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第20話 ◆・・・ 無自覚な実力者 ~後編~ ・・・◆


的当ての試験は四巡目まで終わった。


アスランは、自分以外のもう一人。

ハンスからイザークと呼ばれた貴族の男子が、今も魔導器を装備する様子をじっと見ていた。


「なんだ。お前は魔導器を見るのが初めてなのか」


この面々の中では一番の年下。

だが、幼年騎士の身分に在る男の子は、先ほどからずっと自分を見つめている。

何か魔導器に興味があるような雰囲気は、もしやと尋ねた声に、その男の子は大きく頷いた。


「はい。僕は今日初めて魔導器の実物を見ました。それで装備しただけでマナ粒子発光現象を起こしているようにも見えたので。だから仕組みが気になりました」


初等科も未だ通えない子供だが、魔導のことを少しは知っている。

イザークは返って来た声だけでそうも抱いたが、同時に、では何故とも抱いた。

目の前の幼年騎士。

こうして顔を合わせたのも、言葉を交わしたのも今日が初めて。

だが、噂だけなら山ほど聞いている。


出自は孤児。

しかし、そいつの育った孤児院は、初等科の教本にさえ出て来る聖賢宰相が営んでいた。

聖賢宰相のことは父と母。

だけでなく、当家の親戚筋からも貴族に不当な圧政を強いた者くらいは聞き飽きた。

圧政は先王の時代から際立って激しくなった。

先王は王妃と聖賢宰相を贔屓にした愚王とも聞かされた。


シャルフィの繁栄に尽力して来た貴族は、先王の時代以前までは一千家を数えた。

だが、今ではそれも三百程度にまで減っている。

その内で名家と呼ばれるのは僅か。

しかも、その僅かな名家の一つ、ルクメール家が先日、女王の手で取り潰された。


ルクメール家のことは知っている。

ヘイムダル帝国で名門と謳われる貴族の一つ。

サザビー公爵家とは何代も続く縁戚に在るくらいは勿論。

現在のサザビー公爵の正室は、今のルクメール家の家長の妹でもある。


シャルフィ貴族で三指に入るルクメール家は、しかし、先月の事件。

社交界では『ろくでなし長男坊』等とも囁かれたロッシュの性癖は、それで家が取り潰されたのだという声が少なくない。

身分の低い女を逆らえない状況に追い込んでの行為。

噂では、そこに興奮を抱く変態ということらしい。

だから社交界では、故に次の家長は次男か三男かくらいの噂も在った。


当家はルクメール家と比べてかなりの格下。

園遊会などでは本家の次に必ず挨拶に赴かねばならない相手なのだが。


ルクメール家は、先月の事件によって。

主犯のロッシュが極刑になった後。

家そのものを取り潰されると、残る家族は財産を没収の上で国外への追放となった。


ただ、ベッドから起き上がれないくらいの深手を負ったロッシュは、刑の執行よりも先に。

父親の手で毒を盛られて死亡した。

そういう噂も耳にしている。

だが、父からは家名を汚した家族は、それで家長が毒を盛るくらいは習いとも教えられた。


今もずっと魔導器をじっと見つめている幼年騎士。

目の前の男子は、ルクメール家が潰れた原因でもある・・・・・


イザークは息を吐きながら首を横に振った。

そうではないのだと。

自身へ強く言い聞かせた。


身分を逆手に女性を乱暴するなど。

そのような所業は当然だが、厳しく罰せられるべきだ。

自分が騎士を目指したのは、当時からの憧れで、今は目標にしている聖騎士。


実家を離れ、今も続く貧乏くさい寮での生活も。

憧れの聖騎士ハンス様が指南役だからこそ耐えられる。


此度の試験。

俺は、ハンス様からは推薦を貰えなかった。


『イザーク。俺は陛下より試験の監督という役を命じられた身分でもある。故に贔屓との誹りを免れないことは出来んのだ。そんな俺からお前に言っておくことがある』


・・・・・お前には素質が在る。だから焦るな。それこそ中等科の時間を全部使って構わんのだ。そうやって土台を作って騎士となれ・・・・・


今日の受験は本家の意向。

俺自身も受験を考えなかった訳ではない。

だからハンス様に相談したのだ。

そして、ハンス様は俺のことを親身に考えて下さっている。


ハンス様が俺には見込みがあると言ってくれた。

鎮守府で働くようになってからも。

多忙の中で、俺に幾度も声を掛けてくれた。


今日の試験は、午前の学科だけで任命は無いくらい分かっている。

それでもだ。

従騎士になるためには、あれくらいは解ける学力も必要なのだと。

それが分かっただけでも。

今日の受験には意味があったと言える。


-----


アスランは自分の返事にずっと沈黙したまま。

そして、イザークからは今も何と無く睨まれているような気がした。


「そうなのか。なら・・・少し教えてやろう」


貴族だからなのか。

茶色の前髪を片手で軽くすくい上げる様な仕草と、自分よりずっと高い身長から見下した視線。

堂々と、と言うよりかは威圧している?


アスランは魔導器のスティック。

そこには起動させるためのスイッチが在ることを教えて貰った。

そして、イザークが中等科の一年に在籍している騎士見習いという事も初めて知った。


「・・・つまりだ。このスティックのスイッチを何れかの指で押している間は魔導が使える。まぁ、親指か人差し指で押しているのが普通だろうな」


イザークの口調は高圧的にも感じられた。

それでも、説明は簡潔で分かりやすかった。


「あの、照準補助が付いているのに。何で当たらないのでしょうか」

「ああ、それはだな。ファイアボールを撃つ時の反動で、スティックを揺らされるからだ。スティックの先端に在るクリスタルのことはさっきも言ったが。撃った時の反動で揺らされると照準まで狂う。だが、威力を抑えれば反動も小さくなる」


行使する魔導の力加減で反発力も変わる。

ただ、威力を落とせば射程も短くなる。

逆に、威力を大きくして反発力が増大しても。

これが至近距離でなら先ず外れない。

威力の調整は、これもスティックのクリスタルとは反対側の端。

そこにはネジの様なものが付いていて、これを回すことで強弱の調整が出来る。


魔導器の解説は、ただ、試験監督のハンスから促された所で終わりを告げた。


-----


的当ての試験は最終組が始まる頃。

見守る女王の周囲は、しかし、疑問や怪訝を隠せない声が幾つも飛び交っていた。


女王が認めた最年少の騎士は、魔導器を装備していない。


更には、ここまでの試験では欠伸ばかりで全く見る気も無い。

露骨にやる気を見せなかったエリザベート博士が、なのに今は真剣な眼差しを向けている。

これが周囲の騒めいた声へ拍車をかけていた。


試験は、そして、テスタロッサ博士の合図と同時に。

ところが、最年少の騎士は構えるどころか姿勢も横に向くと、もう一人の方をじっと見ているだけだった。


イザークは魔導器を今日初めて見た。

それで説明もしてやった子供が、試験開始後も自分をじっと見ている。

合図の後で既に5回撃ったファイアボールは、ようやく一つ目の的を掠めた。


授業では、的までの距離がこの半分程度。

それが倍の距離になっただけで、ここまで当て難くなる。


イザークは当てようとして当然、普段の練習よりも威力を上げた。

それはスティックを握る掌や腕へ都度、強い痺れるような衝撃を走らせた。

結果は、的に掠める事さえ困難にした。


イザークが今も魔導を行使している間。

反対に、一番近い所から観察していたアスランは、スティックの先端から放たれる火球だけを見つめていた。

イザークの詠唱は、そこから先ずスティックの先端に赤色のマナが収束する。

収束して小さな炎を生み出した後。

『焼き穿て』を唱える時には、ここで大人の拳大くらいに膨らんで飛んで行く。


最初、拳大に膨らんだ火球は、目に映らない何かで反発させたような揺らぎを残して飛んで行った。

その部分をアスランは何度も観察するように見つめながら。

三分しかない持ち時間の、始めの一分を費やして理解に至った。


ただ見ても映らない。

けれど、意識して見ればちゃんと映った。

スティックの先端と火球との隙間で、傍目には透明にしか映らないマナの塊が弾けた。

この弾けるときに働く力の大きさが、飛翔する火球の速さに作用している。

同時に、これが有るからスティックが揺らされるのを、自分なりに理解した。


自然、アスランは「ああ、なるほどね」と、納得した感で頷いていた。


一人だけ納得した感で頷いているを繰り返すアスランだったが。

反対にエリザベートは、今日はこれだけが目当て。

ハンスからの依頼は、心底かったるい面倒だ等とも。

けれど、間近で見れる機会は、故に渋々引き受けもした次第。


にも拘らず。

一向に何もしないでいるアスランには、我慢も限界を通り越した。


「アスラン。お前さんは魔導器を使わずに魔導が使える。あたしゃ、そう聞いていたんだけどねぇ。なんだい・・・使えないのかさね」


それまでずっとイザークの魔導だけを見学するような感で見ていた幼年騎士は、師の性分を理解っているテスタロッサの声が「残り一分を切っていますよ」と告げた直後。


誰が見ても、その幼年騎士は横目に的を映したような姿勢だった。

徐に伸ばした右腕は、そして、指先を鳴らした途端。


指を鳴らしたのは一度だけ。

なのに、一瞬で矢のようにも映った炎の塊が10本現れると、瞬きする間もなく全ての的を、粉々に射抜いた。


静寂は、それまでの騒めいた空気だけでなく。

午前中からずっと馬鹿にしていた受験者達さえ。

今は声を失くした事で生まれた。


「これで良いでしょうか」


最年少の騎士は、自らが黙らせた空気の中で。

そして、事も無げにエリザベート博士とテスタロッサ博士の方を見つめていた。


ただ、見つめられる側の二人とも。

何れも、未だ唖然として声が出ないでいた。

試験を見守っていた女王など、幼年騎士が見せた実力には、座っていた席から勢いよく立ち上がるほど驚いた様子。


「あたしゃ・・・夢でも見ているのかさね」


ようやく紡がれたエリザベートの震えた声も。

ただ、テスタロッサは首を横に振った。

自分の瞳も間違いなく映していた。

はっきり言って、信じられないような光景だった。


直後。

的が在った場所を、今度は的を支える支柱が青白い光の奔流に飲み込まれた。

先んじた青白い光の奔流が端の一本を飲み込んだ後で、僅かに遅れた雷鳴。

肌で感じられる程の大気振動を伴う轟音は、誰の鼓膜をも激しく叩いた。

そして、端の一本を飲み込んだ奔流は、そこから横なぎに残りの九本を、次々と焼き尽くした。


博士と呼ばれる二人とも、見間違えようも無かった。

今のは間違いなく雷撃。

扱いが最も難しく、故に使うことを禁止している雷撃の魔導を、それを眼前に焼き付けられた。


通り越した驚きは、恐怖が全身を縛る程に染めた。

しかも、大気を震わせるほどの轟音は、それだけで腰を抜かした受験者が幾人も映った。

表情さえ恐怖を隠せなかったエリザベートとテスタロッサの二人は、この時になって初めて察した。


まるで、日頃からこの程度は出来て当然。

とでも言いたげな表情・・・ではなく。

向けられた琥珀色の瞳が、その奥で怒りを宿していた。


まるで・・・・・

ユリナ王妃が夫を叱る時の印象までが、そのまま乗り移ったような錯覚に陥っていた。


「一応、これで夢じゃないくらいは・・・分かってくれましたか」


幼年騎士の声は穏やかだった。

だが、しかし、誰が聞いても理解るくらい怒りが籠っていた。

そういう声で、何か確認を求めている部分。

殊更に王妃が重なって映った。


間を置かず、この試験は評価を頼まれた博士の二人とも。

重なる王妃の幻が、故に首を縦にこくこく頷く仕草しか返せないでいた。


-----


素振り試験が終わった後まで。

そこまでは空気も何処か浮いていた。

否、受験者達の殆どは、揃って最年少の騎士を当然と馬鹿にしていた。


それが今は、受験者達の誰もが恐怖へ陥れられた感を隠せないでいる。


一度に十本の的を撃ち抜いた。

そもそも、習った内容では魔導の行使は一度に一つのみ。

後は魔導器に装着されたクリスタルの属性しか使えない。

それでも、授業を受けた何人もが同属性で同時に複数の魔導を使おうと試みた。

そして、試みが失敗に終わった体験を経て。

当事者も見届けた側も、一度に複数は使えないを理解する。


だが、今日の試験。

そこで見た現実は、自分達の常識を完膚なきまでに否定した。

試験の後で今も残る跡。

雷撃によって焼かれた地面は、そこだけが扇状に抉られると、真っ黒に染まって焦げた臭いも残した。


自分達が溝鼠と揶揄った孤児は、魔導器を使わず。

更に魔法式の詠唱さえも無かった。

指を鳴らしただけで、なのに、現実はそこに刻まれた。


一体、何をどうしてそうなったのか。


分かっているのは、ただ、指を鳴らしただけ。

指を鳴らした途端。

現れた十本の矢の様にも見える炎の塊は、瞬きする間もなく全部の的を粉々に撃ち抜いた。

受験者達は、そして、威力も速さも桁違いだけを見せ付けられた。


その後で、今度は悲鳴を上げた者が居るくらい恐ろしいものを見せられた。

それが、教科書にも載っている禁止とされた雷撃の魔導だった。

習う内容では、雷撃が十年は昔から禁止になっている。


受験者達の誰もが初めて映した雷撃の威力は、凄いではなく。

それを魔導器も使わず。

ただ、指を鳴らしただけで使った側へ。

得体の知れぬ恐怖だけを抱かせた。


雷撃を初めて映した側が、それで腰を抜かすことも悲鳴を上げた事も。

一方で、エリザベートとルイセの二人ともが理解っている。

何方も初めて映したときは、それで受験者達と似たり寄ったりだった。


けれど、二人は過去。

雷撃を行使した結果で感電死した者達を、それこそ数多く見て来た側でも在る。

内臓や骨の髄まで真っ黒な炭と化した遺体は今更。

体表面を直視し難いほど焼いた遺体は、酷い異臭で直ぐには近寄れなかった。


故に、雷撃に関わる経緯は、そうした事由が在って禁止に至った。

最も、知識や技術の発達によって、現在までに挙がる危険性が取り除かれれば解除もあり得る。

だが、博士の二人とも。

これも今時点に置いて、何一つ見通しすら立っていないを理解っていた。


的当ての試験が終わった直後。

周囲は、一度に十の魔導を行使出来るなんて聞いたことも無い。

それ以前に、魔導器を使わないで魔導を使える等。

これだって聞いたことも無い。

そうした声は更に。


・・・・・あの幼年騎士は、一体何者なのだ・・・・・


そういう声が、シルビアも座る貴賓席を埋め尽くしていた。


周囲の衝撃とも言える驚きは、そこから更に追い打ちを受ける事となった。


-----


的当ての試験は、終わった直後の騒ぎを、監督を務めるハンスの声が静めた。

と言っても、ハンスとてアスランがした事には驚きを隠せなかった。

そこへ偶然にも鳴り響いた時を告げる鐘の音は、ハンスはこれで逸早く立ち直れたに過ぎない。


試験は次の項目。

自由演技へと移った。


アスランは、この自由演技。

未だ興奮冷めやらないエリザベート博士から最初に指名された。


本来は的当てと同じように、これも上の学年から順に始まる流れは、エリザベート博士たっての希望。

しかし、見る者には監督のハンスが、凄むエリザベートから脅された様にしか映らなかった。


「じゃあ、今も修行でやっている遊び・・・かな。うん、でも。僕はこれを見るのが大好きなんです」


これだけ周りに衝撃を与えながら。

けれど、アスラン自身は大したことをした感も無い。

そして、そんなアスランの演目は、始まった早々から再び周囲を騒めかせた。


アスランの足元には、まるで自分を囲む様に描かれた七色七つの模様が浮き出ていた。

丸い模様に菱形にも映る模様。

六角形や八角形等を組み合わせた複雑な幾何学の模様も含めて七つ。

七つの模様はそれぞれ一色ずつ、キラキラ発光するマナ粒子を立ち昇らせていた。


既にエリザベート博士とテスタロッサ博士でさえ未知の領域だった。

二人とも、このような魔導が現に在るなどを見たことが無い。


シルビアから預かったアスランのノートには載っていたが。

とても、と言うくらい。

俄かには信じ難かった。


七つの模様から立ち昇った七色の光る粒子は、アスランの頭上で互いに混ざり合った後。

そこへ弾けるように鳴った指の音で、一挙に空へと駆け上った。

混ざり合った粒子は駆け上りながら。

やがて、七つの色彩となってどこまでも弧を描いた。


間もなく、王都を覆う秋晴れの空へ、大きな虹が描かれた。


この日、シャルフィに暮らす者達の多くが、空に描かれた虹を見ている。

雨も降らずに現れた虹は、更にその一方の端が王宮からだという声が幾つも挙がると、小さくない騒ぎを生み出した。


試験の会場となった屋外の訓練場。

ここに集まった者達の多くは、孤児を騎士にした女王へ抱く反発もあった。

実際、女王は孤児を騎士にした日から今日まで。

特に有力な貴族からは反発の声を受けていた。

だが、女王の人を見る目。

反発を抱きながらも、集まった殆どの者達は、これが本物だったと認めない訳にはいかなかった。


魔導で虹を描く。

シルビアは、魔導を習っていた当時も今も。

そのような発想を抱いた事さえなかった。

無かったが、だからこそ。

隣で横目に映すカーラから言わせれば、とても嬉しいのが分かる面持ちだった。


「芸術の秋。そういう表現もありますが。ですが、まさか魔導で虹を描くなど。私はどう表現して良いのか分からないほど感動しました」


自ら認めた最年少の騎士を褒める女王へ。

この機に乗じて『孤児は騎士に相応しくない』を狙った一部の者達は、しかし、これ以上ない敗北を突き付けられる事になった。


魔導の試験。

評価を任された二人の博士は、アスランの評価について、『最高に留まらない』を記した。


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