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第22話 ◆・・・ 内に在る懐古 ・・・◆


アスランは先に始まったイザークの模擬試合を、他の受験者達とは離れた所でじっと見ていた。

瞳が映すイザークは、先に試合をした受験者達と同じく右手に木剣。

後は模擬試合の前に聞いた稽古で使われる盾を左手に握っている。


反対に、相手の騎士は右手も左手も刃の付いた槍を握っていた。


ただ、両者の実力。

その差は歴然だった。


試合開始から直ぐ。

そこから今もずっと。

槍を使う騎士の戦い方は、見つめるアスランへ「これが騎士の在り様なのか」と抱かせた。


『こらこら。脚が疎かになっているぞ』

『おいおい。それでは脇がガラ空きではないか』

『ほれ。早く立たぬと、突き刺してしまうぞ』


槍を使う騎士が言っていることは、けれど、此処は自分も同意とする所。

でも。

その時の態と手を抜いた事よりも。


アスランが瞳に映したイザークは、的当ての試験で会話もした時とは明らかに違った。

見開いた瞳は相手の僅かな動作だけでギョロッと動くと、まだ試合開始から数分と経っていないにも拘らず。

鼻筋や頬、首筋を流れる汗は粒を大きくして勢いも増している。

僅か数分で大きく開いた口は、一向に閉じる気配も無い。

それどころか、両肩まで上下に大きく動くを繰り返す今の状態に、もはや次の動作に欠かせない柔軟さまでが失われている。


それくらい何か追い詰められた感のイザークを相手に、槍を使う騎士の言葉はどれも嘲笑った感だった。

否、だけでなく。

槍を使う騎士は、イザークの握る剣先の揺れへ。

見て分かるくらいにぃッと笑っている。


悠然と槍を構えている騎士と比べて、明らかに腰が引けているイザークとでは、映すアスランにも場の主導権。

これが何れに在るかなどは聞かずとも理解る。


・・・・・だけど、あの人はどういった人なんだろう・・・・・


模擬試合の相手をしている騎士とは、一度も会ったことが無い。

前の試合中、いきなり介入した後は大声で怒鳴っていた。

ハンスさんは知っている感じで、何と無くだけど上役っぽくも見えた。


・・・・・でも。シルビア様の近くに居た人だし。僕が知らないだけで。騎士団でも偉い人なんだろう・・・・・


午後からの実技試験は、そこへ現れたシルビア様とカーラさん。

だけど、カーラさんからシルビア様が来ることは聞いていた。

そして、二人が座っていた席の近くには、今は試合をしている槍を使う騎士の他にも。

何人もの騎士が並んで座っていた。


アスランは模擬試合も最初から一人だけ離れていた為に。

それで、相手がシャルフィ王国の騎士団長という事実を未だ知らなかった。


しかし、王宮に来たアスランを、今日までに一度として騎士団長と会わせなかったのは、女王の強過ぎる意思。

弩を超したスケベで変態な爺と会わせる等。

純真無垢な我が子が汚染されてしまう。


女王が執務室で、かように吠えていた等。

こんな真相も、また知っているのは親友(カーラ)だけだった。


試合う最中、イザークは果敢に挑んでいた。

何度も自分を鼓舞するような叫び声は、それも映すアスランへ。

オットーやロッシュの様な貴族。

それから今日は自分を悪く言っていた他とは違うを抱かせていた。


ただ、イザークは踏み込みも振りも。

一言でいえば拙かった。


もっと速く。

もっと鋭く。

もっと懐深くへ。


一方的でしかないイザークの試合は、そこにアスランは思う処が多々あった。

だから。

それが出来ていないから・・・・・


心情的には槍を使う騎士から〝いい様に遊ばれている″イザークを応援している。

なのに、またも翻弄されるイザークの拙さには、もう一人の自分が「そうじゃない」強い歯痒さを膨らませている。


イザークは終始散々。

そう言えるくらい翻弄された。

同時に、相手の槍を使う騎士の槍捌きは勿論。

擬態を交えた巧みな動作は、特に擬態へ馬鹿も同然。

それくらい釣られるを繰り返したイザークは、だから無駄に体力と気力を奪われた。


アスランは膝も脹脛もガクガクで、荒い呼吸で肩が上下に動いてばかり。

一点だけしか映せていない瞳は、つまり、視野を広く持つ基礎すら忘れている。

既に終わりが見えているイザークを漠然と映しながら。

胸の内は全くの別。

意識は次に試合う相手の騎士の方を、自分ならどう戦うのかへ向いていた。


試合は開始直後。

槍を使う騎士が繰り出した一撃は、それを受け止めたイザークの盾を刺し貫いた。

それも、木製の盾を貫いた刃先は、握るイザークの左腕に触れるかどうかという所でピタリと止まった。

そして、この一撃がイザークの表情から血の気まで奪い取った。


因みに、騎士団で訓練や稽古の際に用いられる盾は、木剣や訓練用の槍を想定して作られた物。

その為、実戦仕様の盾と比べて非常に軽い。

反面、木剣や訓練用の槍ていどは問題なくとも、真剣や刃の付いた槍を防げる作りでもない。


この性質を理解った上で、槍を使う騎士は意図して盾を貫いた。

同時に、盾を貫いた側の目論見通り恐怖に陥ったイザークは、これで最初から翻弄された。


アスランの思考は、イザークが翻弄された最もな部分が、左右の腕から繰り出される二本の槍。

ではなく。

最初に盾を貫く一撃を貰ったせいで、以降ずっと威嚇とか牽制にしか映らない擬態を相手に。

一々大袈裟な反応を繰り返した。

挙句、動かなければ当たらない。

狙ってさえいない槍の軌道にまでビクッと強く反応してしまうから・・・・・


・・・・・あの程度の威嚇。全然怖くないと思うんだけどな・・・・・


イザークよりも、槍を使う騎士の方が断然強い。

これは間違いなく事実。

でも、これもそもそもは試合の開始以前で決着も予想出来た。


イザークは試合が始まる前から特に精神面の状態が良くなかった。

右手と右足の動きが揃っていたことも気付いていなさそうで、声が裏返るくらいだから酷さの度合いも推し量れる。


だから、先に試合をして来た他の受験者達と比べても。

明らかにイザークの動きは悪かった。


そんなイザークは、相手の騎士の初手で完全に臆した。

後はただの威嚇へ、馬鹿みたいに大袈裟な反応を繰り返す。

たった数分で息が上がってしまったのは、当然の結果だろう。


アスランの思考は、勝負以前。

試合にさえなっていない。

確かに、槍を使う大人の騎士は強い。

凄く強いでも間違いない。

そして、イザークは比して弱過ぎた。


体力や技術がどうとか以前の問題。

イザークは精神が弱過ぎる。

あの程度の脅しに、こうも気圧されるなんて・・・有り得ない。

だけど、結果が火を見るよりも明らかなのは、つまり、それだけの理由がこうして在るからだ。


アスランは内に「もう間もなく終わるだろう」を呟いた試合を見つめながら。

そこでの両者を、このように観察していた。


だが、今も続く日々の修行がアスランに積ませた経験値は、踏んだ場数で培われた。

当人がこのような物の見方も出来るようになった部分は、現在の余裕も含めて1番の存在(ティアリス)がそう至らせた。


アスランは王宮で生活するようになって以降。

修行中にティアリスから以前の様に斬られる事は無くなった。


それでも。

決着はティアリスが決まって喉元へ剣先を突き付けた。

これは、受ける側のアスランからすると、理解っていても言い様の無い悔しさが残る。

はっきり言って。

バッサリ斬られた以前までの方が断然、次へ気持ちを切り替えられた。


なのに、この自分の喉元へピタリと剣先を突き立てる。

その時の真っ直ぐなティアリスの瞳を映すと、やっぱり格好良いを強く抱いた。


悔しいのに。

凄く格好良い。


・・・・・だから。絶対にやり返す・・・・・


現在も続く修行はアスランへ。

伝えたのは、これも数えているエレン。

アスランはエレンから『自分の連敗が既に十万回へ達した』事を、ムカつく笑い声で知らされていた。

ただ、十万回に至った連敗は、これで積んだ経験値が今を成している。


アスランは平然と見ていた試合。

そこで纏う空気からして猛々しいグラディエスが繰り出す槍は、これと試合うイザークの姿へ。


審判を務めるハンスは、確かにこの試合も見る側には無様で醜態に映るだろう。

しかし、イザークは幾度、地面に叩き付けられても。

土塗れになって這いずる様な起き方でも立ち上がって来る。

先に試合をして来た他と比べるも無く、イザークには必死に食らいつこうとする姿勢が在る。

この部分を高く評価していた。


-----


グラディエスとイザークの試合は、結果的にハンスが止めに入った事で終わった。

既に気力だけで立っている。

監督として審判も務めるハンスは、これ以上は単に危ういでは済まされない。


ハンスは乱入直後、その時は叱責される程度も当然な者達を大声で怒鳴ったグラディエスが、そこから一度は気を静めて臨んだ試合。

ただ、試合中は徐々に地を曝け出した部分も在る。

それでも。

グラディエスから自身へ向けられた仕草は、ハンスも見逃さなかった。

試合を何処で終わらせるのかは、これは審判を務める自分の役割。


ハンスは先の試合までの醜態が原因となった此度の試合は、騎士団長が相手役をした事もある。

判断に迷いが生じている最中で、終わらせろと告げられたような睨み視線は、それで試合を止めたに過ぎなかった。


訓練で使う盾は、グラディエスの剛腕が繰り出す槍を凌ぎ切れず幾つもの貫通痕で塗れた。

そして、試合を止められた途端。

イザークは糸が切れた人形も同然に崩れると、呼び掛けに声すら発することも無く。

倒れた姿勢のまま動かなくなった。


気を失ったイザーク自身は聞くことも出来なかった。

だが、女王の声は、結果は関係ない・・・・・

その両手はイザークの姿勢へ。

一番に拍手を送っていた。


「(・・・マイロード・・・)」

・・・ティアリス。うん、心配しなくても大丈夫。ちゃんと見る所は見ていたよ・・・


いつも通りなティアリスの声は、だけど、何処か心配している感もある。

けれど、アスランの方は返した通り見ていた。


断言できる。

本気のティアリスとでは比べられない。

否、あれくらいなら遊んでいるレーヴァテインの方が遥かに勝る。

確かに凄く強い相手なのは事実でも。

そこへ死を抱くような怖さ。

これを全く感じなかった。


やがて、気を失ったイザークが運び込まれた担架に乗せられて行くのとは入れ違いに。

槍を使う騎士から「次はお前だ」と、名を呼ばれたアスランの足が前に出る。

地面に白い粉で線を引いて作られた舞台へ。

その手前でアスランは足を止めると、一度だけ静かに、大きく深く息を吸い込んだ。

間もなくゆっくり静かに吐き出した後。

白線を跨いだアスランの瞳は、見るからに血が沸いている。

歩く足は間も無く。

槍を使う騎士の正面で立ち止まった。


-----


「幼年騎士アスラン。お前とこうして顔を合わせるのは初めてじゃな」


グラディエスは正面に立った次の相手へ。

胸中では、予てから機会があればを目論んでいた。

もっとも、今日を狙ったわけではない。

無いが、しかし。

現に、こうして機会は訪れた。


そして、グラディエスの瞳は、こうして間近で映すと余計重なって見えていた。

今は自分を見上げるように真っ直ぐ向けられる琥珀の瞳が、それで何か見据えている感。

ただ、眉間に皺が寄っている所さえ懐かしいを抱けた。


「なんじゃ。言いたいことがあるなら言うてみよ」

「俺は、弱い者苛めを赦さない。それが例え試合であっても。否、これが稽古であっても。貴方がしたやり方は容認できない」


グラディエスは自らの発言の後。

幼年騎士の抑えた声によって耳朶から首の裏側。

更に背筋にまで纏わりついた悪寒は、だが、この瞬間まで久しく感じもしなかった。

途端に空気が、それ以前と打って変わったを察した。


目の前の幼年騎士は、ただ淡々と返した様にも映る。

しかし、声の内容は明らかに自身への糾弾。

それも纏う空気をがらりと変えると、今は琥珀の瞳から強い圧迫のような感さえ受け止めていた。


なのに、堰を切ったように溢れ出た感情で思いがけず熱くなった目頭はグラディエスへ。

だからこその懐かしいは、胸を握り潰されるほど締め付けられた。


・・・・・やはり、そうであったか・・・・・


立ったまま顎を上げるようにして、そこへ空を映した瞳が滲んだ。

自然、強く深くすすった鼻は、音が大きくなった所で構うことは無く。

グラディエスは、姿勢もそのまま気を静めようとして大きく息を吸い込むと、幼年騎士には背を向けて吐き出した。


あの頃のユリナ王妃が目に浮かんだ。

全く同じ琥珀の瞳で睨まれた事などは常だった。


弱い者苛めだと咎められたにも拘らず。

グラディエスのこれまで寂しいを募らせた胸の内は、今この瞬間になって不思議なほど満たされていた。


大きな波で揺さぶられる感情は落ち着こうとしない。

グラディエスは意図して強い咳払いを一度挟んだ。

そうやって強引に押さえ付けた後。

視線は再びアスランを正面に捉えた。

今度は此方から態と睨み付けた所で、更に畳み掛ける様に凄むと、終いは鼻で笑って見せた。


「完全実力主義。これが騎士団の伝統くらいも知らぬのか」

「だから、弱い者苛めをして構わない。そう言いたいのですか」


グラディエスが強さを誇示する狙いで発した声も。

全く臆した感さえ顔に現れない幼年騎士の返答は、しかし、グラディエスも怯まなかった。

寧ろ、あのユリナ王妃とこうも似ている。

作った表情の内側で、祭りだった頃を憶えている心が躍った。


「強者が弱者に勝る時。中にはそこへ虐めの様な感を抱くくらいも理解らぬではない。だが、弱者のままでは守り切れぬ以上。その経験をも糧として昇って来ねばならぬのが騎士の習いでもある。守り切れなかった悔しさを刻まれたくないのであれば。この程度は苦にもならぬであろう」


今は二人の会話を、最も近い所から聞いていたハンスは、グラディエスが暗に何を含めたのか。

フォルス様とユリナ様の死。

自身がユリナ様から受けた大恩は、団長もまたフォルス様の親友だっただけに。

単に悔しかった等では表現できないくらい。

ハンスは此処を察することも出来る。


アスランは、目の前の騎士が口にした部分。

何か在るを抱いた雰囲気は、それで言葉に圧力を感じ取った。

目の前の騎士は、きっと何かとても悔しい思いをしたのだろう。


それでも。

受け止めた感情は、尚も自身は違うと抱いた部分が在る。


「それが苛めをも正当化する理由なら。俺の剣は、貴方だけでなく。歪んだ伝統さえ断つだけです。悔しい経験を糧とさせるため。だとしても。弱者を怯え怖がらせる事とは合致しません。まして、弱者を相手に遊ぶなど。言語道断でしょう」

「ならば、その実力を以って示して見せよ。貴様の言は現実を知らぬただの妄想。だが、真に現実に出来ると言うのであれば。先ず口先でない事を示すがいい」


映すアスランは、そして、ユリナ様と何処までも重なる。

自分がああ言えば。

ユリナ様は当然とこう言う。

それで小言を言われる度に、面白くないとも抱いた事さえ。

今のグラディエスは、当時の景色が鮮明なほど蘇っていた。


自身が握るのは、稽古用などではない。

突き刺せば間違いなく。

相手の命をも奪える凶器。


刃の付いた槍を両手に一本ずつ。

グラディエスは擦る様な動きで左足を前へ腰を低くすると、膝にためを作った姿勢で凶器の先端を幼年騎士へ向ける様に構えた。


先に凶器を握り構えた自身と、対する相手の幼年騎士は木剣を一振り・・・・・

だが、中央兵舎の件は聞き及んでいる。

特にハンスからは、見たままを聞いた。


「幼年騎士アスラン。大言を吐いた以上は貴様も剣を取れ。先月の件は儂も既に聞いておる。だがな。貴様の双剣がどれ程であっても。儂は・・・更に強いぞ」


聞く者によっては畏怖をも抱く声。

ただし、発したグラディエスには自信が在る。

コールブランドを両手にしたフォルス先王陛下。

その好敵手を務めて来た事実は、故にフォルス様以外には負けられない。

それくらいの自負が、今でも芯を成していた。


-----


相手から「剣を取れ」と言われた。

アスランの瞳は、そこからハンスへ。

模擬試合で真剣を使っても良いのか。


けれど、仮に使って負傷させたとしても。

エレン程じゃないけど。

エレンと同じ治癒は使える。


・・・・・エレンの治癒速度は、あれで本当に速いんだよね・・・・・


ハンスは向けられるアスランの瞳に、しかし、当然と頷くことも出来ない。

いくら騎士団長が許した所で。

否。

それ以前に、もしもの部分。


アスランが真実、王太子殿下だった場合。

ハンスは、だからこそ。

首を縦には出来ないでいた。


「(・・・マイロード。この場は、マイロードも剣を手にするべきです。それが相手へ最低限。礼を尽くした事になります・・・)」


審判のハンスに視線を向けても分からないまま。

そして、既に構えた相手を、いつまでもは待たせられない。


ティアリスの声は、憧れだけでなく目標にしているアスランの迷いを断ち切った。

だけでなく。


「(・・・マイロードは自らが口にした意を示さねばなりません。故に、これを示した上で。そうして勝たねば意味がありません・・・)」


自分だけに聞こえるティアリスの声へ。

アスランは小さく頷いた。


悔しさを糧にする。

この主張は、確かに理解る処がある。

しかし、それと恐怖に怯えさせる行為は合致しない。

よって、先ず此処を示す。

と言うか正す。

絶対、反省させてやる。

その上で勝つことに意味がある。


今からの試合をどう戦うのか。

思考は、けれど、僅かな時間で答えを導き出した。

そして、アスランの唇は、間を置かずコールブランドを呼んでいた。


-----


コールブランドだけを使う以前。

双剣の型稽古は右手にティルフィング。

左手にレーヴァテインを握ってして来た。

そして、何方も良く手に馴染んだ。

重くて扱い難いということも無い。

今の自分にとって最も適した重みは、掴む掌に馴染んだ感触を与えてくれた。


『マイロード。今からの稽古では、コールブランドだけをお使いください』


ティアリスがそう言ったのは、確か王宮の生活がこういうものだって分って来た頃だったはず。

でも、理由を聞いて僕は納得した。


ティルフィングとレーヴァテインでは、剣の長さが違う。

幅も厚みも違うし、けれど、それは元からどうしようもない部分。


だけど、コールブランドは対を成した双剣。

僕が今も稽古を積む双剣の剣術は、だからこそ正しい型が染み込むまで。

せめて、それくらいまではコールブランドで積む方が良い。


後は、僕がコールブランドを使ってくれれば。

ティアリスとレーヴァテインの二人を、同時に相手にした稽古も出来る。


僕はティアリスの言う通りにした。

コルナとコルキナも当然だって言っていた。


けどさ。

おかげでと言うか。

僕の稽古は、余計に厳しくなった感じなんだよね。


-----


「お待たせしました。何時でも始められます」


幼年騎士がそう告げた声よりも。

グラディエスの瞳は、これも見間違える筈もない対の双剣。

構えは右半身を此方側に向けると、右手が握る剣先は自分を捉えた正眼の位置。

その背後へ隠したようにも映る左の剣は、肘にためを作ってやや下段に置いた感もある。


ただし、これを単純に、右側が攻め。

左は守り等と考えるのは愚策に尽きる。


かつてはフォルス様もそうだった。

双剣を使い熟したフォルス様の剣技は・・・その程度の常識を軽く突き抜けて来る。

途端に表情は強張ると、ピンと張り詰めた強い緊張が背筋に走った。


だが、両者が構えた後も。

互いに刃を向け合う試合など。

そうも抱くハンスは、故に開始を告げられずにいた。


ヒュッン。

合図も無しに突如繰り出された槍は、アスランの耳に風を切ったような音を残すと、刃は横顔を抜けた所でピタリと止められた。


「どうじゃ。怖くて指先一つ動かせなかったか」


怖い顔つきで不敵な声。

そう抱いたアスランは、けれど、最初から狙って等いない。

当然、怖さもなかった。


「いいえ。全く当てる気の無い槍でしたので。だから動く必要も無いでしょう」

「ほう・・・」


アスランは見たままを淡々と返した。

同時にグラディエスの方も。

やはり、臆して等いないを察した。


グラディエスから言わせると、此方の初撃へ仕掛けられたアスランの方は、しかし、気配に揺らぎを感じなかった。

それどころか、泰然とした空気の中で槍の軌道を見切っていた節すらある。


・・・・・さてさて。5歳の子供が堂々と見切りよる。ちぃっとも脅された感も無いとはのう・・・・・


グラディエスは、眉一つ動かさない幼年の騎士の右の頬。

頬から1センチと離さない所を突いた自身の槍を、一先ず戻すと構え直した。


「全く怖気ないとは、中央兵舎で大暴れしたその実力。噂話も耳にしたが・・・どうやら誇張でも無い様じゃな」

「と言うよりも、貴方の槍は俺を狙っていなかった」

「それで動く必要が無いと・・・か」

「イザークさんは今の見せかけ程度で酷く怯えていたようでしたが。ですが、俺はティアリスとの稽古だけで何万回も・・・死の間際を体験して来ました。だから、その程度の脅しは怖くないんですよ」

「フンっ。ふざけたことを言いよる」


グラディエスは実際に見せる脅しを用いた此方へ。

対して、幼年騎士のは言葉での脅し。

ただ、そこへ言うに事を欠いて等と馬鹿にされた感は、それで声にも怒りが表れた。

しかし、今も射貫くような琥珀の瞳が、全くの嘘だと思わせてくれない。


「じゃあ、俺の発言が嘘ではない事を貴方が納得出来るまで。先にティアリスから受けた稽古を体験させてあげます」


幼年騎士の声は、表情と合わせて何処までも淡々としていた。

していたが。

そこから先は瞬きする間も無かった。


全ては一瞬。

そして、最初に貴賓席から女王の悲鳴にしか聞こえない声が響いた。


最も近い所に居たハンスの見開いた瞳は、鎧の胸当てを当然と刺し貫いたアスランの剣。

鼻背と眉間に皺が現れる程、グラディエスの瞳はアスランを睨んでいた。

だが、胸を突き刺した刀身は、背中さえ突き破ると赤黒い血に塗れた刃を顕わにしている。


女王の悲鳴が上がるまで。

この瞬間は、それこそ無音の様な異質さだった。


グラディエスの心臓を貫いた刃は間もなく。

今度は柄を握るアスランの手で引き抜かれた。

周囲は何か、時間が特にゆったりと流れた様に感じられた。


幼年騎士が刃を引き抜く動きへ引っ張られたかのように。

突き刺されたグラディエスは声を発することも無く、半開きの口から溢れた血を垂れ流しながらうつ伏せに倒れた。

既にピクリともしなかった。


-----


両者の立ち合いは先ず、グラディエスの槍が幼年騎士を襲った。

そして、今度は幼年騎士の剣がグラディエスを刺し貫いた。

近くにいる者達は、二人の会話を聞いてもいたが。


悲鳴を上げた女王が走って来るまでの間。

傷口だけでなく口からもどっと溢れ出た鮮血が作り出した血だまりの中で、うつ伏せに倒れたグラディエスを包んだ金色の粒子。


「痛いの痛いの飛んで行け」


幼年騎士の淡々とした声は、しかし、それだけで現れた金色の粒子が倒れたグラディエスの全身を包み込んで間も無く。

最も近い所に居たハンスは、心臓を一突きに貫かれた騎士団長がむっくり起き上がった所で、面持ちだけで何が起きたのかを分かっていない。

だが、自身ですら理解の範疇を越えた感に晒されていた。


目覚めた直後。

グラディエスは呆然と何が起きたのかを分かっていなかった。

しかし、確かに自分は胸を突き刺された・・・・・

記憶に残る痛みは、背骨さえ突き破られた感触を今も残している。


だが。

ならば、何故の疑問。


「もう大丈夫だと思いますけど。まだ痛みますか」


自分を包んでいた金色の繭・・・のような何かは、薄れるようにして消え去った。


「儂は、確かに・・・」


グラディエス自身、心臓を一突きにされた筈だと。

直後は単に痛いなどでは表現できない。

それが、今は何ともない。


「今の様なことを。それを俺は何万回と体験して来たんです。だから、貴方の威嚇くらい。それを怖いと抱くことも無くなりました」


呆然と聞いていたグラディエスは、そこへ更に「これで巫山戯(ふざけ)ていない事を理解ってくれましたか」との声で、上げた視線の先。

そこに映った琥珀の瞳は、今も此方を射貫く様に見つめている。


ただ、見つめられているだけ。

それでも。

この瞬間はグラディエスへ。

はっきり自覚出来る寒気が内側を満たした。


「俺は、ティアリスから剣を学んでいます。そして、剣がどういうものなのか。それを貴方が今さっき体験したのと何ら変わらないやり方で・・・まだ信じて貰えませんか」

「なん・・・じゃと」


言い返しながらようやく立ち上がったグラディエスの思考は、先程の金色の繭のようなもの。

これが治癒の魔導くらいまでを分って来たばかり。

もっとも、分かって来た所で。

今度は、見知っている治癒の魔導。

治癒魔導の属性は水。

つまり、発動時には青色の発光現象を伴う。


だから・・・分からない。

思考は未だこの理解らない部分。

この理解らない部分で沸き起こった怖さは、追い打ちの様なアスランの声で一層強くグラディエスを縛り付けた。


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