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第23話 ◆・・・ 立つ鳥跡を濁さず ・・・◆


騎士団長グラディエスは、父様の親友。

だけでなく。

幼い頃は毎日の様に遊んだ相手。

私が仕掛けた罠は、これで団長が毎日の様に引っ掛かっていた。

あの頃は本当に・・・楽しかった。


騎士団長がアスランへ放った一撃が、それで脅しくらい。

中等科時代は父様を審判に何度も交えたから理解っている。


女王シルビアは、グラディエスを理解っているから模擬試合を任せた。

確かに弩が付くスケベで変態的な性癖も持っているが、ただ親友だから程度で騎士団長を任される訳ではない事も理解っている。


― 完全実力主義 ―


建国から続くこの伝統が覆った例はない。

従騎士の序列は、その上位30傑と正騎士の下位30傑との間で入れ替え戦が行われた時代も在る。

と言うか、父様の代で廃止になるまでは当然と在ったのだ。


現在では評価査定の実技試験へと名称が変わった。

そして、従騎士の下位30傑と正騎士の下位30傑。

従騎士の下位30傑は4期連続となった場合に限って『引退』

正騎士の下位30傑は一纏めに『序列外』となる。

ただし、正騎士の方は王権によって引退となる場合がある。


そう至った理由も在る。

父様のよりも前の代。

私の祖父の時代には、一部の貴族。

その一部の貴族を含む騎士家系から輩出された従騎士に対しては、一定の勤続年数の後。

国王から奉公に報いるを理由とした正騎士への昇進という慣習が在った。

同時に、これを以って現役から予備役へ移る。

そういった者達が相応の数で居たのだ。


父様は即位した後で、祖父が亡くなった直後。

喪も明けない内に、この慣習を改める勅を発した。


結果。

完全実力主義は建国の祖が残した本来の在り様へと戻った。


騎士団長グラディエスは、事実、実力で正騎士の上位へ昇った。

そこから更に昇ったからこそ。

父様から聖騎士の位を与えられると、騎士団長を任された。


騎士団長グラディエスは、あれで一応は大学も出ている。

日頃の団長を見ていると全く以って信じ難いのだが。

これも紛れも無く事実なのだ。


シャルフィの大学には伝説の卒業論文などと云うものが在る。

これは団長が学生時代の最終年に執筆したものを指す。

弩の付く分野で研鑽を積んで認めた論文は、その淫猥な内容が題目ごと封印された・・・らしい。


もっとも、そんな論文をホリスティア機関が重用した等。

数年前に知った私は、この件をカーラと二人で無かった事にした。


そういう面もあるグラディエス団長は、しかし、その分野など関係なく強い。

少なくとも。

私は未だ一本も取れていないのだから。


-----


最初、私には何が起きたのかも分からなかった。

ほんの僅か。

それくらい遅れた所で。

あのグラディエス団長が、アスランの剣で刺し貫かれたのを理解した。


瞬間、私は喉が痛くなるほど叫んでいた。

あのグラディエス団長が突き刺されるなんて想像もしていなかった。

それ以上に、団長を突き刺したのは我が子。


隣でカーラが何か言ったかも知れない。

だけど、私は無我夢中で走っていた。


-----


駆けるシルビアの脚は、模擬試合の舞台。

その境界線とも言える白線を跨ぐことは無かった。

急くように走るシルビアは突如、眼前に現れたご先祖様(ユミナ)から睨まれただけで脚が止まった。

殆ど急停止。

勢い余った上半身がつんのめった所で、今度は背後から脇下を潜った別の手で両肩を掴まれると引っ張られる様に抱き起された。


「これはマイロードの試合です。たとえシャルフィの女王であっても。介入を認めません」


目の前にはご先祖様が今も睨んだ視線を突き刺している。

はっきり言って恐ろしい。

視線を合わせただけで思い出す。


そこへ今は妹の方まで居るだなんて。

シルビアは見ようによっては羽交い締め。

未だ両肩をロックされた姿勢で、恐ろしいを抱く声が耳元へ囁かれた。


「この場に踏み止まる。であれば拘束を解きます。ですが・・・」


一瞬、シルビアの両脇を締める妹の腕に力が入った。


「なんでしたら。いっそこの場で両腕が二度と使い物にならなくなる・・・方が良いでしょうか」


シルビアは首を力いっぱい横に振った。

妹君の我が子と会話をしている時の声は温かみがあって柔らかい。

なのに、今は悪寒が走るくらい冷たい。


「女王よ。私は、マイロードが本心でお守りしたいと抱く貴女を傷付けたくはありません。ですが、だからこそ。この場は最後まで見届けてください」


シルビアは首を縦に何度も頷いた。

両脇をロックされているだけで生きた心地がしなかった。

そこから妹君は、一先ず私を解放してくれた。


-----


未だ理解らない処は在る。

だが、しかし、グラディエスは再び槍を構えた。

構えながら深く息を吸い込んだ後。

今も集中を妨げる脳裏に刻まれた疑念を、払拭するかのように吐き出した。


侮った。

そんなつもりは無かったが。

しかし、自分が何処かで見縊(みくび)っていた部分。

これは認めなければならない。


再び静かに息を吐きながら。

グラディエスの表情は、その瞳が鋭さを増した。


相手の騎士がまた槍を構えたのを映して、アスランも剣を構えた。

驚いたのは見て分かる。

それで何度も呼吸を繰り返しているのは、気持ちを立て直そうとしている・・・のかも知れない。


今度は、此方から先に仕掛けるべきか。

それとも・・・狙ってみるべきか。


・・・・・あの騎士は、まだ本気を見せていない・・・・・


ヒュッン!!


槍先の正面から浮き上がる様な軌道を、けれど、閃光にしか映らないティアリスの突きとは比べるまでも無い。

アスランの脚は考えるよりも早く。

見切った槍の軌道を、そのすれすれを抜けるようにして懐へ飛び込んだ。


「貴方の槍は、やっぱり怖くないんです」


既に仰向けに倒れた相手を映しながら。

その背中の地面から広がる血だまりは、これも突き刺した結果でそうなっただけ。


「痛いの痛いの飛んで行け」


淡々としたアスランの声が起こす事情干渉。

刺し貫かれたグラディエスの身体は、再び金色の粒子に包み込まれた。


「反省しているのなら。二度と弱い者苛めをしないと約束してください」


既に身体を起こしている相手に向かって告げた言葉も。

けれど、表情を見れば混乱してる・・・ようにも映る。


告げるだけ告げて。

アスランは間合いを取ると、今度は先に構えた。


-----


二度、心臓を貫かれた。

直後は激しい痛みに襲われた。

だけでなく。

背骨を砕かれる感触は、記憶へもう完全に焼き付いた。

喉から押し上げられて口の中を満たした錆の味。

ただ、酔い過ぎて吐くのとは違った。

あれとは全く違って吐かなければ息も吸えない。


激しい痛みと止められた呼吸によって苦しさに襲われる。

襲われながら気が遠くなる。

今だから思える何と無く抱いた部分は、きっとそれを越すと死なのだろう。


・・・・・奴は、あのような事を何万回・・・・・


上体だけを起こした姿勢で、抱いた事だけで頭はいっぱいだった。

漠然と映した視線の先。

グラディエスの瞳は、既に剣を構えた姿勢で此方を真っ直ぐ映す琥珀の瞳。


『いいですか。夫と二人で馬鹿やっていないで。貴方もちゃんと!!反省するのですよ』


耳の奥で、ふとユリナ王妃から叱られた声だけが聞こえた気がした。


グラディエスは直ぐに立ち上がった。

先ずは軽く土を払うと、間を置かず槍を拾い上げて構え直した。


思考も既に切り替わった。

さっきの正面からアスランを狙った槍は、恐ろしいくらい完全に見切られた。

此方が繰り出した槍の軌道へ。

奴は触れるか触れないかの間際で前に踏み込んだのだ。


奴に懐へ飛び込まれた俺は、引くことも逃れる事すら出来なかった。

先に繰り出された突きの一撃は、がら空きも同然の胸を、当然と貫いた。


頭の中では二度目の流れを理解もした。

ただ反対に、鼓動が落ち着かない。

その差が大き過ぎる今。

無意識の内にグラディエスの両眼は見開くと、荒い呼吸ばかりを繰り返していた。


-----


先に剣を構えた姿勢で、アスランは待っていた。

もう二度と弱い者苛めをしない。

それだけを約束して貰えれば。

後は普通に試合が出来ればいいを抱いていた。


実際、槍を使う相手との試合は、少なからず楽しみな所を抱いている。

ティアリスだけでなく。

レーヴァテインとも稽古をするようになってから。

剣技だけでは全く歯が立たなくても。

異なる戦い方をする相手との稽古は、交える度に色々と考えさせられる。

それがアスランの中では楽しい分類に収まった。


「貴方は未だ。弱い者苛めを反省する気が無いのですか」


槍を構えたまま一向に仕掛けてくる気配も無い。

まぁ、両目があれだけ見開いて血走っている。

口も開けてゼェハァをずっとだし・・・・・


・・・・・全然、怖くない・・・・・


怖いのは顔だけ。

別に怖くも無いけど。

あんな顔でシャナの前に出たら。

きっと、間違いなく。

シャナは怯えて泣いてしまうだろう。


ああ、でも。

あの顔でバスキーとゴードンを叱ったら。

こっちは迫力満点で効果絶大も間違いなしだね。


・・・・・なんで、大人は素直に反省してくれないんだろう・・・・・


-----


目の前の幼年騎士は淡々としているだけで、その内側では怒っている。

これは間違いないだろう。

グラディエスは槍を構えた姿勢を崩さず、鼻から荒い息を叩き出した。


「さっきも言ったが。強者と弱者とでは、そこに弱い者苛めの様に映ることもある。じゃからと言って。儂も好き好んで弱い者苛めをしよう等と思ったことは無い」


グラディエスの発言に、今も黙って聞いていたハンスの目付きが歪んだ。

反射的に声に出そうになった部分を押し込めたところで、しかし、本心で嘘だと断言した。


「幼年騎士アスラン。儂はお前が口にした何万回と死の間際を体験したという所。確かに最初は巫山戯たことを言ってくれると抱きもした。此処は認めよう」


聞いていたアスランは、先ずは小さく頷いた。


「じゃがな。どのような魔導かは今も分からん。それでも儂は二度、死に掛けた。これだけは間違いない事実。よって、儂はお前の先の言を信じる」

「分かりました。ですが、未だ反省する気はないようですね」


返された声に、グラディエスは構えを解いた。

何の確約も交わされていない。

だが、信じられる。


グラディエスは握っていた槍を二つとも地面に突き刺した所で両腕を高く伸ばして背中も反ると、傍目には柔軟体操にしか見えない動作を繰り返した。

力の入らない下半身は、屈伸運動を繰り返して筋肉の緊張を解した。

左右の肘を肩の所まで上げると、そこから左右に腰を大きく回すを繰り返す。

両足を肩幅程度に開いて、腰から上の上半身を前後に行ける所まで曲げ伸ばす。


アスランは槍を使う騎士が体操をしている姿を映しながら。

此方も構えを解いた後は、自然と両肩を特に肩甲骨をしっかり動かすを意識して回し始めた。


両者の試合は、そこで完全に仕切り直された。


-----


左右の槍が連続して繰り出される。

それも、此方が躱した所を読み切ったように狙い澄ました一撃は、もう何度も繰り出された。


体捌き。

取り分け、脚の使い方が上手い。

槍が持つ長所は、言い換えれば短所を、何れか一方の槍と足の運びで埋めている。


仕切り直した試合は、そこからが怒涛の展開。

アスランは今も未だ。

槍を使う騎士の攻勢を、大方の目には防戦一方にも映る中で。

そこで冷静に頃合いを見計っていた。


事実、今も未だ此方は攻勢の機会を得ていない。

それどころか雄叫びを上げながら鋭い一撃を雨の様に穿ってくる。


それでも。

これで自分の目論見通りの展開には持ち込んでいた。

アスランは退くような動きの中で、舞台の境界線。

試合中は白線を越えなければいいルールを逆手に、今は舞台全部を使っても構わない思惑は、後ろから左へ右へ。

だけでなく。

隙を突いた動作で槍を使う騎士の背後を取ると、振り向き様の喉元へ。


ティアリスから受けて悔しいを抱いた剣先を喉元へ突き付けるは、これで既に何度目だろうか。

最初、アスランはこれを決めた所で試合が終わると思っていた。

しかし、現在に至って何度も決めた所で未だに終わらないでいる。

と言うか。

終わらせようとしたハンスさんが、槍を使う騎士から睨まれてしなかっただけ。


アスランから映した槍を使う騎士の顔は、さっきからもうずっと湯だったかのように紅潮していた。

そして、相当悔しいくらいは手に取るように理解った感で、だから最後まで相手をするつもり。


喉元に剣先をピタリと突き付けられる。

されると、もの凄く悔しい。

逆に、これを決めると何か格好良く勝てた感で満たされる。


試合は最後、槍を使う騎士が立てなくなった所で、ようやく終わりを告げた。


-----


「聖騎士ハンスであります。団長からの呼び出しを受け参上しました」


ドアをノックする音の後から続く声へ。

机の上に在る書類へペンを走らせていたグラディエスは間を置かず入るように告げた。


「なんじゃ。そうキョロキョロと落ち着かぬ奴よのう」


グラディエスから訝しがるような視線を突き刺されたハンスは、けれど、以前よりもまた執務室らしい装いを映して自然、視線が動いたに過ぎない。


「いえ、申し訳ありません。ただ、自分の気のせいかとも思ったのですが」

「なんじゃ。儂は回りくどいのは好かん。言いたいことがあれば、さっさと言え」

「はぁ・・・それでは失礼ながら。室内が以前よりも、その・・・整頓されていませんか」


ハンスは立場上もある。

礼を欠かないよう声のトーンを落とすと、抱いた事を尋ねた。


「なんじゃ。そのようなことか。まぁ・・・そうじゃろうな。この部屋にはもう儂の私物は一つも残して居らぬ。そのせいか・・・ちと、素っ気なくも映っているがのう」

「はぁっ・・・嘘ですよね」

「たわけ。こんな事で嘘をついてどうなる。見た通り、私物を全部処分した故にな・・・今は寧ろ。これくらいが気持ち良いとも抱いておる所じゃ」


魂が抜けたのか・・・等と、ハンスは一瞬でも抱いた。

しかし、あれから二月。

今の団長は何処か晴れ晴れした感が表情にも映っている。


「既に陛下とは話も付けた故にな。それで貴様を呼んだのだ」


和んだ空気は一変してピリッと張り詰めた。

騎士団長の声色だけで緊張を抱いたハンスは、陛下と話を付けた。

そう口にした団長が自分を呼び出した理由を、今更考えるまでも無い・・・・・

ただ、その件は是が非でも拒絶したい。


「全く。貴様と言う奴は、少しはアスランを見習え。奴の様に胸の内を悟られない程度には表情を作れるようにならんとな。じゃから貴様はまだまだ未熟者なんじゃ」


言いたいだけ言ってフンッと叩き付ける様な鼻息を一度。

ハンスが映すグラディエスは、頗る機嫌が悪そうにも見えた。


「近日中に正式な勅が下るであろう。聖騎士ハンス。貴様をシャルフィ王国騎士団、その騎士団長・・・代行に任ずる。良いか、これは既に決定したのだ。拒否は認められぬ。そして、貴様の仕事は特に身体を動かして貰う事になる」


声に迫力を乗せた騎士団長からの辞令は、既に拒否権が無い。

一方の騎士団長代行に任命された側は、既に表情が引き攣っていた。


「貴様が事務仕事を心底嫌っている。それくらいは儂とて分かっておる故にな・・・じゃから!身体を動かす仕事をせよと。まぁ、事務仕事の方は副団長に抜擢したマリューに任せるが良いであろう」

「な・・・えっ・・・」

「フンっ。儂はこれでも責任を全うした身じゃ。最後の奉公としてアスランを団長に推して・・・頑と通した。その結果で、やれ代行だ等とじゃな。面倒な人事を纏めたに過ぎぬ」

「はぁっ・・・・って」


まともに言葉を返せないくらい。

それくらい驚かされた俺に向かって・・・・・

何かしてやったとばかりにビーストは笑った。


「・・・・ハンス。今はまだ伏せられている王太子殿下のこと。しかと頼んだぞ」


笑いながら。

なのに、一変して真顔になった途端。

ビーストは騎士団長らしい風格を覗かせる声で。

それは俺にしか聞こえない程度だった。


俺は、意を正すと姿勢も直した。


「これもユリナ様から頂いた大恩に報いられるのであれば。身命を賭して務めさせて頂きます」


俺の宣誓に、そして、ビーストは満足な笑みを浮かべてくれた。


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