルフィの航空艦から降り立った聖女シルビアは、そして、大衆の歓呼の嵐によって迎えられた。
翌朝、朝食の後での休息の時間。
アスランはアヅチで発刊されている新聞を広げると、今も視線を動かしていた。
「シルビア様。今朝の新聞によると、昨日だけでもシルビア様を一目見ようと十万人以上がアヅチに集まったらしいですよ」
「そうですか。では、今日も時間を設けられれば・・・・短くとも出来る限りは挨拶をしておきたいですね」
細い竹を幾つも編んで作られたソファーには、西陣織という模様も色合いも鮮やかな布地に包まれたクッションが敷かれてある。
シルビアはクッションと同じ物で、形が短く太い棒状の枕に頭を乗せると、今は食休みとばかりに仰向けで寛いでいた。
そして、此度の外交から警護として同行したアスランは、映す全てに興味津々だった。
シャルフィからはシルビアの他、警護としてアスランが同行すると、当然ながらその臣下達が一纏めに随伴している。
付け足すと、コルナとコルキナが日頃から世話をしているユミナまでが同行していた。
アスランは昨日の到着からずっと瞳を輝かせていた。
それ以前から初めて乗った航空艦の中でさえ自由に歩き回ると、噴き出した関心は案内してくれた艦の副長を質問攻めにしたくらい。
上空から目にしたサザーランド大公国の公都は、隣でシルビアから色々と教えて貰うと事前に予習して来た文化の違いを、先ずは瞳に映して胸を高鳴らせた。
空から見てもシャルフィとは異なる街の印象は、瓦と呼ばれる粘土を用いて作られた屋根材が目を引いた。
街の建物は全て、この瓦を敷き詰めた様な屋根をしているのがサザーランド大公国では当たり前。
後は滞在するホテルのことを、それもサザーランド大公国では宿と呼ぶと、玄関と呼ばれる出入り口には大きな暖簾と呼ばれる布が垂れ下がっている。
廊下と幾つもある柱は木目の綺麗な木材が目立つと、襖とか障子といった部屋を仕切る横開きの扉の他。
草の匂いがする畳と呼ばれる床についても。
どれもがシャルフィには無い光景だった。
街の人達の往来は徒歩が殆どで、中には馬に跨っている者もいる。
その中でもシャルフィとの違いは、身に着けている衣服からして違っていた。
女性は上下が一体化した着物を身に着けると、帯と呼ばれる幅のある長い布を腹から腰くらいに巻いている。
また、袖と呼ばれる両腕の布地が長く垂れさがっている部分も特徴的で、中には生地の色合いや施された模様に華やかな印象もある。
目に映る男性の多くは、女性のように上下が一体化した着物と帯という部分は同じでも。
色合いは素朴とか質素が近い。
後は、素肌に一枚だけ身に着けている感の男性も多かった。
男性の服装は他に、上着は他の着物と似た感じでも。
下は袴と呼ばれるズボンやスラックスと比べて幅がある独特の着物を身に着けている者達も映った。
サザーランド大公国には侍と呼ばれる者達がいる。
アスランが事前に学んだ侍の事は、シャルフィで言う所の騎士に相当する。
ただし、侍は騎士のように装飾の施された制服を着たりはしない。
アスランも昨日は侍を直に見ているだけに、その時の印象は素朴とか質素に映った。
けれど、侍が腰に挿す刀と呼ばれるやや湾曲した長い剣。
昨日は簡単な挨拶の後で、そこで刀の事も直に聞いている。
侍にとって、刀とは、それこそが侍である証らしい。
教えてくれた若い侍が、真っ直ぐな印象の人物だった事で、アスランは侍もまた格好良い存在を抱いていた。
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サザーランド大公国の公王が住まう建物は、白い塀に囲まれた広大きな敷地の中に在る。
御所と総称されるそこには、特に屛の内側には見た目だけで品を感じさせる建物が幾つもある他。
シャルフィの王宮にもある庭園とは趣の違う大きな庭がある。
昨日の昼に到着したシルビアは、そのまま御所の敷地内に在る賓客向けの別邸へ招かれる筈だったのだが。
聖女を一目見たい。
それで大挙して集まった民衆へ。
シルビアは一晩を御所に最も近い大きな宿に身を置くと、大通りに面した一室から夜までに三回は姿を現して挨拶を述べていた。
まぁ、そのせいで・・・・・
昨夜は夜通しで多くの侍たちが周辺の警護に就いていたらしい。
一夜明けた今日は、午前中から御所での会談が予定されている。
迎えの使者には丁重な礼を述べつつ。
身支度を済ませたシルビアは、そして、警護を伴って御所へと赴いた。
公王が充てた世話役を先頭に、シルビアとアスランは大きな広間に映る部屋へ案内されると、昨日も一度は挨拶を交わした四十代の男性が、その威厳を感じさせる太い声で今日も先にシルビアとアスランを出迎えた。
「聖女殿。それから幼い身で警護を担っている御仁の方も。昨夜はゆるりと休まれましたかな」
太く威厳を滲ませる声の中にも、相手を思い遣る感が多分に含まれている。
先に挨拶と礼の言葉を返したシルビアの後ろで、続くようにアスランも先ずは腰から上を斜めに倒した。
自分とシルビア様に声を掛けた大柄で逞しい感の相手は、それこそがサザーランド大公国を治める公王。
カーラからの事前の予習で、アスランは公王の名前がタチバナ・ノブヒデということも知っている。
今日の公王は着物の左右の胸の辺りに家紋と呼ばれる紋様が施された明るい色合いに染められた緑の上着と、黒にも映る紺色の袴には金色の六角形柄が満遍なく施されている。
ただ、サザーランドに生息する虎と呼ばれる猛々しい獣の皮を、公王は左肩から肘の上くらいまで覆うと、反対に右の腰辺りで留めている様には、その威容だけで勇ましい感の風格を滲ませていた。
アスランから見た公王は、ハンスより背が少し高いのと身体全体が大きい。
昨日もそうだったが、濃い茶色の中に金を含ませたような髪は特に整えた感も無く、睨めば間違いなく強い威圧を与えるくらいも伺える銅色の瞳も今は穏やかな印象だった。
けれど、この時期でも日焼けした感の肌色と引き締まった表情には、初対面の後からティアリスがそう述べたように、日頃から鍛錬を欠かしていない雰囲気がある。
そこへ来ての今日の衣装姿は、何かそれだけで圧迫されるような空気の重さを、アスランは挨拶をする最中にも感じ取っていた。
「聖女殿には我が国の民のために気遣いをして頂いたこと。公王として心からお礼申し上げる次第。おかげで、集まった民達もまた土産話を持って帰れたかと思う。重ねてお礼を申し上げる」
「公王ノブヒデ殿が治めるサザーランドと、シャルフィとの間には長年交えた友好があります。それに熱烈な歓迎を受けたとあれば。私としても出来る限りは応えたいと思っただけです。寧ろ、その為に我が儘を聞いて下さり。私の方こそ、ノブヒデ殿のご厚意へ。心よりお礼を申し上げます」
公王はシルビアからの返礼へ、その程度は気にせずとも構わない仕草を笑みを交えながら向けると、視線を一度だけアスランにも向けて穏やかな笑みを見せてくれた。
大きな広間で、そこで交わした挨拶も間もなく。
既にサザーランドを治める公王の招く仕草へ、聖女を謳われるシルビアは向かい合うように畳の上に腰を下ろした。
アスランはこれもサザーランドの文化とか風習のようなもの。
シャルフィならテーブルを挟んで向かい合うように椅子へ腰かける点は、サザーランドでは畳の上に直に腰を下ろして向かい合う。
と言っても、シルビア様には艶のある濃い茶色に染められた木目の綺麗な座椅子と、傍に肘掛けも用意してある。
また座椅子には長い時間座っても苦にならないよう気配りが、それで座布団と呼ばれるクッションに似たものが敷かれてあった。
そのシルビア様と正面から向かい合う側で。
サザーランドのノブヒデ公王の方は、畳の上に畳と同じ素材で作られた円状の茣蓙と呼ばれるクッションに比べると硬い敷物の上に腰を下ろすと、胸を起こすような姿勢で胡座を組んでいた。
アスランはシルビア様の警護という身分のため。
そのシルビア様の後ろへ控えると、先に習った通りの胡座のまま背筋を伸ばしながら。
作法上の理由も含めて腰に掛けていた剣は、話し合いが終わるまで鞘ごと外して左手側の畳の上に今も置いてある。
じっと耳を澄ませて聞いていると、話し合いは先ず、サザーランドとシャルフィとの間で結ばれた交易に関した内容が交わされていた。
話し合いが一時間を過ぎた頃。
公王の方から「では、一先ずこの件は良しとして。一度休憩を挟もう」と、その声に交渉が概ね纏まったシルビアの方も穏やかな面持ちで頷いた。
「アスラン。貴方もじっと聞いているだけで疲れたでしょう。楽にして構いませんよ」
声の感じは優しいそれでも。
ただ、王宮で普段聞いている感じとは異なった。
今は雰囲気もそう。
瞳が映す女王の背中は公王にも負けないくらい堂々とした感で、だから格好良く映る。
休憩の最中も公王と女王の会話は続いていた。
けれど、外交の話をしていた時とは二人とも印象が引っ繰り返ったくらい和んでいる。
耳を澄ませば聞えてくる。
サザーランドはもう直ぐサクラという花が咲き始める。
訪問が一月先であったなら。
その時には満開の桜の下で花見をしながらの会談も叶っただろう。
楽しそうに話す公王の声は、言葉を返すシルビア様の声も楽しそう。
真面目に警護を務めるアスランは、ただ、今の二人の会話だけでも良い関係が結ばれているのを感じ取っていた。
そんな良い雰囲気へ、遠くから近付いて来る場に似つかわしくない廊下を走る足音が、間もなく飛び込んで来た一人の侍が届けた急報によって一転した。
走った事で息を切らせながら主に報せを届けた侍が一先ず下がった後。
立った姿勢で報せを受けた公王の逞しくも映る大きな背中が、今は遣り切れない感で震えていた。
「おのれ・・・またしても」
苦虫を嚙み潰したような声からは、報せの件が今回だけではない。
アスランがそう察したように。
報せが届くまでは並んで会話を弾ませていたシルビアの表情にも。
公王へ届けられた報せを共に聞く最中から僅かずつ緊張が現れていた。
「ノブヒデ殿。山賊がまたも村を襲ったというのは、何か今回だけではない感を抱きましたが」
シルビアの心配しているのが分かるその声に。
先に気を静めようと深い呼吸を挟んだ公王は、ただ間もなく頷いた。
「最初に山賊が現れたのが、それが去年の11月のことだ。最初は村を襲ったと言っても。食料などが備蓄されている倉庫が空になった程度の被害で済んでいた。だが、僅か半月で五つの村が。それも同じように倉庫に備蓄された食料だけを根こそぎ奪われたために。国を治める者としては、これ以上の被害を防ぐ。12月に入る前にアヅチから兵を差し向けての討伐を行ったのだ」
公王の気を静めても隠しきれない憤り。
じっと聞いているアスランの視線の先で、シルビアも表情が険しくなった公王の心情を気遣うと、今は無言のまま静かに頷いた。
「間諜を放って調べさせた所。山賊は我が国と帝国とが国境を接するアイーダ山脈の中に拠点を設けている。規模も百や二百ではない。本来であれば間諜にはもっと時間を割きたかったのだが。山沿いの村々は何処も怯えていた。その上、雪が降れば山道が閉じられて討伐も困難になる。よって、その前に決着を付けるのが最良と判断した」
場の空気もある。
シルビアは今は話の腰を折らないよう再び頷いた。
「此処から山賊の拠点までは徒歩で十日は掛かる。時期も時期だけに、それで足の速い騎馬を二千。一戦して掃討するのが狙いだった」
公王の口は、そこからまた遣り切れない感の大きな息を吐き出した。
「兵を預けた将は、それも我が国では実績も実力もあるマサカゲだった。そして、マサカゲは確かに期待に応えてくれた。山賊はマサカゲが率いた二千の騎馬の前に蹴散らされると、生き残った者も蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ったと聞いている。討伐直後には雪も降った事で山道が閉じられたこともある。そこで山賊の被害は終わったかに思えたのだ」
「終わったかに思えた・・・ですが、そうでは無かったのですね」
「ああ、聖女殿が訪れる半月くらい前になるが。山賊どもは、またしても現れた。しかも、今度は町を一つ丸ごと焼き払われたのだ」
今は他国の王との会談の最中に設けた時間ということもある。
表情だけで公王が感情を抑えているくらい。
シルビアの瞳には、そこに映った憤りの激しさは詳細を聞かずとも察せられた。
公王は内に堪えた感情を、口からは荒い溜息だけを吐き出した後。
半月前に起きた襲撃の詳細から以降までを、間々憤りを抑えながら話し始めた。
二月も半ばを過ぎたその日。
最初に事に当たった御所の警護に就いていた者達の話では、夜明けも間もない頃に一頭の馬が門へ駆け込んで来た。
その馬に乗っていた侍の報せでは、大公国とヘイムダル帝国との国境に程近い宿場町が、夜も更けた時間に大挙して現れた山賊の襲撃を受けた。
「シルビア殿もご存知のように。我が国と帝国とはアイーダ山脈それ自体が国境とも言える。そして、山脈を通る険しい街道を越えて来た者達の疲労を癒すために作った町。それが先日の山賊どもの襲撃で焼き払われたのだ」
公都まで続く街道沿いにあって、山脈街道の近くにある宿場町は、温泉もある湯治町として公国中に知られている。
「あの宿場町には二千人程の民が生活していたのだ。だが・・・・最初の報せの後で半日ほどの間に届いた幾つもの報せで。女も子供も関係なく殺された事実と町が焼き払われた事までが判明した」
二千人は暮らしていた町で、生き残りは僅かに数人のみ。
その数人は全てが子供で、山賊からの襲撃の最中に親が居間の地下に設けていた本来は味噌などの調味料を保存するための室の中で救援の者達が見つけ出すまで隠れていた。
「だが、隠れていたと言うよりも。火を付けられた家の柱などが先に被さった事で。故に山賊どもの略奪からは逃れられた。室に匿われた者達が全て助かった訳ではないのだからな」
襲われた宿場町から程近い要衝の街では、もはや助かる見込みのない深手を負いながらも事件を報せた民の情報を、それこそ直ぐに御所へ駆けさせた早馬へ託した。
同時に、街を預かる代官は宿場町へ向けて二百の兵を走らせた。
更に、その数時間後には近隣からの応援を合わせて五百の兵を送り出している。
「先発した二百の兵が到着したのは宿場町が襲われた後で、夜も明けた時間だった。既に山賊は引き揚げた後で見るも無残な廃墟と化していたそうだ」
先発した兵達は、それを預かる侍の指揮によって第一報の早馬を走らせた後。
先ずは周辺の警戒に半数の兵を割くと、残る半数は生存者の捜索に当たったそうだ。
火の勢いは既に弱く、至る所で小さな残り火が在ったくらい。
「残り火の消火のために井戸へ走った兵達は、そこで井戸を埋めた大量の首を見つけたそうだ。そう・・・女も子供も関係なく殺されたというのは、その首を見分した結果で至った事実」
自らが告げた部分に、それで表情が途端に険しくなった女王へ。
ただ、公王は続きを促されると再び口を開いた。
先発した二百の兵は、さらに応援の兵を加えて捜索と状況の見分を進めた。
応援は更に送られると、当日の夕暮れまでには千を超す兵力が集まっていた。
「此処へ最初の早馬が着いたのは、それこそ襲撃の後で丸一日以上経った夜明け前。俺は再びマサカゲを呼び出すと前回と同じ騎兵二千を預けて、討伐を命じた」
御所への早馬は、第一報の後から半日と経たない間に五回を受けると、山賊の規模は少なくとも前回の倍程度はいる。
マサカゲという名の将が率いた騎兵二千は、途中で更に騎兵数百と歩兵とを合わせて。
襲撃された宿場町に到着した時には、兵力だけなら四千に至っていた。
「山道には雪が積もっていたが、斥候の報せで数百人は通ったとみられる跡があったそうだ。だが、雪の積もった山道は騎馬には不向き。歩兵でも山へ登る途中で戦端を開かれれば、高低差もあって故に不利なのは確かだ」
当時、早馬からの報を受ける度。
状況がより鮮明になって来ると、公王は討伐こそ命じたが、現状を鑑みて焦る愚は犯せない。
「現地にはマサカゲの率いる四千の他に、既に事に当たっていた千余りの兵力もある。俺は戦を急ぐ必要はない。だが、事件によって周辺の村々にも緊張が走っている。山道の雪が解けるまでは周辺の村々を守ることを優先するように早馬を送って伝えたのだ」
公王の命令は、現地を任されたマサカゲが良く理解っていた。
シルビアがそのマサカゲという将のことを尋ねると、その時だけは公王の表情が幾分かは和らいだ。
「マサカゲはな。そうだな・・・・人柄で言うなら温和で、ただし、こういう時には沈着冷静な男だ。俺のように感情を顕わにもせず、視野も広い。兵を無駄に死なせるようなこともしないからな。それで信も多く集まる自慢の右腕だ」
人柄も良く兵を指揮する将としても優れている。
その上で、御剣流というサザーランドに古くから伝わる剣術の門下生でもある。
再び、シルビアが今度は御剣流のことを尋ねると、公王の口元が綻んだ。
「御剣流とはな。正しくは御武流と言って、サザーランドがかつてはヤマトを名乗っていた古の時代から我が国を影で支えて来た最強の武流なのだ。その中には剣術、槍術、弓術、体術、他にも人間が内に宿す気と呼ばれる目には映らない力を用いた技もある。まぁ、その事はカズマの方が詳しかろう。齢五十にこそなるが、我が国の最強を語れる。御武流の全てを修めた正統後継者だからな」
事件の話題では強過ぎる憤りが顔にも表れていた公王も、その感情を気遣ったシルビアの心尽くしによって。
今は自慢げな口調になると、表情にも自然、明るい笑みを浮かべている。
「俺の右腕は、懐刀の直弟子でもあるからな」
そう語った公王は、ただ、そこから険しくも映る真剣な面持ちへ変わった。
「たかが山賊如きに、あのマサカゲが負傷した等。俄かには信じ難い報せだ」
公王の口は続く言葉を声にしなかった。
だが、今も並んでいるシルビアの瞳には、それだけの実力者で信も置ける存在が、先程の急報では負傷するほど苦戦を強いられている。
否、苦戦ではなく敗れたと表現する方がより正確だろう。
今回のサザーランド訪問は、交易などの外交以外に。
それこそ、これが本命と言える最重要な案件を持って来ている。
シルビアの視線は、一度だけ空を映した。
瞳は何処までも透き通った青空を映すのに。
だからこそ余計に見えない暗雲が立ち込めているのには、今の公王の心情を同じ王位に在る者としても察する所があった。




