第21話 ◆・・・ 漢の寂寥 ・・・◆
しかし、何と声を掛ければいいだろうか。
胸の内でそう抱くハンスの瞳は、絶対的にも映ったであろう実力差。
魔導の試験では、この部分を明確に見せつけられた側の受験生達が白旗も同然。
意欲も失せると完全に消沈している様子には、やや可哀想だと思える自分が居る。
さっきまでは当然と孤児を馬鹿にしていた威勢も今は無く。
自分こそは選ばれて当然だと自信を見せていた者とて、色濃い諦めが見て取れる。
・・・・・だが、まぁ。俺とて同い年の頃に、そこでこれ程の挫折感は経験も無かったからな・・・・・
そう。
はっきり言えば、これは挫折。
しかも、彼らを挫折させたのは最年少の騎士。
出自が孤児となっている部分は、それで余計に屈辱を受けた様な感も違いあるまい。
それでも。
実技試験では総監督を務める身分でもある以上。
ハンスは、だからこそ。
これ以上の醜態は黙視できない所へ来ていた。
最後の模擬試合。
影響はこの模擬試合になって顕著に現れた。
合格はもう無い。
受験者達は、間違いなくそう抱いたのだろう。
全員ではないが。
一握りを除いて意欲が全く見受けられないでいる。
ハンスは審判を務めながら。
胸中では、こんな無様な試合を行う受験者達へ。
単に不合格では済まされない。
最悪の事態へ繋がりかねない危惧も抱いていた。
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実技試験は最後の模擬試合も半ばを過ぎた。
ただ、ここまでを見ていたカーラは横目に、そこに映ったシルビアの退屈そうな表情。
子供の時から剣の試合は大好きなシルビアが、何を抱いてこうも退屈だと顕わにしているのか。
カーラは理解るからこそ。
先に大きな溜息を、態と吐き出した。
「陛下。先ほどは不敬な点を指摘した受験者達ではありますが。どうも、ここまでの模擬試合を見る限り。試合を行っている者達だけでなく、試合を待つ者達まで覇気を感じられません。これほど無様にやる気を持たない者等は、そんな者達を〝国費”で賄う騎士見習いにしておく必要も無いかと存じます」
宰相の発言は、演じた本人の思惑通り。
自らの掌中で滑稽にも映った者達は、それで情けを求める様な面持ちを女王へ。
「そうですね。何とこうも退屈なじゃれ合いなのでしょうか。これなら私が直接剣を叩き込んだ方が。ええ、まだまともになりそうな感じです」
女王は表情だけでなく。
声からもはっきり退屈なのが露骨だった。
そして、そんな女王の声に、午後からは姿を見せると此処までずっと黙していた男性騎士の叱る声が、騒めく者達へ強い緊張を走らせた。
「まったく、陛下の言う通りであろう。無様にも程がある」
重く響くような太い声は、孕んだ憤りによって怖ささえ抱かせた。
周囲の視線は、すっと立ち上がった男性騎士へ。
だが、午後は此処まで座して語らずを貫いた男性騎士は、『先王の懐刀』と呼ばれる騎士団長だった。
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自分が叩き込んだ方がまともになる。
剣を得手とする女王の発言は、今も続くダラダラした締まりのない試合への不快感。
騎士団長グラディエスは、女王が未だ学生だった頃。
その頃はヘイムダル帝国から留学していた皇女との間で、此方が身の危険を心配させられる模擬試合を毎日のように見て来た身でもある。
女王はそこで、ヘイムダルの皇女から負けたことは無い。
無いが、毎日のように手傷を受けていた。
それで胃が痛くなる程、周りが心配したあの当時。
だが、騎士団で行われる模擬試合は、女王のそうした姿勢が、上も下も関係なく熱戦を繰り広げた。
結果。
当時の若手からはハンスを筆頭に、他にも有望な者達が多く現れた。
それ故、現在の騎士団は中堅と呼べる世代。
ここに実力者の層が出来上がったのだ。
・・・・・その頃の隆盛と比べれば・・・・・
今日の実力考査を、午後からは陛下も御覧になる件。
慣例は今更でも、陛下が訪れるのに騎士団の長が見届けない等はあり得ない。
しかし、敢て黙したグラディエスの瞳は、眼前に無様な醜態を晒す者達へ。
蹴倒したい程の憤りは、同時にこれが現在の有り様なのだと。
芳しくない声は、自分の耳にも入っている。
周りからの評価。
近年は若手が伸び悩んでいる声は増える一方だった。
実際。
そうした声へ、面と向かって反論できるだけの余地が無い。
中堅には実力者達の層が在っても。
そこへ続く次世代。
これが際立って良くなく映っているのは事実。
この事実には周囲の声まで、これが理由だという部分が在る。
近年の従騎士への任命が、見習いの大半が中等科の卒業を以っての叙任。
しかも、それで中等科の卒業を遅らせた例まで生まれた等では、質の低下を指摘する声も当然だろう。
グラディエスは、自身を重用してくれた先王フォルスとは、それで祭りのような日々を過ごして来た。
王太子だった頃のフォルスから側近に任命されたことは後に、今の地位が将来は約束された事を知った。
楽しかった時代。
フォルス陛下と自分は、ユリナ王妃と聖賢のスレインから揃って小言を言われる日々でもあった。
だが、二人でなら何を言われようとも怖くない。
そんな事を当然と交わし合って祭りのような時間を過ごしたのだ。
時代は変わった。
今の王宮は、そこにフォルス様もユリナ様もおられない。
せめて、聖賢のスレインが残っておれば、自分もまだまだ・・・・・
年を重ねる度に、寂しく独り取り残されたような感だけが募った。
あの時、無理を通してでも。
そう抱く時間がまた増えた。
・・・・・せめて、自分が警護を務めていれば・・・・・
似たようなことを、聖賢も抱えていたのかも知れない。
奴は俺を責めなかった。
代わりに未だ十代の王女を、今直ぐ即位させるために手を貸せと言って来た。
聖賢は俺に、親友と妹が描いた未来のシャルフィは、娘でなければ継ぐことは出来ない。
俺には、聖賢の言いたいことの意味が理解っていた。
シャルフィの未来は、フォルス様が愛したユリナ様の夢だった。
俺は償わなければならなかった。
聖賢も同じように、償いの気持ちでいっぱいだったに違いない。
俺と聖賢は、だから結託して王女を直ぐに即位させたのだ。
そこから俺は騎士団長の肩書を、その権力さえ使って団の刷新を進めた。
聖賢は同じ頃から。
政治に携わる者達の世代を若返らせ始めた。
俺と聖賢は、そこで互いに同じことをしていた。
ユリナ王妃が将来は排除しようとした出自や家柄に血統を含めた世襲の習い。
フォルス様は、王家と長く交流もあるを理由に、表立っては身動きが取れ無かった部分。
聖賢は、そして、奴の方が俺よりも早くやり終えた。
だから。
俺を残して王宮を出て行った。
・・・・・此処には、居るだけで辛くなる・・・・・
聖賢が王宮を去る前夜。
俺は、そこで初めて。
奴と二人だけで酒を酌み交わした。
酒に任せて本心も交わし合った。
聖賢はずっと苦しんでいた。
温和な表情の下で、怒りも憎しみも抱えていた。
なのに、その感情を一度として口にしないで来たのだ。
訃報直後は感情のまま声を荒げた俺とは違う。
聖賢は、それこそ本当に強い男だった。
俺が注いだ酒の入ったグラスを片手に、あの晩の聖賢は泣き顔を隠さなかった。
聖賢が内に抱え込んだ感情。
俺は、それだけは俺が一番理解ってやれる。
だから。
俺は・・・聖賢はもう自由にしてやるべきだと見送った。
思えば、フォルス様とユリナ様が居られた頃。
その頃の俺は聖賢のことを、何処か苦手な奴だと抱いていた。
奴が切れ者で人格者なのは分かっているが。
兎にも角にも嫌な奴だと思ったものだ。
それが訃報からは、不思議と嫌だとは思えなくなっていた。
奴の背中を見送りながら。
その時は目頭が熱かった・・・・・
聖賢までもが去った王宮。
そこにはもう・・・俺の居場所が無いような感しか残らなかった。
王太子だった頃のフォルス様まで参加した伝統行事。
俺が至宝を簡単に釣り上げる度に、フォルス様は嬉々としてはしゃいでいた。
ああ、楽しかった。
女を抱くのもだが。
フォルス様と二人でいた頃が一番の盛りだった。
今日は何処で何人とやるとか。
毎日のように出掛け先を考えては、訪問した他国ですら此処は変わらなかった。
独りきりになるとだ。
やっている間はまだ良い。
だが、終えると途端に寂しくなる。
・・・・・王宮には。思い出が多過ぎるのだ・・・・・
グラディエスは本心。
さっさと引退して王宮から去りたかった。
自分も聖賢と同じように自由になりたかった。
ただ、聖賢は国には残った。
俺は引退した後。
今は国も離れよう。
いつか、再び戻りたい等と思えば。
その時は、また帰って来ればいい。
・・・・・俺は自由を伴に、気の向くまま行くのが一番なのだ・・・・・
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席から立ち上がった所で、踵を返したグラディエスは女王を正面に右手を左胸に添えると、腰から頭を深々と下げた。
「陛下にかような無様な試合を見せた責任。これは騎士団を預かる臣としても。かかる責任の重さを痛感しておる次第であります」
陛下への謝罪。
述べた所で、そして、騎士団長グラディエスは顔を上げた。
「今よりは臣自らが、将来を担う責の重さ。これを直々に伝えに行って参ります」
「グラディエス団長。程々で構いません」
女王を演じるシルビアの声は、グラディエスもまた深く頭を下げた。
間もなく、シルビアの瞳は模擬試合へ赴く騎士団長の背中を見送った。
同時に、双槍の異名。
父と自分が双剣を得手にしているように、騎士団長が双槍を得手にしている部分。
高等科に入った最初の頃までは、父を立ち会いに幾度も挑んだからこそ理解っている。
父様はずっと良い好敵手だと褒めていた。
それくらい双槍は強かった。
そして、私は即位するまで一本も取れなかった。
即位を済ませた後。
騎士団長は私が女王だからという理由で、頑なに試合を拒むようになった。
そんな騎士団長のことは、特に私的な部分での相変わらずの旺盛さ。
これは今も噂くらいを聞いている。
もう五十歳を超えたというのに。
あっちは今でも盛んな十代君なのよね。
けれど、父様が亡くなった以降の騎士団長は、団長としての仕事には精力的に励んでいた。
若手の中から私も実力者と認める者達を、団長は中核に据える人事を推し進めた。
だけでなく。
取り分け近衛隊の部分では、出自に関係なく確かな者達を多く推薦してくれた。
八月の事件では、それで騎士団長は引責辞任を申し出た。
結果的に、俸給の一部を返上して、返上した分を被害者への慰謝料に充てるという所で落ち着きもしたのだけど。
淫魔殿とも呼ばれた団長の執務室は、もうずっと以前から見違えて執務室らしくなっていたらしい。
カーラは表向き、団長の激変は悪い事ではない。
そういう言い方もしたけど。
でもね。
私は、団長が何か思い詰めている。
余り良い感じがしないのよ。
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「やる気の無い者は引っ込んでおれ!!」
騎士団長の叫ぶ怒声は、模擬試合も最中に轟いた。
だけでなく、試合中だった場への乱入も同然。
グラディエスは、審判のハンスを意に介さず。
醜態を晒す二人の見習い騎士を、怒りを孕んだ自らの槍で、強かに叩き伏せた。
不意打ち。
そう言っても過言にはならない。
だが、監督を務めるハンスは、グラディエス団長が午後は用意した貴賓席から猛然と迫る気配へ逸早く気付いていた。
一方で、試合中も全くやる気の見られない者達は、揃って気付きもしなかった。
故に無警戒だった二人ともが奇襲も同然の槍先に驚くと、その柄で殴られた際も受け身すら取らずに地面へ叩き付けられた所で、完全に伸びている。
見習いとは言え。
これでは弁解の余地も無い。
実に情けない限りだった。
「ハンス。かような騎士にあるまじき試合をさせるな。陛下は・・・頗るお怒りであったぞ!」
こんな猛々しい姿を普段は微塵も見せないビーストだが。
今日は声の質まで恐ろしく覇気が伴っていた。
「ハッ。申し訳ありせん」
ハンスは即座、畏まって謝罪した。
部下の謝罪を、槍を握るグラディエスは無言のまま。
ただ、一度だけ頷いた。
「良いか。見習いと言えども騎士団に属した以上。相応しくない者は即座に追放とするのが此処の伝統でもある」
「ハッ。心得ております」
「であれば、もはや分かるであろう。此処に居る者達を見れば一目瞭然」
そこで声を切ったグラディエスの瞳は、居並ぶ受験者達を軽く流した。
「イザーク・テネス! 幼年騎士アスラン!・・・両名以外。そのやる気の無い態度を以って試験の不合格を言い渡す!!」
憤怒を叩き付けた様な怒声は、そして、不合格となった者達を酷く萎縮させるか震え上がらせた。
「不合格を言い渡した貴様らには明日。騎士団に籍を置く者として相応しいかを再試験する。当然・・・再試験を不合格となった者は即刻。騎士団から追放されると心得よ!」
騎士団長から怒鳴られた受験者達にとって、今の通達は最悪以外ない最後通告に等しかった。
途端に溢れた将来を奪われた感の声は、しかし、グラディエスは意に介さず声を荒げた。
「貴様等は陛下の御前で何を声にした。幼年騎士とは、陛下が将来を見込んだ才在る者。にも拘らず、貴様らは不敬を働いた狼藉者であろう。その上さらに陛下の御前で無様な態度へ浸る等・・・・それでカミツレを掲げられると思っておるのか。この大馬鹿者どもが!!」
殺意さえ顕わにした眼光と、怒髪天の叱責。
しかし、恐怖に怯える受験者達はようやく察した。
模擬試合の場は、そして・・・恐怖が招いた静寂へと包まれた。
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模擬試合は仕切り直された。
ダラダラとやる気の無い者達は、全員が今日の試験を落とされた。
残ったのは幼年騎士の男子と、中等科一年の見習い男子の二人だけ。
その二人を指名したグラディエスは、監督を務めるハンスへ自分が直接相手をする。
ハンスの異論すら睨み付けると黙らせたところで。
グラディエスは鼻で笑うと、視線はアスランではないもう一人を捉えた。
「先ずはイザーク・テネス。貴様からだ」
面と向かって睨み付けられただけで恐ろしく映る。
騎士団長のことは、イザークも噂くらいを聞いている。
大の女好きで、そして、弩級の変態。
怖いを抱きながら。
それでも、騎士団長から直々に名を呼ばれたイザークは、稽古用の木剣を片手に前へ出た。
「貴様のことはハンスからも聞いている。それでだ・・・貴様自身は、もう察しているのであろう」
叱られた時の怒声とも違う。
低く太い声は、ただ、先ほどの事が、背筋にも怖さを抱く威圧感を伴っていた。
騎士団長から直接、尋ねられたことへ。
イザークは何と無くでも理解った感がある。
自分とて、此度の試験は不合格。
そこを尋ねられたのだと。
首を一度だけ、縦に動かした。
気が強く、更には生意気な男子。
グラディエスは見つめる先のイザークを、部下からはその様に聞いていた。
ただし、イザークのことでは、当人が巻き込まれた部分を理解っている。
ブラド家。
シャルフィでは三指に入る家柄の一つ。
まぁ、ルクメール家が取り潰されたことで、今では二強の一つとも言える。
ブラド家の当主は巨漢。
と言うか、ブクブクに太り切ったデブの末路だろう。
妻子は無く、これもあの見てくれでは当然。
噂では、あのデブに捧げられた贄としか言えない女達もいるとは聞いた。
もっとも、今も生きている話を聞いたことは無いが。
聞いている噂の中では、伽の最中。
そこで上から覆い潰された女達は、デブが出すものを出した時には押し潰されて死んでいた。
噂が本当であれば、実に嘆かわしい事である。
もっとも、見てない故に真相は分らぬが。
火のない所に煙は立たぬ。
そんな噂もあるデブは、陛下が孤児を幼年騎士に任命した直後。
分家筋に当たるテネス家の子息を推挙した。
テネス家のことは、シャルフィの貴族では並み程度。
だが、騎士の家柄ではない。
王宮へ勤める文官の家系が近いだろう。
そんな家に生まれ育ったイザークは、だが、ハンスに強く憧れている。
面接に当たった部下からの報告は、それで指導役をハンスにするよう陛下へ進言した。
履歴を見る限り。
イザークは初等科と中等科も途中まで。
此処までは教養科に籍を置いていた。
中等科は7月に入ってから騎士科へ籍を移すと、以降は騎士団の寮へ住み込んで今に至っている。
寮監の報告では、上から目線で気の強い男子。
しかし、与えられた課題を黙々とこなしている点と、規則を破る様な行動をしない点は評価できる。
やや協調性には欠けるが、芯はしっかりしているという。
イザークを預けたハンスの評価も悪くはない。
奴は面倒見が良い。
イザークのことでは『じっくり育てる方が将来へ繋がる』等と、今も色々と気を配っているようだ。
・・・・・まぁ、それを差し引きした所で。だが、無様を晒した周りよりは断然、見込みもある・・・・・
「イザーク・テネス。貴様のことはハンスから折に聞いている。よって、儂からは一言」
自分と対峙して怯えと緊張を隠せないでいる。
青二才・・・にすら未だ遠く及ばない雑魚へ。
グラディエスは、その幼さを鼻で笑った。
「ハンスはな。貴様を本気で騎士に育てようとしている。故に、貴様は焦るな」
「ハッ・・・ハイ!!」
完全に裏返った。
そんな声で返した子供は、ついつい笑みも浮かんでしまう。
「イザーク。試合う前からそれでは、普段の実力も出せぬぞ」
にぃッと笑うグラディエスの不敵さ。
敢て口を挟まないでいたハンスは、内心で苦笑い。
間違いなく遊んでいるそれへ。
心情は、もう完全にイザークへの同情で占められていた。




