第1話 ◆・・・ 移ろう季節と変わり行くもの ・・・◆
朝夕は涼しく、夜は肌寒い。
反対に昼間は夏を思わせる暑さ。
寒暖の差が大きくなったことで夏までは緑色の葉も、今は徐々に紅や黄色へと染まり始めた。
シャルフィの気候は完全に秋へ染まっていた。
年度末の春にエストとスレインがシャルフィを離れた後でしばらく。
アスランは簡単でも日記を付けるようになった。
今日の天気と気温。
それからどんな一日だったのか。
時々は顔を出すようにしている子供達の家のことは、顔を出した日は出来る限り見たままの詳細を記すようにしている。
日記は必ず二つ作る。
内容は一字一句と違っていない。
アスランは作った日記を毎週の月曜日に必ず郵便で送っていた。
郵便物の中身には、日記の他に王都の景色や子供達を映した写真も一枚以上は入れてある。
送り先は勿論。
エストとスレインの二人へだった。
-----
雪がちらつく季節が到来した。
今年も残り僅かだと・・・・・
騎士団本部の三階にある自分の仕事部屋から。
アスランはふとペンを止めて視線を窓の向こう側へ向けていた。
振り返ってみると。
あっという間だった・・・・・・
そうも思える所に自然、表情が和らいだ。
先ずは今年の二月。
初めて赴いた古代遺跡では、新発見と呼べる成果を得た。
そのせいで、夏の終わり頃まではエリザベート博士とテスタロッサ博士の二人ともが遺跡に住み込んだかのような日々を送った。
あの時に見つけた新しい通路は、最初に足を踏み入れたアスランが実質的に成果を独り占めにした。
とは言え。
そこで突然、姿を現したリザイア様から『これは見せても大丈夫』と、そう言われた文献程度は、だから、エリザベート博士とテスタロッサ博士の二人へ預けている。
逆に、そのリザイア様は最初『こっから先は、あんただけが管理できるようにするから』と、普段とは明らかに違う声で、口調も表情も雰囲気までが怖いくらいだった。
アスランが実質的に独占した部分は、それこそアスラン以外の"人間″では近付くことさえ出来ない厳重な管理状態へ置かれている。
エレンが触れただけで色が変わって開いた扉についても。
後から知った話では、その時に赤く光っていた透明な板を、エリザベート博士とテスタロッサ博士の二人ともが、ずっと以前の調査で触れている。
そして、二人とも自分達が触れた時には何の変化も起きなかった。
この疑問は、リザイア様から『マナを使った特殊な仕掛けが施してある』くらいを、アスランは絶対の秘密として教えられた。
新しく発見した通路の奥には、幾つかの部屋があった。
そこで見つかった大半の文献は、リザイアが問題なしとした事もある。
現在は王宮に備えられたエリザベート博士とテスタロッサ博士の二人だけが使う部屋で、二人ともが今日も解読にどっぷり浸かっているのだろう。
アスランが第一発見者になった通路と、その奥に在った幾つかの部屋で見つかった文献。
そこからリザイアが問題なしとした文献は、既に解読が進んでいる他所で見つかった文献と似たり寄ったりな内容なのだそうだ。
そう。
だから、そのくらいまでは・・・見せても構わない。
見せられない部分はリザイア様が何らかの仕掛けを施した。
現在もアスランと、アスランが認めた者以外は立ち入る事が出来ない状態になっている。
一番最初に最奥に在る『遺産』までを瞳に映したアスランは、それを稼働させた後。
今日に至っても管理をミーミルへ任せている。
まぁ、幾つも作った幻の方が、主の希望を叶えるために修復作業へ就いている。
と言うのが、この場合は正しいだろう。
『まさか。炉に火を入れられるだけのマナを持っていたとはねぇ。マナの保有量だけなら・・・あんたは馬鹿娘さえ軽く振り切っているさね』
リザイア様は、この発言の前にアスランへ『やれるもんならやってみろ』と、表情も仕草も不可能だと露骨に顕わにした。
しかし、アスランは結果的には炉へ火を入れてしまった。
それくらい膨大な量のマナを保有していた事実は、傍で見ていたリザイア様を呆れ声にさせるほど驚かせた。
という事でもある。
ミーミルからの直近の報告では、外装を含めて修復が必要な箇所。
それらは全て完了している。
ただ、実際に動かせるようになるためには、機関部分を含めて未だしばらくは時間が要る。
最初に見た時から簡単じゃないくらいは思っていた。
と言うか。
ミーミルから修復すれば使える。
そう言って貰えるまでは、修復なんてことも考え付いていなかった。
早ければ、来年中には仕上がる。
アスランにとっては、それだけで来年の楽しみが一つ出来ていた。
-----
三月の終わり頃。
エスト姉がローランディア王国へ留学した。
それと神父様が、教会総本部からの正式な要請を受けてアルデリア法皇国へ旅立った。
五月を迎えた頃。
今も終わりが見えないヘイムダル帝国とルテニア自治州の戦争は、そこでルテニアから避難した人達を受け入れたシャルフィも含む国や自治州が協力し合って作った名簿を基に。
離散した家族を引き合わせる作業が本格化した。
そして、当時の孤児院も引き受けた子供達の大半が、迎えに来た親や家族と共にシャルフィを離れた。
行き先は家族が既に新たな生活の拠点を設けた他所の国や自治州で、何人かがローランディア王国へ移住したくらいもアスランは知っている。
その事もアスランは手紙でエストに報せてある。
エスト姉なら・・・きっと、否、間違いなく会いに行くだろう。
子供達の件では、神父様とエスト姉が居なくなったことを心配したシルビア様が毎週必ずと言って良いくらい会いに行っている。
そして、アスランはこれも勅命によって警護を任される。
つまり、故にアスランも週に一度はカールやシャナ達と会っているのである。
-----
子供達の生活にも変化は起きている。
カールやシャナのように7歳になる子供達は、揃って四月から初等科へ通い始めた。
それで本当は隣の学生寮へ引っ越す筈だった。
だけど、エルトシャン達が来た後からも避難して来た人達が大勢いる。
その中で今はシャルフィの初等科や中等科へ通っている子供が学生寮で生活している。
要するに、部屋の空きが殆ど無いを理由に。
カールやシャナ達は今の子供達の家から通っていた。
後は、これが一番の変化というか事件とも言えた。
あのバスキーが、なんとマリューさんの両親に引き取られた。
アスランが知る限り。
エスト姉が手伝いを始めた後で、バスキーもマリューさんの実家であるパン屋で仕事を手伝うようになった。
そこから何がどうしてなのかは分からない部分も在る。
けれど、最近もカールやシャナから聞いた話では、人が変わったくらいパン作りに夢中になっている。
この辺はマリューさんから聞いた話なんだけどさ。
マリューさんの妹も弟もだけど。
どっちも実家を継ぐ気が無い。
揃って将来は公務員になりたいくらいを聞いている。
そこへ来て、パン作りに夢中なバスキーがあれこれ聞いて来る姿は、なんでもマリューさんのお父さんが凄く気に入ったらしい。
勿論、お母さんの方も今はパン作りを楽しそうに教えているくらいだそうだ。
「そうですね。パン屋という仕事は、当時は子供だった私から見ても朝は早いし、毎日の天気で配合が微妙に変わります。生地の発酵時間もそうですし、窯の状態で焼き加減も変わって来るんです」
お店の仕事を話してくれたマリューさんから見ても。
実家の仕事は、労働力の割に儲かっていない。
妹と弟が家業を継ぎたくないと言うのも理解る部分はある。
「実際、父も母もですが。私達にはもっと豊かな暮らしをして良いのだと。無理にパン屋を継ぐ必要はない。そう言っていました。ですが、本心では一人くらいは継いで欲しい。きっと、だから嬉しかったのだと思います」
バスキーは、将来は自分にしか作れない様な美味しいパンを焼く。
何がきっかけなのかはアスランもだし、カールやシャナですら知らないでいる。
けれど、以前の苛めグループのボスだったバスキーよりも。
今の粉塗れの手で夢中になって生地を練るバスキーの方がずっといい。
アスランは自分の生活が変わったように。
カールやシャナ達も。
それから今年は一番変わったと言えるバスキーの事も。
胸の内では、孤児院で暮らしていた頃が何かずっと遠くにある。
そんな感さえ抱いていた。
四月からは大学に籍も置いた新聖暦2086年は、そして、新しい年を迎えた。




