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幕間 中編 ◆・・・ 赴く先は ―もう一つの夢― ・・・◆


今年の2月は例年よりも寒さが厳しかった。

例年なら川を流れる水が氷ることは無い。

それが今年は1月から薄く凍り始めると、2月には大人が氷面を歩ける所が幾つも出来上がった。

雪も年が明けた中旬から一月以上、毎日の様に降り続いた事で。

シャルフィは王都と近郊の開拓地区とを結ぶ生活路は勿論。

シレジアとローランディアに繋がる南北の街道までの除雪作業へ、千人を超す兵士と王宮が臨時に募った倍以上の除雪労働者とが昼夜関係なく作業へ従事していた。


と、まぁ・・・・・

大人達にとっては連日ずっと重労働だった1、2月も。

子供達の方は背丈よりも高く積もった雪を使って大いに遊び倒していた。


-----


春には学年が上がるイザーク自身、自分が誉れな身分には違いないを理解っている。

理解っているのだが・・・折に恥ずかしくもなる。

中等科に籍を置く中で、しかし、陛下から卒業までは幼年騎士とされた。


身分は間違いなく『騎士』。

だが、中等科の教室では周りから冠の部分を殊更強調されもする。


まぁ、これが妬みの類なのは間違いない。

だから自分の方も、鼻で笑って返すくらいで済ませている。

何せ、奴等もそれ以上は突っ掛かって来はしないのだからな。


今の騎士団長は、個人の尊厳や人格に対する誹謗中傷の類へ決して寛容ではない。

それも在るから代行を務めるハンス様が、以前よりも格段に厳しく目を光らせている。


何と言うか。

騎士団内の風紀が異様に引き締まった。

そういう表現も、これで誇張だとは思えない。


確かに以前と比べて、一部で息苦しいの声が出るくらい厳しくはなった。

なったが。

これで浅慮な行動を当然として来た馬鹿どもが駆逐された。


だから。


『おはようございます。〝幼年″騎士のイザーク様』

『最年長の幼年騎士。イザーク様へ敬礼』


等といった類の挨拶程度(嫌がらせ)は、見下しながら鼻で笑ってやる。

俺もその程度は、好きに言わせてやるさ。


・・・・・フンっ。未だ騎士になれないお前等とは違うのだ。まぁ、精々励むのだな・・・・・


日に一度は妬まれる生活にも慣れたイザークは、しかし、この日も午前の授業を終えると足は真っ直ぐ騎士団本部へ向かった。

イザークは此処から先ず最初に昼食を簡単に済ませる。

本部内に在る食堂は、メニューが日々変わる。

その代わりに代金を必要としない。

ただ、敢て不満を述べるなら。


・・・・・盛り付けには目を瞑ってやる。だから味を良くしろ・・・・・


今日の昼食は赤い香辛料を使った野菜と鶏肉のスープ。

それと、スライスしたパンにミートソースを薄く塗ってチーズを被せた後は、チーズの表面が香ばしい色に染まるまで焼いた賄いトースト。


イザークが注文したのは『日替わりランチ』。

食堂には、実家に居た頃は当然と食べ慣れた物と同じメニューも多く在る。

在るのだが・・・・・

盛り付けも味も天と地ほどの差がある。

それこそカルチャーショックも容易く突き抜けたのだ。


故に、騎士団の宿舎生活となってからは、三食とも全てが日替わりメニュー。

名を付けるのも烏滸(おこ)がましい『雑食』だけで過ごすのも修行の内。

そう思えば、いつかの笑い話ネタにまだ食える。


文句は山ほども在る食堂を出ると、イザークの足は受付へ赴く。

本部の受付には騎士団も含めた関係各所から届けられた書類が集まっている。


受付でイザークは騎士団長の決裁が要る書類だけを受け取ると、それを両腕に挟み込むようにして抱えながら脇の階段を団長の執務室が在る三階まで運ぶ。

扉越しに参上を告げ、返事が無くとも室内へ入る。


『イザークさん。僕は鎮守府の仕事もあるので、居ない時でも構わず入って良いですから』


そういう話は一番最初の頃に何度か言われている。

だが、団長の気遣いは毎日必ずと言って良いくらい書置きが机の上に在る。


まったく・・・・・

鼻で笑ったイザークは、そこから直ぐに届けた書類束を、慣れた手つきで項目別に仕分け始めた。

最初にこれをした後で、最年少の騎士団長からは凄く助かったと礼を言われた。


まぁ、それも含めて日頃から欠かさない社交辞令(気遣い)なのも分かってはいる。

ただ、こうすることが僅かでも役立つのであれば。

別にこの程度は苦でもなかった。


-----


「イザークさんが見やすいように分けてくれるので本当に助かりました。いつもありがとうございます」

「いいえ。その程度くらいしか出来ませんので。どうか気になさらず」


今日は午後の前半までを、朝から鎮守府の仕事で掛かり切りだったアスランは、3時間ほど前に執務室へ帰って来ると、そこから休憩も取らずに日も落ちた今まで手を動かし続けていた。


幼年騎士のイザークについては、団長になった後で代行のハンスから副官待遇で補佐をやらせた方が良いを言われていた。

ハンスは、イザークが既に中等科の学生である部分。

だから、初等科教育が必要を理由に幼年の呼称が付く所を一番に心配していた。


ハンスは自分へ進言する際にも露骨な言い方はしなかった。

でも、何を心配しているのかはよく理解った。

そして、アスランは騎士団の仕事をする時間。

その間はイザークを、専属の秘書も同然に傍へ置く様にした。


「イザークさん。僕は明日からしばらく休暇に入ります。鎮守府の方はバーダント総監代行に任せていますし、騎士団の方も事務は死んでも嫌だって言うハンスさんがいます」


アスランの執務はついさっき、普段よりは遅い時間に終わった。

黙して聞いていたイザークは、けれど、休暇の件は先月の内から既に聞き知っていること。


「それで、事務仕事の方ですが。騎士団の方はマリューさんに頼んであります。ですが、騎士団の方だけでも書類がかなりあるので」


アスランはそこまで話すと、下向きに吐き出すような呼吸を一度挟んだ。

休暇中の事務仕事のことでは、ダメもとで預けようとしたハンスの顔が真っ先に浮かんだ。

間を置かず右手は一番上の引き出しを引くと、用意していた一枚の紙を取り出した所で再び視線をイザークへ向けた。


「シャルフィ王国騎士団長、並びに鎮守府総監として。幼年騎士イザークへ以下の辞令を発す。貴官を本日、現時刻を以って。正式にアスラン・エクストラ・テリオンの第一補佐官へ任命する。また本辞令の他。幼年騎士イザークには鎮守府総監が休暇中の期間。鎮守府事務次官を命ずる」


辞令の書き方はカーラさんが教えてくれた。

そのカーラさんは僕へ、作成の見本にと雛形文書まで作ってくれた。


辞令を読み上げたアスランは、既に唖然呆然の間抜けな顔を見せている・・・・・

だから、わざとらしい咳払いを一度。

ハッとして直ぐ意識と姿勢を正したイザークへ「次からは返答と敬礼を忘れない様にして下さいね」とまでを付け足した。


途端に返って来たイザークの返事は、しかし、普段を見てると有り得ないような裏返りの声。

しかも此方が混乱したのかを抱くくらい。

酷く慌てた早口は、何を言っているのか・・・・サッパリだった。


一応、黙って聞いていたアスランも。

すっちゃかめっちゃかで声は裏返りっぱなし。

顔はのぼせた様な赤さで噴き出した汗がたらたら。


込み上げた感情も終いまで我慢しきれなかった。

途端、どっと吐き出したアスランは今日一番の声で大笑いしていた。


-----


幌に覆われた荷台の中でさえ、日の出を目前にしたこの時間帯は、防寒着もお構い無しに刺し込む寒さが肌の奥へ染み込んだ。


― 数時間前 ―


王宮から王都へ三頭の馬が引く大きな荷馬車が一台と護衛が二騎。

夜陰の中で周囲を気遣ってか静かに走り出した。


最初、王宮を出た荷馬車の進路は南へ向かうと、環状大通りへ出た所で西へ転進。

通り沿いに進みながら今度は西門へ向かう大通りへと曲がった後。

やがて馬車と二騎の護衛は王都の外へ。

進路もそのまま溶け込む様に夜陰の奥へと走り去った。


大きな荷台は、大人が十人乗り込んでも余裕がある。

それくらい大きな荷台は旅に必要な資材で三割程度を埋めると、余った床へは断熱材を敷いた上に毛皮の絨毯を重ねるように敷いてある。

こうすると底冷えの心配が無く、起毛が柔らかいふかふかの絨毯は寝転がると特に気持ち良い。


そして、冬の旅路はこうして暖を取る。

先ずは湯たんぽという道具。

見た目は亀の甲羅にも見える金属製の缶で、中には熱湯が詰まっているため火傷するほど熱い。

だから、使う際には布袋に包んで火傷をしないようにする。


今回の旅路では、この湯たんぽを炬燵(こたつ)という名の脚の短いテーブルの中へ幾つか置いてある。


シャルフィでは聞いたことも見たことも無い炬燵についても。

炬燵(こたつ)は今でもサザーランド独自の文化。

サザーランドでは何処の家庭にも当然と在るらしい。

特徴的に映る天板と脚の短いテーブルに挟まれたふかふかの毛布は、ただし、正しくは炬燵布団と言う。

付け足すと、短い脚のテーブルを余裕で覆い尽くすほど大きい。


纏めると、湯たんぽから発せられる熱を炬燵布団が覆う空間内へ閉じ込める事によって、炬燵の内側には暖を取れる温かい空間が出来上がる。


アスランの興味津々は、見るも聞くも初めてな異国の文化へ。

説明するテスタロッサから見ても分り易いくらい顔に出ていた。


出発したのは日付けが変わった午前の真夜中。

師でもあるエリザベートは早々に眠ってしまったが、雪深い今の時期なら途中で必要な馬を休ませるなどの時間も含めると、目的地への到着は昼頃になるだろう。

王都と近郊までの整備された道は馬を走らせたが、そこから先は道など無い。

しかも雪が深く積もっているため。

今は馬を歩かせながら向かっている途中でもある。


テスタロッサは、これが初めての旅とも冒険とも言える。

だから未だ興奮が眠気を寄り付かないでいるアスランの話し相手をしつつ。

今はサザーランドの文化を、普段の授業に近い感で教えていた。


馬車の荷台に乗っているのは、会話も弾むアスランとテスタロッサの他に二人。

内一人のエリザベートは出発して直ぐに寝るを決め込むと、今は首元まで炬燵に潜っている。

整備された道から外れた後は、既に幾度も馬車が揺れたのだが。

眠る本人は全く気にした感も無い。


もう一人のエレンは最初こそ起きていたが、今は座って炬燵の中へ足を伸ばしているアスランの腰に抱き着くような姿勢で寝息を立てていた。

そして、今日から休暇に入ったアスランを含めた四人が乗る馬車は、左右から挟む様にミーミルとティアリスが護衛に就くと、馭者を務めるのはレーヴァテイン。


眩い満月の明かりは夜陰の中で映る一面の銀世界を、昼間とは趣の異なる。

大地を白く染め上げた雪は、闇を照らす白光を反射すると、夜でも見通しが良かった。


この辺りはもう整備された道からは、かなり離れている。

しかし、馬車脚は雪がどれ程に深く積もっていようとも。

今も全く問題ないかの様に同じ速度で進んでいた。


そう・・・深く積もった雪程度は事実、旅路を阻む障害になっていなかった。

除雪された道が終わった所で、一行は勢いよく立ち昇る湯気に包まれると、今も剥き出しの地面を当然と進んでいる。


焔を司る剣神は、だから、馭者を割り当てられた。

この程度は片手欠伸で出来る。

深く積もった雪へ紅蓮の焔を走らせて道を作るという力技も。

対象以外は僅かにも燃やさない。

出来上がった道の上を行く馬足は、悠々と目的地を目指していた。


-----


『事実、特別管理職ではありますが。だからと言って未だ5歳の子供に連日10時間以上も仕事をさせた件は看過できません』


先日に呼び出されたアスランへ、最初にそう言ったのは呼び出したシルビア様。

で、カーラさんは当然だと頷いた。


その時に騎士団長も鎮守府総監もだけど。

特別が付く管理職・・・らしいを初めて知った。


実際、僕は12月くらいからずっと忙しかった。

原因は、どっちも事務仕事。

うん。

どっちも『代行』が事務仕事をね。

エレン的に言うなら。

もう、超が付くくらい凄く苦手にしていたんだしさ。


それでだけどね。

これも・・・うん。

僕はカーラさんが凄く怖い顔になる所を・・・いっぱい見て来たんだよね。


最初に事務仕事が増え過ぎて、そのせいで他所の仕事まで滞ってしまったのが去年の終わり頃。

苦情がたくさん来ていると呼び出された僕は、だけど、怖い顔をしたカーラさんから僕は悪くないって気遣われた。

寧ろ、僕のような子供に重職を二つ兼任させた人が一番悪いって。

そう言って今度はシルビア様が、吊り上がった目つきの怖いカーラさんからいっぱい睨まれていた。


でもね。

シルビア様は凄い人なんだよ。

あんなに怖い顔のカーラさんを相手に怯まず堂々としているんだからね。


・・・・・ここは、ハンスさんとバーダントさんにも見習って欲しい所だね・・・・・


『カーラ。何度も言いましたが。私がアスランに命じたのは、善き行いをする。これだけです。事務仕事を滞らせるな等は一言も命じていません』


怖くないどころか。

声も堂々として凄く王様らしいなって。

本当に格好良かった。

しかも、僕の所で滞っていた仕事を、シルビア様は片手でさっと払う様に片付けたんだよ。

シルビア様は問題を起こした僕に優しい声で『気にしなくていい』って・・・・・


『任命した責任は、それを負うのは女王である私の役目です。そして、この程度くらいも全部引き受けるつもりで。そこまで考えてアスランを任命したのです』


隣でカーラさんが眉間に皺を立てて睨んでいるのに。

シルビア様は腕をまくるポーズで心配要らないって笑っていたんだよね。


だから。

その時に僕はもっと頑張ろうって思ったんだ。

ちゃんと出来るようになりたくて。

分からない所を全部、ティアリスもミーミルも色々と教えてくれた。


シルビア様には、シルビア様が処理しないといけない仕事がたくさんある。

そこに僕が滞らせた事務仕事をさせるのは凄く負担になる。


『アスラン。王とは、王だけにしか纏められない仕事があるのです』


僕にそう話したユミナさんは、たとえ子供であっても。

出来るようになるのは自分以外の周りに対しても良い事だって。


・・・・・出来るようになって損はない・・・・・


聞いていて、僕も確かにそうだと思えた。


僕は9月の実力考査の後。

シルビア様とカーラさんから学科の成績が非常に良かった事を褒められた。

特にカーラさんは、わざと凄く難しい問題を入れていたって。

なのに、それも正しく解いている。

凄く驚かされたような感想もあった。


その実力考査の後からしばらくの間だけど。

時間は午前中の半分くらい。

その時間をカーラさんが用意した部屋で、僕だけが色んな教科のテストを受けていた。

テストに時間は無くて、終わったら違う科目のテストを休憩を挟んで受ける形式だったんだけど。

三教科くらいは当然で、多い時は五教科くらいを受けていた。

まぁ、大好きな歴史と魔導の科目は、式まで書かないといけない数学とか化学よりもペンがすいすい進むんだよね。


だけど、僕だけが受けていたテストは、新学期が始まってもずっと続いて、僕はいつから学校に通えるのか。

そこがずっと気になっていた。


10月も中旬になった頃。

僕はシルビア様に呼び出された。

思い詰めているとか何か悩んでいる。

そう見える顔で、視線も下を向いているようなシルビア様は、僕にカーラさんから大事な話があるって。

普段は聞かないシルビア様の沈んだ声に、僕はきっと良くない何かなんだと思った。


『アスラン君。残念ですが、貴方を初等科へは通わせられません。これは陛下も私も悩み抜いた上で。しかし、やはり無理だと決定したことです』


重く聞こえる声で話すカーラさんは、いつもなら真っ直ぐな視線を向けてくれるのに。

今日は俯いたままで、眉間に皺が寄って涙を堪えているような顔をしていた。


僕は一瞬、頭の中が真っ白になった。

それくらい何も考えられなかったし、意味が理解らなかった。

立っている身体を支える両脚にも、全く力が伝わっていない様な感じで、姿を現したティアリスが支えてくれなかったら危なく倒れる所だった。


『アスラン君。貴方を初等科へ通わせられないのは既に決定した事実です。理由は、アスラン君の実力にあります。貴方の実力は、初等科で求められる域を・・・・・今の時点で、遥かに超えているのです』


・・・・・えっ。

ティアリスに支えられたままの姿勢で、僕はまた直ぐには意味が理解らなかった。

だけど。

最初から下を向いている様に見えていたシルビア様が、今は口元を片手で押さえながら・・・両肩が震えていた。


『9月に行われた実力考査の学科試験の後。それから先日までの〝評価試験″の成績を基に。シャルフィ王国学力評価判定審議会は、アスラン君の学籍を今年度末まで。専門学校の高等科へ置くことを全会一致で決定しました』


ティアリスが『おめでとうございます。マイロード』と言ってくれるまで。

コルナから聞くに、僕は間の抜けた表情でポカンとしていたらしい。

だから下を向いていたシルビア様は、そんな僕を片手で机を何度も叩きながら大笑いしていたんだってさ。


まぁ・・・ね。

あの時はさ・・・それくらい僕も正気じゃ無かったんだよ。


新年度。

つまり、4月からなんだけどね。

そこからは大学へ通う事が決定している。


僕は考古学専攻科を希望したんだけど。

そうなると幾つもの遺跡を掛け持ちして、それで現地での寝泊まり生活が常になる。

だから騎士団長と鎮守府総監をしながらでは絶対に出来ない。


僕は政治学の科へ籍を置くことになった。

そうしたのはカーラさんで、シルビア様も頷いた。

だけど、二人とも僕が休暇を利用するなどして遺跡へ行くのは構わない。


本来は資格を持った考古学者の管理下で、考古学を学ぶ生徒までしか立ち入れない古代遺跡へ。

それも色々と手続きが必要らしい部分を、シルビア様は条件付きの特例で自由に行って構わない。


― 遺跡視察へ赴くエリザベート博士とテスタロッサ博士の護衛任務 ―


そういう条件で、だけど、エリザベート博士もテスタロッサ博士も。

僕が行ける時に合わせて連れて行く。


護衛任務というのは、周りに向けた体裁を整える方便で、シルビア様はそういう理屈を用いて僕の希望を叶えてくれたらしい。

古代遺跡は中身もそれ自体も含めて『国家の最高機密』に属する部分が多く含まれる。

つまり、誰もが自由に立ち入ることの出来る場所ではないし、だから幾つかの騎士隊と警備の兵が多数詰めている。


この辺りは後からカーラさんが絶対の秘密だって教えてくれた。


一応、今も仕事が忙しくて、だから高等科も最初だけで後は殆ど通ってないんだけどさ。

先日の呼び出しでは、シルビア様とカーラさんが纏まった休暇をくれたので。

まぁ、この機会にもっと学校へ通った方が良いんじゃないかな・・・・・

なんて事も考えたんだけどね。


だけど。

どうせなら。

僕は頂いた休暇の使い方を、せっかくの機会だから古代遺跡へ行って見ることに決めた。


-----


灰色の床が足裏に伝える感触は、土の地面や石畳とも違う。

見た目は磨かれているようにも見えたが、だからと言って王宮の床に使われる様な大理石などのタイルとは異なる。


壁も天井も黄みがかった白で、通路は大人が二人くらいは並んで歩ける幅がある。

やや高い天井には円状の導力管を使った照明が、それと両側の壁の足元に近い所には縦に長い導力管を使った照明が白よりかはオレンジがかった色を等間隔にずっと奥の方まで灯している。


カツカツと歩く靴音が反響する中で天井に近い壁の両側をよく見ると、長方形の金属の網の様なものが、これも等間隔に並んでいる。

そして、網の隙間から噴き出すような風を頬に感じ取ったアスランの脚が止まった。


「あの網の様なものは、それに隙間から風が吹ている」


吹き降ろす風の真下へ足を運びつつ、そこから見上げるようにして網の奥を覗き込むようなアスランへ、傍に寄ったテスタロッサの口から「この風は空気を循環させるためのものです」と、続く説明にアスランは耳を傾けた。


テスタロッサの説明によると、現在位置は地上から数十メートルは地下になるため、酸素を含む空気の循環をしなければ窒息してもおかしくない状況に置かれている。


「因みにですね。この導力式の空気循環設備ですが。アスラン君も見知っている空調機器の原型でもあるんですよ」


幼年騎士となって王宮で生活するようになった後は、そこでの暮らしの中で導力式の空調は勿論。

浄水器や台所で使うコンロなども見て来た。

と言うよりも、触ってみたい好奇心がどれもこれもを触って来たアスランは、テスタロッサ博士の説明以前に普段より瞳が開いていた。


王宮では自分も使い方を覚えた道具が、けれど、基になったものが今は目の前に映っている。

胸を埋め尽くしたいっぱいの関心が、それで一際に瞳を輝かせている・・・・・

テスタロッサには、ただ、今のアスランの心境を自分は理解る。

更には未知のものに触れることでしか得られない感動は、困難でも解き明かしたときに得られる充足の味を知ったからこそ。

だから、自分は今の道を歩き続けているのだ。


今こうして歩いている通路を照らす照明も同じ。

他にも現在の生活に溶け込んで来た導力を用いた機器は、その基になったものが此処に在る。


「本当は、エリザベート先生に説明して貰おうと思っていたのですけどね。あの通りのものぐさな性分ですし、付け足すと気分屋だから質が悪い。本当、困ったさんですよね」


途中からは呆れた感の声で、最後は呆れに項垂れまで。

説明に耳を傾けていたアスランは、そこに映ったテスタロッサの表情へ「だから、キャンプに残っているんですよね」と、自分の相槌に笑って頷くテスタロッサの苦労が、少し分かった気がしていた。


魔導革命の祖を誕生させた古代遺跡。

目的地に到着したのは午前10時前で、出発した時に聞いていた予定よりもかなり早く到着した後。

遺跡を囲む様に作られたキャンプ村に着いた所で、エリザベート博士の方から好きに見て来ると良い。


自分はもう此処を全部見尽くしたから今更また潜る気も無い。

それよりも、当時に作った温泉に浸かりながら。

先ずはのんびりさせて貰う等と・・・・・


キャンプ村は遺跡のある洞窟を背にして囲む様に壁を造った外周の内側に、居住施設や研究棟の他。

周辺までの警戒に就く騎士隊と兵の詰め所等が置かれている。

ただ、最初の発見から大掛かりな研究や調査などをしていた時期と比べれば、今は遺跡の保全と現在も続く考古学科に籍を置く学生達の学び場所を維持する程度。

最盛期と比して村の規模は二回り以上は小さくなったらしい。


だから、こういう説明も含めて、それをアスランにするのはテスタロッサの役目になっていた。


キャンプ村に残ったエリザベート博士には、万が一に備えて幻のミーミルが付いている。

ただ、まぁ・・・・・

現地に駐留している騎士隊の隊長から聞く限り。

この時期は雪も深いから生活に必要な物資の輸送隊くらいしかやって来ない。

遺跡は在るが、文献を含めた全ては王都やローランディアの学術機関へ移っているので泥棒などもやって来ない。

平和過ぎて身体が鈍るので、そうならない様に自発的な魔獣狩りをしているそうだ。


そういう現状も聞いた後で、アスランはテスタロッサに招かれるようにして古代遺跡へと赴いたのである。


「アスラン君。もう少し歩いた先に、先生が何ヶ月も籠っていた部屋がありますよ」


最初は洞窟だった所が、奥へ進むと今見ているような通路へ変わった。

そして、この古代遺跡を一番に見つけたエリザベート博士は最初、空調機器が稼働していない中で。

松明を片手に文献を貪っていたらしい。


「先生が窒息しなかったのは奇跡ですよ」


並んで歩くテスタロッサの呆れを全く隠さない声に、聞いていたアスランも全くの同感で頷いた。


「此処がその部屋です」


通路は未だ奥へと続いてる。

けれど、足を止めたテスタロッサ博士の声に並んでいたアスランの瞳は横を向くと、足は自然と部屋の中へ入っていた。


「何も無いですね」


それがアスランの口から出た最初の声。

聞いていたテスタロッサも見ての通りで、確かに何も残っていない。


「そうですね。今でこそ何も残っていませんが。此処にはたくさんの文献が床を埋め尽くすくらい在ったそうです」

「そうなんですね」


部屋の広さはベッドを4台置ける程度。

天井の照明と空調設備は、通路のものと見た目が同じ。


確かに、部屋の中には棚も机も。

そういう物さえ何一つ残っていない。

テスタロッサ博士の説明によると、そうした物までが全部、運び出されたそうだ。


「机や椅子といった物もですが。どれも私達が使っている物とは異なる材質だったのです。そのため、研究の必要があるを理由に運び出せるものは全て運び出されました」


アスランは聞きながらまた頷いた。

胸の内では、文献だけが調査の対象ではないを、目の前の何一つ残っていない部屋から強く感じ取っていた。


再び通路を歩きながら。

その途中には同じように何一つ残っていない部屋が幾つも在った。

ただ、それでもテスタロッサ博士が何が在った部屋なのかくらいを丁寧に教えてくれるので、聞いているアスランにも何と無くなイメージは出来た。


やがて、歩いて来た通路の終わりで、そこに映った見知っている孤児院と繋がる教会よりも大きな部屋。

天井までは一番低い所で恐らく三十メートル以上。

最も高い所は、その数倍は有るかも知れない。


床面積はパッと見ただけで軽く百平方メートル以上。

これ程大きく広い部屋を真昼の様な明るさで満たす照明は、それが天井や壁の至る所に備わっている。

ただ、天井の方は金属の骨組みのようなものが剝き出しになっていた。

そして、この大きな部屋だけは、床が金属で造られている。

全く同じ長方形の金属の板を隙間なく敷き詰めた様な床は、通路の床よりも歩く際の反響音が高かった。


だけど、此処もまた何一つ残っていない。

今在るのは、ただ広くて天井が凄く高いだけの部屋だった。


「アスラン君。此処には先生が作った魔導器の基である。オリジナルと呼べる魔導器が在ったんです」


途端に勢いよく振り返ったアスランへ。

テスタロッサの声は何処か懐かしむ様なものが在った。


「私が先生の助手として、その当時は私も大学生だったのですが。当時は文献も魔導器や飛翔機関なんかも残っていたんです。と言うよりも、この場所には設備それ自体が揃っていたので、無理に外へ運ばずとも調査と研究が出来たのです」


アスランが映す此処は今、確かに何も残っていない。

ただ、何かが在っただろう痕跡くらいが床に残っている。


「此処には調査等を行う上で必要な機材。俗に工業機械と呼べるものまでが使える状態で残っていたんです。そして、此処に在った機械類もまた運び出された後は、今の私達の生活を支える何かしらの起点になったのですよ」


現在の工業技術は、その礎にさえなっている。

そういう物が使える状態で残っていた事が、魔導器や飛翔機関と比べれば日の目を見なかっただけで、時代を加速させたのは間違いない事実。


「私の青春時代は、それが此処には詰まっているんです。おかげで地下深い所で何年も過ごしましたけどね」


耳に入るのは弾んだ声。

それだけで楽しかったくらいも分る。

テスタロッサ博士の青春時代。

アスランは聞いているだけで素直に羨ましいを抱けた。


-----


「ん、アスランさぁ~。エレンは気付いたんだけどね。このおっきな部屋だけどぉ~」


此処までの道中。

アスランは説明してくれるテスタロッサ博士の隣をずっと歩いて来た。

その後ろを、水を差さない様に黙して付いて来たティアリスは別に、レーヴァテインとエレンは一番後ろで煩かった。


この大きな部屋へ入った所で、自由奔放な精霊様は好き勝手に飛び回っていた・・・・のだが。


「此処まではさぁ~。な~んにも残っていなかったけどねぇ。だけど、エレンは気付いたよ♪未だ手付かずな所があっちの壁の向こう側に在るんだよね」

「「!!」」


アスランの反応は、ただそれ以上にテスタロッサ博士の表情が際立った。


「エレン。それって」

「うん。未だ手付かずな所はあるよ。たぶんだけどねぇ~・・・行き方が分からなかったんじゃないかな」

「それって何処から行けるの」

「ん、こっちだよ♪」


直後、エレンはアスランの背後へ回ると、脇下から両肩を抱くようにして飛び立った。

アスランはエレンに抱えられるまま足の着かない宙を、けれど密着した後ろからは頗る楽しい声が。

相変わらずなエレンから「ほら、あそこの手摺の向こう側だよ」と、視界に映るのは高い所にある壁から突き出た小さな足場と囲む様な手摺のみ。

後は、どう見ても他と同じ壁しか映らなかった。


アスランはエレンからようやく足場の床へ下して貰った所で、ただ不意打ちにどっと疲れた感は脇を手摺に挟む様にしてもたれ掛かった。

さっきまで立っていた床からはかなり高い所で、寧ろ天井を走る金属の骨組みが間近に映っている。

ずっと向こう側からは、テスタロッサ博士が此方に向かって走っている姿も見えていた。

しかし、此処はどう見ても壁から足場が出ているだけで、手摺は在っても階段はおろか梯子すら掛かっていない。


「アスラン。こっち、こっち」

「ってさぁ。どう見ても・・・他と同じ壁なんだけど」


見たままを当然と返したアスランだったが、エレンの指さす所。

周りの壁と全く同じように見えた中で、エレンの指した長方形の金属板が一枚だけ僅かに奥へずれている。

その一枚のすぐ隣で、手摺と同じような高さの所に小さく灯っていた赤色に光る板をエレンが触れた途端。

それまでの赤色が一瞬で鮮やかな緑色へ変わった。


直後、高等科の授業中にも聞いたことのある導力で動くモーター音を耳に捉えたアスランの映す先で、一枚だけ奥にずれていた壁がよく似た音を伴ってすうっと横滑りに動いた。

突然起きた事に理屈も理解らず呆気に取られるアスランの目の前には、しかし、テスタロッサ博士に言わせると最初の発見から何十年と経った今。

薄暗闇の中に未踏の領域と呼べる新たな通路が現れたのである。


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