第19話 ◆・・・ 無自覚な実力者 ~前編~ ・・・◆
実技試験の総監督。
勅命によって任された聖騎士ハンスは、しかし、今は迫力を抱かせる掛け声を上げていた。
「・・・48!!・・・・49!!・・・・50!!・・・」
ハンスの号令は受験者たちを一様に見渡せる台の上から。
そして、号令をかけるハンスもまた。
今は自らも木剣を握って素振りを行っていた。
そう。
まるで、自らの素振りが基準だと示すかのように。
そして・・・・・
「全員、一旦止め!!」
実技試験の素振りは、これでハンスが既に4度目となる中断を告げていた。
「34番、36番、45番、52番、63番、92番。以上の者は不合格とする」
試験における素振りは、そこで連続300回出来ることが合格の基準。
ではあるが、ただ適当に振れば良い。
そんな事は絶対にない。
監督を務めるハンス自身が手本となる素振りを見せ続ける意味。
試験中、なってない素振りをする者達は、即座に落とされた。
号令が初めて百回を告げたとき。
ここまでに不合格を言い渡された受験者の数は、既に受験者の半数を超えていた。
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実技試験が始まる少し前。
屋外訓練場に集められた受験者たちは、そこで自らの受験番号が記されたビブスを受け取った後。
実技試験では総監督を務める聖騎士ハンスから内容説明を受けている。
最初の試験は素振り。
そして、素振り試験を合格した者達は次の試験へと進める。
ただし、素振り試験で不合格となった者達は、此処で試験終了となる。
実技試験は最初の素振り。
ここから既に、受験者たちは篩に掛けられていた。
しかも、この素振りは合格基準が連続300回。
途中、一度も休むことなく300回の素振りが出来れば合格となる点は、事実その通りでも。
号令をかけるハンスが途中で停める都度。
その都度、受験者たちは一から素振りを行わなければならない。
やり直しは7回を数えた。
そうして初めて、100を告げる号令が響いた。
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見習いという身で騎士を目指す者達は、けれど、素振り試験がこういうものだというくらいは理解っている。
上級生が素振り試験を利用した苛めを、新参の下級生に行うくらいもそう。
中には性的な嫌がらせ目的で、上級生の男女が素振り試験を用いることまで在った。
と言うか。
こんなことは既に恒例行事と化している。
故に。
だからこそ。
昔も今も脱落者は後を絶たない。
反面、実力さえあれば苛められることも無くなる。
更には実力が認められれば。
晴れて従騎士へ至れる。
完全実力主義。
その為、シャルフィの騎士は見習いの時に経験する苛めにしか映らない恒例行事で試され続けた・・・とも言える。
ただし、この部分も犯してはならない一線が在る。
犯罪行為は言うまでもなく。
尊厳を踏み躙る様な苛めなども当然、発覚すれば処罰の対象となった。
だけでなく。
見習いであっても騎士団に籍を置く身分である以上。
騎士が犯す罪は、程度に関係なく位の剥奪と除籍。
その上で法が定めた刑罰なのだが。
最も軽い処罰が『国外追放』と定められている点は、これが見習いにも適用される。
しかし、法で定めた線を引いた所で。
被害者側が受けた恥辱を告発した例は皆無。
被害者は、その殆どが加害者の家柄と比して、かなりの格下に在る。
告発が皆無なのは、ここが最もな理由だった。
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今も台の上に立って、そこから素振りと号令を続けるハンスは、百を告げた所で。
以降、一度も止めることをしなかった。
日々の鍛錬を怠らないでいる者達。
その者達の素振りは、最初の10回程度で分かる。
試験の最初。
ハンスは観察する意味で、それで30回くらいまでは振らせた。
自らは振らず、号令のみをかけながら。
それを三回繰り返した。
ハンスは三度に渡って篩に掛けた。
そして、一先ず目星を付けた者たち以外を不合格とした後。
更に注意深く篩に掛けた。
アスランを除いて、今回の試験を受けた者達は初等科の高学年以上。
それでも。
はっきり言って、まだ子供。
200を超えた辺りで明らかに疲れが見えていた。
しかし、それも此処に至るまでには、何度も最初からのやり直し。
だけでなく。
途中からは自分が手本の素振りを見せていた。
重圧は相当のはず。
これが逆の立場だった頃。
当時の自分は、試験の監督が怖く映っていた。
何度もやり直しが繰り返される。
そこに終わりの見えない恐怖も抱いた。
だから。
否、決してそうでもないのだが。
ここまで残った者達には、日々の努力に免じて。
そういう思いだってある。
300回を告げたハンスは、そこで一度静かに息を吐いた。
吐きながら不意に、かつて自身が受けた正騎士への昇任試験。
過った当時の記憶は、ハンス自身。
そこでの素振り試験を、これとは比べられないくらい厳しかった・・・・・
・・・・・まぁ、それでも。アスランだけは合格に値するな・・・・・
そうも抱いたハンスの表情には、自然と笑みが浮かんでいた。
「今ここに残っている全員。素振り試験を合格した者とする」
ハンスは視線を軽く流した。
合格を告げられて安堵した面持ちを並べている。
その心境もまた、何処か懐かしいを抱けた。
自分にその権限が在ったなら。
ハンスはこの場に残った見習い合格者達。
その全員を、将来は騎士にしてやりたい・・・・・
ただ、感慨の様なそれを抱くのとは別に。
ハンスの瞳は、この中では最も幼い存在が、周りよりも疲れた感を見せていない。
一人だけ両肩を前後に回しながら筋肉の凝りを解しているような印象は、そこにまだまだ余力を残している感さえある。
それどころか実は受験者たちの誰よりも素振りの質が高かった。
思い出した8月の事件は、納得したような感をハンス自身へ抱かさせていた。
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隣の椅子に座るカーラからの「アスラン君は無事に合格出来たようですね」の声に、シルビアは当然と頷いた。
「此処からでも見れば分かります。アスランの素振りが一番です」
「ええ、それは間違いないと思います」
カーラは女王の表情と口調で返したシルビアを一度横目に映して、再び視線を1番のビブスを付けるアスランへ戻した。
シルビアの感想は事実、自分もその通りだと抱いている。
「まだ孤児院に居た頃の。その時の最後に見た素振り。私はその素振りで300回出来れば十分だと思っていました。ですが、今のアスランの素振りは、それと比べられません。それに試験では倍近く振ったにもかかわらず最後まで姿勢が崩れませんでした。振りも乱れず振り切れていましたし、実に見事です」
近くには騎士団長と副団長達も居る中で、他にも今日の試験を見に来た騎士が多数いる。
更にこの試験を見に来た者達の中には当然、そこには貴族の顔ぶれさえ居並んでいた。
べた褒めとも言える女王が述べた評価。
ずっと聞き耳を立てている奴等にも聞こえただろう。
ここまでは目論見通り。
そう抱く宰相の表情が小さく笑っていた。
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素振り試験は合格出来た。
そう抱く受験者たちの内で、中等科に通う者達と王国で最年少の騎士となったアスランには直ぐ次の試験がある。
残る十数人の合格者たちは未だ初等科に籍を置く理由で、次の試験を見学。
魔導の実技試験を受ける30人に満たない者達を前に、そして、ハンスからこの試験については合否の判定を特別に頼んだ方が居る。
既に姿を見せていたことで、ハンスの紹介よりも早くから空気は落ち着かないでいた。
「もう分かっていると思うが、この試験はエリザベート博士とテスタロッサ博士の御二方が評価する」
既に察しただろう受験者たちへ。
改めて二人を紹介するハンスは、しかし、未だ習っていない者達もいる点。
「この試験のみ、合否の判定に関係なく次の模擬試合も受けて貰う」
ハンスは先ず、これも抱いているだろう不安を取り除いた後。
「ただし、この試験の判定もまた評価に影響することを肝に銘じておけ」
ここは意図して、低くやや脅すような声を発した。
受験者たちは、そして、唯一人だけを除いて緊張が顔に現れていた。
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魔導の実技試験。
評価内容は二つ。
一つは的当て。
もう一つは自由演技。
これは受験者が自由に課題を持って取り組んで構わないというもので、ただし、その内容が評価の対象になる。
説明するのは口調も真面目なテスタロッサ博士の方で、権威と謳われるエリザベート博士の方はというと。
今も片手欠伸で興味が無い。
そんな感を受験者たちに抱かせていた。
魔導を使う実技の的当ては、基本中の基本。
中等科に通う者達なら、このくらいも分かり切っている。
的当ては殺傷性のある攻撃魔導を使う。
そして、この的当ては決して見た目ほど簡単でもない。
簡単ではない為に、日々の修行が欠かせない。
中等科から習い始めた誰もが、最初はこの課題に直面する。
訓練場は、そこで素振り試験を不合格となった者達が、今は試験に使う的の設置を始めていた。
もっとも、魔導器には最初から照準補助が備わっている。
本体と導線と呼ばれるケーブルで繋がったスティックは、その先端を対象へ向けるだけで照準が付く仕組み。
同時に、スティックの先端に取り付けられたクリスタルは、これが銃口の様な役割も果たす。
エリザベート博士が生み出したニューエイジは、魔法式の他に本体とスティックの両方に同じ色のクリスタルを取り付けることで、初めて魔導の発現という事象干渉を起こせる。
赤色のクリスタルなら火の属性。
緑色のクリスタルなら風の属性という様な形で、これも中等科へ通う者達は授業で習う。
アスランも初等科へ通う間は、そこでは魔導を習うことも無い。
だが、アスランが既に魔導器も使わず魔導を使える点は、それを知る女王の判断で教本のみは与えられていた。
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魔導の実技試験は、その準備が整うまでの間。
アスランは他の受験者たちの輪から離れると、今も一人だけの休憩時間を過ごしていた。
午前中も今も変わらない。
自分を憎んでいるような嫌う雰囲気は露骨だった。
少し前、準備が整うまでは休息を取るようにと告げたハンスが、その準備作業のために場を離れた後。
合格者達は揃ってアスランだけを存在していないような空気を作った。
そして、まるで此処には居ないのだから何を言っても構わない。
そういう状況に置かされたアスランは、態と大きな声で交わされる会話。
ただ一方的に憎悪と嫌悪の表現ばかりを浴びせられた。
合格者たちは一箇所に集まると今も楽しいのが分かる声で、ずっと自分のことを悪く言っている。
良い感じなんか全然無い。
逆に面白くない感情で怒りさえ抱えている。
それでも・・・・・
・・・・・これもティアリスの言ってた通りかな・・・・・
今朝の稽古の終わり。
その時にもいつもの様にティアリスの膝枕で休んでいた。
けれど、今朝は真剣な表情のティアリスの口から、この事態が十分にあり得るくらい。
『マイロード。私の予想通りであったなら。寧ろ、これは自制心を鍛える機会だと捉えてください。周りは結託してマイロードを陥れる腹積もりです。そして、マイロードの方ですが。そんな周りに対しては敢て無視を決め込みましょう。やるべきことは唯一つ。試験をしっかり受ける事だけです』
ティアリスはこういう状況も予想が出来ていた。
だから、ティアリスの瞳が怒っているようにも映ったのは、それもきっと僕を罵る周り全部に対して。
そうやって僕のことを思ってくれるティアリスには、本当に嬉しくなる。
アスランは悪口ばかり聞かせてくれる他から意図して距離を置いた。
集団から離れると、一先ず胸の内で膨らんだ面白くない感情。
大きく息を吸い込んで、肺を空にするくらい吐き出した。
「でもさ。やっぱムカつくよ」
たぶん、今も姿を消して傍に居る。
でも、別に返事なんか期待もしなかった。
「(・・・マイロード。であればこそ、次は絶対的な実力差を見せつけることで黙らせましょう。マイロードには、それさえ簡単に出来るのです・・・)」
頭の中に響いたティアリスの明らかに怒っているのが分かるその声に、聞いていたアスランは思わず笑ってしまった。
「そうだね。じゃあさ、レーヴァテインが言ってたように。凄くインパクトのある反撃で返そうかな」
「(・・・ええ、それで良いと思います・・・)」
「(・・・王様♪どうせならさ。城壁ごと木端微塵にやっちゃうってどうよ♪・・・)」
ティアリスとの会話に割り込んで来たレーヴァテインの提案。
一瞬、アスランは「それは良いかもね」等と抱いた後。
「うん。じゃあさ、俺がアーツで城壁を木端微塵にした後。その後で必ず修理の話が来るだろうからね。最初に言ったレーヴァテインには、その修理作業を全部任せることにするよ」
はい、決定。
と、そこまで付け足したアスランの楽しい感の声へ。
言い出したレーヴァテインの演じているのが分かる悲鳴が響いた。
自分だけが交わせるこのやり取り。
やがて、ハンスから招集がかかった時には、もうアスランはいつも通りへ立ち直っていた。
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ハンスは準備作業の方に立ち会いながら。
当然と耳に入ったアスランへ向けられた悪意の声。
今は未だ平然を装うと、しかし、先に抱いた将来は騎士にしてやりたい思い。
どうやらその思いは見込み違いだった。
胸の内で膨らんだ感情を、全部吐き出すかのように。
ハンスは一度だけ深く息を吸い込むと静かに、ただし、大きく吐き出した。
平民のマリューが王宮へ入った時もそうだったが。
今回は既にそれ以上。
貴族や騎士の家系にある者達の歪んだ先入観には、それと相対して来た師父とユリナ様。
二人の存在が如何に強い抑止力になっていたのか。
・・・・・試験の監督等という立場でなかったのなら。俺はあの馬鹿どもを厳しく叱っていただろう・・・・・
幼年騎士となったアスランを贔屓にしている。
そういう見受けられ方は絶対に出来ない。
ただ、ハンスは指南を始めた当初からの今まで。
それでアスランには好感を抱いている。
同じ年の頃の自分と比べて、アスランは比べられないくらい真面目で頑張り屋だと認めている。
5歳の頃の自分はと言うと。
朝から夕方までずっと遊んで来た。
貧乏貴族だから家庭教師も雇えなかったしな。
読み書きは、だから貴族ならタダで通える学校で習った。
勉強なんてそれくらいだったし、勉強よりも友達と遊んでいる時間の方が多かったくらいだ。
俺が本腰を入れて勉学に励むようになったのは、そこは間違いなく師父の養子になった後だ。
師父とユリナ様は、勉強を苦手にしていた俺にも分かる様な教え方で、どちらも家庭教師の様なことまでしてくれた。
そんな俺と違って、アスランは3歳の頃には文字の読み書きが出来たという。
孤児院ではエストという若いシスターが先生だったと。
4歳の誕生日までは、それで陛下からも読み書きだけでなく、素振りと型稽古までを習ったとか。
俺は陛下から指南役を命じられた折に、その辺りを聞く事が出来た。
何でも、4歳の誕生日。
その時にプレゼントの希望を尋ねたら『騎士になりたい』と言われた。
ただ、陛下も騎士の世界が、現実にはこういうものくらいは理解っている。
『一先ず一年の間。私はその一年の間でアスランがどれくらい成長できるのか。それを見ることにしました。勉強はして損になることはありません。ですが、幼年騎士として迎えられるレベルに到達したなら。私はアスランを幼年騎士にするつもりでした。ただ、まさか、本当に一年で到達するなどは思っても見なかったのです』
陛下は実に楽しそうな声で話されていた。
まるで自慢の息子を誇らしいとも抱いているかのように。
そういう感さえあったくらいだからな。
だが。
恐らく・・・・・
・・・・・アスランは陛下が何らかの理由で出生自体を隠された嫡子なのは間違いない・・・・・
腹黒メガネが『様』を付けた意味。
これもある。
ただ、それ以上に先ずビーストも口にしていた部分。
・・・・・アスランには俺から見ても分かる。それくらいユリナ様が重なるのだ・・・・・
ユリナ様が剣を握ったことは無い。
無いのだが、もしも先王様を叱る時に剣を握っておられたのなら。
これも間違いなく重なるだろう。
思案に身を置いたまま、ハンスは何気に振り返った。
そして、午前中もそうだったのと同じような光景。
ハンスの瞳は、孤立したアスランを映していた。
頭では理解っているつもりだった。
しかし、現実はもっと酷かったことを憤りと共に痛感させられた。
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カーラは横目に、今の所はまだ表情を作れている。
胸の内も推し量ることは出来るし、これも今更には違いない。
全てではないが。
アスラン様を蔑む声。
合格者達は分かっているのだろうか。
その声が此処まで届いていることを。
シルビアの表情はまだ女王を演じている。
と言うよりも。
辛うじて演じられているの表現が、ここでは正しいかも知れない。
「どうやら。素振り試験を合格した者達は、何か驕り切っているように見受けられます」
カーラは態と怒気を込めた。
この自分の声は、その意味において、女王の感情を一先ず緩和させられる。
「陛下がお認めになった騎士を露骨に中傷するなど。如何な理由であっても不敬の誹りは免れません。直ちに試験を中止し、あの不心得な者達を処断するべきかとも存じます」
途端に周囲が一挙に騒めいた。
「陛下。不心得な者達は当然ですが、そのような者を推薦した側にも責任は在るでしょう」
「そうですね。貴女の発言には、一理あるのでしょう」
カーラが映すシルビアは、そして再び黙した。
騎士団長は全く動じた素振りを見せなかったが、反対に副団長たちは揃って椅子から立ち上がると一人がハンスの方へと走って行った。
この場に居る推薦者たちもまた、揃って気が気でない様子。
「陛下。一先ずこの件は以後も含めた評価の材料としたく思います」
「当然、そうしてください」
「分かりました」
女王が今直ぐ処罰しろとでも言えば、それはそれでゴミ掃除が出来る。
ただし、それを狙った発言ではないし、シルビアもそれくらいは理解っている。
でも、これで一先ず憂さも晴れただろう。
ただ、この場の空気は凍り付いた。
少なくとも、推薦者達は自ら推した受験者の合否。
単に良くないを通り越した結末くらいは察した筈。
カーラは一度立ち上がると、また椅子に座り直した。
特に意味のある動作ではなかった。
意味は無いが。
何か在るを抱かせた。
今日の試験を受けた者達の将来は、これを今は自分が握っている。
周りはそれくらいも察しているからこそ、緊張の空気が一層濃くなった。
カーラの瞳は再びアスランだけを映していた。
何処か優しい面持ちで、そして微笑んでいた。
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私語の厳禁。
的当ての実技試験が始まる直前。
その通達は受験者全員に伝えられた。
これも結局は監督であるハンスが告げたのだが。
あれだけの声で言いたい放題なら確かに聞こえるだろう・・・とも抱いた。
ただ、そのハンスは女王の心証が良くない点だけは伏せた。
今ここに残った受験者たちの評価。
恐らく、と言うよりも確定だろう。
しかし、今は未だ至らずとも。
此処から先、性根を入れ替えて励めば、今ここに居る何人かは一年程度で叙任される可能性もある。
その為にも・・・・・・
ハンスは既に察していた。
女王の為人だけでなく。
学科試験にあのような問題を用意した宰相の腹黒さを考えれば。
此度の試験から新たに任命が出る可能性は無い。
ただ、試験を受ける者達は未だ子供。
此度は駄目でも、師父とユリナ様なら見限ったりもしない。
自分がそうだったように、二人の何方もが善き方向へ向かえる機会を与えてくれた。
そうも抱いた胸中はハンスへ。
だから、今は最後までやり切らせた方が良いと思わせた。
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アスランの瞳は大きな鞄を背中に背負って、その鞄の下から伸びるケーブルと繋がったスティックを握って構える受験者達を映していた。
ずっと前に神父様がノートに書いてくれた魔導器。
実物は少し違っても見えたが、背負う際にはかなり重そうにも映っていた。
「炎の飛礫、猛る紅蓮と成りて、焼き穿て」
「炎の飛礫、猛る紅蓮と成りて、焼き穿て。ファイアボール」
的当ての試験は、用意された魔導器を順番に全員が使うらしい。
的は10個で、受験者一人に与えられた時間は三分。
三分間で幾つ当てられたかが評価される。
試験は六人ずつ。
そして、アスランとイザークと呼ばれた貴族の男子。
二人は余ることで一番最後。
割り振りは試験監督のハンスが行った。
アスランの順番は5巡目。
先に中等科でも上の学年にある者達から始まった試験は、既に三巡目が終わろうとしている。
的当ては基礎中の基礎とされるファイアボールを用いて、ただし、アスランの瞳には的に掠りもしない。
的までは、たった三十メートル程度。
毎朝の修行では、その時には逃げ回るレーヴァテインを、アスランはアーツで数百メートル先まで追い回している。
勿論、これも修行内容の一つ。
全力疾走のレーヴァテインを、長距離からでも当てられる。
そういう課題の修行は、だからレーヴァテインは意図して全力で走り回った。
反対に、数百メートルは離れた所から接近して来るティアリスを相手にして、アスランは行動の自由を奪うか接近を妨げる修行もしている。
アスランは今現在で、ティアリスに勝てない。
言い換えれば、接近戦を最も得意とするティアリスのような強者。
これを相手に有利な条件で戦うためには、中距離以上の間合いが要る。
此方の修行にも、そういう意味の課題が含まれていた。
後はティアリスと剣を交えながら。
同時に周囲で動き回るだけのレーヴァテインにアーツで仕掛ける。
しかも、ミーミルが作った幻のレーヴァテインが幾つも混ざった中から本物だけを狙い撃つ修行。
課題は、混戦や乱戦の只中で、敵だけを確実に仕留めるというもの。
こうした修行は全て、ティアリスが実戦を想定して考えてくれた。
だから、この程度の距離で。
しかも、的は固定されている。
はっきり言って、簡単過ぎる。
胸の内でそう抱くからこそ。
アスランの疑問は、それで今もずっと注視していた。
自分以外の受験者は皆、同じ魔法式を唱えて火球を飛ばしている。
その時の穿ての後で、ファイアボールを口にする受験者もいた。
けれど、自分がエレンから習った魔法式とは違っていた。
ただ、魔法式が違うことは事実でも。
アスランはエレンから習う中で、現代魔導とアーツは全く異なる。
故に魔法式も異なって当然。
寧ろ、エレンから習った魔法式よりも短いとか。
現代魔導の方が文言が格好良い。
抱いたのはその程度。
ここは特に気にも留めなかった。
ここまで見た限り。
的を正面に、後は右手か左手でスティックを握る程度の違いはある。
そのスティックの先端を的の方に向けながら魔法式を唱える。
でも・・・・・
その前から。
魔導器を背負った後、それからスティックを握っただけで。
何故か赤色のマナ粒子発光現象が起きている。
・・・・・現代魔導って、魔導器が最初から駆動式を担っているのかな・・・・・
「(・・・我が君。その捉え方も間違いではありません・・・)」
抱いた部分は、そこでミーミルの声が頭の中に届いた。
「(・・・そもそも、魔導器とは起動させることで疑似的なマナ粒子発光現象を起こす事が出来ます・・・)」
・・・・・それって、僕がアーツでやっているマナ粒子発光現象とは何か違うってこと・・・・・
「(・・・さようでございます。この者達は体内マナでマナ粒子発光現象を起こしている。という訳ではありません。あれはクリスタルに含まれるマナが、それを用いる道具によって発光現象を起こしているのです・・・)」
自分の番を待つ間に聞いたミーミル先生の説明によると。
マナ粒子発光現象は、魔法を使うためのスイッチのようなもの。
マナ粒子発光現象を無しに、魔法は使えない。
アスランも、ここは理解っている。
付け足すなら可視化と不可視化が出来る。
けれど、ミーミル先生は、魔導のマナ粒子発光現象では不可視化が出来ないと教えてくれた。
魔導=魔導器の起動>可視状態のマナ粒子発光現象>詠唱>発動
魔導器の起動は、アスランが解釈したアーツで言う所の駆動に当たる。
そして、魔導で用いられた魔法式は、アスランが解釈した発動式に当たる。
ミーミル先生の説明では、そういう解釈になった。
一方で、今のアスランが使うアーツは、駆動でマナ粒子発光現象を起こす。
駆動=マナ粒子発光現象
無詠唱アーツが当たり前となった今のアスランにとって、駆動は感覚でオンオフが出来る。
キラキラ光るマナ粒子は見ていて飽きないから。
そういう理由が、マナの保有総量を増やす修行では可視化を選ぶと、反対に実戦稽古では不可視化が当たり前。
更に、魔法陣を習得して以降は、この魔法陣がマナ粒子発光現象を起こしている。
だけでなく、魔法陣は一度記憶させたアーツを発動式のみで発動させられる。
そして、魔法陣を維持している間はずっとアーツを使い続けられる。
ただし・・・・・
「(・・・今の我が君の使うアーツは、それこそ体内マナの総量に左右されるのです・・・)」
・・・・・なるほどね。じゃあ、僕が今も続けている体内マナを増やす修行だけどさ。これからも続けた方が良いんだね・・・・・
「(・・・さようにございます・・・)」
何度も頷くような仕草を繰り返しながら。
アーツと魔導は根本から違う。
アスランはこの点を改めて理解した。




